週刊READING LIFE vol.12

色気について大研究していた中学生が、出した答えは《週刊READING LIFE「大人の色気~フェロモン、艶っぽい、エロい…『色気』とは一体何なのか?~」》


記事:濱田 綾(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

ああ、これは何という感情なんだろう。
ドキドキするような、はっとするような。
とても美しく、でも、それだけではないような。
それでいて、いやおうなしに目が惹きつけられる。
きっと、これが色気というものなんだろう。
少し照れながら、髪をとかす先生を横目に、そう思った。

 

あれは、中学生になる頃だろうか。
色気について、大研究をしていた時期があった。
きっかけは、習い事だった日本舞踊で、伸び悩んでいたことだった。

 

小さな頃は着物を着て、おぼつかない様子で踊るだけで、そこに愛らしさが生まれた。
その存在自体が、目を惹くものとなる。
けれど、少女から女性となっていくうちに、それ以上のものが求められるようになった。
上手。お手本通り。綺麗な着物。
それだけでは、人を惹き付けるというのは難しい。
それは、私も例外ではなく。
少しずつ、自分の中でしっくりとこない感じが大きくなっていった。
同じことをしているのに。
うーんと言いたげな観客の表情が、残酷さを持って心に刺さる。
その反応を受けて、ますます動きがぎこちなくなってしまう。
あんなに好きだったのに。
踊るということが、怖くなっていった。
難しい演目に挑戦する、年の始め。
穏やかな先生が、いつになく厳しい目をして、静かに言った。
「あなたは、ここからが勝負どころ。自分の型のようなものを見つけなさい」
「色気。それがないと、ここから先は厳しい」
そうして、色気大研究会は始まった。

 

そんなこと言ったって、正直よくわからない。
そもそも、色気って何?
大体、中学生に色気なんて出せるの?
美しいとも、綺麗とも違う。
女性らしいってこと?
でも、男性だって色気を感じる人はいる。
何だかドキドキするような、一瞬目をそらしてしまうような。
でも、惹きつけられてしまう。
そんな感じ?
髪をかき上げるしぐさや女性の口元。
足を組んでいる様子。
憂いを秘めた横顔。
ぱっと思い浮かぶものはあるけれど、何かが違う気がする。
女性らしい、色っぽい感じはするけれど、色気とは違うような。
そんなもどかしい思いを抱えていた時に、ふと気づいた。

 

そうだ。
先生は、色気ってどんなものだと考えているんだろう。
よく分からないんだったら、聞けばいいのか。
「先生。色気って何なのか、やっぱり分かりません」
諦めたような口調で話す。
いつもの穏やかな調子で、先生は微笑んだ。
「そうね。確かに難しいわね」
「自分が惹きつけられる人を見るのも、一つかもね」

 

その言葉を受けて、私ははっとして、先生のことを見返した。
先生は、もうすぐ70代も半ばになるのに、そんな風には全く見えない。
若く見えるというのとも違う。
年齢を重ねているけれど、とても奥ゆかしい。
踊っているときの先生は、なんというのだろう。
一つ一つのしぐさに、目が奪われる。
すっとした、立ち姿だったり。
そこから膝を折るときの、流れるようなしぐさ。
しなやかに重なる指先が、すっと伸ばされる。
その指先の先には、はかなげな首筋が見える。
少しばかり傾きをもった首筋は、まるで憂いを帯びているような。
目線もあいまって、これ以上ないほどの雰囲気を醸し出している。
何というか、すべてのしぐさは、大げさなものでもなく。
むしろ、見逃してしまうくらいに自然体だ。
ただ、細部にまで意識が込められているような、そんな感じを受けた。

 

そこからは、時間があると先生を観察するようになった。
先生は、いつも微笑んでおられた。
小さな頃から日本舞踊を嗜み、師匠の道に進まれた先生。
きっと、平坦な道ではなかったと思うけれど。
いつも、にこやかで、穏やかだった。
ただ芸については、愛情を持った厳しさもある、そんな先生だった。

「軸が曲がっている。はい、しっかり立つ!」
「首だけを前に出さないこと。お腹に力を入れて、軸を持って」
時には、背中に木製のものさしを入れて、まっすぐ立つという稽古した。
よく注意されたなと思い出す。
そういえば先生は、軸がしっかりされていたな。
軸がしっかりしていて、まっすぐな立ち位置があって。
そこに少し傾きをもった手先や首筋が、とてもはかなげに映る。

 

