第1回:熊本県初のウイスキー専門蒸留所《山鹿蒸溜所を訪ねて》【ウイスキー沼への第一歩】
2022/11/28/公開
記事:久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
福岡県から九州自動車道で熊本県に車を走らせ、菊水ICを降り目的地に向かっていると、次々に観光案内標識が出てきた。
日本マラソンの父といわれる金栗四三の生家、熊本県立装飾古墳館、岩原古墳群、鹿央町古代ハス園など、気になって見に行きたい場所ばかり。まるで好きな食べ物しか置いていないバイキングに来たようだ。加えて、田んぼには金色の稲が実り、今や収穫の時を待っており、その縁を赤い曼珠沙華が額装のように彩りを添えている。
県立装飾古墳館より岩原古墳群 撮影:久田 一彰
これだけの景色を見られて満足だが、そこから15分程車を走らせると、ナビは狭い道を右側へ案内する。不安になりながらも坂を上っていくと、覆われた木々や栗の木が見え、その奥には蒸留所を示す「YAMAGA DISTILLERY」の英字が見えて一安心した。門を抜けると開けた駐車場に出て、山鹿蒸溜所へ辿り着いた。
撮影:久田 一彰
今回は、熊本県山鹿市にある「山鹿蒸溜所」を訪ね、藤本 哲朗さん(株式会社 山鹿蒸溜所 取締役副社長)と本坊 優紀子さん(同 営業企画・広報)へウイスキー造りにかける想いや工程を取材・見学させて頂いた。
(左:本坊 優紀子さん・右:藤本 哲朗さん)撮影:久田 一彰
熊本県初のウイスキー専門蒸留所 山鹿蒸溜所とは
2021年11月6日に熊本県で初めて竣工したウイスキー専門の蒸留所である。前身は日本酒や焼酎造りを行っていたが、本坊 正文 氏(代表取締役社長)は、かねてよりウイスキーを作ってみたい、チャレンジしてみたい、という想いからスタートさせた。現在は株式会社 MCAホールディングスグループの一員として、独立した経営体制を敷いている。
すでにウイスキーを世界へ送り出している本坊酒造株式会社(マルス津貫蒸溜所・マルス信州蒸溜所)とは関系会社に当たり、同社からは、ウイスキー造りのノウハウや技術支援、現地でのOJT研修のほか、ポットスチルをはじめとした設備は株式会社三宅製作所のものを使うなど、数多くをお手本にしている。
蒸留所は全て一からの立ち上げで、スタッフは焼酎造りの経験はあるものの、ウイスキー造りの経験者はおらず、社内外から公募した。研修は、実際にマルス津貫蒸溜所やマルス信州蒸溜所へ何度も訪問したり技術者を招いてトレーニングを受け、ウイスキーの原酒造りに情熱を持ったスタッフと日々仕込みと交流を行った。
ウイスキー造りに恵まれた気候や原材料
山鹿は、夏は40℃冬は−5℃と、気温差が45℃にもなる。近くには1級河川の菊池川が流れており、冬になると川面から霧が発生するなど、多湿な地域だ。そのため、ウイスキーを熟成させるには面白い環境が備わっている。
仕込み水は、地下約100メートルから汲み上げた菊池川水系と国見山系の深層地下水で、硬度は60~70度の軟水だ。
ウイスキーの原材料であるモルト(大麦麦芽)は、イギリスやオーストラリアから商社を通じて輸入している。この時勢で、モルトそのものの価格や運送費などの諸経費は高騰、為替相場の逆風に直面しているが、それでも原材料の確保に努めている。モルトを積んだ40フィートコンテナが蒸留所に着く時期も予定より遅れたが、到着を喜んでいる様子がInstagramからも伝わり、それだけウイスキー造りへの想いは熱く感じる。
発酵に必要な酵母は、ディスティラリー酵母を輸入して使用しているが、今後はエール酵母なども試して、味の幅を広げていこうと、日々試行錯誤している。
ウイスキーが造られていく工程
実際の設備や機械類を、2Fのガラス越しから見ることができる。迷路のように曲がりくねった配管は、工場好きな人にとっては気持ちをくすぐる光景だ。
機械類やタンクの配管も見どころの一つだ。撮影:久田 一彰
ウイスキーは、大まかに「モルト粉砕」「仕込」「発酵」「蒸留」「熟成」の工程が必要だ。例えるなら、服を脱いで温泉に入り、温まったり、冷やしたり、サウナで整えて一泊するようなイメージだ。
