偉人ゆかりの宿を巡る旅

島崎藤村ゆかりの宿~藤村が愛した隠れ家の今~(長野県小諸市 中棚荘)《偉人ゆかりの宿を巡る旅》


記事:中野ヤスイチ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
今度の旅は、「日本一空気が綺麗な長野に行こう!」と決めた。
 
長野と言えば、大河ドラマ「真田丸」の舞台にもなり、上田城はじめ歴史的も有名な場所が今も多く残っている。
 
「長野で有名な文豪は?」
 
そう、島崎藤村、本名は島崎春樹。
中学生の頃だっただろうか、国語の授業で「破戒」を読んだ記憶はないだろうか。
 
島崎藤村は長野県小諸市で英語の先生をしていた、その頃に書いていた「千曲川のスケッチ」で、小説家として有名になった人物。小諸市では、今でも島崎藤村にまつわる食べ物など売られている。
 
その島崎藤村が愛した宿が今回の「偉人ゆかりの宿」を巡る旅の舞台、「中棚温泉 中棚荘」。
 

(中棚荘ホームページ写真)
 
 
その日は雨が強く降っていた、車を入口前に泊めると、仲居さんが出てきて、昔風の傘を暖かくかざして、
「ようこそ、中棚荘へ」と雨でよかったと思わせるほど、満面の笑みで迎えてくれた。
 
中棚荘の暖簾を潜ると、チェックインの為に通されたロビーには、島崎藤村ゆかりの品がズラリと置かれている。
これを観るだけでも、此処に来た価値があるなと思い、コーヒーを飲みながら、島崎藤村の絵を観ながら、チェックインをゆったりと待った。
 

(中棚荘ホームページ写真)
 
 
チェックインを終えて、正面玄関を通されて、石畳の細い道を抜けていくと、大正館が現れてくる。
昔と変わる事がないままの風景が残されていた。まさに、時代をタイムスリップしたような感覚に襲われる。
 

(中棚荘ホームページ写真)
 
 
入り口の扉は自動ではない、手動であけるタイプの扉である。ただ開けるだけではない、自動で閉まるのである。
昔ながらの、重り式の扉になっていて、開けると重りが持ち上がり、中に入ると自然と重りが下がる仕組みになっている。まさに、昔から伝わる先人立ちの知恵が詰まった扉が残されていた。
 

 
大正館の玄関を通り抜けて、今回、泊まる部屋の名前は「旅人」だった。
部屋の扉を開けて、中に入ると、まさに昔ながらの旅館といった感じで、無駄なモノは何も置かれていない。
窓から見える自然と外から聞こえる鳥や虫の鳴き声を楽しめる空間。
 
部屋を見渡すと、布団がしまってある小さな部屋があった。まさに、隠れ部屋である。
しっかりとした窓があり、光が十分に入ってきて、ゆっくり一人で本を読むのに最適な場所。
 
宿の仲居さんも、「こちらがお部屋になります、ゆっくりお寛ぎください」とだけ伝えて去っていった。
宿泊者に配慮してなのか、それ以上は何も言わずに去っていく。それが、逆にありがたかった。
 
急須に茶の葉とお湯を入れて、お茶を飲んだ。
その瞬間、いつもの日常を忘れて、お茶と木の匂い、鳥の鳴き声を全身で感じる事ができた。
もしかしたら、このゆっくりとした感覚を島崎藤村も味わっていたのかもしれない。
 
誰かに気を使われる事もなく、誰に気を使う事もない、自分のありのままでいられる空間が残されていた。
 
昔ながらの部屋であるため、別の場所に洗面所とお手洗いがある。
手を洗うために、その洗面所の蛇口をひねると、硫黄の匂いが鼻の中に広がった。
まさか、この洗面所の蛇口から出てくる水までも源泉になっているなんて信じられなかった。
 

(中棚荘ホームページ写真)
 
 
そんな驚きを感じつつ、この宿の名物でもある温泉に入りに行く事に。
温泉はこの宿の中にはない、浴衣に着替えて、草履を履いて、本館に向かい、本館の中にある温泉に繋がっている階段を登ると温泉が現れてくる。
 
訪れた時期が6月末だった為、この宿の名物である「りんご風呂」に入る事はできなかったが、温泉の温度も程よく、ゆっくり入る事ができた。
 

(中棚荘ホームページ写真)
 

(中棚荘ホームページ写真)
 
 
3歳になる息子ともゆっくり温泉に入る事ができ、ゆっくり温泉に浸かりながら、風景を見えていると、日々の雑念がきれいに取れていく、嫌な事だったり、辛かった事だったりが、自然と蘇って来たが、温泉から上がる時は自然と忘れていた。
 
この温泉には、もしかしたら、そのような効能があったのかもしれない。
島崎藤村も日々の嫌な事や辛かった事をこの温泉で癒す為に、この宿に泊まって居たのかもしれない。
 
温泉につかって、息子と一緒に階段をおりて、本館を抜けて大正館への道を歩いていると、息子が道の両脇に咲いている花を見ながら、「変わったお花が咲いているね」と言った。
そこには、「ホタルブクロ」という白い花が咲いていた。ホタルブクロの花言葉は、「忠義」、「正義」である。
 
