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夢を語り続ける時、その先にあるもの《週刊READING LIFE Vol.62 もしも「仕事」が消えたなら》


記事:武田かおる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「100年後、今までのように、売上や利益の数字で企業の評価が決まるというのは、変わっていくんじゃないかと思うんです」
 
ここアメリカ東海岸の都市ボストンで「Yume Wo Katare」というラーメン店を経営する西岡津世志氏は言う。
 
「Yume Wo Katare 」では、経営の指標として売上や利益の目標は立てない。だが2012年にオープンして以来、店が赤字になったことはない。売上や利益の目標を立てる代わりに経営の指標として、あるものを集計している。
 
私は先日ボストンで発足した滋賀県人の会の集まりに参加した。その集まりには滋賀県出身者や、滋賀にゆかりがある日本人10名あまりが参加していた。その会に西岡氏も参加していた。
 
西岡氏から「夢を語れ(Yume Wo Katare)」の経営理念とその理念の背景にあるものを詳しく聞き、彼の掲げる夢が10年後の2030年に実現する時、将来的に「仕事」や「お金」という概念はなくなり、世界中の人たちが新しい価値観でより幸せに暮らせるようになるのではと思わずにはいられなかった。

 

 

 

「Yume Wo Katare」は2012年にボストンに開店して以来、凍りつくようなマイナス20度の真冬でも行列が途切れることのない二郎系のラーメン店だ。その店内ではラーメンを食べるだけでなく、食べた後、希望者は夢を語ることができる。居合わせた客はその夢に対して質問したり、応援したりする事ができるのだ。
その、他に類をみない空間を提供することも相まって、ボストン在住の日本人コミュニティだけでなく、ボストンの多くの若者の間で注目を浴び続けている。
 
そして、西岡氏が売上や利益の指標を立てる代わりに重要視しているのは、「店内で語られた夢の数」だ。2018年からは「夢を語った人の数」も集計している。
 
2016年の経営目標は「語られた夢の数20000個」で、実績が23050個だった。2018年の目標は「語られた夢40000個」に対して実績38338個、また夢を語った人の数の実績は21374人であった。

 

 

 

西岡氏は滋賀県でもトップの進学校を卒業した後に、上京し、吉本興業に所属してお笑い芸人をしていた事もあるユニークな経歴の持ち主だ。芸人時代、ラーメン二郎でアルバイトをしていたのだが、その店のマスターから、新しく店を出す際に店長を任されたことがきっかけとなり、その後、独立して京都のラーメン激戦区である一乗寺に「ラーメン荘 夢を語れ」を創業した。後に大阪市内や京都市伏見区にもラーメン荘グループを経営していたが、それら全てを後継者に譲渡し、その資金で「海外で店をオープンさせる」という夢を叶えるために、ハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)を始め、大学が100校以上もあるというアメリカ最大級の学園都市ボストンに渡ったのだ。
 
海外進出するにあたって、なぜ西岡氏は学生の町にこだわるのだろうか。
それは、「Yume Wo Katare」のマーケティングのターゲットが21歳の男子学生だからだ。西岡氏が最初に独立して店を出したのも学園都市である京都だった。
 
多くの若者が学生時代、就職活動を機に、「現実を見ないといけない」となり夢を失ってしまうと西岡氏は考えている。
 
東京でラーメン店の店長となり店をオープンしてすぐ、元相方がラーメンを食べに来たのだが、その日の夜に相方が自殺をしたのだ。西岡氏は相方が夢を失っていたことに気がついてあげられなかったことが残念でならなかった。
 
相方の死を機に、西岡氏は、若者が自殺する理由は、夢を失い将来に希望を持てなくなることであると考えるようになった。若者が集まり、夢を気楽に語れる環境があれば、自殺を食い止める事ができるのではないかと考え、京都で初めて独立した時の店の名前を「ラーメン荘 夢を語れ」に決めたのだった。
 
