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週刊READING LIFE vol.24

Excel便利屋が惚れてしまったんだからしょうがない!《週刊READING LIFE Vol.24「ビジネス書FANATIC!」》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

ビジネス書FANATIC! 恐れていたテーマが課されてしまった。
 
週刊READING LIFEの記事を書くにあたって、折々本の紹介を入れるようにしていたのだが、FANATICとなると話が違う。入魂の一冊について激しく狂おしく語りつくさなければならない。何にしようか悩みに悩んだ。いや、本当のところは、テーマを見た時から、あの一冊についてしか思い浮かばなかった。なかなか決断できなかったのは、この本について、公明正大に書き切れる自信がなかったのだ。
 
それでも、この機会を逃したら、一生書くことはないかもしれない。
ならば、挑戦してみようではないかと、清水の舞台から飛び降りる決心をした。
 
ある男と、彼が書いたExcelの本について、紹介しようと思う。
その本は、「たった1日で即戦力になるExcelの教科書」という。

 
 
 

「たった1日で即戦力になるExcelの教科書(吉田拳/2014/技術評論社)」が発売された2014年頃は、統計学に注目が集まっていた。「統計学が最強の学問である(西内啓/2013/ダイヤモンド社)」といった本がしばし書店のランキングに並んでおり、ビジネスマンたるもの、統計を使って数字に強くなるべし、といった雰囲気があちこちに流れていたように思う。
 
そんな中で発売された「たった1日で即戦力になるExcelの教科書」は、数字に強くなりたい、しかし統計学を学ぶには腰が重い、という層に強く響いたのだろう、発売から爆発的な売り上げを記録した。Excelは一大ブームとなり、翌2015年はビジネス系雑誌がこぞってExcelを特集し、類似本もたくさん発売された。そして2019年2月現在、「たった1日で即戦力になるExcelの教科書」は売上累計22万部、21刷と長期にわたって大ヒットしている。単純にこの数字だけ見ても、Excelに対する期待と、その汎用性が評価されていることが伺える。
 
そう、Excelはとても便利なツールなのだ。ほとんどのPCに搭載されているので、既にPCを使用していれば初期コストはかからない。初心者でもまあまあ扱えるし、極めれば専門ソフトにも引けを取らない本格的なパフォーマンスも発揮できる。Excelに関する本は同著に限らず多く発売されているし、インターネットにも無料解説サイトがたくさんある。下手な資格試験を勉強するよりもよほどハードルが低く、実践的な知識が身に着けられる。しかし、そうやってExcelスキルを高めて来た人にとって、一つの深刻な問題が待ち受けている。
 
それは、社内で「Excel便利屋」にされてしまうということだ。
かくいう私も「Excel便利屋」だったのだ。

 
 
 

私がExcelって便利かも、と初めて思ったのは、同著が発売されるよりも五年ほど前だっただろうか、前職で総務に異動して少しした頃だった。複合機の管理を引き継ぐことになり、一通りの資料と、カラフルに色付けされたExcelファイルを見せられた。
 
「全支社の毎月の利用料金が送られてくるから、この表に入力してね」
 
複合機の料金というのは、コンビニはモノクロ10円、カラー50円が一般的だろうか。それしか知らなかった私は、そのExcel表を見て仰天した。モノクロは一枚1円、カラーも30円を下回っている。当社はA社からいくつも複合機を購入しているので、ボリュームディスカウントが効くため、料金も低い、と先輩が教えてくれた。1枚1枚に設定された価格のことをカウンター料金というらしい。契約した時期、機種、使用枚数など、様々な条件を加味してカウンター料金が決められるとのことだった。
 
かくして毎月のカウンター料金入力作業が始まった。甲支店、今月は500枚。乙支店は大きい支社だから2000枚! ひゃー! そういや丁支店のあの子は元気かな……数字の向こうで支店にいる同期の顔を想像しながら数字を入力して数カ月、一つの違和感に気が付いた。
 
ある支社のカウンター料金、Excel表上では1枚あたり14円となっているのに、送られてくる利用明細では15円と書かれていたのだ。あれ、おかしいな。すぐ前任の先輩に確認したが、先輩は先輩の前任者からも特に何も聞いていないとのことだった。
 
変だなあ。どっちが正しいんだろう?
 
