ウルトラトレイルランナーが案内する日本一過酷な鎌倉・湘南観光

第13回:Road To 「TOR DES GÉANTS」④ ~トルデジアンとイタリア人~《ウルトラトレイルランナーが案内する日本一過酷な鎌倉・湘南観光》


2023/10/9/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
Sさんが亡くなったことは本当に辛い出来事ではあったが、しかしその後レース中にどんない辛いと思っても辞めたいという気持ちに一歳ならなかったのは、Sさんのことがあったからというのは間違いない。
 
※Sさんについてはこちらの記事を参照
https://qr.paps.jp/Ql2Kg
 
コース中、最長区間であるセクション2にあってこのマインドになれたことは幸運だったかもしれない。
それほどセクション2の山はキツかった。
 

 
ちなみにこのセクション2がどれほど厳しい区間か数値でご説明しよう。
 
一つ目の「Col Fenetre」まで9km進む間に+1320m(平均斜度+14.6%)
そこから次のエイドまでは4.9km進む間にー1200m(平均斜度ー24.4%)
 
二つ目の「Col Entrelor」までは5.4kmで+1313m(+24.3%)
下りは10km、ー1437m(ー14.3%)
 
そして三つ目の「Col Loson」までは12.3kmで+1895m(+15.4%)
そして「Cogne(コーニュ)」までが13.4kmでー1971m(ー14.7%)
 
これは山を登ったことがない人にはピンとこないかもしれないが、どの区間も鬼設定である。
1000m以上アップして、1000m以上ダウンするのを3回繰り返すことがどれほど体にダメージを与えるか。しかもこれを2000mを超える炎天下の中で行わなければならないのである。
例えるなら……
 
いや、思いつかない!!
とにかくキツイとしか言いようがない。
とりあえず一つ目の「Col Entrelor」を降りた直後のエイドでは選手たちはこんな感じである。
 

【机に突っ伏して寝る選手たち】

 
そして最も平均斜度がキツイ二つ目の「Col Entrelor」ではこのような斜面を登り続ける。
 

【しかしこんな斜度でも海外選手はグイグイ進んでいく】

 

【頂上付近は足場がガレていて最後は手を使わないと登れない】

 
そしてようやく頂上に辿りつくことができた。
 

【Col Entrelorの頂上】

 
正直、ここの登りはかなり体にこたえた。
ちなみにここだけの話しだが、Col Entrelorの頂上に着いたら若い女性がお尻を出していた。
たぶん着替えていたのだと思うが、こんなところで着替えるなんて大胆というか、やっとの思いで辿りついた頂上でまさかこんなごほう、、、。
 
いやまあ、とりあえず元気が出たという話しだ。
そんなことより、ここからの下りが絶景だった。
 

【標高2600mにあるエメラルドグリーンのシュバルツ湖】

 

【4000mは超える山々を見ながら進む】

 
こんな景色はおそらく日本では見ることができないと思いながら、エイドステーションに向かって進んだ。
そして「Col Loson」手前のエイドまで辿り着き、ここで一息ついて本日のメインイベントに向かって準備を整えた。
 

【地元のかわいいマンマたちがサポートしてくれた】

 
 

Col Loson


エイドからコル・ロソンまでは12kmで約1900mアップの厳しい区間である。
しかも相変わらず日差しは容赦なく照りつけていて暑い。
 

【Col Losonは道が巻いていて下からはどこに向かうのかわからない】

 
自分の中ではおそらく山頂まで3時間ぐらい。その後のエイドまで1時間はかかると思ったのでトータル4時間は補給ができないと予想した。水切れが怖いので胸の500mlの2本のボトル以外にもザックには予備として500ml入れておいた。それでも水切れを起こした場合には最悪途中の湧水に手をつけるしかないと覚悟していた。
 
そのためできるだけ水分を補給しなくてもいいようにペースは比較的ゆっくり進んだ。
トルデジアンの特徴は途中に湧水や川、そして放牧している牛が飲む水場が多数あることだ。
しかし、この途中の水は日本人にとってはかなりリスキーである。過去に多くの日本人がこの水によって下痢になり悲惨な目にあっているのである。
 
だから私はレース中は基本的にエイドに置いてあるペットボトルの水以外は飲まないことに決めていた。しかし、地元の外国人ランナーたちは途中の水場でグビグビ飲んでいて、これで腹を壊さないのであれば羨ましいと感じた。
 

