偉人ゆかりの宿を巡る旅

川端康成ゆかりの宿~この宿で何を想い伊豆の踊子を書いたのか~(静岡県伊豆市 湯ケ島温泉 湯本館)《偉人ゆかりの宿を巡る旅》


記事:中野ヤスイチ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
今度の旅は、「ふじのくに 伊豆に行こう!」と決めた。
 
静岡県伊豆市は、温泉あり、清流あり、最近ではサイクリングでも有名な場所になっている。
その観光地には、修善寺という地名に修禅寺という寺院があり、文豪の夏目漱石も作品の中に残している。
 
そんな歴史がある伊豆市で最も有名な作品が、日本人であれば誰もが知っている「伊豆の踊子」である。伊豆を代表する作品であり、伊豆の踊子にちなんだお土産も多く売られている。
 
「その伊豆の踊子を書いた文豪は?」
 
そう、作家としてこれ以上ないくらいの地位と名声を得た文豪 川端康成である。
川端康成は日本人として、はじめてノーベル文学賞を受賞した作家であり、その川端康成の一生は地位や名声以上に波瀾万丈だった。
 
多くの人が愛した「伊豆の踊子」を川端康成が執筆した宿が今回の「偉人ゆかりの宿」を巡る旅の舞台、「湯ケ島温泉 湯本館」である。
 
この宿で、川端康成は何を想い、何を感じながら、日本の文学の歴史に残る名作「伊豆の踊子」を書き上げたのだろうか。
 

 
この日は、まだ寒さが残っており、少しずつ日が落ち始めようとしていた時に、車を宿の前に止めた。
すると、「ようこそ」と言いながら、宿の方がすぐに出てきてくれた。
 
宿の入り口に入って、一番最初に目に入ってくるのが、2階へ続く木造の階段である。
その階段を見た瞬間に、歴史を感じる風が吹いてくるのを感じた。
 
この階段こそ、「伊豆の踊子」で重要な役割を果たしている階段。
 

 
この階段に座っている川端康成の写真が残されている。
この階段の中段くらいから踊子が玄関で踊る姿に心奪われている主人公の心中が描かれた。
 
まさに、「伊豆の踊子」の名場面が生まれた場所をこの目で見た瞬間だった。
 
すると、女将さんが現れて、お部屋を案内してくれるのかと思ったら、「この宿の中をご案内します」と言われて、驚いてしまった。
 
人間の慣れというのは恐ろしい、自然と頭の中でお部屋を案内してくれるのだと思ってしまっていた。
そんな事を考えている僕を横目に、妻と息子は喜んで女将さんの後に付いていった。
 
ロビーを抜けて、2階に上がると、写真撮影ができない写真が展示されていた。
僕は知らなかった、伊豆の踊子は数多くの映画にもなっていて、有名な女優さんが演じているのだと、さらに、踊り子の姿を描いた絵が飾られていた。
 
とても美しくて、これぞ日本の象徴のような女性の姿が描かれている。
 
このギャラリーはこの宿に来ないと見る事ができない特別な品ばかりが展示されていて、これだけ見るだけでも来た価値があるのではないかと思ってしまう。なんと、滞在中は何回でも見ることができる。
 
そのギャラリーを抜けると、川端康成が執筆をしていたというお部屋があり、見るだけじゃなく、入る事ができる。
 
その部屋を見た瞬間に息子以上に興奮していた。これは、もっとゆっくり見ないといけない。
ここで、川端康成が執筆活動をしていたのだと考えるだけで、タイムスリップしたような感覚に襲われていた。
 
その感覚を残したまま、女将さんにお部屋まで案内してもらった。
 
部屋に入った瞬間に、息子のテンションはピークを迎え、宿の仲居さんに食事の時間などを説明してもらっている横で、はしゃいでいた。その時に、気がついた。机の上に「伊豆の踊子」の本が置かれている事に。
その後、仲居さんは「ごゆっくりお過ごし下さい」と言って、部屋を去っていた。
 

 
少し本を読んでいると、川の音がゴーゴーと聞こえてきた、窓を見ると狩野川が流れているが見えた。
少し部屋でゆっくりしているうちに、妻とこの旅館で一番の名物でもある、露天風呂に行こうという話になった。
 
