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週刊READING LIFE vol.4

タオルをびしょ濡れにした一冊の本《週刊READING LIFE vol.4「いくら泣いても、泣き足りないの。」》


記事:べるる(ライターズ倶楽部)

「空気みたいになりたいなぁ」
中学生の頃、私は本気でそう思っていた。
あの頃、私は自意識過剰だった。誰も自分のことなど見てなどいないのに、自分だけが周りから浮いていて、自分だけが上手く出来ていないのではないかと、いつも不安だった。
とにかく、周りと上手くやっていたかった。人との距離を上手くとり、揉めたくなかったし、文句も言われたくなかった。毎日を無難に過ごしたかった。

「じゃあ、委員会を決めます」
ホームルームで各委員会を決める時、私はいつも空いているところに名前を書くようにしていた。みんなが書いた後に、どれでもいいから名前を書いた。何が何でもやりたい委員会はなかった。それよりも揉めることが嫌だった。当時はスクールカーストなんて言葉は無かったけれど、なんとなく暗黙の了解でクラスの中でのヒエラルキーは存在していた。目立つ子の声は大きく、目立たない子の声は小さい。目立つ子がやりたい委員会が候補者多数で何かしらの方法で決めなくてはならなくなったら、堂々と文句を言うか、陰で文句を言うかのどちらかだ。どちらにしろ、揉める。私はそれが嫌だった。

「何でなりたいものがないの?」
そういわれたけれど、何でもよかった。揉めることや、文句を言われることが嫌だった。それなら私が調整役になればいい。何かを大きく望むことはなかった。自分の周りの秩序が上手くおさまって欲しかった。

あの頃、周りの大人はみんなつまらなく見えた。毎日同じ生活を繰り返して、何が楽しいのか分からないように見えた。生活があるから、仕事をしているように見えて、全然魅力的に思えなかった。
「つまらない大人にはなりたくない」
何かを渇望することは無かった。周りの秩序を乱してまで、欲しいものはなかった。でも、私はいつか「何か」になれると思っていた。何かに手を伸ばすことはしない。でもこのまま年月を重ねたら、つまらない大人ではなくて「何か」になれると思っていた。

でも、私は「何か」にはなれなかった。あの頃思っていた「つまらない大人」になった。
それなりに仕事をして、結婚して、子どもを産んだ。
平坦な道だったわけではない。それなりに苦労もしたし、大変なこともあったと思う。就職できた時は嬉しかったし、努力もした。仕事だって出来るようになりたくて頑張った。でも、本当に何かを心から渇望して、自分でマッチをこすり続け、自分で情熱という火を燃やしてきたかと言われると、決してそうではなかったのではないかと思う。

いつの間にか、自意識過剰ではなくなり、誰も自分のことなど興味はないと分かり、図々しくもなった。人との距離も上手く取れるようになった。あの時絶対になりたくないと思っていた「毎日同じことを繰り返す毎日」が心地よくなった。毎日を必死で過ごし、安心できる家で眠ることが、幸せだと思った。

つまらない、平凡な人生。
そんな自分だからこそ、大きく心に響いた本がある。

村山聖の半生を描いたノンフィクション小説、聖の青春(大崎善生 著 講談社)という本だ。

村山聖は、5歳の時に腎ネフローゼにかかり、入退院を繰り返す。その中で将棋に出会い、のめりこみ、夢中になり「名人になる」という夢を追いかけて、その人生の全てを将棋に賭けた天才棋士だ。

タオル一本がびしょ濡れになるぐらい、泣いた。そして、大きく心を揺さぶられた。
それは、もう私が彼の年齢を追い越していたからだ。

私はもう決して、彼のようには生きられない。彼のような青春を過ごすことは出来ない。これからどんなに何かを渇望して何かを成し遂げようとも、彼のような青春を過ごすことは出来ないのだと思うと、そのあまりにすごい生き方に、心が震えた。

村山聖は、病と闘いながらも名人になるという夢を追いかけた。彼には、私みたいに周りのことを気にしたり、上手くやろうと考える、無駄な時間はなかった。名人になるため、将棋をさすこと、それだけの時間しかなかった。
高熱が出ても、長時間座っていることすら困難な時も将棋をさし続けた。大手術の後も将棋のことを考えた。自分が将棋を続けてもいいのかと思っても、将棋をさし続けた。熱が出て、悲鳴を上げるくらいしんどくても、薬に頼らず自分の力で治そうとした。すべては、将棋のために。名人になるために。
命を燃やし続けるように、将棋に全てを賭けた。

命は大事だ。命以上に大事なものはない。でもそれと同じぐらい、その命を「どう生きるのか」という信念も大事なのではないかと、思わされる一冊だった。

涙の雫は私の心に大きな跡を残した。

明日が来るのかなんて、誰にも分からない。
明日は来ないかもしれない。
せめて、今日の自分を自分で奮い立たせたい。情熱の火を自分で燃やせる自分でいたい。
「つまらない大人」になった今だからこそ、周りを気にせず、必死でいたい。

泣きたいあなたに、私はこの本を薦めたい。

聖の青春/ 大崎善生 著 講談社

❏ライタープロフィール
べるる
2児の母。
第一子出産後に読書にはまり、第二子出産後に、天狼院書店のライティングゼミを受講し、書くことにはまる。
何の取り柄もない30代の主婦は「読む力」と「書く力」で、人生を変えられるのか。面白い文章を書けるようになるのか。挑戦中。
目標は、笑える文章を書くこと、心を揺さぶる文章を書くこと、そして、書くことで人の役に立つこと。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2018-10-31 | Posted in 週刊READING LIFE vol.4

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