週刊READING LIFE vol.47

決して主役ではないアニメーション《 週刊READING LIFE Vol.47「映画・ドラマ・アニメFANATIC!」》


記事:吉田健介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

僕は映画館にいた。ラストのシーン。
判を押すようにでかでかとタイトルが映る。
 
「天気の子」
 
こういう演出は好きだ。 「おわった!」という感じがする。
 
BGMの音も盛り上がり、バンッと最後にタイトルが現れる。
はいありがとう! って感じ。最後に大きく判子を押すように、画家がサインをするように、ぱんっと音を立てて気持ちよく見終わることができる。
 
「あー面白かったなー」
 
そんなことを思いながら「天気の子」のエンドロールを眺めていた。
アニメーションというのは本当に多くの人が関わっている。
それを象徴するかのように、黒い画面にスタッフ名の白い文字が下から群れをなす。
あっという間に白い帯となり、大きなスクリーンを埋め尽くす。
 
……おやっ……
 
白い文字が上に吸い上げられていく。その画面を見ながら、少し身を乗り出す。
たくさん書かれたスタッフ名。その中に僕の視点が1人の名を追う。
 
山本二三
 
「あー、二三(にぞう)さん関わってたんだ……」
 
そうだ。よくよく考えてみれば、印象に残っていたあのシーンとあのシーン。
フッと心を揺さぶられた瞬間だった。
神々としていて、どこか懐かしい感じ。
確かにあの描き込み、二三(にぞう)さんだ……
 
山本二三(やまもとにぞう)さん、知り合いでは決してない。
この人は日本のアニメーションを代表する人の1人。「天空の城ラピュタ」や「火垂るの墓」「もののけ姫」「時をかける少女」など、数多くのアニメーションに携わっており、彼が描く作品は各方面から高い評価を得ている。それも背景で。
そう、この人は背景を描く人。アニメーションの背景画家なのだ。
 
みなさんはアニメーションの背景について何かしら意識したことがあるだろうか。
背景なんてあまり見ないよ、と言う人もいるかもしれない。
「となりのトトロ」や「もののけ姫」に代表されるジブリ作品。描かれた山々の風景や木々の生い茂った姿。もしかしたら、その迫力に吸い寄せられた人もいるのではないだろうか。
そうでなくても、「言われてみれば……そうか背景ねー……」と共感してくれる人もいるかもしれない。
 
アニメーション作品の7割は背景だ、と監督によっては断言するほど、背景画はアニメーションにとってなくてはならないもの。
 
ストーリーを進めるでもなく、セリフを言うでもない。
1シーン0コンマ何秒という、短い時間しか登場しないことも多々。
そんなアニメーションの背景。 毎回、その背景を見るのが好きなのだ。
 
新海誠さん監督の「天気の子」
 
今回見た映画も、その背景に魅了されていた。
新海誠さんの作品は、非常に多くの背景が登場する。
 
物語の隙間に登場する何気ない背景。
あえて時間を作って、ずっと背景だけを映しているシーン。
 
どこかで見たことのある街並み。いつも見慣れているビルとビル。
切り取られた瞬間は様々だが、こんなに綺麗だったのか…… と思う。
気づかされる。心を揺さ振られる。
 
静かなBGMが添えられる。
映し出された景色は、都会感やそこに漂う日常感、懐かしさ、寂しさといった匂いを漂わす。言葉にならない部分をスッと触ってくる。心地よい心象風景。
 
余談だが、新海誠さんに出てくる風景には、ハイライトに黄色やピンクといった、明るい色や中間色がよく使われている。それが見ていて気持ちが良い。不自然さは感じない。本来、もしかしたら人間の目はそのように見えているのかもしれない。
 
背景画には、2通りの描き方がある。水彩絵具を使って画用紙に手で描いていくアナログな方法。パソコン上で作り上げていくデジタルな方法。
 
それぞれにはそれぞれの良さがある。
アナログの手描きは、人の手で直接形を取る。建物や木や光の線など。細かいディテールは筆跡を生かして描いていく。そこには職人的な腕が要求される。
 
例えば、山本二三さんの描く雲は、二三雲と呼ばれている。
特に入道雲は魅力的だ。
日本の夏らしさというのか、「あーこんな雲あるよな」と思わず言ってしまう。我々が知っている共通のイメージ、ある種の懐かしさに呼びかけてくる。
ただ、1枚を描くのに時間がかかってしまう。
 
一方デジタル描きの特徴は、修正や加筆がしやすい。また写実的な絵が作りやすい。
ただ、アナログ描き特有の柔らかさやいびつさは弱い。味とでもいうのだろうか、そういったものはアナログ描きの方が1枚上手だ。
 
どちらが良いとか、良くないとか、そういった議論は他に任せるとして、個人的にはどちらも魅力がある。
 
手描きがあるから、見る者の情に訴えかけるような1シーンが描ける。
デジタルがあるから、新海誠さんのように、多くの風景を作品に取り込むことができる。
 
僕はそうした背景画を眺めているのがただ好きなのだ。
映画館にせよ、家で見るにせよ、作品に登場する街や室内の景色、光が差し込む様子を見るのが楽しいのだ。見たことのないシーンでも、そこに懐かしさを感じる。あるある、という共感を抱く。綺麗だな、と発見することがある。キャラクターが立っていてもついつい、後ろに描かれた自然や建物に目がいく。
 
2019年7月13日(土)〜9月16日(月)、東京富士美術館では山本二三展が開催されている。アニメーションの背景画を見ることのできる良い機会だ。しかも日本を代表する背景職人、背景画家の絵を。
水彩画で描かれた柔らかな背景は、生で見る価値ありだ。
 
また、少し大きな本屋へ行けば、背景画の本を見ることができる。
1冊手に取り、パラパラとページをめくってみてほしい。はっとさせられ、つい見てしまうはずだ。映画と違い、本屋では自分の時間で鑑賞することができる。よく見ると、そこに表現されている色や筆の使い方が感じられるはずだ。細かく描写されていたり、意外と大胆に形がとってあったり。見ていて楽しい。
 
背景画。
それはあくまで背景。決して主役ではない。
その絶妙な関係がいい。
そこで勝負している職人の姿がかっこいい。
 
今度アニメーションを見る時に、是非背景にも注目してほしい。
これを機にアニメーションの背景画に興味を持ってもらえると幸いである。
きっと新しい発見があるはずだ。
よりアニメーションを楽しむことができるはずだ。
多くの人が力を結集させて作り上げた作品なのだから。
いつ見ても、何度見ても、背景から気がつくことはたくさんある。
それ程の厚みを背景画は持っている。
 
あなたが好きな作品。
そのポイントは背景画にあるかもしれないよ。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
吉田健介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1981 .7.22 生まれ。
兵庫県西宮市育ち。
現在は京都府亀岡市在住。

悩める学生時代
関西大学卒業
京都造形芸術大学(通信)卒業
佛教大学(通信)卒業。

二刀流中学教師(美術と数学)

趣味:パーカッション(ダラブッカ、フレームドラム、カホン)
カポエラ

制作:静物画(油絵)
写真(天狼院フォト部で勉強中)kensukeyoshida89311.myportfolio.com

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/86808

 


2019-08-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.47

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