週刊READING LIFE Vol,95

それは逃げたんじゃない、脱出したんだ《週刊READING LIFE vol,95「逃げる、ということ」》


記事:河瀬佳代子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
一瞬、目を疑った。
 
(……この人か?)
 
似ているのか、それとも似ていないのか。確信はない。
ないんだけど、そうかも。
40年もの歳月が、判別をできにくくしている。
 
(本当に、あいつなの?)
 
他の画像がないか再度ネット検索して、出てきた写真を目を凝らして見る。
あいつの特徴は……、何だったっけ。
思い出せるようで思い出せないくらい、記憶はおぼろげになっていた。

 

 

 

もともと、Facebookというものが好きではなかった。
Facebookを始めたのだって、昔の友達を探すためじゃなく、その時の仕事を辞めるにあたって関係者と連絡が取れるようにするためだったからだ。
Facebookに友達がいないわけではないけど、多くはないと思う。そして、「知り合いですか?」などという、Facebookが勝手に出してくれるお節介なボタンは、ほぼクリックしないようにしている。
理由はある。
できるだけ、昔の嫌な記憶を呼び起こす知り合いには出会いたくないからだ。

 

 

 

私が通った小学校は、小学校・中学校と続いていた。
当時、電車通学をしていたのだが、自宅の最寄り駅を利用する何人かのクラスメートのなかに、とびきりのいたずらっ子というか、いじめっ子でもあった男子がいた。
仮にMとでもしておこう。
Mとは小学校3年から6年まで一緒のクラスだった。
 
Mは一言で言うと「型破り」な子だった。
制服はあまり綺麗ではなく、白いワイシャツや夏の制帽は泥汚れが落とし切れていなくていつも薄茶色っぽかったし、毎日登下校中に遊びながら帰るのでランドセルは傷だらけだった。
宿題は忘れる常連で、提出物も期限までに出してこない常連で、しかも出してきたノートやプリントは例外なくヨレヨレだったり、折れていたり、ぐちゃぐちゃしていた。
「おい、M、もっとノートを綺麗に書きなさいよ」
Mは事あるごとに先生に注意されていた。字が汚い、漢字ドリルをやっていなかった、授業中におしゃべりをしていた、誰かにちょっかいを出していた。そんな、どうでもいいことで毎日毎日先生からお小言を頂戴していた。
時々、休み時間を授業に切り替えることができなくて、引きずるように騒いでいる子がいる。いったんスイッチが入ると、止めるにも時間がかかるくらいスパークする。Mはそんな子だった。
 
Mのことは、当時どんなふうに思っていただろう。
Mはいつも外で埃まみれになって遊んでいたので、外見がどちらかというと薄汚れていて不潔な感じがしていた。こういう男子は、悲しいかな、女子からはあまり歓迎はされない。加えて乱暴な物言いや、女子にも「おい、お前!」みたいに呼びかけたり、はやしたりからかったりもしていたので、より一層女子受けは悪かったと記憶している。私もそんな記憶しか浮かんでこない。
Mは彫りの深い顔立ちをしていた。そして肌の色は白かった。ただ、髪は真っ黒な、天然パーマっぽいくせ毛で、唇が男子にしては赤みが強くて上唇が若干上向きにめくれ上がり気味だった。今思うに、エキゾチック寄りの顔だったと思うのだけど、小学生にしてはその顔立ちは凄味があり過ぎた。目元が深い彫りで口が大きめだったため、男子からも女子からも「ゴリラ」というあだ名で呼ばれていたのを思い出した。昭和の昔だからいいようなものの、今時誰かに向かって「ゴリラ、帰ろうぜ」なんて呼びかけようものなら、どんな人権侵害と言われそうなあだ名だった。
 
私は幼稚園の時に遠視と言われて、小学校6年まで眼鏡をかけていた。そんな私とクラスが一緒になってMは当然のように私をこう呼んでいた。
「おい、メガネ!」
「そこのメガネザル!」
今だったら、「眼鏡かけてて悪いかよ!」って絶対言い返すんだけど、その時の私にはそんな失礼な言い方をしてくる子にとっさに言い返す頭の回転がなかった。なのでいつもいつもそんなことを言われっぱなしだった。メガネザルって利口なんだよ? ゴリラに言われる筋合いなんてないわ! 呼びつけられる度にそう思っていた。
 
その時の小学校の1クラスは40人くらいだったが、そのうち5人程度が他の中学に行くために、小学校卒業でいなくなっていた。
希望すればほとんどの児童は附属の中学に上がれたのだけど、中学から入試を受けて入ってくる子たちもいるため、中学に上がって学力が追い付いていかないかもしれない子には、中学は内部進学ではなく外部へ出た方がいいんじゃないか? という指導がされていた。
他の中学を受験する子もいたし、自分から希望して公立中学に行く子もいた。誰がどんな理由で附属中学に行かないのか、6年生の12月にもなると大体はわかっていた。
 