息子も「温泉、温泉、早く、早く」と言って、僕らを急かした。
この旅館の露天風呂は、川の近くにあり、川の流れる風景を心身ともに邪魔されることなく、浸ってもらう為か、一組ずつと決められている。
 
その目印が、露天風呂に繋がる扉に、スリッパが置かれているかどうか。
残念ながら、先約がいたようで、スリッパが綺麗にならべて置かれていた。
その間、露天風呂に入るための入り口の扉があるロビーで、ゆっくり家族で過ごす事にした。
 
そのロビーにも文学を感じる絵などが飾られており、外からは同じように狩野川の川の音が聞こえて来て、
ゆっくりと寛げる空間が広がっていた。
 
ゆっくり寛いでいると、前に入っていたお客さんがロビーに戻ってきて、選手交代のように、今度は僕らが、露天風呂に向かった。
 
外は肌寒かった。さすがに、寒いねと言いながら、中庭を通って、露天風呂に向かった。
中庭にも木々が植えられていて、昔ながら旅館の雰囲気が漂っていた。
 
露天風呂に着いた瞬間に驚いた。川からすぐ近くにあり、自然に出来た風景を一望できて、自然の中にいるような感覚を味わうことができる、まさに秘湯である。
 
息子と恐る恐る入ってみると、ちょうど良い温度で、旅の疲れだけじゃなく、日々の疲れが癒されていくのがわかった。
 
息子も気に入ったようで、一人でも入れると言って、楽しそうに一人でゆっくり歩いていた。
季節はまだ冬の為、木に葉がついていなかったが、それが逆に風情を醸し出していた。
 
鳥の声、川の音、自然の音が奏でる調和が、入る者の心と身体の疲れを癒やしてくれる。
 
丁度良い温度だったので、少し長く浸かった後に、部屋に戻った。
 
部屋でお茶を飲みながら、ゆっくりしていたら、仲居さんが夕食の準備ができましたと呼びに来てくれた。
待ちに待った夕食である。
 
案内されたお部屋は意外にも目の前にあった。ここが食事処だとはわからなかった。
料亭の一室のように、赤い絨毯が引かれているお部屋で、中心には黒いテーブルがあり、料理が並べられていた。
 
一通りの料理の説明をした後に、仲居さんは「ごゆっくりお過ごし下さい」と言って、席を外してくれた。
 

 
一口目に食べたのが、蓮根のお吸い物、疲れた身体には優しい味付けで、自然と口を通して入っていくのがわかった。
海もある為、海の幸、山の幸も並べられていて、とても美味しかった。
 
驚かされたのはお肉だった。なんと、猪肉だったのである。
猪肉というと豚肉と違い、硬いようなイメージがあったのだが、ともて柔らかくて、口に入れた瞬間に溶けてしまった。
 
もちろん、それだけではなく、鮎の煮浸しも出てきて、海、川、山と自然の豊かさを料理全体からも味わう事ができた。
味付けも、昔懐かしい味付けで、昔の料理の味を再現しているような、楽しみもあった。
 
きっと、川端康成もこの料理を食べながら、海、川、山の生命の営みを感じていたのではないだろうか。
 
最後に出された、いちごのデザートを一生懸命に口に入れた息子と、「お腹一杯、ごちそうさまでした」と言って、部屋を後にした。
 
部屋に着いた時には、綺麗に布団が敷かれていた。
この布団に食べた後に、寝転がれるのが、旅館の喜びである。
 
寝転がっていると、息子が温泉に行くよと言ってきた。
まだ4歳にもなっていないのに、息子は何より温泉が大好きである。
 
湯本館には、外にある露天風呂以外にも源泉掛け流しのお風呂が宿の中にもある。
 
まずは、男風呂に息子と一緒に入りに行った。そこまで硫黄の匂いがあまりしないお湯の温泉。
温度も丁度良い温度で、息子も気に入ったようで、楽しそうに入っていた。
 
ライトアップもとても綺麗で、外の露天風呂とは違いちょっと幻想的な雰囲気が流れていた。
 

(湯本館ホームページ写真)
 
