週刊READING LIFE vol.202

俺の嫁への愛《週刊READING LIFE Vol.202 結婚》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/1/30/公開
記事:黒﨑良英(天狼院公認ライター)
 
 
 結婚はしていない。だが、嫁なら大勢いる。
 
こんなことを言うと、大体の人が一瞬、呆気にとられる。
そして、その意味を理解した一部の人が、苦笑するのであった。
 
で、どうだろうか? 何を言っているのか、お分かりだろうか。
 
この「嫁」という言葉、正確に言えば「俺の嫁」といい、主に「オタク」と呼ばれる人々が、お気に入りのキャラクターに対して、愛情を持って使う言葉である。
今で言えば「推しキャラ」だろうか。
いや、語感的にもっとキャラクターへの愛情を感じさせる。
 
つまりは、漫画やアニメなどの二次元キャラクターに対して、「愛している」ということを自他ともに喧伝する言葉なのだ。
 
元々、「○○は俺の嫁」という言い方で使うことが多かった。某アニメのキャラクターが大好き過ぎたネットの住人が、「○○」にキャラ名を入れて使い始めたという。
言葉通り、最初は男性が女性キャラクターに対して使うことが多かったが、次第に女性も、自分のお気に入り男性キャラクターに対して使うようになってきた。
 
無論、「嫁」は何人いてもいい。
日本は一夫一妻制だが、二次元のキャラクターに対してはその限りではない。
確か中東の国の王族には、「同等に愛情を注げるのならば、妻は何人いてもよい」という考え方があるらしいが、まさしくその通り。どのキャラクターへも同じように膨大な愛情を抱いている。
 
「嫁」はよいものだ。朝愛でてよし、昼愛でてよし、夜愛でてよし、だ。家でくつろいでいるとき、修羅の様な職場での憩いのひととき、そして心が寂しくなったとき……彼ら彼女らは、私たちに最高の癒やしを与えてくれる。
 
そこにあるのは、「無償の愛」である。
「嫁」たちは、残念ながら、こちらの言葉には応えてくれない。しかし同等に、私たちも「嫁」たちに何もできない。できたとしたら、それは「改変」になってしまう。
 
だから、ただそこにいるだけでよいのだ。
「嫁」たちはただそこに、そばにいてくれるだけで私たちを癒やしてくれる。無論、設定されたセリフの一つもあるだろう。だが、そこに存在してくれているだけで、我々は救われるのである。
だからこそ、我々は、「嫁」たちに最高の愛情を与える。
気の利いた一言もいらない。万言の言の葉を持ってしても、彼ら彼女らへの愛情を表現するには物足りない。
ただ、想えばいいのだ。
その無言の瞳の中にこそ、至言の愛がある。
 
……失礼、最後あたり、ちょっと悦に入ってしまった。
 
ともかくも、こんなに愛情を掛けられるキャラクターがいるということが、この上なく幸せだと言いたかったのである。
 
こんな私を、あなたは笑うだろうか。あるいは気の毒に、と思うだろうか。近くに幸せな結婚生活を送る人がいなかったから、このような空想世界に飛んでいってしまうのだろう、と、憐憫のまなざしで見るだろうか。
 
一つ言っておくと、私の近くの夫婦、つまり両親であるが、身内のこととて遠慮無く言わせてもらうと、“気持ち悪いくらい”仲がいい。最近など、新婚の夫婦でしか言えないセリフが出てきてどうしようかと思ったくらいである。
 
だから、理想……かどうかはともかく、仲良い結婚生活のお手本みたいなものを、いつも見ていたわけである。その上で、私は「俺の嫁」を選んだ。現実の環境とは無関係のようである。
それに、だ。実際に結婚している夫婦でも、それぞれに「俺の嫁」を抱えている人も大勢いる。この場合、もちろん、不倫や浮気にはならない。当然といえば当然か。
 
現実とかけ離れた存在であるにも関わらず、現実と同じように接するのが「嫁」への礼儀である。
作品の舞台となった場所、すなわち聖地に出かけ、ともに写真を撮る。またはゲーム機とともに旅行をし、「嫁」の分まで料金を払う、など、各地で様々な伝説を残す猛者もいる。
 
