ウルトラトレイルランナーが案内する日本一過酷な鎌倉・湘南観光

第26回:Malaysia Ultra-Trail by UTMB② 〜レース編(前編)〜《ウルトラトレイルランナーが案内する日本一過酷な鎌倉・湘南観光》


2024/12/4/公開
佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
私はマレーシアに到着してレースまでの4日間、マレーシアの食事の美味さを十分堪能した。
今年の8月にダイエットを始めてからというもの、チートデイにいつもよりも多くの食事を摂ることはあったとしても、ラーメンやハンバーガーなどのスーパージャンクフードには手を出さず、お寿司などの低脂質、または肉料理などの低糖質な食事を食べるにとどめていた。
 
ところがマレーシアに来てからは、韓国焼肉、中華(炒飯や小籠包や水餃子)、イタリアン、メキシカンなど、和洋中問わず1日に一食は好きなものを好きなだけ食べた。
この食事についての満足感は前回の記事にまとめたのでぜひそちらもお読みいただきたいが、それは自分の食事への価値観を変えてしまうほどの満足感を自分にもたらしてくれた。
 
【参考】Malaysia Ultra-Trail by UTMB① 〜食事編〜
https://tenro-in.com/ultra_trail-kamakura_shonan/335876/
 
正直、食事がこれほど自分にとって重要だとは今回マレーシアに来るまで気が付かなかった。
まさに「自分の価値観を満足させる料理」を今回の旅で感じることができたのである。
 
そんな最高に贅沢な4日間をペナン島で過ごしたのだが、後半はいよいよ今回のメインイベントである「Malaysia Ultra-Trail by UTMB」に参加するために、ペナン島から70kmほど南に行った「タイピン」に移動することになった。
 
本当に正直なことを言えばペナン島を離れたくなかった!!
なんならレースに参加しないで残りの日数全部ペナン島で美味しいものを食べる旅行に変えてもいいとすら思えたww
しかしそれではなんのためにマレーシアに来たのか、全くわからなくなってしまう。
私は後ろ髪を引かれる思いでペナン島を後にした。
 
 

Malaysia Ultra-Trail by UTMB


さて、この連載の主題であるトレイルランニングに話しを移そう。
今回参加する「Malaysia Ultra-Trail by UTMB」はその名の通り「UTMB」に参加するためのオフィシャルレースである。
ここで「UTMBシリーズ」について詳しくない方のために簡単にその仕組みを紹介すると、世界で最も人気があるトレイルランニングの大会「UTMB(Ultra-trail du Mont-Blanc)」に参加するためには世界中で開催されている「by UTMB」という冠が付いたレースに参加して「ストーン」と呼ばれるポイントを獲得しなければならない。その獲得したストーン数に応じてUTMB本戦に出るための「抽選確率」が上がるという仕組みなのである。
 
ちなみに現時点で「by UTMB」にカウントされているレースは世界で43個のレースがあるらしい。
 

【UTMB公式HPより引用】
https://utmb.world/utmb-world-series-events

 
自分が好きなマレーシアでレースを探していた自分にとっては今回のレースはまさにピッタリだったのである。
少しだけ残念だったのは最長距離で100kmまでしかなかったことである。
自分としてはやはり100mileにこだわりたい気持ちがあったので、できれば100km以上のカテゴリーが欲しかったがそこは欲張りといったところか(笑)
 
【コースプロフィール】
距離:98km
累積標高:4,937m
制限時間:32時間
 
【前半50km(スタート〜C5)】

 
【後半50km(C5〜ゴール)】

【後半50km】

 
コースは前半と後半で大きく2つに分けることができる。
コースの断面図を見てもらうとわかるが、前半は比較的小さな山を走り、後半C6エイドを過ぎた後に1,200mアップの山を2回超えるという設定である。
 
これだけ見ると、ベテランランナーであれば全体的には走れるコースで後半まで足を残せれば、比較的攻略しやすそうなレースであると思うのではないだろうか。
ところがこのレースには事前情報からだけではわからない熱帯の国ならではの罠がいくつも仕掛けられており、ペナン島で美味しいものを食べ完全に観光モードになっていた自分は、この後地獄を見ることになるのである。
 