持ち前の凝り性を発揮してしまった私は、法務にお願いして契約書を見せてもらった。すると、契約書では14円と記載されているではないか! では請求される金額が間違っているのだろうか? その差額分は過払い? 私はとんでもない事実を発見してしまったと、おそるおそる先輩にそのことを相談してみた。
 
「え、そうなの? ちょっと確認してみるね」
 
先輩は上司に確認し、A社の担当者に連絡を取ったようだった。結果、やはり契約書の金額が正しく、その複合機購入から今まで、ずっと1円高い料金で計算していたとのことだった。先方は恐縮し切りで、差額分が返金され、平身低頭の謝罪の後、担当者が別の人に変わった。思いがけず大事になってしまい、呆然としていたのを今でも鮮明に覚えている。
 
「お手柄だね。数字って大事だから」
 
毎月カウンター料金を入力する作業、内心全く意味がないのではと思っていたが、思いがけず役に立ったのだ。数字をチェックするのは大事。私の心に深く刻まれた瞬間だった。

 
 
 

それからというもの、私は数字をあれこれチェックするのに凝り出した。目につく数字は何でも目を通し、原本と見比べて、集計したり比較したりした。複合機の数字チェックはもちろん、カラーコピーとモノクロコピーの枚数を比較したり、文房具の購入明細を種類ごとに分類したり、そこまでやる必要あるの? と思うほど、超精密な分析をした。そしてその分析結果をこれまた超詳細な表に仕上げては、先輩や上司に見せて首を傾げさせるのだった。
 
自信満々に掲出した資料を見て首を傾げられると悲しい。それは私のExcelスキルが未熟で、先輩や上司が納得する分析が出来てないからだと思い、ネットを見たり、書籍を購入したりして地道にExcelスキルを上げていった。そうしていると、我流であっても効率の良いやり方が徐々に分かってきて、作業時間が減った。そうすると、我流の資料でも、なるほどね、と言ってくれることが少しずつ増えてきた。
 
「君はExcelが得意なんだねえ」
 
先輩や上司、その他にも、いつの間にかそう言われるようになった。そうすると、何かExcelで困ったことがあった時に、呼びつけられるようになる。「Excel便利屋」の誕生だ。便利屋への依頼は、「何にもしてないのに数式が壊れちゃった」「こういう集計をしたいけど、どうやったらいいのか分からない」など、ちょっとした、スポット的な疑問がほとんどだった。質問されるとちょっと得意になれるので、気前よく教えてあげていたのだが、その度に小さな疑問がモヤモヤと心の中に浮かんでいく。
 
これ、ネットで調べればすぐ分かるんだけどなあ。
 
私に質問してくる内容は、かつて私が自分で調べて身に付けたテクニックばかりだった。この先この関数知らないで集計するのって、大変じゃないかなあ。自分で調べて身に付いたから、あちらこちらにも応用が利くようになった。私に聞いて教えてもらうのは簡単だけど、それじゃああんまり身に付かないんじゃないか。
 
なにより、「Excel便利屋」は、地味に時間をとられる。
 
一人の質問が10分だったとして、日に三人質問があれば30分。たったそれだけかもしれないが、壊滅的に注意散漫だった私にとって、集中が途切れてしまう事のことの方が問題だった。みんな、もっとExcelを勉強したらいいのに。そうは思いつつ、ネットや書籍であれこれ試行錯誤しながら調べものをするのもなかなか骨が折れるので、得意な人がいれば聞いてしまおうと思う気持ちも分かる。そんな同情に自分自身がほだされて、ついつい「Excel便利屋」を続けてしまっていた。
 
