週刊READING LIFE vol.6

ふるさとなんて、どこにも無い《週刊READING LIFE vol.6「ふるさと自慢大会!」》


記事:中川 文香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 土曜日の夕方、部屋にいるとどこからか口笛が聞こえてきた。

 外に出て近所をぐるっとすると、お味噌汁やら魚やら、夕食の準備のいい匂いであふれる時間帯。
 日が落ちるのが早くなってきたこの頃は、それに合わせてオレンジ色の夕日もセットされる。

 秋の入口の、この時間が一番好きだ。
 少しだけ肌寒くなって、一枚上着を羽織ってうろうろすると、家のひとつひとつに灯ったあかりが、とてもあったかく見える。
 実際に触ったとしても温度は感じないのだろうけれど、イメージとしてはそんな感じだ。

 そんな風に家の灯りをあたたかく感じつつも、私はいつもどこか、ふらふらしている。
 用事をすませた後、うろうろして知らない道に入ってみるのが好きだし、気になったらぽんとひとりで出掛けてしまう。

 「私の帰る場所ってどこだろう?」

 そう思っていた。
 どこに“帰りたい”と思うのだろう。

 昔から、ホームシックとは無縁で生きてきた。

 記憶の無いような小さい子どものころは分からないけれど、進学で実家を離れたときも、短期間だけれど海外にホームステイしたときも、就職して県外に一人暮らししていたときも、どこかに“帰りたい”と泣きたいほど強く思ったことは無いように思う。
 それだけ自分の帰る場所と思えるようなところが無いのかな、と寂しく思ったりもしたけれど、最近、そういうわけでも無いような気がしてきた。

 私にもあるのだ。
 帰る場所。

 先日、仕事半分・遊び半分みたいな感じで島に旅行に行った。

 「ようこそ、船には酔わなかったですか?」
 「いや~、すごく波があって揺れて、もう大変でした……」

 そんなやりとりで迎えてくれたのは、島の方ではなく、先に島入りしていた、今回行動をともにする方だった。
 車に乗せてもらい、食事に行く。
 私は初上陸だったその島に、その方は仕事で何度も訪れていて、食事をとったお店のご主人も顔見知りだった。

 「自分は若い頃大阪に出ていて、料理の修行をしていたんだ」
 「帰ってきてから、家のすぐ横のこの場所に店を出して」
 「このあたりも若い人が少なくなって、産婦人科も無いから、お産をするのも大変だ」

 というような、とりとめのないおしゃべりをしながら、美味しい食事をいただいた。

 「お店の写真を、撮らせていただいても良いですか?」
 とお願いすると快く了解してくれ、にこやかな笑顔と一緒にファインダーの四角の中に入って下さった。

 初めて行くところなので、もちろん初めて会う方ばかり。
 挨拶を交わして、少しばかり話をする。
 だんだんと、その人の人となりみたいなものが見えてくる。
 どこに行っても、あたたかくて、素朴で優しい人たちばかりだった。
 自分の生まれ育った島で、新たな取組みを始めた熱い人にも会った。

 また、来たいと思った。
 今度は、この人達に会いに。

 これまで気づかなかったのだけれど、私が今まで歩いてきたあとは、たくさんの帰る場所であふれている。

 生まれ育った家には父と母がいて、
 学生時代を過ごした町には、今も先生が学校に残っている。
 最初に就職したところには同期や、共に苦労して仕事をしてきた仲間がいて、
 仕事で転々と回った土地には、その場でお世話になった人たち。
 学生の頃からの友達も各地に散らばっている。
 先日行った島だってそうだ。
 私がその日行くまで知らなかった人たち。
 でもその日に知り合って、また会いたいなぁ、と思う人達。

 私のふるさとはどこにも無くて、
 でもどこにでもある。

 “帰りたいなぁ”と思うのは、いつだって場所ではなくて、誰かのところだ。

 “帰りたいなぁ”というより、“会いたいなぁ”という方が正しい言い方かもしれない。
 会いたいと思うその人に会うと、「あぁ、帰ってきた」というなんとも言えない安心感がある。
 それは場所に対して感じるのではなくて、人に対して感じているのだ。

 「わぁ、久しぶりですね! お元気でしたか?」

 そうやって笑顔で挨拶できる人が、いろんなところにたくさんいる、ということ。
 それは各地に自分のふるさとを持つようなものだ。
 自分の帰る場所。

 夕方暗くなりかけた空気の中で家の灯りがあたたかく見えるのは、きっと灯りの先に誰かがいるのが分かるから。
 灯りのともっているその部屋の中には今日一日を過ごして夜を迎えようと電気のスイッチをいれた人がいる。
 その人は誰かが帰ってくるのを待っているのかもしれないし、
 あるいは一人暮らしで、遠くに住んでいる誰かに電話しようと思っているかも。
 部屋の灯りのなかひとつひとつに人がいて、その人は私の知らないどこかの誰かと帰る場所を作っている。

 今日も、私が“会いたいなぁ”と思う人達はその人の一日を終えて、それぞれの家路につく。
 家に着いたら灯りをつける。
 明日は誰かに会いに行くかもしれないし、ひとりで過ごしているかもしれない。
 そしてまたいつか、少し先の日には、私と会っているかもしれない。
 そのときに私は「あぁ、帰ってきたなぁ」と思うんだろう。
 そこここにある、会いたい人達がいる場所こそが、私の帰る場所だから。

❏ライタープロフィール
中川 文香(Ayaka NAKAGAWA)

鹿児島県生まれ。
大学進学で宮崎県、就職にて福岡県に住む。
システムエンジニアとして働く間に九州各県を仕事でまわる。
2017年Uターン。
現在は事務職として働きながら文章を書いている。

Uターン後、
地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、
地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、
まちづくりに興味を持つようになる。

NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPプラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。

興味のある分野は
まちづくり・心理学。

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2018-11-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.6

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