そうだ! 
惹きつけられて、仕方ないような。
ドキドキするような、はかなげなような。
何とも言えない高揚した気持ちは、あの少しの傾きにあるんじゃないか。
そんな風に思った。
ピンとまっすぐではなく。
軸からほんの少し傾くと、緩みのような、隙間のような余裕が生まれる。
手足を斜めに移動させることで、時間の流れをややゆったりと演出してくれる。
傾きと斜め。
そのほんのわずかのことが、あの醸し出す雰囲気を作っているんじゃないか。

 

早速、真似をしてみる。
だけど、やっぱり何か違う。
傾きを真似したって、手先を真似したって、何だか、ちぐはぐの洋服を着ているような。
そんな、自分にしっくりきていない感じが否めなかった。
何度も何度も練習しても、納得のいく踊りはできないままだった。

 

 

抜け出す道が分からないまま、もがいていたある日。
ふとしたことから、先生のコンプレックスの話になった。
髪の毛が細くて、すぐ絡まって。
そして、くせ毛だから嫌だという。
「だから、毎日椿油をつけて、ゆっくりとかしているの」
「綺麗な髪の毛になるようにって。嫌なところばかり見ていても、仕方ないものね」
そう言って、先生は、少し照れた様子で髪の毛をとかすしぐさをした。
目を奪われた。
この雰囲気に名前を付けるとしたら、色気以外には思い浮かばないほどだった。

 

ああ、これは、先生だからだ。
自分のコンプレックスも苦手な部分も、時には見たくない部分も。
そんな部分も自分として見つめて、受け止める。
そして、自分というものをしっかり持っている。
自分の軸を持っている。
だから、きっと、こんなに人を惹き付けるんだろう。
目を奪われながら、静かにそう思った。

 

スペース
色気って、結局何なのだろう。
出すものでもなく、醸し出されるもの。
まるで、どこからともなく漂ってくる、香りのような。
大研究から年月を経た今になって、そう思う。
その人の軸がしっかりしているからこそ。
何らかの感情や想いで、その軸から少し傾くとき、何とも言えない雰囲気が醸し出される。
悲しみだったり、切なさだったり。
憂いだったり、照れだったり、迷いだったり。
強がりだったり、驚きだったり、喜びだったり。
そんな感情が、その人の人間味を際立たせる。
その時のふとしたしぐさに、惹きつけられるんだろう。

 

そう。
惹き付けられるのは、しぐさだけど。
でも、色気自体は、動作やしぐさありきではなく。
かたちではなく。
その人自身が醸し出すもの。
その人の生き方が現れるもの。
そんな風に思う。
だからこそ、女性であれ男性であれ、年齢も関係なく。
シチュエーションも場所も服装も、関係なく。
その人自身に触れたときに、私たちは色気を感じるんだろう。
かたちじゃないもの。
作ろうと思っても、作れないもの。
出そうと思っても、出せないもの。
だからこそ、憧れる。
そして、求めずにはいられないのかもしれない。

 

大研究していたあの頃に、はっきりした答えは、出せなかったけれど。
今もまだ、近づけてはいないけれど。
でも、色気を感じる魅力的な人が、周りにたくさんいる。
そんな幸せを感じながら、いつか自分も醸し出されるといいなと思う。
時間をかけて、ゆっくりと熟成されていくお酒のように。
さりげなく、香る。
どんな香りになるのか。
そんな日を楽しみにしている。

 

 

❏ライタープロフィール
濱田 綾
福井県生まれ。国立工業高等専門学校 電子制御工学科卒業。
在学中に看護師を志すも、ひょんなご縁から、卒業後は女性自衛官となる。
イメージ通り、顔も体も泥まみれの青春時代。それでも看護師の道が諦めきれず、何とか入試をクリアして、看護学生に。国家試験も何とかパスして、銃を注射に持ち代え白衣の戦士となる。総合病院に10年勤務。主に呼吸器・消化器内科、訪問看護に従事。
プライベートでは、男子3兄弟の母で日々格闘中。
今年度より池袋にほど近い、内科クリニックで勤務している。クリニック開業前から携わり、看護師業務の枠を超えて、様々な仕事に取り組む。そんな中で、ブログやホームページの文章を書く、言葉で想いを伝えるということの難しさを実感する。
上司の勧めから「ライティング・ゼミ」を知り、2018年6月に平日コースを受講。
「文章は人を表す」は、ゼミを受ける中で、一番強く感じたこと。上っ面だけではない、想いを載せた文章を綴りたい。そんな歩み方していきたいと思い、9月より「ライターズ倶楽部」に参加中。

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2018-12-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.12

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