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週刊READING LIFE Vol,97

「今日こそ私、旦那に隠し事を言います」《週刊READING LIFE vol,97「また、お前か!」》


記事:射手座右聴き (天狼院公認ライター)
※この記事はフィクションです。
 
 
「今日は遅くなるよ」
そう言って夫はでていった。
朝8時。
「ごはんいらないの?」
眠い目をこすりながら私は言う。
「うん。少し寝坊しちゃったから、すぐでないと」
急いで、シャツのボタンをはめた夫は靴を履く。
「気をつけてね。今日は何時に帰るの?」
「うーん。わからないけど、遅くなる」
なんだそれ。心の中で思う。
去年だったらわかる。
でもいま、みんなリモートワークなんだよ。誰が出社してるの?
モヤモヤを感じているが
笑顔で送り出す。
 
「いってらっしゃい」
 
がらんとした部屋に一人。
 
もう少し寝ようかな。
ぼんやり思うけど、
目はあいてしまった。
 
体に血が巡っていない感じなのに
頭だけは妙にはっきりしている。
 
目を瞑っても、仕事のことが
頭の中で走り始める。
 
スマホがブルッと鳴った。
もう仕事の電話?
 
私の仕事は、離婚カウンセラー。
相談サイトに登録していて
そこから、電話が回ってくる。
ちょっと聴き慣れない仕事だと思うので補足すると、
相談の中でも、夫婦の危機を感じている人たちの相談に特化しているのだ。
それをわかりやすく伝えるために、離婚カウンセラーを名乗っている。
パートナーの理不尽な行為や、ほかに好きな人ができた、などの相談を受ける仕事だ。
 
朝8時から、離婚相談てのも、なくはないけど、そんなにない。
 
まったりとスマホを手に取る。
 
なんだ、電話じゃなかった。メッセージだった。
「電車、混んでる」
夫からだった。
 
どうでもいいことで、メッセージしてくるなよ、と思ったけど、
ここはスタンプを返す。
 
「おつかれさま」というクマのスタンプ。
 
眠れないので、ニュースでも見るか。そのまま、スマホをスクロールする。
昨日の感染者数。なかなかおりない給付金。困り果てる飲食店。
「誰とも会わずに、予防にもつとめてきましたが、感染してしまい、
申し訳ありません」
という若手アイドルのコメント。
 
いつのまにか、これが日常になってきたな。そんな風に思った。
 
ブーンブーン。
また、スマホのバイブが鳴った。
時計を見ると10時を回っている。
「おはようございます」 聞き覚えのある女性の声。
「おはようございます。今日はどうしました」
「この前はありがとうございました」
「いえいえ」
最近よく相談を受ける常連さんだ。旦那さんに言えない秘密があるという。
「あれから、考えたんですけど」
「はい」
「今日こそ私、旦那に隠し事を言います」
「え。この前の話ですか」
「そうです。旦那の親友が元彼だった、という話です」
「そ、それは言わない方が」
「どうしてですか。私苦しいんです」
彼女は、絞り出すような声で言う。
「苦しいって」
私は途方に暮れる。
「苦しいからって、言われた方も困りませんか」
「困るでしょうね」
「だったら、この前も言ったように、ですね」
私は少し、イラついて言う。何度目だろうか。
「ひろみさんは、いつもそうアドバイスするけど。でも、私、そのことでいつもいらいらしてるんですよ」
彼女の声が涙声になっている。おやおや。矛先は、私に向けられた。
「ちょっと決めつけちゃいましたね。すみません。いつもいらいらしているって、旦那さんに言えないからですか」
「もちろんです。言わないでいるのが辛いんです」
「言わないでいるのが辛いって、なぜですか」
「なんだか、隠し事をしているのが嫌で」
元彼が旦那の親友って、いや、それ隠しとくことだろ、と思いつつ、グッとこらえて、カウンセラーモードで聞いてみる。
「隠し事をしているのが嫌、っていうのはなぜですか」
「そうですねえ。なんか嫌なんですよ」
「なんか嫌ってことは、本能的にそう思っちゃう、みたいなことですか」
「あ、そうですね。いつも、正直でいなきゃって、思っちゃいます」
「たしか、前回も言ってましたね。正直でいなきゃ、って思うと」
彼女の声が明るくなる。
「覚えててくれたんですね。ありがとう、ひろみさん」
「覚えてますよ。そういえば、子どもの頃、言われてたんじゃありませんか。
正直でいなさい、って」
「そうなんです。子どもの頃、母にずーっと言われてたんです。なんでも言いなさいって」
「そうでした、そうでした」
「やっぱり、ひろみさんに電話してよかった。ひろみさんはわかってくれています、あたしのこと」
「いや、うかがったお話を覚えているだけです」
「あー、でもよかったです。ひろみさんが、私が正直なのを、嘘をつけないのをわかってくれていて」
「はあ」
「わかってくれているなら、私は旦那に言うのを我慢できます。本当は正直なのに、これだけは言えないんです。でも、本当は正直なんです」
「前もそうおっしゃってましたね」
「そうです。ありがとう。ひろみさんがわかってくれるなら、大丈夫です。
また、電話していいですか」
「は、はあ」
「それじゃ、ありがとうございました」
彼女は元気よく電話を切った。
 
