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週刊READING LIFE Vol.35

怒涛の日々の先にあったもの《週刊READING LIFE Vol.35「感情とうまくつき合う方法」》


記事:なつむ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部
 
 

私は、部屋で一人、泣いていた。
 
自分の中で、何かがぷつんと切れて、解放され、そして変わっていく。
 
今まで我慢してきたものが全部押し寄せてきたかのようで、次から次へ、涙が、止まらなかった。
 
思えば、怒涛の、本当に怒涛の、3か月間だった。
 
私は都内の企業に勤務する傍ら、一般社団法人での朝活や勉強会に参加している。
2月に、その一般社団法人での新しい役員職の打診を頂いた。役員と言っても、ボランティアだが、300人ほどいる会員の中で、お声がかかるのは光栄なことだ。
社団法人を運営するメンバとのつながりも強くなるし、他ではできない貴重な経験ができると思った。
朝活メイン会場の幹事職も新たに引き継ぐ中で、負荷が高くなりそうだなと思ったが、お受けすることにした。
これがそのあとどうなるか、まだわかっていなかった。
 
先行して、年末から始まった、音楽ライブイベントの運営と出演があった。2月半ばからはいよいよ準備も練習も本格化し、3月半ばの本番まで精神的にも体力的にもかなりをそちらに注いだ。本番は近年稀にみる盛り上がりとなり、大きな成功を収めた。準備が大変で気苦労もあったが、その分、大きな達成感を得られ、充実していた。このころの忙しさは、感情の面ではランナーズハイのような状態だった。
 
ライブの準備と並行して、一般社団法人の女子部会では、大型イベントの実施に向けて、初めてのクラウドファンディング(クラファン)が走っていた。強い関与を打診されていたが、余裕がなく慣れない活動も多く、ほぼ全く、貢献ができなかった。そのことがとても気まずく、頑張っているほかの方に申し訳なかった。みなさまの尽力でクラファンは大成功を収めた。成功が本当にうれしかった半面、自分はそこにほとんど何もできなかった、という無力感と申し訳なさでいっぱいだった。
 
3月、今考えるとわざわざそんなときに始めなくても、と思うが、天狼院書店のライターズ倶楽部を受験し、受講し始めた。忙しくなるのは目に見えていたが、昨年のゼミ以来で、これ以上空くともう書けなくなってしまうのではと焦りと不安があり、半ば強引に、受講を決めた。初めての、編集会議。初めての5000字。講義は相変わらず張り切って受けているが、ゼミのころに比べると、受講開始当初から「疲れていた」ような気がする。
 
3月、4月、本業の、会社員としての仕事も忙しさを増す中で、一般社団法人での役員職・幹事職について正式な任命が下りた。
休日に、朝から缶詰めになって、昼食もそこそこに、慣れない脳みそをフル回転させる。
まだ、振る舞い方も、求められていることも、よくわからない。
その中で、自分とは前提知識もここまでの経験も置かれている状況も思考回路も、いろいろと異なる人たちと、積極的な議論をして答えを出し、それで全体を引っ張っていくことを求められる。
衝撃的だった。突然の強大なストレスの到来に、軽いパニック状態になった。
 
その中で、5月のスパルタンレースに向け、体力トレーニングもしなければならない。思ったように時間が取れないと、それがまた、ストレスになった。できないとストレスになり、やっていないから筋力が落ちてまたストレスになり、たまにできても、こんなものではまだまだ足りないのにという気持ちがぬぐえず、ストレスになった。
 
思い返してみると、考え方が、かなりマイナスに偏っていたのかもしれない。
いろいろと、限界が近づいていたのだと思う。
 
初めから無理なことをやろうとしていたのかもしれない。
その判断もできなくなっていた。
とにかく、あれもこれも、きっと期待されている状態まで持っていけていない。
その状況に耐えられず、無力感に押しつぶされそうになっていた。
 
体調が整わない。体のパワーがない。寝ている間に、うなされる。
感情が鈍い。なぜか無性に悲しい。
 
許される環境を探して、書き方を考えに考えて、藁にも縋る気持ちで、SNSに弱音を吐いたことがあった。
ただでさえ少ない睡眠時間を、そのために削っていてどうする、早く寝ればよいのに自分で思いながらも、書かなければいられなかった。
このまま、何のSOSも上げないで突き進めば、きっと自分は、ある日突然、「ごめんなさい、もう嫌です」と言って、みんなの前から消えたくなってしまいそうな気がしていた。
それはまずい。
それはしたくない。
 
