週刊READING LIFE vol.14

世界中でモテる為に、毎日5分続けること≪週刊READING LIFE「今年こそは!」≫


記事:射手座右聴き(天狼院公認ライター)

今年こそ、ある先輩に近づきたいと思っている。

ニューヨークで、ミラノで、ソウルで、メキシコシティで。

世界中どこに行っても、美しい女性とのツーショットを撮ってくる先輩がいる。

その土地に詳しいわけではない。ナンパをするわけでもない。

各国の言葉を駆使しているわけでもない。

なのに、彼の写真には、いつも美しい女性が写っている。しかも、満面の笑みで。

彼がモテる理由は、ひとつ。とあるダンスが踊れるからだ。

サルサというペアダンスをご存じだろうか。男性が、女性をリードしながら踊るペアダンスだ。

社交ダンスのように、特定のパートナーと踊るのではない。一曲ごとに、ダンスの相手を変えていくのが流儀だ。曲が始まると、男性は、女性の元にいき、おじぎをして、手を差し出す。

女性がOKすれば、ダンスが始まるのだ。5分程度の曲を、まるまる1曲、ペアで踊る。

曲はリズムが特徴的だ。いわゆる4拍子ではなく、クラーベと呼ばれるラテン特有のリズム。たとえば、1小節を3つの音符で、ターンターンターンと刻むと、2小節めでは、チャッチャッと2拍目3拍目だけ打つという、変則的なものだ。ためしに、「アーチーチー (休) アーチー(休)」と言ってみてほしい。なんとなく、イメージできるだろうか。いつものリズムとは違うが、マンボ、ルンバのような馴染みのあるリズムの延長上にあるので、すぐに馴染む人が多いと思う。メロディも歌謡曲になんとなく似ている。そこぬけに陽気な曲があるかと思えば、演歌のように哀愁のあるメロディを歌い上げる曲もあるので、親しみやすいのではないかと思う。ちなみに、日本では、オルケスタ・デ・ラ・ルスというサルサバンドがある。

日本でバンドがあるくらいなので、サルサは、実は世界中で踊られている。ラテンコミュニティのあるところに、サルサクラブあり、という状況なのだ。

つまり、サルサさえ踊れれば、世界中どこに行っても、ダンスを楽しむことができるのだ。

言葉が話せなくても、女性とコミュニケーションをはかることができるのだ。会話なしに、お互いが楽しめる世界に一瞬で入ることができるのだ。しかも、女性をうまくリードすれば、100の言葉を交わすよりも、自分の魅力を伝えることができるのだ。同じ言葉を話す日本人同士でも、男女のコミュニケーションで難しさを感じることがある、というのに、なんということだろうか。

男性なら、いますぐサルサを覚えて、世界中の女性と仲良くなろう。

ということで、今年こそは、サルサを踊れるようになります! 応援してください。

と言いたいところだが、

この魔法の踊り、サルサには、実は大きな落とし穴がある。

女性なら、半年もすれば楽しめる。しかし、男なら早くて3年、遅い人は5年以上。習得するまでに、修羅の道が待っているのだ。

「とにかく3年、毎日練習した。リードが下手と言われても、つまらないと言われても、めげずに踊りつづけたんだ」

先輩は言う。

実は、10年ほど前、私もサルサを練習したことがあった。もともと、音楽として好きだったので

踊れたらいいな、という軽い気持ちだった。がしかし、そこは沼だった。

まず、基本のステップを踏むだけでも半年かかった。足だけでなく、体重移動が肝心なのだ。骨盤を前後左右に動かす。それができたら、今度は上半身だ。ペアダンスなので、かなり密着する。肩を引き寄せたり、離したり、合図をだしながら、女性に次の動きを伝える。やっているうちに、わけがわからなくなる。

先生に叱られる。

「そんな手の当て方じゃ、リードが伝わらないわよ」

言われてぎゅっと、女性の肩甲骨のあたりに手をそえる。

「そんなに強くあてたら、痛いわよ」

また先生に叱られる。

「相手の手の感触で、どのくらいの強さでさわればいいか、感じなさい」

初めて会った女性の感触なんて、わかるかい! と言いたくなった。

段々と教室から足が遠のいてしまった。

もう縁がなくなったな、と思っていた頃、先輩から連絡がきた。

「イベントを始めるので、サルサのDJやってもらえない?」

いまから2年前だった。踊れはしないが、曲なら持っている。ということで、DJをしに行った。

オープン時間から、ドドドドドドッと老若男女が会場に入ってきた。瞬く間にフロアは、ペアでいっぱいになった。曲をかけながら、みんなのテンションを伺う。いかにも遊び慣れた4,50代の男性が女性をリードしている。やさしく手を重ね、ターンの合図をだす。それに合わせて、女性がクルクルと回る。手と手を繋いだまま、目一杯離れ、また近づく。背中合わせになる。また正面に戻る。

