fbpx
週刊READING LIFE Vol.35

2時間で、すべての感情出しつくせ!《週刊READING LIFE Vol.35「感情とうまくつき合う方法」》


記事:井上かほる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部
 
 

「6秒なんて待てない」
それがわたしの結論だった。
「怒りを感じたら6秒カウントしてみたらいいっていうじゃん」という友人からのアドバイスに、わたしは「待てない」と答え、感情を殺すほうを選んだ。
 
数年前、わたしの感情はすべて、「怒り」だった。
明らかに少ない人数配置をした会社の役員に、最寄駅から地下鉄1本で行けた新築の営業所から乗り換えが必要な底冷えがする営業所に移されたことに、ベテランなのに全然働かない先輩社員に、いろいろ手をかけても全然成長しない新人に、大声でゲラゲラと笑っている隣の部署に、そして、仕事でもプライベートでもいいことがない自分に、毎日毎日イライラしていた。
家に帰ってもイライラしてるし、友人や仲のいい同僚と飲みに行っても、愚痴ばかり。そのころのわたしは「女の人は話すことで発散する生き物だから話したほうがいい」という、どこかのだれかが言っていたことを鵜呑みにし、とにかく自分のイライラしたことを、会う人会う人に話していた。
理解をしてくれる人は結構いた。
同じような状況にいるのは自分だけじゃないんだ、と。どこも同じことが起こっていて、わたしがこうしてイライラしていて、さらにこうして愚痴を言っているのは、別におかしなことなんかじゃないんだと。だから、わたしの感情のすべてである「怒り」は、話すことで発散し、これこそが「うまくつきあっていける方法」なんだと思っていた。イライラしては、だれかにLINEをしたり、Twitterに書きなぐって垂れ流す。そうして1日分溜まったイライラを、日記のように書いたり、人に話していた。ただ、それを繰り返していた。
 
「いまの井上さんに必要な本だと思うから」
誕生日プレゼントに、会社の同僚から本をもらった。
「えー?  なんだろう?」
営業所で昼ごはんを食べたあと。
今日はいいことあった!  と思える出来事になると思っていた。
けれど。
包装紙を解き、本のタイトルを見る。
一瞬にして腹の底からマグマが沸き上がり、顔はその反対に一瞬で凍る魔法をかけられたように固まった。
 
『心屋仁之助の「もうイライラしたくない!」と思ったら読む本』
 
「は?」
 
もちろん6秒待てなかった。
「いやいや、高橋さんも飲み会でいつもイラついた話してるじゃないですか」
あなただって同じじゃないですか、と。
「いや、それでも、いまの井上さんは、今まで以上にイライラしてるよ」
高橋さんは冷静に、返してきた。
わたしのイライラは、度を越していると言いたいのか。
「そうですか……。ありがとうございます」
と本のタイトルを見ないようにして、お礼を言い、そっと机の引き出しの奥へとしまい込んだ。イライラMAXだったわたしが本を読むことはなかった。もしかしたらその本にすばらしい解決方法が書いてあったのかもしれないのに。
けれど、このときから決めた。
「感情は殺そう」と心に決めた。
なにも感じなくなれば、いや、嘘でも、「なにも感じてない」と自分に思い込ませれば、イライラしたり落ち込んだりしなくて済む。「イライラしてるよ」と言われずに済む。わたしの感情のすべては、当時「怒り」だけだったから、この感情を殺すことで、すべての感情を殺すことができた。そうすると、感情の起伏がなくなり、ラクになった。なにが起きてもどうでもよくなった。うれしかろうが楽しかろうが、自分の中の「感情殺し係」が、一瞬で消してくれる。なかったことにしてくれる。「なるほど。感情をコントロールするとは、こういうことなのか」と納得し、これで2度と「イライラしてるよ」と言われることはないと思っていた。
いま思えば、当時のわたしにとって、イライラの根源を解決する方法はなかった。けれど、「イライラしてるよ」と言われることは恥だと思っていたので、それを解決しようと思っていたのだ。

 

 

 

日本のプロバスケットボールチーム「栃木ブレックス」に、渡邉裕規という選手がいる。
結論をいえば、彼を見ていて、わたしの考えは変わった。
 
彼を見ていると、とにかく忙しい。
感情をすべて出すからだ。
コート上にいても、ベンチにいても、とにかく感情を出している。
彼の得意なスリーポイントが重要な場面で決まると、ガッツポーズをし、雄叫びをあげる。
味方選手がすばらしいプレイをすれば、笑顔でその選手を抱き上げ、チーム全体や見ている観客を笑顔にする。
相手チームの選手が味方の選手に危険なファウルをすれば、先頭きって怒りをあらわにする。
審判のジャッジに不服であれば、身振り手振りを使って抗議をする。
そして勝てば満面の笑顔を見せ、負ければとにかく悔しい、ファンに申し訳ない、という表情をし、言葉にあらわす。
わかりやすいのだ。
コートの外にいてもそうだ。
ケガから復帰した選手が活躍をすれば、飛び上がって喜び、気持ちが足りない選手がいれば、背中をバシっと叩いて鼓舞する。
まわりにいる選手たちも、そんな彼に引っ張られて、いろんな感情を出して、心からバスケットボールを楽しんでいるように見えるのだ。
 
そんな彼を見ているうちに、わたしも喜んだり怒ったり、苦悶したり、楽しかったりと、展開の早い4コマ漫画のように感情が忙しくなってくる。
 
……顔が痛い。
 
試合の時間は約2時間。
その間、自分もいろんな表情をしていたことに気がついた。
 
そして、自分の中に爽快感があった。
池の水全部抜く、じゃないけど、身体のどこかに押し込めていた感情を、2時間のうちに全部出し切ったような感じだ。「感情、出してもいいのかもしれない」
そう思った。
だからわたしは、1度殺した感情を、再度出すことに決めた。
けれど、ただイライラを表情に出すだけだった、以前とは違う。
表情だけではなく、言葉や身体の動きもあわせて出す。
イライラしているときは、両手の指をにぎにぎと高速に曲げ伸ばししながら「イライラするぅー」と言ったり、なんじゃそれ?  という呆れるようなことが起きたときには、「ぐぬぬ」と言って眉間を人差し指でツンツンしてみたり、うれしいことがあれば「やったぜ!  フー!」と両手を斜め上に伸ばして言ってみたり。
そうすると自分もまわりも、空気がやわらかくなる。
イライラはしているものの、「ハードイライラ」から「ソフトイライラ」にモードチェンジされる。
 
だからもし、いま感情とうまくつきあえずに困っている人、わたしのように職場でイライラが収まらない人がいたら、「感情を言葉に出すこと」と同時に、「なにかしたらの動きをつけること」をしてみてほしい。
そしてもし、感情を殺してしまった人がいたら、「栃木ブレックス」の試合を、渡邉裕規選手を、観てみてほしい。
感情を出すことって、爽快だ!  と思ってもらえるだろうから。

 
 
 

❏ライタープロフィール
井上かほる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

札幌市在住。大学卒業後、求人広告媒体社にて13年勤務。一瞬だけ専門学校の広報。
2018年6月開講の「ライティング・ゼミ」を受講し、2018年12月より天狼院ライターズ倶楽部に所属。エネルギー源は妹と暮らすうさぎさん、バスケットボール、お笑い&落語、スタバのホワイトモカ。
 


この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

【6月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《5/29までの早期特典あり!》



2019-06-03 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.35

関連記事