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正しい不倫のススメ

不倫は女を不死身にする《正しい不倫のススメ》


記事:江島 ぴりか(READING LIFE公認ライター)
 
 
純白のドレスでバージンロードを歩くとき、花嫁は何を思うのだろう。
花嫁の一生を表しているというその道で、父親と歩んできた過去、そしてこれから新郎と歩む未来を思い、
幸せなその瞬間をかみしめているのだろうか。
 
ミカ(仮名)ははっきり覚えている。
そのとき、自分の胸の内に沸き上がった感情を。
「私はもう、この先ずっと、この人以外を愛せないんだな……」
それは明らかに、最愛の人と結ばれたときの気持ちとは違う気がした。

 

 

 

夫のヒロユキ(仮名)は、いわゆる社会的にオカタイ職業の人だった。
大学時代から8年以上交際していて、いつかはそうなるんだろう、という雰囲気はあったが、
就職後は多忙でなかなかデートもできず、結婚すれば毎日会えると考えたヒロユキと、
年齢的にそろそろ結婚して早く子どもが欲しいと考えたミカの、ある意味利害が一致したタイミングが訪れたのだ。
ミカいわく、「若い頃はひどくワガママで、相当自分勝手な女だった」のに、彼女が何をしても許して受け止めてくれる彼に感謝していた。そんな彼なら、自分のことを一生守ってくれると思った。そして、きっと幸せになれる、と信じていた。
 
結婚は同棲の延長程度にしかとらえていなかったミカだが、
ほどなくして、それは全く別のものだということを思い知らされた。
 
結婚前は、忙しいヒロユキに代わって一緒に式場やウェディングドレスを見て回り、何かと世話を焼いてくれた「親切なお義母様」も、結婚後はただの「やかましい姑」にしか見えなくなった。子育てはもちろん、洗濯物の干し方から、野菜の切り方にまで口出しされることに我慢がならなかった。娘のいない義母にとって、おそらくミカは本当の娘のようで、だからこそ、遠慮なく何でも言える関係だと考えていたのだろう。でも、ミカは自分のやりたいようにやりたかったし、結婚したからといってそれを変えたくはなかった。おまけに、ヒロユキと同じオカタイ公職に就いている義父を長年支え続けてきた義母は、妻たるもの家で内助の功に徹するべき、という保守的思想の持ち主だった。かつてはアナウンサーを目指し、見た目も華やかで外向的なミカとは、女としての生き方の方向性が根本的に違うように思えた。
「お義母さんにとって、私は宇宙人みたいだったと思う」
 
そんな義母も含めた、夫の親戚との付き合いも、ミカにとっては煩わしいことこの上なかった。
結婚後、間もなく妊娠・出産したが、息子は寝つきが良くなく、3時間以上寝られない日が2年も続いた。
しかし、そんな乳飲み子を抱えていても、冠婚葬祭はもちろんのこと、夫の叔父の退職祝いにまで「一族の妻なんだから」と駆り出され、朝から晩まで宴席に付き添うしかなかった。
「結婚とは家同士がするものだ」という誰かの言葉を、ミカは痛切に感じていた。
 
しかし、そんな窮屈でしかなかった親戚付き合いが、彼女に新しい希望を与えたのだ。
そして、彼女の人生で最も強烈な愛と、苦しみと、転機をも与えた。
「元旦那の従弟だったの。5歳年下で。で、おまけに元旦那とおんなじオカタイ職業」
ミカは、ちょっと苦笑しながら続けた。
「だから、そんなことしてたってバレたら、本当にヤバいの! 仕事的にもね。まあ、従弟の奥さんとそうゆう関係になったってだけで、世間的にはかなりヤバいけどね」
 
その従弟の名前はケイジ(仮名)。
ヒロユキの祖父母が相次いで入院し、お見舞いに行ったり、葬儀があったりする中で、結婚前からちょくちょく顔を合わせる機会はあった。度重なる親戚付き合いの中で、ごく自然な流れで連絡先を交換した。
「一目見たときから、カッコいい! って思ってた。すごいタイプだったんだよね」
もうずいぶん昔のことなのに、ケイジのことを話すミカの表情は艶やかだ。
でも、最初はただの従弟に過ぎなかった。
特別な感情もなかったし、必要な用事があるとき以外で連絡をとることもなかった。

