週刊READING LIFE vol.216

私の中の父に出会う旅《週刊READING LIFE Vol.216 オールタイムベスト映画5》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/5/22/公開
記事:田口ひとみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
初めて映画館で映画を観た日のことを覚えているだろうか? 私は今でも鮮明に記憶している。映画の中でもとりわけ洋画が好きだった父の影響か、私も七つ離れた弟も、初めての映画鑑賞は有楽町の劇場だった。
 
人生初の映画が有楽町の巨大スクリーンという恐ろしく恵まれた環境での鑑賞だったことは、当時観た映画のタイトル以外何の記憶も持たない私たちにすら、映画というエンターテイメントは特別なんだと作品への敬意を抱くひとつの大きなきっかけとなった。
 
後に成長した私たちが地元の小さな映画館をはじめて訪れた時、この時抱いた敬意や特別感とは全く異なる、いろんな意味での味わい深さとのギャップに大いに打ちのめされることになるのだが、それもまた、映画というエンターテイメントの醍醐味と言えるのかもしれないと今では思っている。
 
当時、まだ5歳になるかならないかの私が父と母に連れられて訪れたのは、有楽町の日本で有数の映画館。初めて観た作品は「スター・ウォーズ」だった。
 
年齢からもわかるように、映画とはどういうものなのかも理解していなければ、物語の内容でさえ理解できそうにないお年頃。そんな私が何よりも衝撃を受けたのは、見たこともないような大きな建物の中の大きな銀幕ではなく、いずれ世界的大ヒットシリーズとなる映画のオープニング場面だった。
 
ファンのみならず、映画に興味がある方であればお馴染みの、オーケストラではじまるあの派手なオープニング。コントラストの強い旋律。鳴り響く大音響の迫力に圧倒される中、真っ暗な劇場の中に無数に輝く星たち。まるで自分が宇宙に放り出されたような感覚の中、画面に吸い込まれていく、はじまりの物語。
 
「遠い昔、遥か彼方の銀河系で……」
 
なんという世界だろう!
後から現れるたくさんの乗り物や珍妙な生き物、ロボットたちもさることながら、すっかり宇宙空間の演出に魅了されてしまった。幼い頃にこのような強烈な印象を植え付けられてしまった私は、物心ついてからもなぜか不思議と「スター・ウォーズ」を語り合えない人とは結婚できないな、という思いがいつも頭のどこかにあった。
 
だから、「タイタニック」でデートしたとは見事に沈んだ最後を迎えたし、「フォレスト・ガンプ」に誘ってくれた人からは直後に振られてそれきりだった。幸いなことに、その後チューバッカによく似た「スター・ウォーズ」を語り合える人と出会い、無事結婚することができたのだから、はじめからそういうシナリオだったのだろう。
 
今でも何かにつけ見返すことが多い「スター・ウォーズ」シリーズだが、オープニングのあの曲を聞いた一瞬であの日を追体験してしまう。ぐっと胸に迫るものがあり、体温が1〜2度上がる。残りの人生であと何回観ることになるかわからないけれど、きっと生涯かけてパブロフの犬のごとく、オープニングのあの曲を聞くたびに手に汗を握ることになるのだ。

 

 

 

そんな、映画初体験をした私にも弟ができ、あっという間に数年がたった。弟が私の映画初体験と同じく5歳を迎える頃、まるで何かの取り決めでもあるかのごとく当然のように、家族で東京に向かった。行き先はやはり有楽町のあの劇場。今回の作品は「ゴースト・バスターズ」だ。父にしては、めずらしくポップな作品。
 
もう、まったく! 弟には甘いんだから……などと思いつつ、心のどこかで私は優越感に浸っていた。自分が観た初めての映画の方が多少なりとも高尚だった。こんなお化け映画、子どもだましじゃないか! と、観る前から勝ち誇った気になっていた。
 
果たして期待は見事に裏切られた。ポップでバカバカしいそのお化け映画は、観終わったその場でサントラのカセットテープを買いに走り、帰りの車中でループし続けた。最終的には擦り切れるほどに聴き込んだサントラとどハマりしたこの映画は、国内での大ヒットのおかげでテレビで放映される回数も多く、その度に何度も何度もくり返し飽きるほど観た。
 
こうして私たち姉弟は父から、これぞエンターテイメントと言わんばかりの映画の世界をわずか5歳という年齢から刷り込まれていたのだけれど。あいにく二人とも映画に携わるような仕事はしていない。

 

 

 

時は流れ、ビデオというものが一般家庭にも普及し始めた頃、我が家のリビングには、『水曜ロードショー(今は金曜ロードショー)』や『日曜洋画劇場』を録画したビデオテープがたくさん並ぶようになった。昔は、しかも田舎にはレンタルビデオなんてものはしばらくなかったから、CMもカットできないまま録画されたVHSのテープがテレビ台の下に所狭しと並んでいた。
 