発酵槽から蒸留器 写真提供:山鹿蒸溜所
壁側には、まとめサイトのように、ウイスキーが出来上がるまでの詳しい説明プレートがあり、設備とプレートを反復横跳びのようにしながら見学をすることができた。熟成に使う樽の種類や大きさも分かる。
写真提供:山鹿蒸溜所
特徴的なのは、バルジ型・ストレート型と呼ばれる株式会社三宅製作所のポットスチル(初留釜と再留釜)だ。鏡のような銅製で美しい丸みがあり、つなぎ目には、コーポレートカラーの緑が印象的だ。そして、2本のラインアームは上向き(傾きは、左:100度、右:95度)についている。これが、山鹿蒸溜所が目指す酒質を生み出すポイントなのだ。
蒸留器はバルジ型(左)とストレートヘッド型(右) 写真提供:山鹿蒸溜所
ここでは自由見学とツアー見学を選択できる。自由見学では時間が許される限り好きなだけ見ることができ、ツアー見学は事前予約制で、ガイド付きで普段立ち入れない樽熟成庫や、できたばかりの原酒(ニューポット)を試飲することができる。運転者や20歳以下の見学者には、コーヒーやジュースなども提供されている。
目指す酒質は、山鹿灯籠祭りで踊る凜とした女性の姿
旧豊前街道沿いの宿場町は、古くから栄えた歴史ある街並みで文化が根付いている。そこで行われている伝統的な山鹿灯籠祭り。金色の山鹿灯籠を頭に被って踊る女性の凜とした姿だ。背筋がピンと伸びてしなやかで優雅に踊るような、かつ力強さを兼ね備えた綺麗いでやわらかな酒質のウイスキーを目指し、山鹿らしさを追求している。
約3,300樽保管できる樽熟成庫
樽貯蔵庫内には芳醇な香りが漂っている 撮影:久田 一彰
年間180,000㍑を目指し、日々ウイスキーの原酒が生産されている。ウイスキーが琥珀色になるには、木製の樽で3年以上熟成させなければならない。樽での熟成はウイスキーの味や香りを左右する大事な工程で、その蒸留所の特性を決めていくものだ。バーボン樽やシェリー樽、ワイン樽など多種多様な樽が熟成に使用されている。
その樽が眠るベッドが、5~6段の移動式ラックだ。ここには約3,300樽を保管できる。7割はバーボン樽を使用し、3割はシェリー樽やワイン樽(グループ会社のワイナリーなどから提供)、新樽で熟成予定。そのほか、熊本県の特産品でもある栗の木材や新材を使った樽を将来的には使うなど、山鹿蒸溜所らしいウイスキー造りを目指している。
樽のひとつひとつをよく見ると、蓋の部分には山鹿蒸溜所のシンボルマークがスプレーで吹き付けられており、下地にはテネシーウイスキー「ジャック ダニエル」を製造しているジャック ダニエル蒸溜所の「JACK DANIER DISTILARY」の文字を発見できた。また、最初に樽詰めされた「NO.1」の樽も見ることができ、隠された財宝を探すトレジャーハンターのような気分でワクワクした。
エンブレムと左側には「JACK DANIEL DISTILARY」の文字を見ることができる
撮影:久田 一彰
最初に樽詰めされた、NO.1の樽 撮影:久田 一彰
熟成後は、樽の中の原酒をブレンドさせる技術やノウハウも必要になる。一つの樽(カスク)だけでなく、いろいろな樽の原酒を掛け算のように掛け合わせることで、理想とする味を追求していく。2025年以降に山鹿蒸溜所の「シングルモルトウイスキー」を、世に発表する予定だ。
見学後もラウンジとショップで楽しいひとときを
ラウンジの天井にあるシャンデリアがひときわ目を惹く。
山鹿灯籠をイメージした蒸留所のシンボルマークと樽を組み合わせたデザインになっており、本坊さんは「こんなものがあったらいいな」を形にしたここだけのお洒落なインテリアのほか、ソファの内装なども手がけている。
ラウンジとシャンデリア 写真提供:山鹿蒸溜所
カウンターバーやショップも併設されており、ここでニューポット(樽詰めする前のウイスキーの原液)の試飲や、コーヒー、ジュースも飲め、ニューポット(数量限定)をお土産として購入することもできる。ロゴ入りのウイスキーグラスやポロシャツ、オリジナル焙煎したコーヒーや地元窯元の作品展示販売、燻製のナッツなど、地域とも連携している。
