週刊READING LIFE vol.2

働き方改革の前に、まず考えなければいけないこと《週刊READING LIFE vol.2「私の働き方改革」》


記事:相澤綾子(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

振り返れば、20代、30代の前半は、仕事ばかりの毎日だった。
特に20代後半で配属された部署はとても忙しく、昼間は窓口応対、夜はその事後処理に追われ、休む暇もなかった。ぼんやりと「今日はこれをやろう」と考えていたとしても、思うようには回らない。人事異動の後は、さらに大変になる。初めてその部署に異動してきた人は、当分は窓口対応ができないので、その分、以前からいる人にしわ寄せが来る。後任が新規採用になった時には、教えながら、少しずつ担当事務を引き継ぎ、という感じだった。結果、その4月は、第1土曜日の午前半日しか休めなかったのを未だに忘れられない。平日も夜遅くまで残業して、かなりブラックな状況だった。夜も更けてくると頭がぼおっとしてスピードが遅くなっているのは感じていた。でも、どうすることもできない。ここまでやらなければ今日は帰れないと思って、必死だった。
11時過ぎに職場を出て、車で帰宅する。帰り道の道路沿いにそこだけ光る場所がある。12時まで営業しているドラッグストアだ。特に買わなければいけないものがあるわけでもない。でも、吸い寄せられるように、ウィンカーを出し、駐車場に入る。10分くらい店内を物色して、飲み物やインスタント食品などを買って店を出る。店内は明るく照らされていて、どの商品もキラキラと輝いて見える。わずかな時間だけれど、それは一日の中で本当に自分のためだけの時間だ。そこに寄らなければ15分多く睡眠時間が確保できていたかもしれない。でもどうしても必要だった。そのわずかな時間で、不思議なくらい心が満たされる。仕事はやりがいがあったし、やらなければならないとは感じていたけれど、こんなわずかなことでも、自分の時間は支えになっていたのだ。一番きつかった頃の、仕事以外の思い出は、こんなことくらいしかない。
仕事ばかりしていたかったわけではない。ただ、自分がやらなけばいけないことは、自分でやるしかないと考えていただけだった。責任とはそういうものだと考えていた。

ところが、30代後半になってからは、180度違う仕事のやり方になった。とにかく、今週は何をやる、今日は何をやるというのを大まかに決め、できるだけその通りになるように努力する。例えば、いろんな仕事について、どれくらい時間がかかるか、というのを意識する。次の予定までに空いた時間ができれば、その間にするようにねじこむ。そうやって自分の仕事を管理できるようになった。
自分が何をいつまでにやらなければいけないのかをいつも意識して、何か突発事項が起きた時に対応できる方策についても考えるようになった。どうしても自分だけの力では難しいと思った時は、周りに助けを求めることもできるようになった。これは歳を重ねて後輩の割合が増えてきたからというのもあるかもしれないけれど、それだけではない。
その結果、ほとんど定時で帰ることができるようになり、土日に出てきて仕事をするなんてこともなくなった。さらに平日に休みを取ったりすることも増えた。
私の周りでも、早い人は20代後半、遅くとも30代後半になると、そういう働き方をするようになる女性が多い気がする。私の同期の女性たちもみんなそうだ。

その理由は、ワーママになったからだ。

先ほど、「ほとんど定時で帰ることができるようになり、土日に出てきて仕事をするなんてこともなくなった。さらに平日に休みを取ったりすることも増えた」と書いた。でも本当のところは、そうではない。ほとんど定時で帰らざるを得なく、土日に出てきて仕事をするのは難しくなった。さらに子どもの体調不良などで、平日に休みを取らざるを得ないことも増えた。これが、現実だ。
とにかく定時に帰らなければいけないから、スケジュール管理は常に意識する。今週は何をやる、今日は何をやるというのを大まかに決め、今日はどこまで進められたかを確認しながら進める。色んな仕事について、どれくらい時間がかかるか、というのを考えるようになって、空いた時間ができれば、その間にするようにねじこむ。できることはどんどん片付けていなければいけないのだ。そうやって自分の仕事を管理せざるを得なくなった。
自分が何をいつまでにやらなければいけないのかをいつも意識して、何か突発事項が起きた時に対応できる方策についても考えるようになった。いつ子どもが熱を出すか分からない。いつ保育園から電話がかかってくるか分からない。そういう時に、誰かに代わりを頼めるように、仕事を分かりやすくしておくという努力もするようになった。どうしても自分だけの力では難しいと思った時は、周りに助けを求めることもできるようになった。これは歳を重ねて後輩の割合が増えてきたからというのもあるかもしれないけれど、それだけではない。自分だけでどうにかできるという思い上がりはすっかりなくなった。抱え込んでうまくいかなくて迷惑をかけることを考えて、周りに相談し、助けを求めることで、最悪の事態を防がなければいけないと思うようになった。

働き方改革というと、仕事の面から考えてしまいがちだけれど、本当は、仕事側からだけじゃなくて、生活の方から考えていかなければならないのかもしれない。ガラスの窓を家の中からだけ一生懸命磨いても、外が見えるようにはならない。外側からもしっかり磨かないと、外の景色を見ることができないのだ。