川端康成が入っていた当時の温泉はどのような温泉だったのだろか、と想像しながら、肩まで浸かってゆっくりした後に、息子の身体を拭いて、お風呂を後にした。
 
宿の中にある温泉を出て、部屋に戻ったら、息子が露天風呂に行くとダダを捏ねはじめた。
「もう暗いし、寒いから辞めておきなさい」と妻が言って、しぶしぶ息子は諦めて、布団に入って眠ってしまった。
 
その後、僕は一人で、こっそりと部屋を抜けだして、一人露天風呂に向かった。
その日は、晴れていたので、星空を観ながら温泉に入れるのではないかと期待しながら、露天風呂に向かった。
 
誰も入っていなかった。一人で露天風呂に入っていると、前は何も見えない暗闇である。
近くで光るライトの光に照らされた木々と遠くに見える星空だけが見えた。
 
目の前を流れる狩野川も見えない、ただ、勢い良くながれる川の音だけが力強く、僕の耳に入ってくる。
同時に、恐怖みたいな物を感じた。自然と隣り合わせとはまさにこの事をいうのだと。
 
この感覚を味わう事ができるのも、この宿の魅力なのかもしれない。
そんな感覚を味わいながら、一人でゆっくり温泉に浸かり、部屋に戻った。
 
疲れていたのだろうか、お布団が暖かくて気持ち良かったからなのだろうか、耳に狩野川の音だけを残して、いつの間にか眠ってしまっていた。
 
 
朝起きて、昨夜と同じ場所に朝食を食べに向かった。
 

 
寝起きには優しい朝食が並べられていた。
「鮎の干物」を朝から食べられのは贅沢である。まさに、絶品である。
 
この宿の料理には、自然を海、川、山の幸の魅力だけでなく、何か忘れかけていた古き良き時代が残されている感覚を味わう事ができた。
 
朝食を食べ終えた後は、一人で、川端康成の部屋に向かった。
そして、四畳半の部屋に入り、少し座ってみる事にした。
 

 
座って、上を見上げた時に、朝の澄んだ空気が張り詰めているのを感じた。
この緊張感があの名作「伊豆の踊子」を生む、力になっていたのではないだろうか。
 
この部屋は川沿いに面していないのに、川の音が聞こえているような気がした。
まさに、この川の音は、自分の身体の中を流れる力強い血の音であり、生きるエネルギーを与えてくれているのかもしれない。
 
余韻に浸りながら、僕は部屋に戻って、チェックアウトの時間まで、妻と息子と近くを散歩する事にした。
 
昨日はわからなかったが、まさに、この旅館は秘湯にふさわしく、周りには何もなかった。
少し歩いて、近くに橋に向かった時に、空から小さな雹が降ってきた。
 
子供は初めて雹を観て、好奇心一杯の無邪気な笑顔をしていた。
僕もなぜこのタイミングで雹が降ってきたのか、不思議でたまらなかった。
 
そこに、雹がふり始めたことを知った、宿の主人が傘を届けに来てくれた。
そこまで、気に掛けてくれる心遣いに、癒されながら、宿に戻って、荷物をまとめてチェックアウトした。
 

 
きっと、川端康成もこの地で、人の温かみを感じながら執筆をしたのではないだろうか。
 
あなたも、宿に泊まって、この階段に座ってみてもらいたい。
何か感じるものがあるかもしれない……。
 
そんな余韻に浸りながら、宿を振り返ってみたら、川端康成が泊まっていた、部屋のあたりに鯉の絵が描かれている事に気がついた。
 
次は鯉のぼりが空を泳ぐ時期にまた来たいなと想いを馳せつつ、曇り空の下、宿を後にした。
 
 
 
 
▼今回のお宿

【湯ケ島温泉 湯本館】
公式ホームページ:https://www.yumotokan-izu.jp/index.html
住所:静岡県伊豆市湯ケ島 1656-1
電話番号:0558-85-1028

❏ライタープロフィール
中野ヤスイチ(READING LIFE編集部公認ライター)

島根県生まれ、東京都在住、会社員、奈良先端科学技術大学院大学卒業。父親の仕事の影響もあり、今までに全国7箇所以上で暮らした経験がある。現在は、理想の働き方と生活を実現すべく、コーチングとライティングを勉強中。休みの日を使って、歴史ある温泉旅館に泊まりに行く事が、家族の楽しみになっている。

この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いてます。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-08-17 | Posted in 偉人ゆかりの宿を巡る旅

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