 

 

 

結婚して1年が過ぎ、新居を手に入れても、ミカの思い描いていた幸せな結婚生活は遠のくばかりだった。
義母の干渉は相変わらずで、ヒロユキも仕事の忙しさを理由にまともに話を聞いてくれない。
「疲れて帰ってきているのに、母親の愚痴なんて聞きたくない」という彼の気持ちは、シングルマザーとなって働いている今ならわかる。しかし、毎日幼子と2人きりで過ごしていた当時のミカにとって、話し相手はヒロユキしかいなかった。それでも、何を言っても「しかたないじゃん。うまくやってよ」としか返答しない夫に、不満は募る一方だった。実際、家には寝に帰るのがやっとの状態だった彼にとって、その一言が精いっぱいだったのかもしれない。
しかし、子育てによる慢性的な睡眠不足もたたって、ミカの心と体も限界だった。
 
私は何のために結婚したの?
自分のことを守ってくれる人と結婚したつもりなのに。
夫は義母をかばうばかりで、私のことは全然守ってくれない。
それなら、もう自分のことは自分で守るしかないわ!
 
そう思い詰めたとき、連絡をした相手がケイジだった。
ヒロユキのこともお義母さんのこともよく知ってたから、と彼女は言うが、
もともと好みのタイプだったことも大きいに違いない。
それに、年下で優しい彼なら、きっと黙って私の話を聞いてくれる。そんな思いもあっただろう。
夫が夜間勤務で不在のときに、離婚の相談をしたいと呼び出した。
 
「離婚」という言葉を耳にして、ただ事じゃないと心配したケイジは、〝従弟として〟すぐに駆けつけてくれた。そして期待した通り、ここに至るまでの、かなり長い話を根気強く聞いてくれた。
反論するでもなく、
投げやりに答えるでもなく、
聞き流すでもなく、
ただ、じっと耳を傾けてくれた。
溜め込んでいた思いが溢れ出て、夢中で話し終えたとき、ミカは言いようのない解放感を感じていた。
話を聞いてもらうということは、こんなにも人を癒してくれるものなのか。
怒りや悲しみや苦しみを、包み隠さずさらけ出すことが、こんなにも救いになるのか。
 
「そろそろ帰るよ」
玄関に向かったケイジの後ろ姿を追って、猛烈にさびしくなった。
このままこの人が帰るなんて嫌だ。ひとりにして欲しくない。
靴ひもを結んで立ち上がり、こちらを振り向いた瞬間に、とっさにミカは彼に抱き付いていた。
〝従弟として来た〟ケイジの体はすっかり硬直して、何が起きたかわからないまま、彼女の腕を振りほどくこともできないようだった。
 
「思わず、ぎゅっとしちゃったの」
そのときの情景は、今でも彼女の心に鮮やかに焼き付いているようだ。
夫との触れ合いもなくなっていた彼女にとって、ケイジのぬくもりは生きる希望を与えてくれた。
たとえ、社会的に許されないことであったとしても、その瞬間、壊れかけていた彼女は救われたのだ。

 

 

 

実家暮らしで、まだ親の庇護のもとにいたケイジの罪悪感は、ミカの想像以上だった。
彼女に会うたびに、「ほんとは、こんなところにいちゃだめなんだ。だめなのに……」と繰り返した。
だから、すぐに深い関係になったわけではない。
それでも2人は急速に惹かれ合い、わざわざ高速道路を走らせて、往復2時間もかけてケイジは会いに来てくれた。
ミカも、もう迷いはなかった。
離婚に応じなかったヒロユキに対して、とりあえずは別居することで折り合いをつけ、すぐに家を出た。
ケイジは彼女の子どもと遊びに行くようになり、子どもも彼のことを「ケイちゃん」と呼ぶようになった。
しかし、それがいつしかヒロユキの耳に入り、2人の関係が疑われるきっかけになってしまった。
 