島崎藤村が小諸市に住んでいた頃から、詩ではなく小説を書き始めたらしい。
何か、島崎藤村自身の中でも、葛藤があり、自分の心に忠実である為に、小説を書き始めたのかもしれない……。
 
部屋にもどって、少しゆっくりしていると、夕食の時間になった。
夕食は別室に用意されている。
 
仲居さんに夕食の場所に案内してもらっている途中に、仲居さんが息子の名前を聞いてくれた。
「シュンちゃんって言うだね、シュンちゃんは何が好きなのかな」
 
通された部屋も畳の部屋にテーブルが置かれていて、歴史を感じさせる部屋の中にも、どこか家庭的な雰囲気があった。
 
出てきた食事を口にした。とても美味しかった。ご飯は窯で炊かれていて、ふっくらしていて、お焦げまで食べる事ができた。
 
何より、出された鮎がすべて食べられるほど、しっかり焼かれていて、とても美味しかった。
 
千曲川が近くに流れているため、鮎などの川魚を食べる文化も残されているのだろう……。
 
夕食を食べながら、日本酒も飲んで、ほろ酔い気分になりながら、部屋に戻った。
部屋に戻ると、きれいに布団が敷かれていた。
 
ふかふかの真っ白な布団に横になると、もう夢心地である。
妻が息子に、絵本を読み聞かせて、それを聞きながら、息子と自分が眠りに着いた。
 
朝は、鳥の鳴き声と太陽の日差しで目が覚めた。とても気持ちの良い目覚めだった。
起きた後、一人で温泉に入りに行った。朝入りに行く温泉も格別である。体中が目覚めていくのがわかる。
 
とても清々しい気持ちになりながら、同じように歩いて部屋に戻る途中に、昨日は居なかった動物が居た。
 
なんと、この旅館は「ヤギ」を飼っている。
すぐに部屋にもどって、妻と息子にヤギがいる事を伝えると、二人は喜んで、ヤギを見に行ってしまった。
 
朝食の時間になって、部屋を出て、息子と妻を呼びに行ったら、ふたりとも「ヤギ」への餌やりに夢中になっていた。
ヤギの名前は、「ドキンちゃん」というらしい。なんで「ドキンちゃん」と想いながら、朝食を食べに向かった。
 

(中棚荘ホームページ写真)
 
 
朝食も仲居さんが大正館の玄関にある待合場所から食べる場所まで案内してくれる。
その時に驚いた、昨日とは違う仲居さんなのに、息子の名前を覚えてくれていたのである。
 
「シュンちゃん、おはよう、ゆっくり眠れたかな」って。
息子も笑顔満点で朝食会場に向かった。
 
朝食会場に向かったら、浴衣をビシッと決めた女将さんが待っていた……。
「ヤギのミルクを飲めるのですが、いかがですか」と聞かれた。
 
もちろん、息子は喜んで「ヤギのミルク」を選択した。
ヤギのミルクを少し貰って飲んでみると、ちょっと草臭い風味があった。
これが、ヤギのミルクなんだとはじめて知ることができた。中々、牧場ではなく、宿でヤギのミルクを飲む機会はないだろう……。
 
自然をそのまま活かしながら、宿に来た客をもてなす、過度な気遣いや接客はない。
だからこそ、家庭的な雰囲気があり、自分らしくいられる。
 
島崎藤村もその雰囲気が好きで、この宿に泊まっていたのかもしれない……。
大正館の廊下には、島崎藤村の写真と島崎藤村によって書かれた詩が飾られてある。
 

 
この詩と写真を見た時に、あなたは何を感じるのだろうか。
この場所で、小説家となった島崎藤村の想いが、強烈に伝わってくるに違いない。
この詩に込められた想いと共に。
 
長野県が生んだ文豪 島崎藤村が愛した宿「中棚荘」。
是非一度、いや、何度も訪れたくなる魅力が宿の隅々までに行き渡っていた。
 
次は、りんご風呂に入りに行こうかなと思いを馳せつつ、晴天の空の下、宿を後にした。
 
 
▼今回のお宿

【中棚荘】
公式ホームページ:https://nakadanasou.com/
住所:長野県小諸市古城中棚
電話番号:0267-22-1511

 

❏ライタープロフィール
中野ヤスイチ(READING LIFE編集部公認ライター)

島根県生まれ、東京都在住、会社員、奈良先端科学技術大学院大学卒業。父親の仕事の影響もあり、今までに全国7箇所以上で暮らした経験がある。現在は、理想の働き方と生活を実現すべく、コーチングとライティングを勉強中。休みの日を使って、歴史ある温泉旅館に泊まりに行く事が、家族の楽しみになっている。

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2020-03-16 | Posted in 偉人ゆかりの宿を巡る旅

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