リードの上手な男性は、休む暇がなかった。そして、上手な男性と踊ると、女性たちは次々と笑顔になっていった。

「DJやってるなら、踊れるわよね」

女性から言われてしまった。基本のステップでごまかすしかなかった。ろくにリードもできない自分に、苦笑いしながらも、やさしい女性は最後まで踊ってくれた。

しかし、その悔しさたるや。そう。ここでは、踊れない男は、なんの役にも立たないのだ。女性を

喜ばせるリードのできる男性だけがフロアにいる価値があるのだ。

「最初の5年は、ゴミみたいな扱いだったね。でも、それを越えたら、あとは天国だよ」

踊りにきていた、ある男性はそう言った。

どうにもこうにも悔しくて、次の月から、またサルサを習い始めた。今度の先生は、男女のペアだった。できない男性の気持ちを少しわかってくれる気がした。10年前とは、学習方法も進化していた。一人で復習する時間はなかなかとれなかったが、スマホに録画した先生たちのダンスを見ることができるので、ついていけないながらも、時間のあるときはレッスンに参加した。ネットで検索すれば、それ以外にもたくさんの動画を見ることができた。しかし、今年の1月、あろうことか、階段で足をくじいてしまった。4月くらいまで、足の痛みは続いた。文字通りの挫折だった。サルサを休む間に、ほかのジャンルのDJ依頼が増えたり、新しいことを始めたり、でさらに、足が遠のいていた。

今度こそ、縁がなくなった、と思ったが、

「メキシカンレストランでハロウィンのDJできませんか」

という話をいただいた。今年10月のことだった。

メキシコのハロウィンは、死者の日、というお祭りらしい。ラテンの曲がかけられるDJ、ということで参加することになった。2年ぶりくらいに、ラテンの曲を集め始めた。この数年の間に、サルサよりもバチャータというジャンルが熱くなっていた。もっとスローなテンポで、甘いメロディの曲が多いジャンルだ。さらに、クラブミュージックの側からもレゲトンというジャンルが注目されている。独特だが、テンションのあがるリズムとどこか、気持ちを揺さぶるメロディ、踊れる人たちでなくても、みんな無意識にからだを動かしているのがわかった。

先生、サルサがしたいです。バスケの名セリフほどではないが、また、火がついた気がした。

DJ現場で曲を聴いたことだけではない。先輩以外でも、イベントで知り合ったサルサを踊る男性たちは、とにかく楽しそうだった。東京だけでなく、神戸、静岡、名古屋、四国などなど、毎週末、全国のサルサイベントで踊っている男性がいた。平日の夜、数時間踊ったり、食事をしたりとサルサパーティーを楽しむ女性がいた。ひとつの趣味で下は20代から60代くらいまでの人たちと交流できる。一度覚えれば、一生ものの趣味であることは確かなのだ。

サルサを覚えれば、たくさんの人たちとコミュニケーションがとれる。リードの仕方をマスターすることで、男性としてまたひとつ成長できる。さらに、バチャータができればもっと、世界が広がる。

簡単ではないのは痛いほどわかっている。そして、ほかにもやらなければならないこともある。

マスターするなんて、とても言えない。でも、過去2回の挫折をへて、3度目の正直をやってみたいのだ。

だから、今年の目標は、小さく小さく。1日5分、撮影したサルサの動画に合わせて練習する。

ペアで踊る時のために、、最低限、自分の動きを叩きこんでおこう。

そして、レッスンに復帰するタイミングをつかみたい。近い将来、世界でモテるために。

あ、いえいえ、世界と視野を広げるために、です。

ライタープロフィール

射手座右聴き (天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。バツイチ独身。

大学卒業後、広告会社でCM制作に携わる。40代半ばで、フリーのクリエイティブディレクターに。退職時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。4年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持ち、天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「人生100年時代の折り返し地点をどう生きるか」 「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。

天狼院公認ライター。

メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバー

として出演

http://tenro-in.com/zemi/66768


2019-01-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.14

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