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週刊READING LIFE vol.6

2020年3月31日、私のふるさとが消滅する《週刊READING LIFE vol.6「ふるさと自慢大会!」》


記事:牧 美帆(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

「え、嘘。本当に?」
 先日、スマートフォン越しにそのニュースが飛び込んできた時、思わず目を疑った。
 ふるさとが、2020年3月31日に消滅する。
 にわかには、その事実を受け入れることができなかった。

 人が流出し、町の過疎化がどんどん進んでいるのは、なんとなく感じていた。
 でも、ずっと「いつでもそこにある」「あって当たり前」という気持ちでいた。
 なくなるはずがないと思い込んでいた。
 だって、文化遺産だってたくさんあるじゃないか。今でも時折訪れる人はいるだろう。
 あれも全部取り壊してしまうの?
 しかし、町の遺産を維持するお金だってばかにならない。
 そして、私がその町に対し、寄付など何か為になることをしたかといえば……ずっと何もしていなかった。

 私が初めてその町を訪れたのは、まだ学生だった20年近く前。
 当時好きだった人が、
「君に合っているのでは?」
 と、その町の存在を教えてくれた。
 ちょうど大きな市と合併したばかりで、町全体に活気が出てきた時期だった。
 そして、何か新しいことをやりたい人たちが、続々とそこに集まってきていた。

「あなたの考えていること、すごく共感できます!」

 軽い気持ちで滞在してみたところ、すぐに声を掛けてもらった。
 気が合いそうな仲間たちを見つけた私は、その町に住むことを決めた。

 はじめは、何もない家だった。
 好きな色にペンキを塗り、可愛い柄の壁紙を貼り、お気に入りの音楽をかけ、過ごしやすくした。
 おもちゃのようなデジタルカメラで道端の花や空の写真を撮ったり、面白かった本をおすすめし合ったり、一日の出来事を話し合ったり、気ままに詩や小説を書いては仲間たちと見せ合ったりして過ごしていた。
 ときに意見が対立することもあったが、まあまあうまくやっていた。

 しかし就職が決まり、仕事が忙しくなって、ふるさとを顧みることはすっかりなくなってしまった……。おそらく最後に訪れたのは、10年以上前だろう。

 ふるさとが消滅するニュースを知った私は、いてもたってもいられなくなり、仕事を終わらせたあと、急いでふるさとへと向かった。
 あいまいな記憶を頼りに、自分の家を探し出す。

 当時の家は、なんとか見つかった。
 玄関の白い壁には、自分で貼った覚えのない、求人、新築一戸建て、そして塾のチラシがペタペタとはられていた。

「2019年度、新1年生募集!」

 チラシは定期的に張り替えられているようだ。

 そして真ん中には「引っ越ししました」との張り紙。

 ああ、そうだ。引っ越したんだった。
 そんなことすら、すっかり忘れてしまっていた。

 町に住んでみて数年。
 気づけば、少し値が張るものの、使い勝手の良い家が並ぶ、新しくて綺麗な街がたくさん生まれていた。

「いつまでもここに留まっているのは、ダサいかもしれない」
「もっと、いろんなことができるかもしれない」
「もっと、注目してもらえるかもしれない……!!」

 そして、私は荷物をまとめて新しい街に引っ越したんだった。

 張り紙の下に、引っ越し先の住所が書かれている。
 しかしその引っ越し先には、もう何も無い。
 おしゃれな街に憧れて引っ越したものの、仕事が忙しくなり、維持費がもったいなくなって、結局引き払ってしまったのだ……思い出した。

 私は何とかして、目の前にある家の中に入ろうとした。
 しかし、鍵がない。
 鍵がなければ、中に入れない。
 撮った写真も、日記帳も、自作の詩集も家から持ち出すことができない。
 そもそも、そういった荷物が、まだ中に残っているかすら、わからない。
 ああ、ばかだなぁ。せめて荷物だけでも、外に出しておけばよかったなぁ。
 そうすれば、鍵がなくても、いざというときに持ち出すことができたのに……。

 今からでも、役所に駆け込んでみようか?
「これは私の家なんです、どうかなくなる前に開けさせてください!」
 って、懇願してみようか?
 しかし、私がこの家の持ち主であるということを証明するものが、何もないから、難しいだろう。
 なんせ、その鍵をどのメールアドレスで申請したかも、自分の市民IDも覚えていないのだから……。

