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週刊READING LIFE vol,99

恋がしたいと思ったら自問自答せよ《週刊READING LIFE vol,99「マイ哲学」》

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記事:小石川らん(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
彼氏のいない生活を数年送っている。何年かというのはもう数えたくないので数えない。一応片手で収まるぐらいである。指3本分ぐらいだ。
 
休日は自分の好きなように使えるし、もともと自宅が大好きなので、無理矢理出かける必要もなくて良いし、デートの行き先選びに頭を悩ませることもない。彼氏のいない生活は快適なことこの上ない。
 
しかし発作的に「このままでいいのか?」「恋をしなくて良いのか?」という焦燥感に駆られることがある。SNSで知り合いの結婚や出産報告を見たとき、マッチングアプリの広告(爽やかで美しい男女が微笑みあっているやつだ)を見たとき、近頃テレビで見かけないなと思っていた芸能人の結婚発表を目にしたとき、焦りが突発的にやってくる。
 
そんなときにどうするか。マッチングアプリである。
適当に自分が写った写真をスマホのカメラロールから選んで適度に加工し(実際に会えることになったときに待ち合わせ場所で回れ右をされないように、明るさを調整したり、肌質を整える程度に抑える)、無難なプロフィールを書く。
何人かと会うことになり、そのうちの一人とお付き合いをすることになった。
というか、「これは付き合っているのではないか?」と思っても良い状態まで漕ぎ着けたのである。
 
彼は36歳で、毎回なかなかにお値段のするご飯屋さんに連れて行ってくれるところを見ると、まぁまぁ自由になるお金を持っていそうだった。「日本人の平均年収がいつまで経っても上がらない」なんて言われている中、彼の住んでいる場所からしても、なかなか良いお給料をもらっているのだろう。
顔もカッコ良かった。「昔はメンズノンノのモデルになりたかったんだよね」と話す彼は、賀来賢人に似ていたし身長も180センチあった。職場はスーツでなくても良いらしく、仕事帰りに会うといつもカッコよいものを着ていた。
なぜこんなにハイスペックな人が独身なのか。そして冴えないOLの私と付き合っているのか、はなはだ疑問ではあったが、「神に感謝しよう」と思いあまり深くは考えなかった。
 
しかし、彼には不審なところがあった。
自宅に招待されることはない。土日は会わない。「土日は何をしていたの?」と聞くと一瞬目を逸らす。
 
私も1Kの狭い自宅に人が来ることをあまり歓迎しないので「部屋に人を入れるのがあまり好きではない」という彼の気も分からないでもなかった。
土日も家で過ごすか、一人で映画館や美術館に行きたい人間なので、土日に無理に会いたいとせがむこともなかった。
 
彼の正体が発覚したのは、平日に一緒に熱海旅行したときのことだった。
1泊2日の旅行の間の支払いは全て彼が負担してくれた。しかし彼はお会計のときに渡されるレシートを頑として受け取らず、その都度私に渡してきた。
少し不思議に思いながらも、レシートを受け取っていたが、「これは」と確信するような瞬間が訪れた。
 
東京行きの電車の時間まで、熱海駅の駅ナカのカフェで時間を潰していた。電車の時間が迫ってきたので、彼はトレイを持って席を立とうとした。そのとき彼がポケットからさっき二人で乗ったロープーウェイの半券を取り出し、トレイの上にあるアイスコーヒーのプラスチックのカップと一緒に処分するのを見逃さなかった。
 
熱海に行っていたという証拠を、絶対に家に持ち帰りたくない理由があるのだ。
 
下りのエスカレータの上で、彼の背中に向かって「あきとさんって独身ですよね?」と問いかけた。あきとさんは、エスカレーターの踊り場で、私に振り向きざまに一言「ごめん」と言った。
 
帰りの電車の中では一言も口を聞かず、寝たふりをしていた。
身体は血の気が引いていて、手指は冷たいのに、心臓だけはドクドクと怒り狂って脈打つのを感じていた。寒波と大噴火が同時に起こっていた。
 
翌日、近年の私の恋愛事情をよく知っている友人に電話をして、ことの一部始終を報告した。すると友人は、こともなげに「あんたは男を見る目がないんだよ」と言った。
心外であった。私は確かに男を見る目がない。好きになるとロクなことにならなさそうな男が魅力的に見えてしまうのだ。
恋愛を一番盛り上げる要素は何か。それは障害である。付き合ってもロクなことがなさそうな男について、友人達からは「止めときなよ」と反対される。そんなことを言われれば言われるほど、「彼の魅力を知っているのは私だけなんだから!」と燃えてしまうのだ。
 
しかし、今回の彼の場合は違った。
私は大して彼のことを好きになっていない。付き合ってもロクなことのなさそうな男が私の好みなのだから、ある程度稼ぎもあって、顔も良くて、身長の高い男は、好ましく思っても恋に落ちる対象ではないのだ。
江國香織の著書『東京タワー』の中に印象的な言葉が登場する。
「恋はするものじゃないくて、落ちるものだ」というやつだ。彼のことは今までの男たちのように、私を恋という深みに突き落としてはくれなかった。「落ちた」恋ではなくて「した」恋だった。
 
