第28回:100mileレースは壮大な人体実験だ!!《ウルトラトレイルランナーが案内する日本一過酷な鎌倉・湘南観光》
2025/6/2/公開
佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)
「あー、またやってしまった…」
そう言ってやってしまった後に後悔したことは一度や二度ではない。
例えば深夜のラーメン。
食べたら太ることはわかっているけど、家に帰るまでにどうしてもラーメンが食べたくて、深夜まで開いているラーメン屋に吸い込まれた人は私だけではないはずだ。飲んだ後の〆のラーメンを食べている時の美味さと言ったら、ちょっとした罪悪感も含めて楽しんでいるのではないだろうか。
このように「わかっているけど、辞められない」。
周りからしたら「なんでそんなバカなことをするの?」という愚かな行いのことを「愚行」という。
しかし、現代人にはこの愚かな行いを、他人に迷惑をかけない範囲であれば行ってもいい権利として「愚行権」があるとされている。
・深夜のラーメン ↔︎ 絶対に太るからやめておけばいいのに食べてしまう
・タバコ ↔︎ 健康に良くない上に、お金が煙のように消えていく
・パチンコ ↔︎ 胴元が勝つようにできてるんだから長期的には儲からない
このようにそれをやらない人から見たら、なんでそんなことに時間とお金をかけるのか意味がわからないことは世の中にはたくさんあるが、当の本人からしたら「周りに迷惑かけているわけじゃないんだから、放っておいてよ」という自己中心的な決断があるはずだ。
それを「愚行権」というのである。
そんな愚行権の中でも最も愚かな行為。
それは「100mileレース」をおいて右に出るものはないだろう。
何が愚かかといえば、100mileレースはとにかく辛い(笑)
距離が長い
夜は眠い
足が痛い
気持ち悪い
下痢する
虫に刺される
ヒルに血吸われる
頭ぶつける
何でもないところで転ぶ
暑い、寒い
水分切れる
幻覚見える
気持ちが折れる
レースに出たことを後悔する
「誰だこのコース作ったの(怒)」と主催者に腹を立てる
「なんで俺こんな(辛い)ことしてるんだろう…」とレース中に後悔する
これだけデメリットがあることにさらに自ら金を払って多重苦を味わいにいくのが「100mileレース」なのである。じゃあ「なんでそんなことをしているの?」「やめればいいじゃん」「意味がわからない」と私もこれまで数百万回も言われてきた。
そんな批判に対して私の答えは
「楽から」
もうこれ以外にはない。
結論こんな苦しいことを続けているのは、楽しいからに決まっている。
自然の中に身を晒して、とんでもなく美しい景色を見た上で、自分の限界を見てみたいと思う気持ちは、何を差し置いてもそれをしたいと思わせる魅力がある。
だから「100mileレース」は辞められないのだ。
100mileレースは人体実験の場
しかし、楽しいからといって、これだけ辛いことを続けるには、それなりの理由があるように思う。
トレイルランニング界において圧倒的なスーパースターであるキリアン・ジョルネはその著書の中でこう書いている。
「僕は自分の中にマゾヒスティックな傾向があることを知った」(「雲の上へ」 キリアン・ジョルネ著書より抜粋)
彼は友達作りもせずに10代の頃から自分の体がどんな時にどんな反応を示すのかだけ追求していたらしい。
「友達が一人もいないことや変人と呼ばれることは気にならなかった。僕が知りたかったのは自分の体がどこまでいけるのかということだけだった」
かなりの変人だ。
しかし100mileレースに出ている選手なら共感できる部分があるのではないだろうか。
私もこれまで何回も100mileレースに出ているが、これだけ出ているとレース前後の自分の体の変化に興味があるし、実際それを面白がっている自分がいる。
例えば私は100mileレースが終わると必ずと言っていいほど、体が浮腫んでしまう。
特に酷いのは下半身で、太ももから下はレース後3、4日間は1.5倍ぐらい膨れ上がってしまう。
あまりにもパンパンに膨らむので、別名この状態の足のことを「象足」と呼ぶ。
まるで赤ちゃんの足のようだが、これはれっきとし40代のおっさんの足である。
このように100mileレースを走り終えると、私の体はこれまで100%の確率でくるぶしが見えなくなるほどの象足になるのである。
象足の科学
ところが、今回走った「天ヶ瀬100」という100mileレースでは浮腫みが起こらなかった。
この象足になった画像を私がSNSに投稿することを楽しみに待っている全国のファンがいるのに、今回それをお見せすることができず彼らに悲しい思いをさせてしまった。
そもそも100mileを走るとなぜ体は浮腫むのだろうか。
大きく分けると、以下の4つの理由が考えられる。
①レース中に補給が追いつかず大量の水分とエネルギーを失ったため体が危険と感じ、水分やエネルギーを蓄えてしまう
②長時間の運動により、ふくらはぎの筋肉が血液や水分を体の上に戻すためのポンプとしての機能を十分に果たすことができず下半身に水分が溜まってしまう