そんなある日、私はとある異業種交流会で、吉田拳という男に会った。
 
「君、Excelって得意?」
「はい、たぶん」
「そうか、やったあ。じゃあ俺の仕事手伝ってくれる?」
 
会社員だから無理ですよと返したが、事業が大きくなりつつあるので人手がいる、事務的なところだけでもいいから、と押し切られてしまった。
 
吉田は、Excelの個人指導と、法人コンサルタントの個人事業を開業したばかりだった。個人指導はSkypeなどで行い、個人が直面している悩みをそのままズバリと解決していく。法人コンサルタントは、私がやっているような「Excel便利屋」を外注するようなものだと言う。自分自身、Excelは全く使えなかったところから、マクロを完全に使いこなすところまで独学で極めたので、その経験とスキルを活かしたいのだという。
 
なるほどね。
私も、自分のExcelスキルにまあまあ自信はあるけど、Excel便利屋はもう閉店したい。
誰かに頼めるんだったら、それがいいのかもしれない。
 
吉田の事業は、クライアントが法人としか取引できないとのことで、すぐに法人化した。大口の顧問契約からスポット対応まで大小さまざまな依頼が来て、すぐに吉田のマンパワーだけでは追いつかなくなり、人員も増えた。次から次へと問い合わせがくる様を横目に見つつ、みんなExcelをどうにかしたいと思ってるんだなあ、と痛感した。
 
「セミナーを始めようと思う」
 
ある日吉田がそう言い出した。曰く、大手のコンサル契約が終了するのをきっかけに、自分自身の働き方を見直すのだと言う。Excelコンサルティングはどうしてもマンパワーが必要で、現在のメンバーがフル稼働しても上限はたかが知れている。Excelコンサルタントを育成するのも時間がかかるし、そのためにもやはりマンパワーがいる。それよりも、セミナーで直接困っている人を育成した方がいいんじゃないか。そんなことを言いながら、さくさくとセミナー準備が進む。私は会社員なのに、またしてもその運営事務を手伝うことになった。
 
セミナーは、「エクセルを仕事で使いこなす100の極意マスター講座」というタイトルだ。初回開始直前まで、たかがExcelテクニック100個、必要な機能や関数を適当に並べただけだろうと高をくくっていたが、全然違った。1から100まで、すべて明確な目標を持って選び抜かれたテクニックばかり。吉田の前職のデータを基にした、実践的なデータ分析の演習。それらを開始から終わりまで、サブ講師がフォローをしつつ、とにかくやり切る。セミナー終了後は、無料で無期限サポートを受けることができる。充実の内容と手厚いフォローに、瞬く間に人気が出て、毎週開催するも二カ月先まで満席の状態が続いた。
 
この大人気講座「エクセルを仕事で使いこなす100の極意マスター講座」を完全書籍化したものが、「たった1日で即戦力になるExcelの教科書」なのだ。

 
 
 

よくあるExcel本は、できるだけたくさんのExcelテクニックを掲載するように腐心している。それはつまりExcel辞書だ。それは特に脈絡もなく、アルファベット順や50音順に関数やテクニックが並んでいる。Excelを使ってどんなことが出来るかは、読み手が自分で考えださなければならない。
 
一方、「たった1日で即戦力になるExcelの教科書」余計なテクニックは載っていない。教科書というスタンスなので、超基本的な用語の解説から始まり、最終的にはExcelで営業成績などの数字の分析ができるようになる。更に、数字を扱うものの心得として、キャッシュフロー、パレート分析のやり方にまで触れている。自分の仕事はキャッシュフローのどの部分に影響をもたらすのかを理解した上で、数字を分析するべき、と言っているのだ。
 
まるで人材育成をしているような構成だ。
 
セミナーであれ同著であれ、すべてマスターすれば、単にExcelが出来るというだけでなく、会社員としてかなりのスキルと視野を持つ人に成長することが出来ることは間違いない。門前の小僧習わぬ経を読む、ではないが、セミナーのサポートをしていただけの私ですら、回を重ねるごとに自分の知見が広がっていくのを感じていた。特にExcel便利屋になる以前、いろいろな分析をしては上司や先輩の首を傾げさせていた資料は、Excelスキル以前に、分析の方法やとりまとめかたに難があったのだ、としみじみ実感した。
 
