週刊READING LIFE vol.47

「石が語る心の声」を翻訳して伝えてくれる神アニメ《 週刊READING LIFE Vol.47「映画・ドラマ・アニメFANATIC!」》


記事:樋水聖治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

記事をお読みいただく前に
 
この記事には、題材にしているアニメの若干のネタバレが描かれています。アニメ自体の面白さをなくすような内容ではないですが、ご了承の上、読み進めていただければと思います。

 

 

 

僕には、夏が来ると、毎回見直したくなるアニメが一つだけある。とりわけ夏という時期にこだわった作品ではないのだが、個人的に思うその物語のピークが夏という時期に描かれているという理由から毎年見直している。それは、毎年やってくる甲子園をいるような感覚に近いかもしれない。
 
そのアニメは『ヒカルの碁』というアニメだ。
 
冒頭のあらすじだけ簡単に説明すると、小学校6年の進藤ヒカルは、ある日、祖父の蔵の中で古い碁盤を見つける。そこには平安時代に生きた藤原佐為という人物の魂が宿っており、なんとヒカルはその幽霊に取り憑かれてしまう。
 
その幽霊、藤原佐為は囲碁をこよなく愛し、ある未練から成仏しきれずにいた存在だった。ある日、ヒカルは佐為に打たせてあげようという思いから碁会所に入り、同い年で小学生ながらにプロ級の腕前と評される天才少年塔矢アキラと出会う。その二人、藤原佐為vsアキラの対局(試合のこと)から全てが始まる。
 
物語の冒頭としてはこんなものだ。このアニメは放映された2001年当時、社会に「囲碁ブーム」を巻き起こすほど話題になった。その時、僕は小学4年生だったが、クラブ活動の「室内ゲームクラブ」には囲碁をやりたいという子たちが多く集い大盛況となった。
 
ちなみに、僕もそのクラブの一員だったが、僕はヒカルの碁が話題になる前から囲碁を知っていた。何がきっかけだったかは忘れてしまったけれど、趙治勲というプロの方が書いた囲碁入門者向けの本を読み、同級生たちとはいくらか異なる力量で打てる実力だった。
 
自分語りで話が少しそれたが、兎にも角にも、一つのアニメが社会に一つの熱狂的ブームを巻き起こした。そのブームのなかで、特に面白いと思える点が一つある。
 
それは、このアニメに熱狂したほとんどの人が「囲碁のルールをほとんど知らなかった、または理解していなかった」ということだ。今ツイッターなどで検索して見かける「ヒカルの碁 面白い!」という感想には枕詞のように「囲碁のルール知らないけれど」という言葉が高確率で添えられている。
 
基本的に、白と黒の石を碁盤に置いていくというシンプルなルールに見える囲碁だけれど、その奥は深い。作中では登場するキャラクターによってー囲碁のルール説明は多少行われてはいるものの、はっきりいって、囲碁はそれだけで理解できるものではない。そして、この漫画の中では囲碁用語が多用されている。「ハネ」、「ノゾキ」、「コスミ」、「ツケ」、「カカリ」、「三々」、「ウッテガエシ」などなど。
 
一見するととても、とっかかりにくい作品だと思う。それでも、社会現象を巻き起こすほどの魅力でもって多くの人を巻き込んだ。一体、ヒカルの碁が社会現象を起こした背景にあるものはなんなのか。
 
設定が面白いというのはあるけれど、僕は、碁石を通してしか語られない対局者の心の声を漫画という翻訳機を通して伝えてくれているからだと思う。
 
少し現実の話になるが、この記事を読んてくださている方は『NHK囲碁テレビトーナメント』という日曜のお昼頃にやっている番組をご存知だろうか? 実績のあるプロ棋士数十名によるトーナメント戦を一週一局で放送する番組だ。
 
