第1回:世界最高峰の100マイル(160km)レース『UTMB』への挑戦!!《ウルトラトレイルランナーが案内する日本一過酷な鎌倉・湘南観光》
2021/07/05/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)
プロローグ
「がんばれー、がんばれー」
私は大声援の中、懸命に走っていた。
心臓は張り裂けるのではないかというほど激しく鼓動している。
沿道にはたくさんの人が私を応援してくれていた。
その大声援を背に私はひたすら走った。
そのとき私は心の中で
「やめろ、見るな!! 応援なんかするな」
と叫んでいた。
私は小学校の校内マラソン大会で断トツの最下位を走っていたのである。
私にとって走ることはコンプレックス以外の何物でもなかった。
私は幼少期から太っていて、中学校2年生の時には体重が100kgを超え学校一の肥満児になっていた。そんな人間が走ることが得意なはずがない。
小学校5年生から中学一年生までの3年間、校内マラソン大会は全て学年最下位。そして中学二年生の時はあまりにも走ることが嫌すぎで、ついに禁断の手を使ってしまった。
「仮病」
マラソン大会当日の朝に激しい腹痛に襲われ、とてもではないが走ることが出来ないと母から学校に電話してもらった。
酷い罪悪感を感じたことを30年たった今でも鮮明に覚えている。
そんな私がいま最もハマっているのが「トレイルランニング」という山の中を走る山岳レースというのだから、自分でも信じられない。
走ることにトラウマと言ってもいいほどのコンプレックスを持っていた私がなぜそんな競技を行っているのか。
きっかけは友人から言われた「村おこし」という一言だった。
生まれて初めてのトレイルランニング
今から8年前の35歳の時に友人から「夏の白馬村の村おこしのためにトレイルランニングのレースを開催することになったから盛り上げるためにもぜひ参加してよ」と誘われた。
白馬村と言えば1998年の長野オリンピックのスキージャンプの会場となった場所で、観光客でにぎわっているイメージしかなかったが、聞けば冬場以外は観光客もまばらで、一年を通せば財政的にも厳しい状況にあるとのことだった。
そのため、夏場に観光客を呼ぶために何か新しいスポーツイベントを立ち上げようという事で「トレイルランニング」の大会を企画したというのだ。
正直トレイルランニングという言葉はその時に初めて聞いた。
走ることすら嫌なのに、そのうえ山の中なんて、考えただけでゾッとした。
しかし当時私は地方再生に強い関心を持っていたため「村おこし」というキーワードに興味を惹かれた。そして走ることは嫌だが、村おこしのためなら協力したいと思い、参加すると答えてしまったのだ。
そのころの私は仕事のストレスを食事とタバコで解消していたため、体重は105kgまで増えていた。さすがにこの体重では走れないと思い、レースまでの3か月間で減量することを決意し、タバコも止め毎朝走り始めた。結果として10kgの減量に成功し、何とか10kmは続けて走ることが出来るようになった。そしてレース当日を迎えた。
私が参加するのはショートコースという最も短いレースだった。しかしショートと言っても距離は10kmで山の中だから甘いわけない。私は子供のころのマラソン大会を思い出し緊張していた。
ところが会場に着いてみると、私のイメージしていたものとはまるで違い、音楽が鳴り響き、DJがマイクで盛り上げ、さながら野外フェスのような雰囲気に包まれていた。あたりを見渡すと、子供や女性、そしてかなり年配の選手も多く、マラソン大会のような緊張感など微塵もなかった。
そしてスタートが近づくにつれて、盛り上がりは最高潮となり、興奮がピークに達した時にスタートの合図がなった。選手が一斉に走り出した。
大会が行われた9月の白馬村は、気温が30度近くあったが、川沿いは涼しい風が吹き、火照った体を冷やしてくれた。遠くには3,000mを超える北アルプスの山々が連なり、その絶景に目を奪われた。
そして山の中に入ると、地面には落ち葉が何層にも重なりフカフカしていて、まるでクッションの上を走っているようで足への衝撃を和らげてくれた。
フラットなところは走り、少し上り坂になるとみんな歩き、走れる下り坂は気持ちよく下っていった。
途中のエイドステーションでは地元のボランティアの方々が選手に飲み物や食べ物を振る舞ってくれて、それがとても嬉しかった。
そして10kmはあっという間に終わり、スタートから2時間後、私はゴールテープを切った。
「楽しかった」