だから書いた。書ける場所を探して、弱音を、吐かせてもらった。
 
幸い、本当に、幸いなことに、そこには、救いが待っていた。
 
私は、仲間に恵まれていた。
慰めてくれる人。励ましてくれる人。休めと言ってくれる人。
環境との折り合いのつけ方を教えてくれる人。自身の過去の経験を語ってくれる人。
一つ一つから、かけがえのない力をいただいた。
 
肩の力を抜こう。
とにかくぐっすり寝よう。
できないものはできないと言おう。
 
少しずつ、ほんの少しずつ、一つ一つを、無理せず、進めていった。
 
そして、時代が令和になり、ゴールデンウィークの明けた1週間、怒涛の日々の、いったんの集大成を迎えた。
 
朝活のメイン会場・新幹事としてのデビューと、クラファンの時にはなかなか貢献できず悔しかった女子会イベントでの司会担当、2つの大物のイベントを、両方、どうにか、やり切った。
 
特に、イベントでの司会は、これまでにもいくつかの経験を積んでいて、みなさんにも役割として重宝していただけるようになってきた。たくさんの関係者の方から、司会が良かったと、お褒めの言葉を頂くことができ、運営のメンバからも感謝の言葉をいただいた。
 
やっと、人の役に立てた。
 
やっと、誰かに喜んでもらえた。
 
やっと、たくさんの笑顔を見ることができた。
 
ほっとしたのと、嬉しさと。
 
イベントから帰宅して、それをかみしめていたら、ここまでの怒涛の3か月のことが、うわっと浮かんできた。
無力感に苛まれていた心に、自信が戻ってくるのを感じた。
 
3か月、「しんどかったんだな」というのを、初めて、自分で、振り返ることができた。
 
そうしたら、涙が出てきて、止まらなくなった。
 
この3か月の感情の起伏を追いながら、改めて、落ち着いて、今回のテーマ、「『感情』とうまく付き合う方法」について、考えてみたい。
 
うまく付き合う、という言葉の定義にも、いろいろありそうだが、ここは、私の信頼する知人Sさんのアンガーマネジメントのお言葉を借りたい。
彼女は、アンガーマネジメント、つまり、怒りのマネジメントは、「怒りの感情で、後悔しないこと」を目指すのだと教えてくれた。
カッとなって言いすぎたり、つい手が出たり、というのが一番わかりやすいかもしれない。怒りの感情に任せて何かをやってしまってから、後悔する、ということがないようにしましょうというのだ。とても、わかりやすいと思う。
考えてみると、怒りだけでなく、喜怒哀楽、すべてに当てはまりそうだ。有頂天になって、余計なことを言ってしまうことも、人間、あるかもしれない。
そういう意味だと、感情と「うまく」付き合うというのは、感情の起伏やその扱い方によって、「後悔しない」方法、とも言えそうだ。
 
では、後悔しないために、感情に対してどうすればよいか、と考えてみる。
 
私自身、過去には、喜怒哀楽のあまり要らないことを言ってしまった・やってしまった失敗は多数ある。
しかし、そういう点でいうと、今回の怒涛の3か月は、確かに大変だったけれども、その点の後悔は、実は、一点もなかったのだ。
 
これは、我ながら嬉しい。
 
振り返ると、心がけていたこと・気を付けていたことが、3つほどありそうだ。
 
一つ、現れる感情には無駄なものは一つもないと考える。すべての感情は何かのシグナルなので、否定する必要はない
 
一つ、プラスの感情はどんどん出し、マイナスの感情は、出さないで済むなら出さない。出すときは、場所と相手をとことん慎重に選ぶ
 
一つ、マイナスの自分の感情は、客観的に見れないか試してみる。「あー、嫌がっているな」「辛いんだな」「腹が立っているな」そういうことを、他人のように、自分で見てあげる。これをすると、落ち着くようだった
 
こういったことを心掛けながら、3か月を超えてみて、よくわかったのは、成果が出たとき、プラスマイナスの振れ幅の大きさが、生きてくるということだ。
 
大きくへこんだものほど大きな自信に。
不安でいっぱいだったものほど大きな安心感に。
 
だから、人生は面白い。
 
それがわかると、苦しい時期を、どう乗り越えればよいか、分かってくる。
この3か月、私は一つ、非常に貴重な経験を、したのかも、しれない。

 
 
 


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2019-06-03 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.35

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