 

熱帯雨林のジャングルトレイル


レースは11月16日(土)の朝3時のスタート。
前日の15日(金)に受付をしに会場まで来ると、会場はバケツをひっくり返したような大雨が降っていた。
宿泊する宿のオーナーさんが車で会場まで連れて行ってくれたから良かったものの、タイピンでは毎日雨が降るそうで、言われてみればここは熱帯雨林のマレーシアであることを今更ながら思い出した。
宿のオーナーが言うにはタイピンでは雨が降らない日がないほど雨が多く、また日中になると30℃を超える暑さだという。
つまり今回は大雨のジャングルの中を走るということである。
当然地面はぬかるみ下りはスリッピーになるだろう。
「これは想像以上に過酷なレースになりそうだな」と思い、私は宿に帰り早めに仮眠をとってレースに備えることにした。
 
日付が変わった土曜日の深夜に準備を済ませ、宿から2kmほど離れたタイピンの中心地にある会場に向かうと、雨は断続的に降り続き、スタート時点では割と本降りの雨となった。
しかし、さすが熱帯地方なので、雨が降っていても寒さはほとんど感じない。
むしろこれから走り出して暑くなることを考えればこのくらいの雨は問題なかった。
 

【スタート会場のエスプラネード タイピン】

 

【雨の中スタートを待つ選手たち】

 
スタートの3時前になると選手がスタートゲートに並び、会場は熱気に包まれた。
いつも思うがこのスタート直前のこの雰囲気は、緊張感とワクワク感が入り混じり堪らない興奮がある。
10秒前からカウントダウンが始まり、スタートの合図とともに選手が一堂にゲートをくぐりコースに飛び出して行った。
 
ここで最初に結論を書こうと思う。
今回おそらくスタート地点には400〜500人近いランナーがいた。
私はその中で総合13位、男性カテゴリーで10位、年代別でも4位でゴールをした。
(日本人が何人参加したかはわからないが、日本人では1位だった)
 
正直この記録は自分でも驚きの結果だった。
 

 
当初の予想ではタイムは20時間以内、順位も50位以内に入れたら良いなと考えていた。
ところが、予想よりもはるかに早くゴールすることができ、まさか一緒に行った嫁と娘が起きている時間帯にゴールできるとは夢にも思わなかった。
上のスタート前の写真を見ていただいてもわかると思うが、この時点で私の前には100人以上のランナーが並んでいたが、私は彼らのほとんどを抜いてゴールしたのである。
 
しかし、実際に私の感覚としては、コースを走っている最中に抜いた選手はそんなに多くはいなかった。
ではなぜ順位が上がったかというと、レース中盤から終盤になるにつれて、エイドステーションには椅子に座り込み動かなくなった選手が次から次に現れ、彼らをパスしてるうちに順位が上がって行ったのである。
 
そう、このレースはコースプロフィール以上に過酷な環境で行われたため、選手たちは途中でどんどん脱落していく「サバイバルレース」になっていたのである。
 
 

泥濘地獄


コースプロフィール上は、レース前半50kmまでは比較的走れるように見える。
しかし、実際にはトレイルに入ると、地面は雨でぐちゃぐちゃにぬかるみ、下りは泥で何度も転びそうになる程スリッピーな状態であった。
加えて最初の登りでいきなりロープを使って上らなければいけない場所が何箇所もあり
「え、最初のあの小さい山がこれなの?」
と初っ端からこのレースの洗礼を浴びることになった。
 
加えてマレーシアは朝7時ごろに日が上るためスタートから4時間近くはずっと夜なのである。
ドロドロ、ツルツルのトレイルを走るので、思ったよりも前に進まない。
加えて、ぐちゃぐちゃの泥の道を走っていると、靴には泥がべったり張り付き、粘土質のところでは途中で靴が泥に捕まりスポッと抜けてしまうほどだった。
しかもマレーシアの気温は日が上る前でも20度以上あり、雨が降ったせいもあり森の中はかなりの湿度と高温で思った以上に汗をかき水分を必要とした。
 