ワーママは、子どもの出産・育児を経て、生活の方ががらりと変わる。今の日本では妻の方が育児の中心になることが多くて、まず育休を取得し、それから復帰しても、保育所の送迎や、家での育児を担うことが多い。
また、収入面の問題で、仕事をしなければいけない状況もあるかもしれないけれど、出産を機に仕事をやめる人は少なくはない。逆に言えば、ワーママになる人は、仕事をすることを選んでいるとも言える。私自身はもともと子どもを産んでも仕事は続けるつもりだった。でも、昼間の仕事、夜の家事・育児のめまぐるしい毎日にどっと疲れる。そんな時に、「つらいけれど、やっぱり仕事をしたい」と意識する瞬間が多い。
夫とも相談はしたけれど、究極的には、働き方は自分の中で決めた。家事や育児における責任と、仕事における責任とのバランスを考えて、夫の方が通勤時間が多いことも考えて、私が多く負担することにした。ただし、子どもの体調不良の時などは、夫にも休める時には休んでもらうようにした。役割分担にきっちりというのではなく、お互いの状況に応じて決めればいいのだと自然に思えるようになった。
そして仕事における責任についても、考え方が変わった。以前だったら、自分の仕事として決められたことを自分でやるのが責任を全うすることだと考えた。でも、今は違う。自分の仕事として決められたことを、基本は自分で、場合によっては人に助けを求めながら、やることが責任を果たすことだと考えている。
そもそも、人は自分一人で何かをなしとげることはできない。組織に属さずに一人で仕事をしている人だって、仕事に使う道具から何から全て手作りして、あらゆることを外注せずに仕事している人がいるわけではない。自分の話だけで食べて行ける人だって、話す場所があり、相手がいるから成り立っていることだ。私は組織の中で働いているけれど、私の仕事は、この組織の中にいるからこそできることであって、一人でやろうとしても絶対にできないことだ。だから、チームでやることを、誰かに助けを求めることを悪いことだと思わなくていいということに気付いたのだ。でももちろん、助けてもらった時には、本当に感謝しているし、逆にサポートできる機会があれば、積極的にしたいと考えている。

ワーママをきっかけに働き方が変わるというのは、女性においてよくありがちで、私自身が経験したことなので、例として挙げてみた。
でも本当は、色んなケースがあるのだろう。ワーパパになったから働き方を変えるというのも大歓迎だし、親の介護問題もあるかもしれない。そういうのがなくても、自分の趣味やプライベートの活動を大事にするというのも、一つの生き方なのだ。
仕事は生活の一部だけれど、やっぱり1日のうちで多くの時間を使うことになるので、ワークと「仕事以外という意味でのライフ」に分けて考えるのは分かりやすい。けれど、ワークにかかる時間をどうにかして短くして、ライフに充てようというのは難しいような気がする。だから逆に一度、ライフの方について見直す方が、いいのではないかという気がしている。
働き方改革の前に、まず考えなければいけないことは、自分はどう生きるか、ということだと思う。もちろん仕事は、生活費を稼ぐためにするものかもしれない。けれど、本当にそれだけなのだろうか。給料日に通帳に振り込まれた額を確認することだけが楽しみなのだろうか。仕事をしていく中で、嬉しいと感じたり、真剣に取り組んだことがうまくいってほっとする瞬間はたくさんあるのではないだろうか。どんなにつらい仕事であっても、達成感や自分は役に立てていると感じられるのではないか。その仕事を通じて、誰かをどんな風にしたいというイメージがあるのではないだろうか。商品を売っていれば、その商品のおかげでみんなの生活が便利になればいいと思うかもしれない。電車を走らせていれば、楽に移動できたり、旅を楽しむ人が増えることが喜びになるかもしれない。
そして、ほとんどの仕事は、生身の人間を相手にしている。汚れたガラスに囲まれた建物の中にこもっていても、いい仕事なんてできない気がする。外を見なければいけない。作っているのが機械だったとしても、その先に毎日の生活を送っている人がいる。生活している人たちがどんな風に考えるか、どんな風に思うか、どんな気持ちで生きているか、そういうことを分からずに仕事をしていて、本当にいい仕事ができるだろうか。インターネットで情報をかき集めたからって、それは単に誰かのバイアスがかかったものの寄せ集めでしかない。本当の生の情報が分かるわけではない。自分自身が生活を大事にして、肌で感じた感覚を仕事に活かした方が、よほどいい仕事ができる気がする。
ちょっと口に出すのは恥ずかしいのだけれど、私は、誰もが楽しく生きられる社会というのを願っている。そのために一歩でも近づけることをしたいと考えている。仕事でも時折それを意識している。誰もが楽しく生きられる社会とはどんなものかということは、生活をしていく中で考えている。
そして、誰もが楽しく生きられる社会は、仕事しかしていない毎日を送る人であふれかえっているわけではなくて、ほとんどの人が自分自身の生活も大事にできているのではないかと想像している。だから、これを読んで、自分はどう生きるか、何をやりたいのかを考えて、生活を見直して、働き方改革につなげてみようと思ってくれる人がいたら、とても嬉しい。

❏ライタープロフィール
相澤綾子(Ayako Aizawa)
1976年千葉県市原市生まれ。地方公務員。3児の母。
2017年8月に受講を開始した天狼院ライティングゼミをきっかけにライターを目指す。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

http://tenro-in.com/zemi/62637


2018-10-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.2

関連記事