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仕事が嫌なものだという前提《週刊READING LIFE Vol.62 もしも「仕事」が消えたなら》


記事:ギール里映(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

もしも世界から「仕事」がなくなれば、人はもっと幸せになれるのだろうか。
 
多くの人はどこかにお勤めに出て、ある一定の時間を拘束されて、その労働の対価として給料を得る。自営業の人も、時間は自分でコントロールはできるものの、ただ自分で仕事をしている分、時にはかなりの長時間労働やハードワークに直面する。仕事や仕事に関わる環境がハードすぎて、心が折れてしまってうつや精神疾患になったり、また体を壊して病院行きになる人も多く、この状況を改善するためにと働き方改革が謳われはじめて久しい。労働者の労働環境改善を謳うこの法案は、実は多くの問題をはらんでいるのではないかと思う。
 
確かに、自分の意思に反して重労働が強いられたら、それは辛いものだと思う。就職した会社で人間関係に悩んだり、上司からのパワハラがあったり、望む環境にいられない人たちも少なくないのが事実だろう。しかしこれは、本当に自分の意思に反しているのだろうか。炎上するかもしれないが、あえて言わせていただきたい。そもそもその仕事を選んだのは自分にほかならないのではないか。なんらかの方法でその仕事を見つけ、応募し、なんなら入社試験や面接があり、それで仕事を手に入れたのは自分自身なのである。ローマ時代の奴隷じゃあるまいし、そこには強制は一切なかったはずだ。しかし人は、「そんなこと言われても、転職なんてできないじゃない」という。その事情もわからないでもないが、本当に嫌なら、その仕事から離れる自由を私達は持っているはずである。
 
また一方で、もっと選択肢がなかった人たちもいる。日本の経済ヒエラルキーの底辺にいる人達、いわゆるドヤ街に暮らす日雇い労働者たちがそうだ。彼らはド貧困のなかに暮らし、その日暮らしで生きることを余儀なくされている。どういう紆余曲折を経てその環境になったのかは、それぞれのストーリーを聞いてみないとわからないが、本当に彼らは選択肢がなかったのだろうか。過去を論じることはできないが、もし一生懸命勉強をし、学び、知識や経験を得て、がむしゃらにやっていれば、今とは違う状況が手に入っていたかもしれない。また本当にどうしようもない理由で、その場所にいる人もいると思う。だけど、死ぬ気でトライすれば、何かもっとできることもあるのではないかと、やはり思ってしまうのである。そして働き方改革は、彼らになにかの恩恵をもたらすのかどうかは、私にはわからない。
 
一方で、親も兄弟もなく、辛い幼少期を過ごしても、本人の努力で学び、身を粉にして働き、ものすごい地位や財力、権力を手にした方もいる。他人からの愛も援助もなく、どうしようもないぐらいの貧困と蔑みのなかから這い上がり、コツコツと自分のスキルを上げ、腕を磨き、大きな権力者となっていくのだ。彼らと日雇い労働者のままでいるのとでは、運命は紙一重であることがある。では一体何が彼らの運命を分かつのだろう。
 
権力を手にした人は、ただ運がよかっただけ、では語れない。そうなるために、本人が歯を食いしばり、ものすごい努力をしてきたはずである。そしてその努力を、他の人はやらないだけだ。「できない」のではなく、「自分にはできない」と自分をディスカウントし、「やらない」選択をしてしまうのが、多くの人達が抱える思考の癖である。しかしもし勇気をもって、一歩を踏み出すことができたら、そこからつながる未来が大きく変わる可能性があることを、こういう事実は示している。
 
「仕事はつらいもの」「仕事は時間を拘束するもの」という考えが前提にあると、それ自体が嫌なものだという認識が植え付けられてしまう。果たして仕事は本当に辛いものなのだろうか。
人の能力や才能というものは、磨かないと光ることはない。人と同じ行動をしていたら、人と同じかもしくはそれ以下にしかならないじゃないか。人以上努力するから、チカラがつき、スキルがあがり、またデキることのキャパが増えて、自分の人間力が上がっていく。毎日自分のキャパを少しだけオーバーする仕事を、歯を食いしばって頑張るから、自分に力がつき、さらに大きなことができる自分になる。
 
どんなことでも自分の仕事だと捉え、自分のスキルを上げるため、人間力を上げるために、お金をいただきながら修行させて頂いていると思えば、どんな仕事も楽しくなる。人からやらされている、我慢してやっている、と捉えているから、いつまでも仕事は嫌なものなのである。この思考がある限り、どんなに働き方改革をしても「仕事が楽しい」とは思えないではないか。本来仕事は楽しく、自分を磨き、自分の才能を尖らせ、なんなら人の役にたち、人から感謝してもらえる存在になることができるものだ。そういう仕事の仕方があることは、いま声を大にして言えない空気すらあることがもどかしい。
 
イチローだって、毎日深夜まで素振りをしていたから、今の地位を手に入れている。生まれたときから野球ができたことはないはずだ。安倍首相だって、政治の世界で誰よりも努力し、信頼を勝ち得てきたから、今総理大臣としての地位にいるはずだ。ゾゾタウンの前澤社長だって、ものすごい苦労や努力をしてきたから、今の組織や財を成したはずだ。
 
もし仕事がなくなったら、こういう突出した人物は一切生まれないだろう。
そうなると世界は、誰も何も生み出さない、ただ単純で安寧な場所になるのかもしれない。
 
果たしてそれが幸せかどうかは、なってみないとわからないが、少なくとも私は、全力で死ぬ気で頑張るほうを選択したいと思っている。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。


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