「ウエストサイド物語」「王様と私」「マイ・フェア・レディ」「雨に歌えば」「オズの魔法使い」「風と共に去りぬ」「ブルース・ブラザーズ」「007」「キャノンボール」「戦場にかける橋」「荒野の七人」「スタア誕生」「メリー・ポピンズ」等々。覚えているだけでも、ざっとこのようなラインナップ。名作ばかり、恐ろしいほど几帳面で印刷されたような手書きの父の字が、こちらを向いてずらりと並ぶ。今のようにデジタルで、ネットからダウンロードしてメモリに保存……なんてありえないから、父の映画コレクションは当然、日に日に物理的に増えて行った。
 
そのコレクションの中で「ゴースト・バスターズ」以外に、何度も何度も繰り返し家族で観た映画といえば「サウンド・オブ・ミュージック」だろう。父はミュージカルも大好きだった。
 
初めてこの作品を観た時、あまりの音楽の素晴らしさと物語の豊かさに、幼いながらも心を揺さぶられた。弟がひとりしかいない私でも、七人兄弟の長女になった気分で、遠いオーストリアという知らない国の、知らない家族に起こった辛いできごとや美しい自然に思いを馳せた。
 
父がどういう意図でこの作品を私たちと観ようとしたのかはわからない。ただ単に、テレビで放映していただけかもしれないが、戦争というものがどういうものなのかよくわからず、もちろんナチスの存在も「なんとなく悪」という認識しかなく、自分の国のことすらもわからない年齢で、こういう文化や思想の違いを知ることができたことは、私にはとても大きな爪痕を残した。そして、映画の素晴らしさを噛み締めることができた。きっと故・水野晴郎氏もこう言ったことだろう。
 
「いやぁ、映画って本当に素晴らしいもんですね」
 
いや、実際こう言っていたのだが。

 

 

 

「サウンド・オブ・ミュージック」をはじめとする数々のミュージカル映画を観て育ったせいか、親元を離れてから観た映画の中で、自分の中に父が刻んだものを確実に感じた作品が「リトル・ヴォイス」だと思う。
 
圧倒的な主人公の歌唱力とショウという舞台のそれぞれに引き込まれてしまって、ついつい定期的に観てしまようになった。どうやら私もミュージカルが好きらしい。
 
特に母娘の葛藤を描いている部分に自分を重ねたりして、うまく親に歯向かうことができない心情に感情移入したりしていたが、ユアン・マクレガーが「スター・ウォーズ」のオビ=ワン・ケノービとは全く別の魅力を醸し出していて観終わった後も爽やかさが残るのがとてもいい。
 
そして、ユアン・マクレガーといえば「ビッグ・フィッシュ」という作品。これも、度々観たいお気に入りの映画のひとつになっている。「リトル・ヴォイス」の母娘の葛藤に対し、こちらは父と息子の和解がテーマのようだ。
 
昔、よく見たおとぎ話の世界がそのまま映画になったようで、音楽は流れないけれど、まるで隆盛期のミュージカル映画を観ているようなのだ。特に、作中に紡ぎ出される物語の世界観と、何よりも映像の色味がすばらしく美しく、何度見ても心の奥からじんわりきてしまう。と同時に、無口で映画好きな父を私はどれだけ理解していただろうか? 何度見ても、そんな思いが頭をよぎり、もっと話しておけばよかったことや聞いてみたかったことをあれやこれやと考えてしまう。

 

 

 

何度も繰り返して観ている映画を挙げてみたら、あまりにも父の影響力が強くて、自分でも引いた。そして、幼い頃に何度か聞いたことがある父の自慢話を思い出した。
 
まだ結婚する前の若かりし頃、父は日曜洋画劇場で解説をしていた故・淀川長治氏と同じ街に住んでいたのだそうだ。しかも、銭湯で一緒の湯船に浸かったことがあると嬉しそうに話していた。会話をしたのかどうかまでは定かではないが、淀川氏の話題になると、いつもこの話を聞かせてくれるのだった。
 
もし今、父が生きているとしたら聞いてみたいことが三つある。ひとつは、サヨナラおじさんと銭湯で実際に話をしたのか? もうひとつは、父が一番好きだった映画や娘に勧めたい作品は何か? そして最後のひとつは、なぜ5歳の私たちをわざわざ有楽町まで連れて行って映画を観せてくれたのか?
 
おそらく、ぶっきらぼうな父は「自分が観たかったから」とだけ答えそうだし、本当にそうだったような気もする。そんなことを考えていたら、遠くからこんな声が聞こえた気がした。
 
「怖いですねえ、恐ろしいですねえ」
「それでは次週をご期待ください。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ……」
 
私の中での映画を観るということは、もしかすると私の中の父に出会う旅のようなものなのかもしれない。そして同じ湯船に浸かって映画話に花を咲かせている父とサヨナラおじさんを、いつか有楽町ではなく、空の上まで探しに行ってみたいと思うのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
田口ひとみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

群馬県生まれ。太田市在住。在宅ワーカー。流行病(はやりやまい)と五十肩で失われた体力を取り戻すべく、一日一空一散歩を開始。スマホを持って近所をウロウロし、突然人目も憚らず写真を撮るのが日課。
2022年ライティング・ゼミ12月コースに参加。
2023年4月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。

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2023-05-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.216

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