そしてMも、他の中学に行く子だった。
 
Mがどうしてみんなと一緒に附属中学に行かないのか?
学力が追い付いていなかったのか、あるいは親御さんと話し合った上で決めたのか、私は詳しくはわからなかった。
 
一度、Mの母親の髪色が茶色っぽかったことを、クラスメートの口が悪い男子が揶揄したことがあった。
「お前の母ちゃん、髪が茶色いな。なんか商売してんのか?」
それに怒ったMが大暴れをして、そのことを言った男子に飛びかかったのを見たことがある。涙を流しながら抗議して殴りかかるMを、先生が止めていた。今思うに、余程母親のことを言われたのは悔しかったのだろう。
外見でいろんなことを言い出すような性質の子の中では、思春期を迎えるにあたって一緒にやっていくのは厳しいのかもしれない。そうMの家で考えてもおかしくはなかったと想像する。
大胆で悪気はないんだけど、何かとトラブルを起こすMは、よく親が学校に呼び出されていた。「校風」などという気取ったものがある学校でもなかったけど、もしかしたらその雰囲気に合わないな、と、学校もMの家庭も判断したのなら、中学は別のところに進学しようという結論が出てもおかしくはなかったんじゃないかと思う。

 

 

 

こうしてMのことをすっかり忘れて、40年もの歳月が流れた。
それなのにどうして今更思い出したのだろうか。
そのきっかけもFacebookだった。
 
Facebookは好きじゃないけど、時々タイムラインに出てくる、誰かが押した「いいね!」の投稿を眺めていると、とんでもない名前が出てくることがある。しかも、あんまりいい思い出がなかった、その小中学校の面々が芋づる式に出てきたりすると、
「うわ、相変わらずずるく生きてるような顔してるな」
とかなんとか、余計な感情が出てくるのだ。
たとえ結婚で苗字は変わっていても、その子のあの頃の性格を思い出すと見当はつくものだ。数年に1回くらい、そんな意地悪い気持ちでFacebookを見ることがあった。
 
あいつも、あいつも、私に嫌なことを言っていた。みんなどうでもいいけど。
その中に、ああ、あのいじめっ子のMがいないなと、本当にふっと名前を思い出した。
あいつはFacebookにいるんだろうか? 本当に軽い気持ちでネットで名前を検索した。
 
(え!)
 
特徴のある名前だったので、漢字も思い出せる。とにかく校内で知らない人はいないくらい有名な悪ガキだ。忘れるわけはない。
 
(これって、あいつか?)
 
出てきたのは、びっくりするような結果だった。
Mと同姓同名の人物が2人いた。
1人は30代のアスリートなので、これは違う。
でももう1人は、今や誰もが知る、某企業の代表をしている。
 
私は他の画像がないか検索した。
所属する社員が不祥事を起こしたため記者会見で説明している写真、新聞社からインタビューされている写真も何枚もあった。
Mに何となく顔つきが似ている。色が白くて髪が真っ黒で、彫りが深い。眉毛が太くて、上唇が赤くて若干めくれている。でも、まぎれもなくおじさんの顔だ。
 
(これ、Mなの?)
 
略歴に書いてある生年が私と一緒だった。そして出身地も合っている。
 
(やっぱり、これ、Mだよね)
 
私は確信した。
これは、あのゴリラだ。
 
Mの略歴を読んだ。
大学を出て留学し、帰国して就職して、2社目に入った会社が、今でいうところのITの先駆けみたいな会社だった。そこが発展して、Mは系列会社の代表となっている。
 
中学以降のことはわからなかったけど、随分苦労もしたかもしれないし、でも偉くなったんだな。
 
小学生の頃のMをもう1度思い起こしてみる。
Mはいたずらっ子だったけど、いろんなことに興味がある子ではなかったか。
その興味のベクトルが強すぎて、授業中も人にいろいろ尋ねてみたりしてはいなかったか。
いい子になってほしい、そんな親が多い中、Mは持ち前の大胆さを堂々と発揮していた。でもそれは子どもが持つ好奇心の裏返しだったのではないだろうか。
 
こじんまりとまとまりがちな子どもたちの中で、浮いてしまっていたようなMだった。
あいつは、附属中学に行くことから逃げたんじゃないか?
私は、そんな風にも若干思っていたけど、実はそうではなかったんじゃないだろうか。
敢えて自分に合わない環境から逃げてみる。そのことが実は将来を見据えたスパンで考えた時、プラスなんじゃないか。
 
「意思疎通を大事にしたいと考えています」
 
堂々と新聞社のインタビューに答えるMを見ていると、これがあの、いたずらでどうしようもないMなのかと見間違う。でも、これはあのMだ。
あの時、Mが取った進路は正しかったんだね。
あてがいぶちのレールから逃げたことで、本当の自分をつかめて行ったんじゃないだろうか。
 
ふとした出来心で、ネット検索してみると、想定外のことが見つかる。
知りたくないことも出てくるけど、こうして大きく花開いたMの姿を見ていると、時には自分に合わない環境から脱してみることも選択肢の1つとして考えてもいいとつくづく思う。
見栄や体裁で進路を決めないことが、その子の将来のためになることもあるのだ。
人を育てることは、時に目先しか見えない時期もある。でもその人にとって何が最適なのか、離れた場所に脱出して身を置いて考えてもいい。
そんな答えを、年月が経ったMの姿から学んだような気がしている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京都豊島区出身。
フルタイム勤務、団体職員兼主婦業のかたわら、劇場鑑賞した映画は15年間で2500本。
パン作り歴17年、講師資格を持つ。2020年3月より天狼院ライターズ倶楽部に参加。
好きなことは、街歩き、お花見、お昼寝、80年代洋楽鑑賞、大都市、自由、寛容。

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2020-09-07 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,95

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