私は心の中で呟いた。
たった一回のトレイルランニングのレースが私の中の
「走る=辛い、苦しい、恥ずかしい」という記憶を、
「走る=楽しい、気持ちいい」に変えてしまったのだ。
そして私はトレイルランニングにハマっていった。
UTMB(ウルトラ・トレイル・デュ・モンブラン)との出会い
トレイルランニングのことをもっと知りたくなり、専門誌や情報サイトを手当たり次第に見ている中で、私はある特集記事に目が止まった。
「世界最高峰の100マイル(160km)レース『UTMB』への挑戦」
そこには「Ultra trail du Montblanc|ウルトラ・トレイル・デュ・モンブラン(通称UTMB)」というレースの紹介記事が掲載されていた。
開催国:フランス(シャモニー)
開催月:9月
走行距離:170km
累積標高:10,000m
制限時間:46時間
このレースはヨーロッパアルプスの名峰「モンブラン」の周りをぐるりと一周するレースで、過去には日本人プロトレイルランナー「鏑木毅」が3位に入ったと書かれていた。
私はレースプロフィールを見て驚愕した。
「制限時間が46時間? 約2日間もの間ずっと走るの? 睡眠は? 食事は? そもそも人間はそんなに長距離を走ることが出来るの?」
私は初めて見るウルトラトレイルランニングの情報に目を奪われた。
自分の人生にこんな大冒険が訪れるのかと思うと興奮せずにはいられなかった。
そしてこの世界最高峰のレースに参加したいという衝動が自分の中に湧いてくるのを感じた。
しかしUTMBに参加するためには、国内の100km以上のウルトラトレイルレースを複数完走し、ポイントを貯めないとエントリーできないことが分かった。
この時、私に新たな目標が見つかった。
自分の人生がドラマティックになる
「何のためにそんなことしてるの?」
私がウルトラトレイルランニングを走るようになると、この質問を何回も聞くようになった。おそらくこの言葉は、自分の理解が及ばないことを行っている人に対して人間が無意識にかけてしまう言葉なのだと思う。
その質問に対して答えはいくつか用意することはできる。
「山の中を走るのが気持ちいいから」
「絶景をみることができるから」
「楽しいから」
しかし、私は最近もっと本質的な理由があることに気が付いた。
それは「人は自分の人生にドラマを必要としている」という事だ。
想像してみていただきたいのだが、嬉しいことも、楽しいことも、辛いことも、苦しいことも何も起こらず、ただ毎日が過ぎ去っていくとしたら、あなたは人生に意味を見出せるだろうか?
おそらく自分の人生をつまらないと感じるのではないかと思う。
人生は起伏があり、そして最後に嬉しいゴールを達成して初めて人生に生きがいを感じられるのではないかと私は考えている。
私がウルトラトレイルランニングに夢中になっているのは、「自分の人生にドラマを作ってくれるから」だと考えるようになった。
例えるならウルトラトレイルランニングは、自分が主人公の「ロールプレイングゲーム」なのだ。
ロールプレイングゲームが面白いのは、明確な「ゴール(目的)」があり、そのゴールを妨げる「敵(障壁)」が存在し、その敵に対して自分が「成長」してより強くなり戦えるようになるからだ。
つまり「ゴール(目的)」「敵(障壁)」「成長」の3つが揃ったときに、そこにドラマが現れ、人はそれを面白いと感じるのだと思う。
そしてウルトラトレイルランニングにはこの3つの要素が全てバランスよく揃っている。
レースには100km、160km先に明確な「ゴール」が設定されている。
そしてそのゴールは平坦な道であっても厳しい距離なのに、さらに選手の「障壁」として「山」という自然が立ちはだかっている。
その山はいつも選手を温かく見守ってくれているわけではなく、時には選手をまったく寄せ付けないほどの厳しい「障壁」となって立ちはだかることがある。
そして選手たちはその障壁を乗り越えるために自分の肉体を鍛え、山と自分の肉体に関する知識を身に着け、装備を用意し、精神力を鍛え「成長」しなければならない。
これらすべての要素が揃っているからこそ、100km先のゴールを達成した時に、これまでの人生では味わったことがない興奮と達成感を味わうことが出来るのである。
それは人生において、他では味わうことが出来ないほどドラマティックな冒険なのである。
そしてその最高峰に位置するゲームが「UTMB」であり、その刺激的な冒険を味わいたくて世界中から猛者たちが集まってくるのである。
憧れの大舞台
2019年9月、私はついにその舞台に立ことができた。
