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週刊READING LIFE vol.18

錆びた鍋から出る思考法《週刊READING LIFE vol.18「習慣と思考法」》


記事:佐和田彩子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 
 
 

ぐつぐつと煮立った鍋からは錆びた鉄のような臭いがする。
ゴンゴンと鍋を叩きながら中身を混ぜると、闇よりも濃い色で染まった液体が跳ねる。
錬金術師、と呼ばれる人間たちを想像する時、大体の人が思い浮かべる光景だろう。
白雪姫の毒リンゴを作った魔女が一番ポピュラーだろう。
だが、そんな不気味な行動を秘密裏に行っていた者が現実にいた。
そして、その者たちのおかげでアートは大輪の花を咲かすことができたのだ。

 
 
 

現代の錬金術師になりたい、と天狼院書店のドアを叩いたのはもう3年も前の話だ。
今日も私の指はキーボードの腕でせわしなく動いている。
「あ、間違えた」
以上気分よく動いていた指を慌てて移動させる。
書いては消し、書いては消し。
一体、どのくらいキーボードを打ち続けているのだろうか?
iPadの付属品で買ったそれにプリントされたアルファベットは少しくすんできたような気がしなくもない。
ガンガンと打ちつけるようにボタンを押す癖が抜けないので、一定量の文字数で指先が悲鳴を上げる。
今はまだ、大丈夫。
締め切りまで、指が持ってくれさえすれば。
そう思いながら今日も私は手を酷使する。
締め切りはあと3時間後だ。
ふと、脇に置いてあったノートに目を落とす。
そこにはこの文章を書くために作ったカンニングペーパーが置かれている。
「やべ、脱線した」
仕方なく、今まで書いていた文章を全てバックスペースキーで消していく。
急激に減っていく文字数を惜しむ感情がぽっこりと湧きあがるが、そんなことは言っていられない。早急に完成品を作らなければ間に合わない。3週も締め切りを破るのは私の良心が投身自殺しかねない。
こんなギリギリの状態でも、どこか他人事のように思えているのは、脳内にあふれ出しているアドレナリンのせいだけではないだろう。
真っ白なノートに少し右上がりの文字で書かれた文章の設計図に、今回私は一つだけ工夫を入れた。
前のページにはシャーペンで書かれた薄い文字で埋まっている。
だが、このページにはしっかりとした文字が鎮座していた。
深い、深い青色の文字が。

 
 
 

プルシアンブルー、と呼ばれる色がある。
闇を溶かしたような青の表現が限りなく困難だった時代に、突如現れたこの色は瞬く間に当時の芸術の世界を染め上げた。
この色の生成方法は門外不出。誰も真似ができない発色は誰もが求めたという。
最近になって、この色の作成方法が発見された。
私はその詳細を知った時、わが目を疑った。
主な材料は血。それも鍋いっぱいの量を必要とする。
そして、もう一つ必要なものが鍋。これは普通の鍋ではない。さび付いた鉄鍋でないといけないのだ。
さび付いた鍋でぐつぐつと沸く血。その鍋を木の棒でゴンゴンと叩く。
そうすることでさびが剥がれ、血に混ざっていく。すると赤黒い血が深い深い青へと変貌していくのだ。
ドイツで偶然に作られたと言われるこの色は、今でも鮮明にその青で染め上げている。
門外不出の理由も分かる。
血を使う。
錆びた鍋を煮立たせて期の棒で打ち付ける。
傍目からすれば奇行としか言いようがない。
専売特許を奪われるという危惧よりも、世間の目が痛くて仕方なかったのだろう。
それでも、科学が進歩し、色の素材が明確に判明するまで、ずっとこの儀式はひっそりと秘密裏に行われ続けていたのだろう。

 
 
 

「やっと、書けた!」
左下の数値はゆうに二千字を超えている。
何とかまとまった内容になっている。と思いたい。
終わりの三文字を打ち込んでからざっと目を通し、誤字脱字がないか見渡す。
目の疲れからか、少し文字がかすんで見えるような気がするが、気のせいだと思いたい。
何とか、間に合った。
締め切りまであと三十分。
エンターキーで押し出した文字がデータとなって飛んでいく。
一息ついて口にしたコーヒーはすでに冷めていてとてつもなく酸っぱかった。
いつまで、こんな不毛なことをしているのだろう?
たまに、思う時がある。
小説家になりたい、と飛び込んだはいいものの、日々の締め切りに追われ、生み出した文章はお世辞にも読みやすいとは言い難いものばかり。
何度、締め切りをあきらめただろうか?
何度、添削できずに原稿を送ってしまっただろうか?
キーボードひと押しひと押しで生み出される文字たち。
形は一緒なはずなのに、なぜ、私がまとめようとするとここまで手こずってしまうのか。
他の参加者が合格という文字を貰っているさまを横目に見ることしかできなかった私は、本当に成長しているのだろうか?
スタバで、ファミレスで、コンビニのイートインで。
日々キーボートをタップする私に声をかける人はたまにいる。
「何を書いているんですか?」
そう言われてしまうと、どう返答していいかわからない。
文章を書いています?
「なんの?」 と返されたた面倒だ。
小説を書いています?
まだ文字の集合体しか生み出せない私が言える言葉ではない。
ただキーボードを叩います?
それこそ奇人変人だ。
私にも答えが欲しい。何をしているのだ、と。

 
 
 

最近、ツイッターでプルシアンブルーを作っている人を見つけた。
その人は血をイノシシから拝借していた。行程を写真で事細かにアップしていて、久々に科学の実験に触れる喜びからずっと見続けていた。
結局、血の鉄分が足りず、実験は失敗に終わっていた。
それを見て、私はふと思い出した。
錆びた鉄鍋に血を沸かしガンガンを叩く。
どうやって錬金術師たちはそこまで行きついたのだろう?
最初は血ではなかったかもしれない。
鍋だって最初に焦げたものを手にするとは考えにくい。
どれだけ思い付き、試し、失敗していたのだろう?
もしかすると途中であきらめた人だっていたかもしれない。
それでも、彼らはたどり着いたのだ。一番高級で一番欲していた鮮やかな闇の色を。

 
 
 

私は、まだキーボードを押し続けている。
まだ、文字の羅列は言うことを聞かないし、誤字脱字も大量に紛れ込んでしまっている。
でも、ここでやめる訳にはいかないのだ。
いや、ここでやめたくないのだ。
まだ、私はプルシアンブルーまでたどり着けていない。
あの鮮やかな闇までたどり着いていないのだ。
文章をどれだけ思い付き、書き出し、失敗しても、たどり着きたい青が、やっと目の端に見えた気がする。
気のせいかもしれない。だけど、気のせい、で終了したくない。
あの頃の錬金術師のように、私はとてつもなく、諦めが悪いのだから。

 
 
 

だから、私は、今日もキーボードを打つ手を止められないのだ。

 
 
 

❏ライタープロフィール
佐和田 彩子(READING LIFE編集部 ライターズクラブ)
埼玉県生まれ
科学、サブカルチャーとアニメをこよなく愛する一般人。
科学と薬学が特に好きで、趣味が高じてその道に就いている。
趣味である薬学の認知度を上げようと日々奮闘中。

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2019-02-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.18

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