③消耗した筋肉(筋グリコーゲン)を回復させるために大量の水分を必要とする
④ロングトレイルを走ったことで、リンパの流れがおかしくなり、体に水分を溜め込んでしまう
これが一般的に象足になる理由と言われているが、このどれかだけでなく、おそらくこれらの複合的な理由により浮腫が生じているものと考えられる。
しかし、今回のレースでは上記の4つのどれかが起こらなかったことにより、象足にならなかったと仮説を立てることができる。つまり、今回のレースを振り返ることで、これから100mileレースに出ても浮腫を抑え、象足にならない方法が見つかるかもしれないのだ。
全国の象足ファンの皆さんには申し訳ないが、ここは一つ当日の様子を振り返ってみたい。
天ヶ瀬100
今回出場したレースは平等院鳳凰堂がある京都府宇治市で2024年に第一回が行われ、今回が2度目という比較的新しいレースだ。
【天ヶ瀬100のレースプロフィール】
会場:京都府宇治市「塔の島」
スタート時間:2025年5月17日(土)7時
関門時間:2025年5月18日(日)17時(制限時間34時間)
距離:1周16km×10周(160km)
累積標高:7,500m
これまでも周回型のレースには何度か出たことがある。
有名なところではOSJシリーズの「KOUMI」や、国内最難関レースの一つと言われる「彩の国」などが周回型の代表的なレースである。しかし、それらのレースでも3〜5周というのが一般的だが、天ヶ瀬100では10周回るというところが面白い点だ。
10周回るということは、ゴールまでに9回スタート地点に戻ってくることになる。
つまり辞めるチャンスが9回もあるということだ。
多くのランナーは何周も同じところを回っている間に「俺はなんでこんなことしているのだろう」「あと○周もこのコース回らないといけないの?」と己の愚行に気がつく。
辞めれば楽になれる、続ければまたあの山の中に行かなければいけないのか、と頭の中で天使と悪魔が激しく戦い、大方のランナーは悪魔に取り込まれリタイヤしてしまうのだ。
旅トレラン
今回このレースを選んだ理由の一つは「観光」が目的にあった。
ゴールするタイミングで家族にきてもらい、そこから一緒に奈良まで移動して娘に奈良公園の鹿を見せる約束をしていた。そのためゴール時間は家族が到着するタイミングに設定した。
しかし、これは意外と難しい。
早すぎても遅すぎてもダメなのである。
早過ぎればレースの醍醐味であるゴールシーンを娘に見せることができないし、遅過ぎれば長時間待たせることになる上に、最悪制限時間に間に合わないなんてことにもなりかねない。
家族の到着時間は2日目の15時ごろなのでスタートから32時間後。
1周平均3時間10分になるので、これであれば余程の大崩れさえしなければ問題ないだろうと予想した。
タイムマネジメント
レース当日の天気予報はあいにくの雨。
ただ、このレースのいいところは、1周戻ってくるたびにデポバックから荷物を出し入れすることができるため、次の周に出る前に必要なアイテムを選択することができる点だった。
そのため、荷物は必要最小限に抑えてスタート。
コースは一部ぬかるんだ場所はあるものの想像以上に走りやすかった。
途中雨が強くなりレインを着なければ寒い箇所もあったがトレイルとロードの組み合わせもバランスがよくこれは近くに住んでいたら毎日走りたいなと思えるコースだった。
5周目までは大体2時間30分〜50分のペースで刻むものの、6周目以降夜間パートに入ると強烈な眠気に襲われトレイルでも蛇行するようになった。
前半の貯金のおかげで、時間的にはまだ余裕があったのでコース上のベンチでエマージェンシーシートを体に巻きつけて少し仮眠をとることにした。ところが、いざ寝ようと思うとなかなか眠れず、結局30分ほど横になっただけで再び走り出した。
そういえば、ここ数ヶ月は仕事が忙しく、特にこの1週間は軽く風邪をひいていたことも影響したのかもしれない。とにかく夜間の6、7周目は眠気と吐き気(おそらくカフェインの取りすぎ)で補給もしっかり取れなかったのでキツい状態だった。
日が上り始めるとようやく眠気も収まり頭もはっきりしてきた。
途中知り合いと会話しながら走ることができたのもとてもありがたかった。
日が登ってからは気温がぐんぐん上がり、寒さは一切感じず、むしろ時折吹く風が体を冷やしてくれて気持ちよかった。周回も残り数周となると辞めたいという気持ちよりもやっとゴールできるという考えの方が上回り、メンタルはさらに充実しゴールまでひた走った。
9周目が終わったところで、制限時間まではあと4時間半。
途中妻からの連絡では到着まであと4時間ちょっとかかるだろうと思っていたので、最終周はのんびり走ってちょうどいいと思っていたら、思ったよりも早く到着できそうとの連絡があり、結局最終周も今までと同じくらいのペースで走った。
最後ゴール手前の直線で、遠くから娘が「パパー」と言って走ってきた。
ジャストタイミング!!
