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週刊READING LIFE vol.44

いつでも腰でブラブラ《 週刊READING LIFE Vol.44「くらしの定番」》


記事:樋水聖治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「さぁ、出かけるか」
 
カバンを手に取り、扉に顔を向ける。なにかを忘れている気がする。チェック3回で気づいた。腰に何もついてない。
 
「これがないと、やる気が起きないのよね」
 
机の上にある、ライターサイズのアイテムを手にとった。
 
私は運動音痴である。運動した経験も少なければ、反射神経も鈍い。3歳の頃は、自分の足に引っかかって転んでいた。体力測定は下の下で、いつも最下位を争っていた。それ以前に、体育の参加時間はどの年も単位を落とす瀬戸際だった。なぜ卒業できたのか、今でも不思議である。
 
そんな運動とは縁遠い私だが、散歩は好きだった。辺りを見渡しながら、時間を気にせずフラフラする。季節の草花に目を楽しませたり、知らない店にドキドキしながら入っていく。時間がある日は、本屋で数時間立ち読み、そして3冊ほど買って帰る。駅を2つ3つ歩くのなんて、なんともなかった。原因不明の病に倒れるまでは。
 
20代後半に動けなくなり、気軽に外出できるまでに8年ほどかかった。線維筋痛症という原因がわかったのは、38歳の時である。発症したのは、小学生の時だったようだ。原因がわかったおかげで病状が安定した。完治の方法は残念ながらなかったが、病気が確定したことが心身に良い効果を与えたようだ.それは良かったのだが、厄介な状況に追い込まれた。主治医に指導された。「あなたの症状である線維筋痛症は、動かないと悪化します。どれだけしんどくても、身体を動かしてください」、詳しく聞いて笑うしかなかった。
 
どれだけ痛かろうと、熱があろうと毎日一定の運動をしないと寝たきり状態に戻ってしまうらしい。しかも痛みも熱も、更にひどくなると告げられた。おまけに苦痛をこらえて動いても、病状が改善する保証はない。
 
どんな拷問ですか?
それって、現状維持が精一杯ってことですよね?
寝たきり生活の方がいいかもしれない。
 
一瞬、投げやりな思考が走ったが、顔に出すのは耐え「わかりました」と笑顔で返した。内心は、半泣きだった。
 
心は暗雲だらけだが、悲しんでも現実は変わらない。線維筋痛症は体中のあちこちに痛みがある症状なので、激しい運動を選択する余地はまったくない。とりあえず軽いストレッチを、数年ぶりにしてみた。1回で挫折した。
 
痛い、めちゃくちゃ痛い。
全身をバッドで殴られたみたいに痛い。
足がガクガク震えて、立つことすらできない。
 
鎮痛剤を飲んだとしても、この痛みの前では気休めにもならない。運動というキーワードで出てくる動作は、とてもできないようだ。今できている動きの中で、最も負荷のある行動を日課にすることにした。散歩である。
 
雨の日は全身が痙攣して、ベッドから起き上がるのに3時間かかる。散歩の最中に気分が悪くなり、1時間ほど座り込む。めまいがひどくて、歩くことすらできない。様々なトラブルがありながらも、1ヶ月ほど続けた。運動を続ける気力は、暴風の中のロウソクの火のように消えかけていた。
 
そんな私に、去年予約していたアイテムが届いた。健康器具でおなじみの株式会社タニタとオンラインゲーム『刀剣乱舞』がコラボして作った商品、手のひらサイズの歩数計が届いた。何ヶ月も前に注文したので、すっかり忘れていた。散歩が嫌いになりそうなタイミングで手元に来るとは、運命を感じざるを得ない。
 
大好きなゲームの、大好きなキャラをイメージした、歩数計である。持っているだけで、テンションはうなぎ登りである。バカみたいだが、毎日散歩する熱意が戻ってきた。
 
その日から歩く前に、歩数計をズボンにつけるのが癖になった。腰にブラブラと藤色のライターっぽいモノをぶら下げ、帰宅したら歩数を記録する。それが、習慣になった。記録をつけることで、ゲーム感覚になった。しんどいのに、歩数が多いと何故か嬉しい。気づいたら、外に出るのが楽しくなった。たった1個のアイテムで、ここまで気持ちが変わるなんて思ってもみなかった。好きのパワーは偉大である。
 
歩く度に身体が痛いのは、変わらない。それでも腰に大好きなアイテムが有る限り、散歩を避ける日はやって来ない。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
うえたゆみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1980年 生まれ38歳。
一部上場企業の営業職だったが、体調不良が原因で退社。
現在はフリーで活動中。
食事を忘れても、文章を読むのは忘れない物語好き。
物語とゲームがあれば、3日飯抜きでも苦にならない。
全国高校文化祭、将棋の部女子個人戦でベスト8、
スレイヤーズのカードゲームで西日本大会優勝経験あり。

 
 
 
 

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2019-08-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.44

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