西岡氏が非常に興味深く価値のある話を、目の前で熱く語っているのを聞いて、私は思わず、
 
「この話TED(テッド)でしてください!」
 
と言ってしまった。テッドとは、ニューヨークが本部で、様々な価値のあるテーマの大規模講演会を行い、動画で無料配信している団体だ。
 
すると西岡氏は、
 
「先週、ハーバード大学でもこれと同じ話をしてきたとこです」
 
とさらりと答えた。BBT大学(大前研一学長のビジネス・ブレークスルー大学)でも講演を依頼されたことがあるそうだ。
 
日本でも講演依頼が多数あり、全く的を得ないコメントを発してしてしまった私は、恥ずかしくなってしまった。だが、そんな気持ちもどうでも良くなってしまうくらい、西岡氏はビジネスの理念や夢についてさらに興味深い話を語り続けた。
 
現在、西岡氏は大分の別府に店舗をオープンし、日本とボストンを行き来しているという。彼には、2030年には世界190カ国以上の全ての国に夢を語る仲間を持つ夢がある。にもかかわらず、ボストンで成功を収めた後、なぜまた日本に戻ってラーメン店を経営しているのか、私はどうしても気になったので聞いてみた。
 
すると、予期していなかった答えが返ってきたのだ。
 
ボストンの「Yume Wo Katare」では約7割のお客さんが夢を語っていくそうなのだが、西岡氏は残りの3割の夢を語らない人たちは日本人と韓国人が多いことに気がついた。
 
その2国は、若者の自殺率の高い国の順位と偶然にも合致していたのだ。
そして、自分がやらなくては誰がやるという思いで「2020年末までに日本の47都道府県全てに同じ理念を持ったラーメン店をオープンする」という新たな夢を設定した。
 
こういった経緯で別府にオープンさせたラーメン店は、他店と目的が異なり、夢を語る場所を提供するのではなく、全国に同じ理念を持って、「夢を語れ」を出店できる「自ら夢を語れる仲間」を育てる学校である。それは、人材を育成するための合宿所型養成所でもあるのだ。

 

 

 

西岡氏には夢についての持論がある。
 
「夢は人間が成長するに従って、どんどん大きくなっていくべき。
子供の頃は大きな夢を持っているのに、だんだん現実を目の当たりにして、夢が小さくなっているのはおかしいんじゃないか」
 
確かにそうだ。我が家の中学生の息子も、小さい頃はパイロットやサッカー選手になりたいと言っていたが、今では、給料が高い職業ランキングなるものをネットで調べて、そこから将来何になりたいのか考えているようなのだ。
 
西岡氏が、就職活動を始めた時に、多くの若者は夢を持つのを止めて現実を見るようになると言っていたが、息子の場合は、現実に目を向けるのが早すぎるのではないかと少し心配していた。給料が高い職業ランキングから見つけた仕事が、自分が本当になりたい仕事であればそれでいいのだが、自分がやりたい仕事かどうかというよりも、お金に価値を置き、本来、自分がやりたいことが後回しになっていることに疑問を感じていた。もしかして、その年で、すでに息子は、夢を話しても無理だ、現実を見ないといけないと気がついたのだろうか。
 
西岡氏の夢にまつわるいろいろな話を聞いているうちにその答えが少し見えたような気がしてきた。
 
「子供さんには、食べたいものを作ってあげたら良いですよ」
 
私は目の前にいた西岡氏に心の中を見透かされたような気がして驚いた。
当時、いつも私が考えたメニューに対していつも息子が文句を言うので、夕飯の献立を考えたり作ることがストレスになっていた時だったからだ。
 
西岡氏によると、夢とは算数のようなもので、小学校1年生のレベルから高校3年生のレベル、更にもっと上のレベルまであるという。
 
例えば、「今日何が食べたい?」という親の問に対しての子供の答えが、小学校1年生の夢のレベルだ。例えば、「ハンバーグが食べたい」という夢があって、それが叶えられたら、「もっと美味しいハンバーグを食べてみたい」というように夢のレベルが上がっていく。
 
私の方も忙しかったり、冷蔵庫にあるもので献立を立てたりすることもあるから、毎日子どもたちの食べたいものを作ってあげる事ができるわけではない。だから、私の考えた献立が、息子の食べたいものにマッチしなかった場合、ぶつぶつ文句を言われる。それに対して、イラッとして「ここはレストランじゃない!食べたくないなら食べなくて良い!」と怒りを態度に表してしまう事がよくあった。
 