 ふるさとが消滅するといっても、ダムの底に沈むわけではない。
 どちらかというと、インターネットという仮想の海の奥底に沈んでいた町が、ネットニュースという名のクレーンで引き上げられて蘇った、という表現が近いかもしれない。
 仮想の町、そして私の心のふるさとである「Yahoo!ジオシティーズ」が終了するというニュースが話題になったのは、今年の10月1日だ。
 2019年3月末にサービス終了。そして移行期間を経たのちに、2020年3月31日をもって、完全にデータを削除するということだった。

 ジオシティーズは1994年にアメリカで生まれ、1997年に日本に上陸した、誰でも無料でホームページを作ることができるサービスだ。
 Twitterも、Facebookも、mixiも、ブログすらない時代。ジオシティーズは、無料で、難しい知識なしに自分の想いを発信できる、貴重な場所だった。

 私がその一画を借りたのは、ちょうどジオシティーズの頭に「Yahoo!」がついたタイミングだった。

 それまで、ワープロやパソコンの「フロッピーディスク」という閉じた小さな世界の中で、細々と詩や小説を書いていた私にとって、インターネット、そしてYahoo!ジオシティーズとの出会いは、まさに「新大陸の発見」だった。「家」であるホームページの名前は「恋は別腹」。名前からして黒歴史の匂いしかしない。

 私が借りていたのは、「Bookend-Akiko」の4600番台の区画。「Akiko」以外には、「Bookend」は「Akiko」以外に「Ango」「Christie」「Hemingway」「Kenji」「Ohgai」「Ryunosuke」「Shikibu」「Soseki」「Yasunari」などがあった。趣味、関心事にいくつかのカテゴリに分けられており、「bookend」は、詩や小説、童話を書きたい人たちが集まるコミュニティだった。
 そしてYahoo!ジオシティーズは、まるで本物の町のように、「Bookend-Akiko」や他の「Bookend」にあるホームページを訪れることができる設計になっていた。
 そこで私は詩や小説を書くのが好きな人たちと繋がり、掲示板で交流し、オフ会までやった。振り返ると、Yahoo!ジオシティーズは私の活動の原点であり、心のふるさとだった。

 そのふるさとを捨てて、ホームページを引っ越してしまった理由は、単純におしゃれなホームページに憧れたからだった。
 Yahoo!ジオシティーズは、無料でホームページを作ることができる反面、自由度は高くなかった。お金を払って自由にホームページをいじれるところにデータを移したのだ。
 しかしその後、仕事が忙しくなって途中で放置してしまい、お金を払うのがもったいなくなって解約したのだった。有料サービスなので、解約した瞬間にデータは削除された。

 無料で契約していたYahoo!ジオシティーズの中に、私の当時のデータがまだ残っているかどうかは、正直わからない。
 少なくとも、トップページからリンクを消し、他のページにはアクセスできないようになっている。
 単純に他のページへのリンクをトップページから外しただけなのか、それとも中身のデータも丸ごと削除してしまったのか、全く覚えていない。「家」の中には何かが残っているのか、それとももぬけの殻なのか……。当時のIDもパスワードも登録したメールアドレスもわからないので、それを調べるすべもない。

 ホームページ、引っ越ししなければよかったなぁ。
 いや、引っ越してもいいから、そのまま元のホームページも残しておけばよかったなぁ。

 でもいくら後悔してもしょうがない。憶えているうちに行動しなかったのは自分なのだから。
 今思えば、当時よく聴いていたCoccoや鬼束ちひろの影響を受けまくったものばかり、書いていたような気もするし……。

 それに20歳そこそこの感性で書いたものとまったく同じものは、もう二度と書けないだろうけど、それこそ記憶のダムの底からすくい上げて、新しい言葉に紡ぎ直すことは、今でも無意識のうちにやっているはずだ。
 書き続けること、それこそがふるさとへと続く、たったひとつの道なのかもしれない。

 20年近く前に自分の書いたものを発表し、意見を言い合える仲間をインターネット上に見つけられたことは、幸運だったし、今でも自分の糧になっている。
 21年間お疲れ様でした、そして素敵なふるさとをありがとう。Yahoo!ジオシティーズ。

❏ライタープロフィール
牧 美帆(Miho MAKI)
兵庫県尼崎市生まれ、大阪府堺市在住のコテコテ関西人。
幼少の頃から記憶力に難ありで、見聞きしたことを片っ端から忘れていくが、文章を書きつづり、ITを使い倒すことでなんとか社会人として生き延びている。
ITインストラクター、企業のシステム管理者を経て、現在は在宅勤務&副業OKのベンチャー企業でメディア全般を担当。趣味は温泉。
メディアグランプリ週間1位3回/READING LIFE公認ライター。

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2018-11-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.6

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