「そういえば、一緒にお墓に行ったこともあったな……」
それまでのテンポの良い語りとは違って、彼女の声はどこか弱々しくなった。
「私はケイジと結婚したかったけど、彼はそれは絶対無理って。だから、もう一緒に死のうかって」
ミカはどれだけ真剣な想いで、どれだけ追い詰められていたのだろう。
ケイジも本気だったと、彼女は確信している。
彼にとっても、気持ちをどうにも抑えることができない初めての相手が、ミカだったのかもしれない。
「結婚するなら、ちゃんと両親が祝福してくれる人がいい」と言いながらも、
「でも、君が好きなんだ。ダメなんだけど、ここに来ちゃダメなんだけど」と自問自答を繰り返している彼の姿が忘れられない。
「追い詰められてたね、お互いに。どうしてこんな形で出会ったんだろうって。どうして、私は結婚してるんだろうって」
 
不倫によって救われたはずの彼女が、不倫によってまた死を考えるとは。
しかし、結局、彼女はまた生へと救われることになる。
それは、愛する2人にとって、残酷な出来事だったが。

 

 

 

ケイジは、彼の実家近くの駐車場に着くと、いつも電話をくれた。
無事に帰宅したという連絡のためだ。
その日も、ミカの携帯に彼からの着信があった。
「もしもし。帰った?」
そのとき、電話の向こうから返ってきた声に、彼女は心臓が止まりそうになった。
「この電話って、誰のかわかるよな?」
それは、別居中の夫、ヒロユキの声だった。
おそらくは、駐車場で待ち伏せしていたのだろう。
ヒロユキに問い詰められたとき、ケイジはどんな様子だったのだろう。
ミカに突然抱きしめられたときのように、体を強張らせていたことは、想像に難くない。
「そこからは、ものすごい修羅場。ヒロユキとケイジの両方の親にバレて。親戚中を巻き込んでの大騒動だったよ」
渦中にいたら生きた心地がしないだろうが、昼ドラのような展開は、ちょっとコミカルにも聞こえる。
 
けれど、ミカにとって本当にショックだったのは、2人の秘密が明るみになったことではなかった。
息子が年上の女に騙されたに違いない、と考えたケイジの父親は、
「きちんと別れてもらう」と彼女を呼び出した。
年下とはいえ、30の女と25の男だ。仕事もしている立派な社会人だ。
それに、はるばるミカの元へ通っていたのはケイジだ。
しかし、親にとってはいつまでもかわいい子どもだ。自分の子どもに非があるなんて考えたくないものだ。
今や、高校生の母親であるミカにも、そのときの彼の父親の気持ちはわからないでもない。
 
ケイちゃんと遊べることを楽しみにしている息子を連れて、ミカはケイジの実家に向かった。
しかし、そこに彼の姿はなかった。
逃げたのだ。
この状況に耐え切れず、逃げたのだ。
ミカは愕然とした。
そして、彼女はたったひとりで宣言させられることになった。
狂おしいくらい愛して、一緒に死のうとまで考えた彼の、父親と母親の面前で。
「ちゃんと別れます。もう二度と、息子さんとは連絡を取りません」
ケイジが座るはずだったイスがぽつんと、所在なさげにたたずんでいた。
 
ミカは、かつて某アイドルが涙ながらに語っていた言葉を思い出していた。
「生まれ変わったら一緒になろう」
彼は最初で最後の恋人だと思ったし、この人以上に愛せる人は現れないと思った。
不倫だったけど、一番大好きな人だった。
今でも、これまでの人生で一番愛した人だと言える。
それなのに、最後の別れの席に彼は現れなかった。
一番苦しいときに、いとも簡単に手を離された。
そう思って、ずっと彼を責めていた。
 
「でもね。今は彼の気持ちがよくわかるの」
穏やかに微笑みながら、あのときを振り返る。
「離すことも離さないことも辛いんだということが。あれから10年経って、やっとわかったの」
大切な従弟の奥さんに手を出し、従弟をひどく傷つけ、多くの人を混乱させてしまった。
親族とのつながりが強い家系にあって、それは想像以上に苦しかっただろう。
もし手を離さなければ、もっとみんなを苦しめてしまう。
でも手を離せば、ミカを傷つけ悲しませてしまう。いや、それ以上に自分も苦しい。
ケイジにとって、ミカに対する愛も、家族に対する愛もとても深かったに違いない。
だから、どちらも選べない。
だから、あの場から消えることを選んだのだろう。
自分の意思は明確にしないという、優しすぎるケイジが考えた、彼らしいやり方のようにも思える。