スタートから4時間が経過して朝7時を過ぎたあたりから夜があけ始め、明るくなってきてようやく自分がどんな場所を走っているのか全体像を見ることができた。
そこは完全にジャングルであった。
 

【ここに見えている全部がドロドロ】

 

【エイドステーションでは水分補給が欠かせなかった】

 

【自分がジャングルの中を走っていることにやっと気がついた】

 
 

容赦ない日差しと終わらないロード


ちょうど夜が明けたあたりで、C3エイドに到着した。
ここからC4エイドまでの11.7kmはコースプロフィール上はほぼフラットに見えるが、実際この区間は林道とロードで繋ぐ走れる区間だった。
しかし、日が登り始めると気温はぐんぐん上昇し、特にロードに出てからは日差しを遮るものが一切なく、容赦無く日の光を浴びなければならなかった。
そして、とにかく暑い上にこの11kmが全く終わらない…
 
明け方まで4時間近くドロドロのトレイルを走ってきた足にはかなりダメージが蓄積されていて、ここでのロードは地獄だった。この区間では何人もの選手が途中で歩き始めていた。
 
しかも後で分かったことだが、この時点で私は45位くらいだった。
つまりこの時一緒に走っている選手は比較的上位選手ということだ。
そんな彼らが100kmレースの30km過ぎのロードですでに歩いているのである。
これだけでもここまでの道のりがどれほどキツかったかわかっていただけるのではないだろうか。
 

【C3のエイドで夜が明け始めた】

 

【いつ終わるかわからないひたすら長いロード】

 
 

異変


どこまで続くんだと思ったロード区間もようやく終わりC4エイドに到着した。
しかし、ここにきて私は一つ気がついた。
C3からC4までのこの区間、私は一度も歩かなかったのである。
 
この区間でおそらく5〜6人の選手をパスした。
そのほとんどの選手が途中で歩いていたので、私は追いつくことができたのだが、私は長い、暑いと思いながらも結局一回も歩かずに到着することができた。
しかも驚いたことに、足にはまだ余力があり、走るにはまだまだ問題ないレベルだった。
 
私はここで初めて、自分の調子がいつもと違うことに気がついた。
 
「あれ、もしかして今日調子いい?」
 
明らかに周りにいる選手たちにくらべて自分の方が動きがいいことに気がついた。
またこのC4エイドあたりから、エイドの椅子に腰をかけて辛そうにしている選手たちが現れ始めた。
またエイドにいる時間も明らかに長くなっているのが見てとれた。
中にはリタイヤをしようか迷っている選手もいた。
 
それに比べると自分は肉体的にも精神的にもまだまだ余力があることに気がついた。
とはいえまだ40km地点であと残り60kmもある。
さらに最後にあのラスボス2つの大きな山が残っている。
決して楽観視できる状況ではないことはよくわかっているが、不思議と今日は行けるような気がしていた。
 
C4で軽く補給を済ませ出発すると、ここでも早々に2名のランナーに追いつき彼らをパスしたが、彼らは明らかに自分よりも疲労していて、抜いた後も全く追ってくる気配がなかった。
 
「今日は行けるところまで行ってみよう」
 
そう思えるほど、調子の良さを感じることができた。
気持ちが上がると不思議と体も動き出すものである。
 
C4エイドを出た時点で私の順位は37位まで上がっていた。
しかし、後半の二つの山がモンスター級だということにこの時私はまだ気がついていなかった。
 

【やっとついたC4エイド】

 

【10本以上は食べたバナナ】

 

【前方には2名の選手が見える】

 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)

静岡県生まれ。鎌倉市在住。
幼少期は学校一の肥満児で、校内マラソン大会では3年連続最下位。ところが35歳の時にトレイルランニングに出会い、その魅力に憑りつかれ、今ではウルトラトレイルランニングを中心に年に数本のレースに参加している。2019年には世界最高峰のウルトラトレイルランニングの大会「UTMB」に参戦し完走。2023年イタリアで開催された330kmの超ロングトレイルレース「トルデジアン」に完走。普段は鎌倉・湘南エリアを中心にトレイルランニングを日常として楽しんでいる。
天狼院メディアグランプリ 56st season 総合優勝

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