カウンターバーとショップ 写真提供:山鹿蒸溜所
瓶詰めされたニューポットは、アルコール度数60%・250mLで、無色透明だ。熟成前なので味は独特だ。ストレートで試してみるのもいいが、おすすめはニューポットと水、1:1で割るといいのだと本坊さんは言う。水を加えることで、いろんな香りが花開くようで、その中をひとつひとつ探すのも楽しい、とのことだ。
自分の舌、鼻、目など、いろんな感覚を使って楽しむのも、ウイスキーを味わうポイントなので、ぜひとも、自分の感覚を楽しんで欲しい。
ニューポットとオリジナルウイスキーグラス 撮影:久田 一彰
地元の皆さんへ知ってもらいたい「ウイスキー造り」
蒸留所を建設する際に、大型の機械類を搬入するため、敷地前の道を拡げてもらったり、ゴミ集積場の位置を変えてもらったり地域の方に協力頂いたとのこと。建設会社とも何度も搬入経路や敷地の図面とにらめっこしながら打ち合わせを行ったので、搬入初日はとても緊張し、無事設置できた時は、スタッフ一同安堵したという。この様子は、ラウンジの映像で見ることができる。
ウイスキーの味ももちろんだが、まずはウイスキー造りがどういうものかを知ってもらいたい、何より酒質にこだわり、納得のいくものを提供したい。本当にいいものを皆さんに飲んでいただきたい、と藤本さんは言う。どうしても熊本はウイスキーのなじみが薄いので、まずはウイスキーを知って親しんでもらいたい。それがウイスキーを専門に蒸留している私たちの役目と思っています、と語った。
10年20年後を地元や地域と連携しながら目指す
山鹿には多くの古墳や史跡が点在している。化粧室には、装飾古墳をイメージとしたタイルが壁面に施されているので、その目で見るのも楽しむポイントとなっている。
壁面には装飾古墳を模したタイルが貼られている 撮影:久田 一彰
地域のお店とのコラボレーションも実施しており、オリジナルコーヒーはセレクトショップの『Calmest Coffee Shop』、窯元『竜山窯』とのコーヒーカップ、『燻製工房 縁』とはスモークナッツ、など嬉しい商品が揃っている。特にスモークナッツは、シングルモルトウイスキーができた暁には、おつまみとしても一緒に楽しみたい。
最後に
九州ではウイスキーの蒸留所がつぎつぎに誕生している。山鹿蒸溜所の竣工は、2021年11月。同年2月には大分県の久住蒸溜所、8月には福岡県の新道蒸溜所がそれぞれウイスキー造りをスタートしている。そのため、2ヶ所とも同期のようで非常に親近感を持っており、10年20年後、あの2021年はウイスキー製造において豊作だったよね、2021年の北部九州に蒸留所が3つもできたんだよ、と言われるのが夢とのことだ。
写真提供:山鹿蒸溜所
株式会社 山鹿蒸溜所
所在地:熊本県山鹿市鹿央町合里980-1
ホームページ http://yamagadistillery.co.jp/
見学施設・ショップ
・営業時間:10時~16時
・定休日:火・水・木、臨時休業あり
・お問い合わせ:yamaga-info@yamagadistillery.co.jp
写真提供(外観・蒸留所内):株式会社 山鹿蒸溜所
取材・文・撮影:久田 一彰
❏ライタープロフィール
久田 一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
福岡県生まれ。
駒澤大学文学部歴史学科日本史専攻卒。
会社員。父親の影響でブランデーやウイスキーに興味を持ち始める。20代の後半から終わりにかけて、夜な夜な秋葉原のコンセプトバーでブランデーやコニャック、ウイスキーを飲み明かした経験を持つ。
世界のみならず、日本でも次々とクラフトウイスキー蒸留所が誕生している。その背景には何があるのか、異業種からも参入する魅力は何なのか、ウイスキー造りにかける各地の蒸留所の情熱をお伝えする。
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