 

 

 

こんなことになっても、ヒロユキは離婚を望まなかった。
すれ違いばかりで、言葉を交わすことがなくなっても、ヒロユキにとっての最愛の人はミカだったのだ。
彼の考える愛とは、〝すべてを許して受け入れる〟ということだった。
でも、ミカはもう自分の気持ちに嘘はつきたくなかった。
仕事がなくても、何のあてもなくても、幼い子どもがいても、自立して生きていく道を選んだ。
 
別れの修羅場から半年後、突然現れたケイジは、すっかりやせ細っていた。
両親に監視されるようになったにも関わらず、ミカに会わずにはいられなくなって憔悴しきった姿に、心が痛んだ。
きっと、あの日逃げ出したことにも罪悪感を持ち続けていたのだろう。
その後も3か月、もしくは半年に1回とたまにひょっこり現れた。
付き合うことはできないけれど、完全に離れることもできない。
そんなくすぶりが2,3年くらい続いた。
しかしそれも、ミカに新しい恋人ができたことで完全に終わった。
「幸せになって」というケイジの最後の言葉に
「あなたに幸せにして欲しかった」と、声に出さずに答えた。

 

 

 

現在のミカなら、そんなセリフは出てこないだろう。
自分を守ってほしい。
自分を幸せにしてほしい。
男性にそう期待していたかつての自分に、こう伝えるに違いない。
 
自分を守るのは自分だよ。
自分を幸せにするのは自分なんだよ。
 
「あんな修羅場をくぐり抜けた自分は最強だと思ってるんだ。もうこれから何が起こっても平気! って。 でも、そう思ってたら、それを超えることが次々と起こったんだけどね」
キラキラと輝く笑顔で、彼女は語る。
確かに、と私も思わず笑ってしまう。
その後もミカは、幾多の恋愛や仕事を経験し、様々な困難を乗り越えている。
もちろん、シングルマザーでの子育ても簡単じゃない。
でも、何度もつまずいたり、崖から落ちそうになったりしても、何度でも立ち上がって、ますますパワーアップしてよみがえってきた。遂には、数々のハードな経験を活かして、迷える女性たちの悩みを聞く美人占い師として活躍するようになった。
彼女の意志の強さ、精神の強さ、肉体の強さ。
その根底にあるのは、ケイジとの壮絶な愛の日々なのだ
 
彼女は不倫によって心を救われ、
不倫の終わりによって命を救われ、
不倫の経験によって強くなり、
自らの進むべき道を見出したのだ。
 
今の彼女は、20代のときよりずっと若々しくて美しい。
そのまぶしい姿は、男性も女性も惹きつけてしまう。
悲しみや怒りや苦しみは、こんなにも人を美しくするのだろうか。
いや、違う。
人を美しくするのは、逆境に立ち向かう勇気なんだろう。
彼女を見れば、それがわかる。
どんなに困難であっても、道を切り拓くのは、自分なのだと。
 
ミカのいちばんの夢は、もう一度バージンロードを歩くことだ。
そのとき彼女の心に浮かぶのは「この先ずっと、この人を愛します」という言葉だろう。

 
 
 
 

❏ライタープロフィール
江島 ぴりか(Etou Pirika/READING LIFE公認ライター)
北海道生まれ、北海道育ち、ロシア帰り。
大学は理系だったが、某局で放送されていた『海の向こうで暮らしてみれば』に憧れ、日本語教師を目指して上京。その後、主にロシアと東京を行ったり来たりの10年間を過ごす。現在は、日本国内にて迷走、いや瞑想中。2018年9月から天狼院書店READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
趣味はミニシアターと美術館めぐり。特技はタロット占い。ゾンビと妖怪とオカルト好き。中途半端なベジタリアン。夢は海外を移住し続けながら生きることと、バチカンにあるエクソシスト(悪魔祓い)養成講座への潜入取材。

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2019-06-04 | Posted in 正しい不倫のススメ

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