週刊READING LIFE vol.6

赤味噌をバカにするんじゃない!《週刊READING LIFE vol.6「ふるさと自慢大会!」》


記事:松下広美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

「今日はどちらから……?」
「あ、名古屋からです」
「えっ!? 名古屋ですか?」
ふふっ、やっぱり驚いてる。
表情はそのまま保っているけれど、心の中では「クククッ」と魔女が微笑むような気持ちになる。

名古屋に住んでいながら、京都天狼院のイベントやゼミに参加をする。
先日も京都天狼院の月イチの飲み会に参加をして、自己紹介の時間になった。名古屋から参加をしているというと、9割くらいは驚かれる。私にとっては、京都に通っていることはもう当たり前のこと。だけど、せっかく驚いてくれるので驚かせることを鉄板ネタにしている。
ただ、本当は言いたくない。できることならば「大阪から来ました」くらいにしておきたい。
その理由は……。

「名古屋って言えば、この間、味噌カツを食べましたよ〜」

あーまただ。
名古屋と言えば、赤味噌。東京みたいに、おしゃれスポットに行ってみたい! というものではなくて、味噌食べました。
そう答えれば、喜ぶとでも思っているのだろうか。いや、きっと悪気はないんだろう。名古屋から思い浮かぶものが味噌くらいしかないのだ。それにしても、目立つものが味噌って……。

そもそも名古屋は、主要8都市(東京23区、札幌市、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、福岡市)の中で、ぶっちぎりで人気のない都市だという調査結果がある。訪問意向指数を見ると、京都天狼院のある京都市が37.6ポイントでトップなのに対して、名古屋は1.4ポイントしかないという。

百歩譲って、『名古屋=赤味噌』としよう。
ただ、そうしたところで味噌に人気はたいして、ない。他の地域の人々からは、ただ珍しいものとして捉えられている。
「博多のもつ鍋って美味しいよねー」と聞いても、「名古屋の味噌カツって美味しいよねー」とはあまり聞かない。どうも味覚より視覚にインパクトがあるらしい。黒々とした赤味噌を見て「あの色、すごいよねー」と言われることの方が多い。
もちろん、美味しかった! と言ってくれる人はいる。でも、その人たちは味噌カツが食べたいから名古屋に来ました! というわけではないだろう。カニが食べたくて、北海道に行ってきました! という人はいるというのに。

名古屋の食卓に出てくる味噌汁は、全部、黒いんでしょ?
そう思われている方々に、声を大にして言いたい。
生まれも育ちも名古屋で、未だ名古屋に住み続けている私だけれど、味噌汁は赤味噌よりも、合わせ味噌の味噌汁の方が好きなのです。

名古屋=味噌だと言われるのは、なんだかおかしい。
赤味噌の代表である八丁味噌の発祥は、そもそも名古屋じゃない。
尾張国の八丁村(現:愛知県岡崎市)というところで作られた赤味噌が八丁味噌と呼ばれた。大豆のみで作られた赤味噌は米味噌や麦味噌よりも腐敗しにくく、湿気の多いこの土地には適した味噌だったらしい。
この辺りで生まれ育った徳川家康が味噌を好んで食べたらしく、尾張国は味噌文化になったのだと言われている。

味噌で他の地域の人たちに、ここまでバカにされるなどと、家康さんは思っただろうか。
「まぁ、おみゃーらは本当にうみゃーもんをわかっとらんのだわ」
という、呟きでも聞こえてきそうな気がする。
いやいや、そういうのであれば天下統一したときに、全国的に赤味噌を基本の味噌としておいてくれればよかったのに。

どうしても、他の地域の人に味噌の話をされると、バカにされてるような気分になる。
たぶん、名古屋という中途半端な都会感がそうさせている。東京では「名古屋って関西だよね?」と言われ、京都では「名古屋って関東だよね?」と言われる。そのどちらでもないのに。名古屋は名古屋なのに!

「おでんにも味噌つけるんだよね?」
「いや、つけるんじゃなくて、煮込むんですよ!」
おでんといえば、コンビニで売っているような、出汁で煮込んで……が一般的だと思う。寒くなってくると、つい買いたくなってしまう。
名古屋では、おでんを買うと味噌ダレがついてくる。おでんにかけて、味噌味で食べる。
でも、それは本当の名古屋のおでんを知っているとは言わない。

クツクツと煮えるおでん。
透き通った出汁ではなくて、茶色よりも黒く、赤色よりも黒く、とにかく黒い。それを見ると、よだれが出てしまう。
鍋の中の具を、見た目の色ではわからないので、形だけで何かを想像する。大根は、わかる。はんぺんは、いろいろな種類が入っていると、食べてみないと何かがわからない。この丸いのは、つるんとしているから卵だろうか? すじ肉を食べたければ、中に箸やお玉を入れて探し出す。
この真っ黒な味噌おでんを食べなければ、名古屋のおでんを食べたとは言えない。
ここまでくると、この話を出さないわけにはいかない。

「あと、味噌といえば、とっておきの店があるんです。うちから5分くらいのところにある……」
赤提灯がぶら下がる、どてと串カツの立ち飲み屋。
外の立ちスペースの目の前には、何十年と使われて、継ぎ足して使われている、どての鍋がある。黒々としていて、なんともいい風合いをしている。
飲み物はもちろんビール。
ビールを待つ間に、目の前の鍋から直接どての串を1本手に取る。「熱っ!」と言いながら串の3分に1ほどを口に含む。もぐもぐしている間に、凍ったジョッキに注がれたビールがやってくる。
残りのどてを食べたら、今度は串カツ。
油の中から出された直後の串カツを手にとる。熱いなんて言ってられない。手にとったまま、どての鍋にダイブさせる。しっかり根元まで押し込み、串カツの衣を味噌で黒くさせる。しっかり味噌ダレを絡めても、揚げたてなのでサクサクの食感も残る。
味噌串カツを他の店で頼むと、目の前にやってくるときにはどうしてもべちゃべちゃ感が否めない。名古屋のいろいろな店で味噌串カツを食べたけれど、これに勝てる味噌串カツはないと断言できる。

そう、味噌は美味しい。
見た目のインパクトで、どうしても面白いものだと認識されてしまう。
味噌煮込みうどんや、どて煮や味噌カツ。
好きだとか嫌いだとか認識する以前に、当たり前に存在しすぎている。
こういうものを、当たり前に食べられなくなるのが嫌で、名古屋を離れることができずにいるのかもしれない。

よだれが垂れるのを防ぎながら、どてと串カツの話を終える。
そして最後に締めくくる。

「ぜひ、名古屋に来たときには行ってみてくださいね!」

参考:日本の異界 名古屋(ベスト新書)

❏ライタープロフィール
松下広美(Hiromi Matsushita)
1979年名古屋市生まれ。臨床検査技師。
会社員として働く傍ら、天狼院書店のライティング・ゼミを受講したことをきっかけにライターを目指す。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2018-11-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.6

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