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週刊READING LIFE vol.196

Nintendo Switchは大切なコミュニケーションツールだった《週刊READING LIFE Vol.196》

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/12/05/公開
記事:種村聡子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 
 
その時、息子はあまりの嬉しさに泣いていた、と夫は言った。息子がずっと欲しいと思っていたものを、買った時のことだ。お友だちは皆持っている、皆遊んでいる、皆楽しんでいる。だから僕も欲しいのだ、と訴えていたものを、ようやく買うことにした。それは、子どもたちはもちろん、いまや大人も夢中になって遊んでいるゲーム機「Nintendo Switch」だ。ほんとうは、わたしは買いたくなかった。息子がゲームで遊ぶことを、少しでも先延ばしにしたかった。でも、そのわたしの思いを覆すほどの息子の強い思いを知って、考えをあらためることになったのだ。
 
「Switch持ってる?」
小学4年生になる息子は、ある日学校で、クラスメイト全員に聞いて廻ったそうだ。その質問に対して、30人ほどいるクラスのお友だちは、全員が「持っている」と答えたそうだ。息子以外の全員が、だ。さらに息子は、もうひとつの質問をした。
「毎日Switchで遊んでる?」
この質問には、ひとりの女の子を除いて、皆が「毎日Switchで遊んでいる」と答えたそうだ。毎日Switchで遊んでいないと答えた女の子は、以前はSwitchで遊んでいたけれど、いまは興味がなくなったらしい。
 
息子は、皆に聞いて廻った結果を聞きながら、震えたという。皆、Switchを持っている。持っていないのは僕だけだ。なんで僕だけ持っていないんだ、僕も欲しい、僕も皆みたいにゲームをして遊びたい、そんな思いで胸がいっぱいになったそうだ。
 
子どもたちがよく言う口上で、「皆が」というものがある。これは、ちょっとやっかいな言葉だ。「皆が持っている」、「皆が遊んでいる」、「皆が知っている」と子どもたちは言う。その言葉を聞いた大人は、あら、皆が持っているならうちの子にも必要かしら、と一瞬思ってしまうけれど、じつはその「皆が」は大人が思うところの「皆」を意味していない。仲良しのお友だち数人を指して「皆」と言っていることがあるのだ。子どもたちの小さな世界のなかでの「皆」に、何度も振り回されたことがある。だから、息子が「Nintendo Switchをお友だち皆が持っている」と最初に言ったとき、ちょっと待てよ、とわたしは思ったのだ。その皆って、ほんとうに皆? それは誰と誰? と息子に問いただした。
「ほんとうに皆だよ、○○ちゃんと○○くん、それに○○くんと……」
息子が教えてくれたお友だちの名前は、数人だった。息子がいつも仲良く遊んでいるお友だちばかりだ。それ以上の名前は出てこなかった。ほら、やっぱり皆って君は言うけれど、持っていないお友だちもいるんじゃないかな、○○くんのお父さんは厳しいから、ゲームは禁止だって言っていたよ、持っていない子もきっといるんじゃないかな、と水を向けてみた。息子はわたしの顔をじっと見て、そのままうつむいてなにかを考えている様子をした。そして、それ以上話をすることをやめてしまった。でも、息子は諦めてはいなかったのだ。彼は、クラスメイト全員に聞いて廻るという大胆な行動に出た。それが、「Switch持ってる?」という質問だったのだ。
 
この時ほど、我が息子ながらあっぱれ、と思ったことはない。彼は「皆が持っている」というエビデンスを集めることにしたのだ。一人ひとりに、根気強く聞いて廻ったのだ。全員に聞いて廻るのに、数日かかったそうだ。そして、その結果をひっさげて、わたしに言った言葉は、「僕以外の全員が、Switchを持っているよ」だった。
 
ゲームは楽しい、そんなことはわかっている。頭のいい大人たちが、寄ってたかっておもしろいゲームを作っている。だから、大人だって夢中になって遊んでいるんだ、子どもがゲームを嫌いになるわけがない。息子がゲームをしたくてたまらない、ということはわかっていた。でも、だからこそ、なのだ。
 
わたしの言い分は、「だって目が悪くなるし、ゲームに夢中になって、勉強に支障がでるかもしれない」ということだ。だから、ずっと先延ばしにしていた。じつは息子はテレビを見始めたのも遅く、5歳からだった。テレビよりも本の楽しみを知って欲しい、静かな世界で子どもと過ごしたい、という思いがあったのだ。だから5歳のお誕生日までは一切テレビの視聴を許さなかった。わたしも夫も、息子の前ではテレビを見ることが出来なかったから、わたしたちにとっても厳しい期間だった。でも、成長するにつれて、お友だちとのやりとりにテレビ番組の話が出てくるようになってきた。お友だちが大好きなテレビ番組を息子は知らなかった。それはお友だちとの関係にも影響すると気付いたので、テレビの視聴を解禁することになったのだ。
 