会場には世界中から2,300人のランナーが集まっている。
UTMBは「天国のような景色の中を、地獄の苦しみとともに走るレース」と称されるレースである。完走率は毎年50~60%。天候が荒れればさらに完走率は下がる過酷なレースだ。
スタート会場であるシャモニーは人口6,000名の小さな街だが、この時期には選手とサポーター、観光客を合わせて10,000人が訪れると言われ、街の中はUTMB一色となっている。
スタート時間が近づき、会場のボルテージは最高潮に達していた。
カウントダウンが始まると、選手はみな少しずつ前に進みだし大きな流れが出来始めた。
そしてスタートの合図とともに選手は一気に走り出した。
レースは山の登りだけを足し合わせた累積標高で10,000mを超えている。
170km走る中でエベレストを一回分以上に山道を登らなければいけない計算だ。
そして同じ分だけ山道を下らなければいけない。その衝撃は足と体全体にダメージを与え、レース後半には痛みは足だけでなく全身におよび、一歩進むたびに全身に痛みを生じた。
そして選手は一回のレースでおよそ15,000kcal消費するため、その分のエネルギーを補給しながら進まなければならない。成人男性が1日に採るエネルギーが2,500kcalだとすればおよそ6日分の食事をとりながら走る計算だ。そのため内臓機能も激しいダメージを受ける。
選手は後半になると下りで受ける衝撃と、内臓機能の低下により胃が食事を受け付けなくなる。私もレース後半、コース上で全てのものを吐き出した。激しい胃の痛みで120km過ぎのエイドステーションで1時間近く動くことが出来なくなった。
さらに2日間寝ずに走ると、脳へも過剰なストレスがかかるため、幻覚が見え始める。
山の中を走っているときに周りの木々や岩が人の顔に見えたり、生き物に見えたりする。そして意識が朦朧として、いま自分がどこにいるのか、起きているのか夢の中なのか区別がつかなくなることさえある。
選手はこういった様々な困難を170kmの間に経験する。
そしてそれを全て自分の力だけで乗り越えないとウルトラトレイルランニングを完走することはできない。
私も途中で何度も心が折れかけた。
しかし、スタートから42時間経ったときに、私はモンブランをぐるっと一周周りスタート地点であるシャモニーの街に戻ってくることができた。
街に入ると沿道にはたくさんの観衆が私を出迎えてくれた。
英語、フランス語、イタリア語、そして中には日本語で
「おめでとう」
「あと少し頑張れ~」
と声をかけてくれた。
嬉しさで涙が出るのを必死でこらえた。
その声援はゴールゲートに近づけば近づくほど大きくなっていった。
そして42時間30分で私はついにUTMBのゴールゲートをくぐった。
仲間が駆け寄り私のゴールを出迎えてくれ、私は興奮と感動で言葉を失った。
子供のころ、あれほど嫌っていた走ることが、人生最高の感動を与えてくれることとなった。
これほどのドラマを人生で何回味わうことが出来るのだろう。
私は今でもあの感動を忘れることが出来ない。
そしてこれからも私はウルトラトレイルランニングという冒険を続けていくつもりだ。
その面白さを少しでも多くの人に届けるためにこの連載を始めたいと思う。
私が現在暮らしている鎌倉(湘南エリア)には素晴らしいトレイルが広がっている。
その名所をウルトラトレイルランナーである私が皆さんをご案内したいと思う。
もしかしたら決して挑戦することは無いかもしれない人たちにも、少しでも分かりやすく伝えるために、この連載では文章と写真、そして動画を使ってお伝えしていこうと思う。
ウルトラトレイルランニングという冒険をぜひあなたにも感じていただきたい。
□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)
静岡県生まれ。鎌倉市在住。
幼少期は学校一の肥満児で、校内マラソン大会では3年連続最下位。ところが35歳の時にトレイルランニングに出会い、その魅力に憑りつかれ、今ではウルトラトレイルランニングを中心に年に数本のレースに参加している。2019年には世界最高峰のウルトラトレイルランニングの大会「UTMB」に参戦し完走。普段は鎌倉・湘南エリアを中心にトレイルランニングを日常として楽しんでいる。
この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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