セミナーを理解し、同著を読み込んだ私は、「よく分からない小難しい資料を作る奴」から、「面白い目の付け所をする奴」「根拠にきちんと数字を持ってくる奴」くらいにはなれていたのではないだろうか。複合機の管理でいえば、しょうもない社内資料をカラーコピーした場合とモノクロコピーした場合の金額の差をシミュレーションし、全社的にカウンター料金節減キャンペーンを打って出た。ほかにも社内イベントの出欠確認、文房具受発注の振込依頼書作成の半自動化、ひいては内部統制関連ファイルの作成、自動集計など、とにかく自分の業務でExcelを使い倒した。
 
日本に私のようなExcel便利屋が何人いるのか知らないが、仮に一社に一人いたとして、日本の企業数421万社、とするとExcel便利屋も421万人だ。全国の421万人のExcel便利屋が、便利屋になるまであれこれ調べて勉強した時間と労力はどれほどのものだろうか。想像するだけで目眩がする。時には間違った方法を鵜呑みにして試行錯誤を繰り返すこともあっただろう。それもまた経験であり、知識となると言えば聞こえがいいが、彼らはみな会社員で、やるべき仕事があり、それを押して勉強していたのだ。削れる時間は少しでも削って、本来の業務に費やすべきだ。
 
もしそんなExcel便利屋候補生が同著を読めば、そうした回り道は一切省略して、最低限必要なExcelスキルをすべて身に付けることができる。セミナーにすら参加しなくてもよいのだ、なんという時間短縮なのだろう! そして、同著があることで更に素晴らしいのは、Excel便利屋に質問してくる人に、「この本読んで勉強したんだ」と突き返せるところだ! Excel便利屋の頃の私がこの本を読んでいたら、もっと有効にいろんなことを分析していただろう。そして、周りにこの本を布教しまくっていたはずだ。

 
 
 

何だよ、完全に身内贔屓の本の紹介じゃないか。
そんな風に思われてしまったかもしれない。しかし、それを押してでも紹介したい衝撃をこの本は持っている。2014年発売以降の売上部数はもちろん、統計分析だとか、集計表作成だとか、特定の目的をもって解説しているExcel本が爆発的に増えた。中には同著をパクっただろ! と言いたくなるような構成の本も出たので笑ってしまう。それだけインパクトのある信念を、吉田拳という男は世に放ったのだ。
 
初めて会って話を聞いた時から、吉田のExcel論、ひいては仕事論についてはずっと筋が通っていた。仕事は好きだが長時間働くこと、無駄な作業が何よりも嫌いで、気心知れた仲間と酒を酌み交わすのが好きだった。ものすごく高慢ちきかと思えば、人の指摘を素直に受け入れるし、自分が分からない、出来ないことは、うやむやにせずにはっきりと断る。よく他人のことを褒めちぎる。いつも誰かしらに憧れていて、その人のようになりたいとグチグチ言っている。びっくりするほどたくさん本を読む。彼の描く未来はどんなものなのかと面白がって見ているうちに、そのビジョンにすっかり惚れ込んでしまい、彼の会社に入社することになり、彼と結婚することになり、息子まで生まれてしまったのだ。本の一冊くらい紹介させてもらいたいものである。
 
夫としては、父親としては、脱いだ靴下を変な隙間に隠すように押し込むだとか、酔っぱらって帰宅した時に息子を抱っこして起こすだとか、ひっぱたきたくなるような瞬間はもちろんある。家事や育児で積極的に手伝ってくれるといった、良い一面もたくさんある。しかし、それらは私にとっては、嬉しいおまけのようなものでしかない。吉田拳という男が、この先Excelで日本を、いや世界をどう変えるのか、見続けていきたいのだ。

 
 
 

そんなわけで、Excel便利屋が全力でオススメする「たった1日で即戦力になるExcelの教科書」、ぜひ手に取ってみて頂きたい!

 
 

❏ライタープロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。

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2019-03-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.24

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