テレビを禁止していたあの頃、息子はお友だちからテレビの情報をたくさん聞き出して、まるで自分も観ているかのように詳しくなっていた。変身シーンのポーズまで見事に再現していた。そして溢れるほどのテレビ番組の知識を身につけた息子は、お友だちとの会話を楽しんでいた。わたしはその時に、テレビ視聴を禁止することの限界が来ていることに気付いたのだ。
 
息子は必死だった。お友だちとの会話を楽しみたいのに、家ではテレビを観ることは禁止されている。そうするとお友だちと楽しくお話が出来ない。お友だちが前日に観たテレビ番組の話をしている時、自分だけが会話に入れない。だからといって仲間はずれにされてしまうわけではないけれど、寂しい気持ちになっていたのだ。
 
そしてゲームも同じことだった。皆が楽しんでいるゲームについて、息子はお友だちからたくさんの情報を得ていた。このキャラクターはこんなことが出来て、この道具はこんなふうに使って、とたくさんの内容を聞いて勉強していた。ゲームに関する興味関心が、すでに持っているお友だちよりも大きくて、時には新しい情報を入手して教えてあげられるほどになっていた。そうやって、お友だちとの会話を楽しんでいた。そこでわたしはやっと気付いたのだ。息子は、ただゲームを楽しみたいからゲーム機が欲しいと言っているのではなくて、お友だちと楽しく会話をしたい、そんな思いが強かったのだと言うことを。
 
そういえば、わたしが学生の頃、一年ほどの海外留学から戻ってきた友だちと久しぶりに会った時に、驚いたことがある。大通りに面した小さなオープンカフェのテーブルの上に、彼女が小さなポーチを取り出した時のことだ。おもむろに中身を広げると、小さな紙になにやら茶色い葉っぱのようなものを載せて、そのまま紙の端からクルクルっと丸めていった。巻きたばこだった。細く巻かれたそのたばこを、彼女の華奢な指で口元に運ぶ様子を、わたしはびっくりして見つめていた。留学前はたばこを吸ってはいなかったからだ。彼女の可愛らしい印象は依然とまったく変わっていなかったのに、なんだか全然知らない人みたいに思えたものだ。
「留学先ではなかなか友だちが出来なくて。休憩時間に皆は喫煙所に行ってしまうから、友だちを作るために、わたしも喫煙を始めたの」
きっとわたしが聞きたいだろう、と察して彼女のほうから話してくれたのだ。喫煙を始める、という努力の甲斐があって、友だちはできたそうだ。でも、一度始めた喫煙はなかなかやめることは出来ないのだ、とも話してくれた。
 
どんな年代であっても、どんな環境であっても、まわりの人たちと楽しく過ごすことを望まない人は、いないと思う。お友だちと楽しく話したい、楽しそうにしている輪の中に入りたい、それは当り前の感情だ。それが、学生時代の友だちにとっての喫煙であり、息子にとってのテレビやゲームだった。ゲームはお友だちとの関係作りのために、必要不可欠なものだったのだ。
 
Nintendo Switchをやっとわが家も買ったよ、話したら、お友だちのママからこんなことを言われた。
「ゲームはおとなもハマルから、ママも要注意だよ!」
そして、こっそり教えてくれたのだ。
「わたし自身はあまりゲームに興味はなかったんだけど、子どもたちとのコミュニケーションの一つだ、と思って一緒に遊んでいるよ。ワイワイ子どもたちと過ごすことは、やっぱり楽しいよ」
そうか、ゲームは親子のコミュニケーションにも有効なのだ。いままでわたしはゲームの悪いところばかりを見ていたけれど、いいところもやっぱりあるのだ。友だちとはもちろん、親子でも楽しむことが出来るのだ。これから息子が思春期を迎えたら、親子の関係は難しくなっていくだろう。その前に子どもとの接点を少しでも増やしていったほうがいい。ゲームにまったく興味がない、と公言していたわたしにも、息子は一緒にゲームで遊ぼう、と誘ってくれる。一度遊んだら、ゲームが楽しいってわかるよ、と言うのだ。誘ってくれるうちが花だよ、と夫に促されるままに、今日は息子と一緒にゲームをしようと思う。ゲーム自体はもちろん楽しいだろう。でも、いまはまだ、わたしが楽しみにしているのは、ゲームに夢中になって楽しんでいる息子の姿を見ること、なのだけれど。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
種村聡子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2022-11-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.196

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