そんな時は、「じゃあ、今日は無理だけど、週末に作ってあげる」等と対応して、食べたい物の希望を叶えてあげる事が大事なのだそうだ。
 
子供はこちらの想像を超えて「神戸牛のステーキが食べたい」と言うかもしれない。そんな時、食事を作る側として、怒りすら込めて全否定してしまうかもしれない。だが、西岡氏によると、親から全否定されると、子供は次からどうせ言っても仕方がないし、言っても怒られると考えて、親が期待する答えを探して言うようになり、自分の本当の心の声がわからなくなってしまう事があると言うのだ。
 
こういった時も、西岡氏は、一年生の夢のレベルを語る子供の気持ちに寄り添って育てるつもりで、「今日は無理だけど、どうしたら食べられるようのか考えよう」と一緒になって考えてあげる必要があるとアドバイスする。
 
私は、息子の食べたいものを否定するような事を言って、私が彼の夢を語ることに対して言っても無理だというような気持ちを抱かせるような言動をしていた事を反省した。
 
こんな風に、夢を語る事が子育て論にもつながっていることは興味深かった。子供の時から晩御飯の献立を通じて、日常的に自分の夢を語って実現させるという経験を積んでいるとは考えていなかったからだ。晩ごはんの献立を聞いて、それを私が作ることで、子どもたちが夢を語ってそれが叶うという意識を積み上げる経験ができるなら、なるべく子どもたちの食べたい物を聞いて、それを作ってあげて彼らの夢のレベルをどんどん上げていってあげたい。そう思った。

 

 

 

西岡氏は指摘する。
 
「親や先生、大人たちは、夢ばかり見ていないで現実を見なさい」と言うと。
 
このように、一般的に夢は現実と相反するものとして考えられる事が多い。まるで夢を持つことが悪いようにさえ思えてくる。
 
昔は、現実とはいい大学を出て、安定した大企業に就職するということの代名詞だったのかもしれない。しかし様々なことが急速に変化し、常識が変わっていく中で、今ではその代名詞は過去の遺物だと言えるだろう。
 
むしろ、西岡氏の話を聞いていると、夢は現実と同じライン上にあるのだと気付かされる。夢を追いかけると、現実が見えなくなってしまうのではなく、夢を追いかけることにより、結果としてポジティブな現実を創り上げていくと考えたほうが正しいのではないだろうかと思った。
 
もう、「夢か現実」どちらを選ばなくてはいけないというわけではないのだ。
 
西岡氏は、世の中から義務をなくしたいと思っている。must (〜しなければならない)を無くして、want (〜したい)だけにしたいのだ。夢をかなえるためのプロセスは大変なこともあるかもしれないが、ネガティブな、〜しなければならないというような行為ではなく、その先にある夢の実現、達成感に向けての前向きな行動になるだろう。
 
「Yume Wo Katare」が求めているは、「夢」が通貨のような信用の基準となり、夢のある人をサポートできるような経済圏を世界に構築することだ。
 
西岡氏の掲げる夢が実現し、2020年に日本国内ですべての都道府県に、2030年には世界中に夢を語れる場ができる時、その結果として、多くの人が夢を語るようになり、今までのような「仕事」や「お金」の概念、つまり、生活のために仕事をして、お金を稼がなくてはいけないという考え方はは変わり、自分の夢を叶えるために自ら行動し、現実を創造していくポジティブな人々がますます増えていくのかもしれない。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
武田 かおる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

アメリカに移住して11年目。
アメリカ人の夫と子供2人、愛猫1匹と暮らしている。
伝統的ヨーガの講師、ゆるやか禅整体師。
日本を離れてから、母国語である日本語の表現の美しさや面白さを再認識する。その母国語を忘れないように、また最後まで読んでもらえる文章を書けるようになりたいという思いで、8月から天狼院書店のライティング・ゼミに参加。もともと書くことが苦手だった私がどこまで書けるようになるのか、自分を実験台にしてみたいと考えている。


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