現役のトッププロの解説付きとはいえ、放映時間の大半は碁盤がテレビ画面を占領する。一度チャンネルを合わせて、15分後くらいにまた見てみても、目に見える変化は「碁盤の上に置かれた石の数が増えたこと」、それくらいである。また、対局が進み終盤になって、たまに対局者二人の顔が映し出されても、ほとんどのプロ棋士は真顔を貫いている。優勢でも、劣勢でも、それを顔に出さない。
 
はっきりいって、素人目には何も面白みのない番組である。ルールの知らないスポーツ番組でさえ、常に選手が動き、その表情や仕草から感情などが読み取れればなんとなくでも面白いと思う場合もあるが、囲碁の場合、それを感じさせることも難しいと思う。
 
でも、僕はこの番組が毎週の楽しみだ。それは、置かれた碁石の位置、石を置くまでにかかったスピード、「パチ」と碁石が置かれる瞬間のその手つきなどから、「対局者の感情」を読み取れる瞬間がいくつもあるからだ。
 
囲碁に引き分けはない。勝つか負けるかの真剣勝負の世界だ。プロの世界に身を置く棋士は、実力こそが正義の世界にいる。当然、一局一局にかける熱量は半端がない。タイトル戦と呼ばれる、「名人」や「本因坊」という称号をかけた戦いの中には2日かけて行われるものもあり、勝負がつく頃には対局者の体重が数キロ減ったというのはよく聞く話だ。
 
だから、真顔で打っているように見えて、その心中では戦略と感情が渦を巻いて踊り狂っている。しかし、それは態度や表情には現れない。石こそが、その対局を見ている人々に語りかけるのである。
 
どこに打つのかで、挑発的な攻めの手のか守りに入る固い手のかがわかる。
どれくらいで打つのかで、現状をどう捉え何に悩んでいるのかを察することができる。
どう打つのかで、落ち着いているのか動揺しているのか怒っているのかがわかることもある。特に、持ち時間が切れ、「一手10秒」とかの秒読みになるとその手つきはより感情を露わにする。
 
まさしく、「碁石は口ほどにものを言う」のである。
 
しかし、そういった感情を読み取れるのは、「囲碁のルールをちゃんと理解し、それなりに実戦で戦える人」という前提条件がつく。その条件をクリアしていないと、碁盤を見るという行為は小学生が英語で書かれた論文を眺める行為に等しい。
 
『ヒカルの碁』は、そういった目に見えず耳に聞こえてくることのない「碁石が語るもの」を、絵で描かれるキャラクターの表情やセリフ、場面ごとで効果的に使用されるBGM を通して、囲碁を知らない視聴者であってもわかりやすいように伝えてくれているのである。
 
だからこそ、設定の面白さ、ストーリー展開のテンポの良さ、個性豊かなキャラクターたちが最大限に活かされ、社会現象を巻き起こすまでになったのだと思う。
 
『ヒカルの碁』の中では、主人公ヒカルの成長に沿って物語が進められていくが、個人的にその一番のピークに当たると思っているのが夏の初めから終わりにかけて行われる、囲碁のプロになるためのプロ試験編だ。
 
まさに「石が語るもの」が、秀逸な心理描写とともに描かれる名場面の宝庫だ。登場人物それぞれがプライドを持って、人生をかけて臨む一夏の総当たり戦。ぜひ、この夏本番も終わりに差し掛かったこの時期にご覧になってみてはいかがだろうか?

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
樋水聖治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京生まれ東京育ち
首都大学東京 歴史考古学分野(西洋史)卒業
在学中にフランスに留学するも、卒論のテーマは『中世イタリアのユダヤ人金貸しとキリスト教徒の関係について』
囲碁が好きでネット碁が趣味。(棋力はアマ5段ほど)
好きな漫画はもちろん『ヒカルの碁』
2019年GWの10日間で行われた、天狼院書店ライティング・ゼミで書くことの楽しさ、辛さ、必要性を知り、ライターズ倶楽部でさらなる修行を積んでいる

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/86808

 


2019-08-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.47

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