娘と一緒にゴールゲートをくぐりフィニッシュ。
完璧なタイムマネジメントに我ながらすごいと思った。
そしてゴール後、奈良まで移動して妻と娘と3人で簡単な祝勝会(兼妻のお誕生日のお祝い)
娘からついでもらったビールがまた格別だった(笑)
分析結果
さて問題の「なぜ今回足が象足にならなかったのか」を分析してみたい。
まず①のレース中の補給に関しては、はっきり言っていつもと全く変わらなかった。
むしろ夜の眠気が酷かったので、途中カフェインをいつも以上に摂取した分、気持ち悪くなりその他の補給食を取ることが難しかったため、補給はいつもより悪かったと思う。
②③の筋肉へのダメージだが、これは実は靴を変えたことが功を奏したのではないかと思っている。
今まで履いていた靴はどちらかというとソールは薄めで、走りやすい反面、足へのダメージを考えると、それほど守ってくれてはいなかったと思われる。その点、今回は今まで履いていた靴よりも厚めのソールの靴で走ったため、足へのダメージが軽減されたのではないかと感じている。
また今回は家族の到着時間に合わせてゴールする計画だったので、ペースを上げる必要がなく自分の調子に合わせて走ることができたのも、ダメージ軽減に役立った気がする。
今まではレースに出るからには自分の限界まで追い込んでゴールすることを目指していたため、走れるところでは全力で走った。その結果、足へのダメージは相当なものだったと想像することができる。
しかし今回はそこまで急ぐ理由がなかったので、登りも降りも無理せずマイペースで走ることができたのが、結果的に足へのダメージを軽減したというのは有力な理由だと思う。
そして④のリンパの流れだが、実はこれは翌日の奈良観光が良かったのではないかと思っている。
レース翌日は娘に鹿を見せるために家族で奈良公園を散歩した。
トータルで7kmぐらい歩くことになりこれがアクティブレスト(軽い運動をすることでリカバリーを促す回復方法)になり、体の調子を戻すことに役立ったのではないかと思う。
こうしてみると、今回象足にならなかった理由は
・靴をソールの厚いものに変えた
・ペースを押さえた
・レース後に長時間歩いた
の3つが要因として考えられる。
これも複合的なものでどれか一つの要因というわけではないのだろう。
果たしてこの仮説が真実かは、次回の100mileレースで再現できるかどうかにかかっている。
全国の象足ファンのためには盛大に膨れ上がった象足をお見せしたいところだが、そこはどうかご容赦いただきたい。
人体実験の続報は追ってお知らせしたい。
□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)
静岡県生まれ。鎌倉市在住。
幼少期は学校一の肥満児で、校内マラソン大会では3年連続最下位。ところが35歳の時にトレイルランニングに出会い、その魅力に憑りつかれ、今ではウルトラトレイルランニングを中心に年に数本のレースに参加している。2019年には世界最高峰のウルトラトレイルランニングの大会「UTMB」に参戦し完走。2023年イタリアで開催された330kmの超ロングトレイルレース「トルデジアン」に完走。普段は鎌倉・湘南エリアを中心にトレイルランニングを日常として楽しんでいる。
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