【水場に集まり談笑する外国人ランナーたち】

 

【この人は白く濁る水をガッツリ飲んでいたが自分は手を出せなかった】

 
自分は水場では暑さ対策として被り水をするだけにして先を進んだ。この頃になるとトレイルで限界を迎えている選手たちもチラホラ現れ出した。すでにレースがスタートしてから30時間近く経っている。
 
日本の夏と違って湿度が低いので日陰は爽やかな風が吹き、ピクニックだったら最高の日和だろうなと思った。しかし、ここでのんびりしていては明るいうちに次のライフベースまで辿り着けないので、気持ちよさそうに寝ているランナーの横を足早に進んだ。
 

【トレイル上で気持ち良さそうに寝るランナーたち】

 
 

旅は道づれ、世は情け


そんな時、後ろから突然「あなた日本人?」と声をかけられた。
振り返るとそこには一人の日本人女性ランナーが立っていた。その方はジュンコさんとおっしゃるアメリカ在住の方だった。
 
ここまで一人で進んできたので日本語で会話するのが久しぶりという気がしたのと、ジュンコさんのお話しがめちゃくちゃ面白くて気がついたら一緒に進んでいた。この時私は高山病の症状で2500mを超えたあたりから強い眠気に襲われていたので、ジュンコさんと会話しながら進むことができたのは気を紛らわすことができてとてもありがたかった。
 
そこから二人で1時間ほどおしゃべりしながら進むとようやく3294m地点の「Col Loson」に辿り着いた。おしゃべりできたおかげで思っていたほど疲労感はなく登頂することができた。
 

【Col Losonからの景色】

 
そこから第二ライフベースの「Cogne(コーニュ)」までは約2,000m下らなければいけないのだが、相変わらずジュンコさんのトークが冴え渡り、辛いはずの道中も楽しく進むことができた。
 

【長い下りが続くが軽快なトークが続く】

 
そうこうしているうちに本日の目的地であるコーニュに到着。
ここでは友人のマユミさんにサポートをしてもらうことができたので、食事とシャワーを浴びて2時間仮眠をとることにした。そしてジュンコさんとも出発時間を共有しお互いしばし休憩をとった。
 

【コーニュは綺麗な体育館がライフベースになっていた】

 

【ここのエイドからだんだん食事内容が良くなっていった】

 
コーニュではシャワーや着替え、仮眠をしっかりとったのでトータル4時間滞在した。
そして先に準備を済ませて待っていたジュンコさんのところにいくと、彼女はヤマナカさんという日本人男性とおしゃべりしていた。
 
ここからは2回目の夜間パートなので私たちは一緒に進み始め、これまでの間でどこがキツかったなど話しながら進んだ。またお互い持っている補給食の中で知らない物があるとそれを交換したり、体調が優れない時には常備薬をあげたりと、まさに苦楽を共にする仲間ができ、これまでより楽しく進むことができるようになった。
 
まさに「旅は道づれ、世は情け」である。
 
 

セクション3



 
セクション3はコーニュから「Donnas(ドンナス)」までの45.7km、獲得標高2768mとセクション1、2と比べると登りが少ないため、比較的楽な区間と言われている。
しかし、区間最高地点の「Champorcher(2826m)」からドンナス(322m)まで一気に降りなければならないので、下りの累積はー3981mにもなる。Champorcherからドンナスまで約30kmだから、富士山山頂から御殿場口を通って御殿駅まで行くのとほぼ同じ強度だった。
 
正直この区間は夜間パートのため、景色もほとんど見ることができず無心で前に進むしかなかった。
 
 

イタリア人


ここで少しイタリア人の気質について感想を述べてみたい。
「Chanpocher」への登りで途中小さなエイドがあったのだが、夜中の11時ごろだったと思うが、エイドのおじさんがかなりのハイテンションで出迎えてくれた。
 

【写真を撮ろうとしたら勝手にカメラ目線をくれた】

 
これはこのおじさんに限った話ではなく、基本的にイタリアの人は陽気である。どのエイドに行っても皆が陽気に対応してくれて、しかもとても親切だった。ランナーたちに「何かしてあげたい」という気持ちをものすごく感じた。
 
エイドで自分が飲み物を探していると「何を探してるの?」と声をかけてそれを持ってきてくれるし、ライフベースでシャワーの場所がわからないと言って尋ねると「そうか、ついてこい」と他のことをしていたおじさんが手を止めて私をシャワー室と仮眠所まで丁寧に案内してくれた。
 