ではなぜ彼と交際していたのか。それは「こういう人と付き合えば結婚ができるのではないか」という打算的な思いからだった。
今まで私を不幸にしかしない男とばかり付き合ってきたのだから、こういう人と付き合うのが結婚への正しい道のりなのだろうと考えたのであった。
今回は自分の本能に従わなかったのだから、友人の言う「あんたは男を見る目がない」は当てはまらないケースのはずだったのだ。
 
友人にそう反論すると「分かった。じゃあこうだ。あんたは男運がないんだよ」と、もっと、もとこもない結論が導き出された。
 
自問する。なぜ男を見る目も男運もない私が恋をしたいのか。私はいつ恋がしたくなるのか。
冒頭で、「身近な人や、芸能人の結婚や出産のニュースを見たときに恋がしたくなる」と書いたが、突き詰めると実は自分に自信がなくなったときなのだ。
 
誇れるような仕事もしていない。稼ぎも大してない。でもそんな私でも承認がほしい。誰かに求められたい。誰かの恋人になりたい。誰かの妻になりたい。誰かの母になりたい。
誰かに恋をして、それが実れば、私は承認してもらえたということになるのだ。
日常生活では得ることのできない承認欲求を満たしたいと思ったときに、恋をして恋人がほしいと願ってしまうのだ。
 
今回なぜ、マッチングアプリに登録したのかを振り返ってみよう。
当時勤めていたスタートアップ企業は、私が入社したときと比べると倍近い人員が集まっていた。サービスを拡大するために、前職である程度の実績を持っている人達がどんどんと採用されるようになった。一方私は、それまでフリーターで職を転々としており、まとまった実績もスキルもなかった。しかし「とにかくやる気があって、もともと自社サービスが好きな人を採用したい!」というタイミングに上手くハマり、運良く採用された人間だったのだ。
「ラッキー入社」「今後の就職運を全て使い果たした」と当時は思っていた。
そんな私が、学生生活を終えてから真面目に働いてきた人たちの間で、立派な働きぶりができるわけなんてない。会社の中でどんどん存在価値が薄れていくような気がしていた。
 
そんなタイミングで「簡単に恋人ができるよ☆」と同僚から薦められたのがTから始まるマッチングアプリだったのだ。
PやOから始まるアプリは結婚相手を探す目的で使う人が多く、相手選びにも慎重になるため、マッチングが難しい。しかしTから始まるアプリは、プロフィール登録も簡単なので、恋活ぐらいにはちょうどよいとのことだった(のちにそのアプリはその気軽さから、既婚者やナンパ野郎の狩場となっている「ヤリ目アプリ」だと呼ばれていることを知ることになる)。
周りがどんどん結婚していく焦燥感からと、会社での居場所のなさに耐えかねて、Tに登録したのだった。
 
私はこれまでに何度か複数のマッチングアプリに登録したことがあり、それぞれ振り返ってみるとやはり仕事や私生活が上手くいっていなかったり、将来に漠然とした不安を抱えたときのことだった。私にとって、マッチングアプリを使って無理矢理にでも恋をしようとするのは、そういうタイミングなのだ。
 
私がそのときに本当にしなければならなかったことは、マッチングアプリで恋人を探すことではなくて、上司や同僚と仕事の進め方について相談したり、新しい仕事を探すことだったのだ。
 
既婚者のあきとさんとの交際が終わったときに、存在意義を失ったスタートアップ企業を辞めて、自宅でフリーの仕事をするようになった。
就職運を使い果たしても仕事運は残っていたのか、人づてで仕事がもらえており、会社員時代ほどは稼げないが、楽しく仕事をさせてもらっている。
 
このまま結婚の予定もなく、恋人のいないまま来月35歳になろうとしているが、今は夜中にSNSや芸能ニュースで他人の結婚生活や生まれたばかりの赤子の写真を見ても、焦燥感に駆られてマッチングアプリに登録するようなことはない。
 
それは毎日が充実しているからだ。
納品前の修羅場を仲間と共に切り抜ける。自分のアイデアが採用される。存在価値を失っていた会社員時代には得られなかった充実感がそこにはある。男からの承認を受けずとも、十分充実した日々を送ることができている。
 
そもそもだめな男との恋に落ちてしまうのは、自分のことを「だめな人間」だと思っているからなのだ。ダメな男ならダメな私でもイケるのではないか、というゲスで卑下た下心が根底にあった気がする。
これもつまりは承認欲求に負けているのだ。承認欲求に負けるような恋を、今後はしないようにしよう。
 
突発的に恋をしたいと思ったときは、これからは自問自答できる。
「お前は日々の非充実感を恋愛で穴埋めしようとしていないか?」
「自分が今、向き合うべき問題から目を背けようとしていないか?」
 
恋をするより先に、人生がどうしたら良くなるかを考えることが先なのだ。
「恋に逃げるな」「男を人生の穴埋めに使うな」
それがここ1、2年で得たマイ哲学だ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
小石川らん(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

天狼院ライターズクラブ所属。惚れっぽさが取り柄。ジョージ朝倉の描く「好きになっちゃいけない系」男子が真の好み。

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2020-10-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol,99

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