おつかれさま、私。
 
一体彼女はなんなんだろうか。
電話を切ってからいつも思う。
元彼が旦那の親友だと言えない、苦しい、でも私は本当は正直者。
それをカウンセラーのひろみさんが知ってくれている。
 
そこまでが毎回の彼女のストーリーだ。
 
なぜ、彼女はそれを私に伝えるのだろう。
承認欲求。それとも、彼女にとってカウンセラーとは、王様の耳はロバの耳、というための穴のようなものなのだろうか。
 
そうでも思うしかなかった。
 
「ただいまー」
夫が帰ってきたのは、夜の1時だった。
ちょっと疲れた声だ。
 
「ちょっとさあ、さすがに遅くない?」
「まだ、夜の12時回ってるじゃん」
「普通の時じゃないじゃん今」
「え?」
「今日だって、200人近い感染者がいるんだよ」
「大丈夫だって。手はしっかり洗ってるし。気をつけてるお店にしか
いってないし」
「そんなこと言ったってさあ」
「なによ」
「後輩が相談があるって」
「へー。またいつもの人?」
「そうなんだよ。新婚の後輩」
「どんな相談なの。あなたに相談しても解決できるの」
「失礼だな。これでも会社では頼りにされてるんだから」
「どうせ、大した話じゃないんでしょ」
「そんなことないよ。毎回結構ディープな話なんだ」
「へー。いつも楽しそうに飲んでるあなたに、ディープな話か。
似合わないね」
「そんなことないよ。毎回同じ話なんだけど。
その後輩が言うんだよ。先輩私、今日こそ私、旦那に隠し事を言いますって」
「え」
「元彼が旦那の親友らしいんだよ。でね、それを旦那に言おうと思っちゃうんだって」
背中が寒くなる。
「もちろん言うなって言ったんだよ。そしたらね、自分が黙ってるのが、許せないんだって。そう言いながら、泣きそうな声なんだよ。それで帰るに帰れなくて」
ぶるぶると震えてきたが、おそるおそる、聞いてみることにした。
「許せないからどうするの?」
「それがさあ、言うんだよ。先輩にだけは、知って欲しいって」
「それってもしかして、本当は正直者だって、知って欲しいって話?」
「え、なんでお前知ってるの」
夫の顔が固まった。
「もしかして」
ブーッブーッ。
私の電話が鳴った。私は、スピーカーホンにして、電話をとった。
 
「あ、ひろみさん、私です。あれから考えたんだけど。
今日こそ私、旦那に隠し事を言います」
 
旦那が青ざめた。どうやら私たち二人にはなんだか隠し事があったようだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京生まれ静岡育ち。広告会社を早期退職し、独立。クリエイティブディレクター。再就職支援会社の担当に冷たくされたのをきっかけにキャリアコンサルタントの資格を取得。さらに、「おっさんレンタル」メンバーとして6年目。500人ほどの相談を受ける。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。天狼院公認ライター。
メディア出演:声優と夜遊び(2020年) ハナタカ優越館(2020年)アベマモーニング(2020年)スマステーション(2015年), BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

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2020-09-28 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,97

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