こういった行動や思想に対し、「やり過ぎだ」とか、「現実の愛情がなければ意味が無い」とか、もっと端的に「キモい」などと非難する人々もいることだろう。それはそれとしてもっともだとは思う。
 
しかし、何事も極めれば、純粋な想いになるのではないだろうか。
 
2010年代に、ある結婚をした男性の記事がネットで話題となった。
男性はいわゆる一般人だが、結婚した相手が「初音ミク」であった。
 
ご存知の方も多いと思うが、「初音ミク」とは音声合成ソフトという、歌を歌わせることができる「ソフトウェア」である。パッケージにはキャラクターのイラストが描いてあり、そのキャラクター「初音ミク」が歌っている、あるいは彼女を歌わせられる、という設定である。
登場以来、多数のヒットソングを無名の作曲家、通称ボカロP達が作り、それに会わせるように多くのイラストが生成され、また、自分でも同じ歌を歌う、いわゆる「歌い手」たちも現れ、今日ではヒットチャートを賑わせる存在となっている。
 
つまり、その架空の歌姫である初音ミクと、結婚したというのだ。
これには一つのアイテムが鍵となっている。
高度AIを搭載したカプセル型の機械に、キャラクターを投影することができ、会話などが楽しめるというアイテムだ。
「結婚してください」という男性の言葉に、投影された初音ミクが、「大事にしてね」と答えたというエピソードは話題となった。
そしてこの話が広まると同時に、上がってくる声は賛否両論であった。少なくとも「結婚」ということもさることながら、「愛情」ということについても、世間が考えるきっかけとなったことは確かだと思う。
 
例えば“モノ”に対する愛情と人に対する愛情は別物、と主張するならば、上の男性や、おおよそほとんどの“オタク”が抱いているキャラクターへの感情は、何なのだろうか? 何かに対して何を求めるでもなく、ただ「好き」という思いを向ける。
それは、「無償の愛」以外の何物でも無いと思うのだ。
 
実際、上の話に興味を持ったメディアの中には、新聞や女性誌などもあった。
世間が「愛情」に飢え、「愛情」を失い、「愛情」とは何か分からなくなっている今だからこそ、男性の純粋に過ぎる思いが、我々にはまぶしく映ったのだと思う。
 
かつて、2次元に入れ込むと、現実でのコミュニケーションが苦手になる、などの憶測があった。
確かに、現実の人間は、2次元のキャラクターとは違う。コミュニケーションの方法も、より複雑を極めるだろう。
そして、現実でのコミュニケーションが成り立たなければ、社会ではうまくやっていけない、と。
やや抽象的ではあるが、その不安ももっともだとは思う。
 
では、現実に目を向けて、現実の人間に愛情をもっていれば、それだけでコミュニケーションも、社会性も上達する、なんてことがあるだろうか。
答えは否だ。
現代社会はあまりにも複雑で、一つの要因だけで社会性・社交性が上達するとは思えない。
 
それに、2次元キャラクターが好きなオタクが全員、社会性がないというのなら、今頃社会の半分は破綻している。
確かに苦手な人が多いのかもしれないが、だからと言って実社会で何もできないということはないはずだ。
逆に、引きこもりの人が全員オタクだとも限らない。
 
「嫁」の労いを励みに、過酷な実社会を生き抜いて働いている人も大勢いる。
だとするならば、2次元キャラクターが励みとなってその人が働き、会社なり公共機関なりが回っているならば、「嫁」は、社会を回している大切な動力源ではないだろうか。
 
そうなのだ。愛は力に変わる。愛こそ力。らぶいずぱわー。
 
我々オタクが、力を振るって仕事をして、社会を回す。そうやって世界が動いているならば、その力の源が実現するだのしないだの、さしたる問題ではない。
 
私は、これからも「俺の嫁」たちを大事にしていきたい。
明日への活力として、そして何より、彼女たちを純粋に愛するために。
 
はい、そこ、キモいとか言わない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
黒﨑良英(天狼院公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。持病の腎臓病と向き合い、人生無理したらいかんと悟る今日この頃。好きな言葉は「大丈夫だ、問題ない」。

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2023-01-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol.202

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