また道すがらすれ違う人たちも「チャオ」「ブラーヴォ」と言って声をかけてくれる。しかも皆な笑顔だ。
イタリア人は日本人に比べて人生を楽観的にストレスをあまり溜めずに生きていると「最後はなぜかうまくいくイタリア人」という本に書いてあったが、これは本当だろう。
 
ただ、楽観的というか大らかすぎて逆に焦ったのは、このエイドで腹が痛かったのでトイレに行こうとしたのだが「トイレはあるか?」と聞いたら、ここには貸し出すトイレはないという。「でも腹が痛いんだ」と言ったら、「皆なその辺りでしてるよ」と言って野○ソをすすめられた。
 
仕方ないのでコースから外れたところで用をたそうとしたら、同じように考えているランナーが他にもいて、少し離れたところで一緒にすることとなった。そしてよくみたらあたりにそれらしきブツがいっぱいあった。日本ではなかなか考えられないことだが、ここではそれが当たり前なのである。よく考えればここは牧草地で至る所に牛が放牧されているのでトレイル上にも牛の糞が山ほどある。
 
「牛の糞も人間の糞も同じでしょ」というのがイタリア人の考えなのかもしれないが、この辺りが大らかだなと思った。
 
あとこれは余談だが、イタリア人男性は女性に優しいというイメージがあるがこれも本当らしい。
ある人に聞いた話しでは、レース中に選手同士がパックになって先頭を誰かに引っ張ってもらうというのはよくあるシーンで、日本ではその先頭を女性が走ることも珍しくはない。女性は男性よりもペースを乱さずに一定の速度で走る人が多いので、実はペーサーに向いていると私も思っている。
 
ところが、それをみたイタリア人男性が「女性を先頭にするとはそれでもお前たちは男か!!」とその集団に対して一喝したというのだ。他にも段差が大きなところでは前にいたイタリア人ランナーが上から手を引いてくれたとか、とにかくイタリア人男性の女性への気遣いはレース中であっても決して忘れないのである。
 
なんでもかんでも女性を立てればいいという話しではないと思うが、兎角日本人は愛情表現が苦手で女性に対しても「クールでいることが男らしさ」と勘違いしがちである。女性に接する態度に関して日本人はイタリア人から学ぶことが多いなと感じたエピソードだった。
 
 

ドンナス


セクション3の後半はとにかくずっと降りっぱなしである。
途中の「Chardonney」という街まで来たときに夜が開け始めた。まるで童話の世界のような美しさに心が奪われた。
 

【美しい夜明けとは裏腹に残酷なほど急な下りが続く】

 

【どこを切り取っても可愛らしい街だった】

 
そして長い長い下りもようやく終わってドンナスの街に降りたった。
やっと休憩が取れると思って走るのだが、これがなかなか着かない。。。
事前にドンナスは街に降りてからが長いよとは聞いていたが、すでにこの時3,000m以上下ってきたので脚は売り切れ状態だった。とにかく早くライフベースに辿り着きたいのに3キロ近く街中を走らされた。
 
途中でトルデジアンでは有名なバール城塞やローマ街道跡のトンネルなど、観光名所があるのだが、とにかく早くLBで休ませてくれと願わずにはいられなかった。
 

【19 世紀にサヴォイア家によって建設されたバール城塞】

 

【2000年前に作られたローマ街道跡】

 
そしてやっとのことで第3ライフベースのドンナスに到着した。
 

【第3ライフベースのドンナス】

 
スタートからここまで150km、獲得標高は12,000m、そして50時間が経過していたがまだ半分にも達していなかった。第3セクションは比較的イージーだと聞いていたが、それはとんだ嘘だった。
トルデジアンに楽なパートなど一つもないことはこの後も嫌というほど味わうことになった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)

静岡県生まれ。鎌倉市在住。
幼少期は学校一の肥満児で、校内マラソン大会では3年連続最下位。ßところが35歳の時にトレイルランニングに出会い、その魅力に憑りつかれ、今ではウルトラトレイルランニングを中心に年に数本のレースに参加している。2019年には世界最高峰のウルトラトレイルランニングの大会「UTMB」に参戦し完走。普段は鎌倉・湘南エリアを中心にトレイルランニングを日常として楽しんでいる。

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