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週刊READING LIFE vol.55

変人の中の変人《週刊READING LIFE Vol.55 「変人伝」〜変だけど最高に面白い人物図鑑〜》


記事:井村ゆうこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

私がその「変人」を初めて見たのは、今からざっと20年前、携帯電話にカメラ機能が搭載され始めた頃のことだ。当時、貧乏学生だった私は、よく閉店間際のスーパーに、お惣菜を買いに足を運んでいた。
夕方のピークを過ぎ、タイムセールや特売の案内放送が止んだ、静かなスーパーに、そのひとの甲高い声はよく響いた。
 
「いらっしゃいませ」
 
手にしていた商品の記憶はあいまいだが、確か3割引きの太巻きと、半額のから揚げのどちらを買おうか、私は迷っていたはずだ。いったん品定めの手を止め、声がする方を見やったが、冷凍食品が入っている大型の冷蔵庫が邪魔をして、声の主を視界にとらえることはできなかった。
数分後、うじうじ悩んだ末に選んだ太巻きや、調理しなくても口にできる食品やらを入れたかごを持って、レジに向かうと、そこに「変人」はいた。
年の頃、40歳前後。度の強い眼鏡をかけ、紺色のベストの胸ポケットには、名札の代わりに大きなパンダのアップリケが縫い付けてあった。
 
「いらしゃいませ」
 
最初の「い」は、長く伸ばされ、次の「ら」は、若干巻き舌で強く発音され、残りの「っしゃいませ」は、「ま」しか聞きとれないほど、高速で過ぎ去っていった。
 
「トイレットペーパー、398円、ラップ、248円、納豆、98円、ヨーグルト、148円、太巻き寿司、298円の3割引きで、合計1,155円です」
 
財布を手にした私は、一瞬固まる。千円札を取り出そうとする手が、うまく動かせなかった。
なぜなら、そのひとの、商品をカゴからカゴへと移す動きが、猛烈に速かったのだ。
商品のバーコードを、ただ通すだけでなく、商品名と金額をわざわざ読み上げる、その声の流れが、強烈に速かったのだ。
 
新人と書かれた名札をつけた、レジ係の人の仕事を、普通電車の速度とするなら、ベテランの域に達している人のそれは、快速電車並みだろう。
そして、そのとき目の前にいた人の速度は、新幹線級だった。
 
急発進したかと思うと、途中で一駅も停車することなく、終点までたどり着いた新幹線は、もたもたする乗客が降りるのを、静かに待っている。私は、停車したことに気づいて、飛び起きた乗客のように、あわてて千円札1枚と100円玉2枚を財布から取り出して、トレイに乗せた。
 
「45円のおつりになります」
 
右手の中指一本を使って、レジの中から10円玉を4枚、5円玉を1枚、左の手のひらに、これまた超高速で滑り落とすと、最後はふわりと、私の手の中に着地させた。
 
「ありがとうございました」
 
「いらっしゃいませ」とは対照的に、一文字一文字しっかりと発音された「ありがとうございました」と、腰から体を斜め45度に折り曲げたあいさつを終えると、新幹線はまた、次のお客さんを乗せて走り出した。
 
私が住み始めるずっと以前から、その街の住人だった友だちに、そのひとのことを尋ねてみた。
 
「知ってる、知ってる。レジの変なひとね。パンダおばちゃんだよ。あたしが小学生のころからいるよ」
 
20歳そこそこの人間が小学生のころからいるのだとすれば、少なくとも10年近くは、そのスーパーに勤務していることになる。友人曰く、いつも夕方から閉店の23時までの間にいることが多く、近所の悪ガキが、あいさつの声を真似したり、高校生の集団が指をさして笑っても、眉ひとつ動かすことはないという。スーパーが一番混みあう夕方の時間帯、他のレジがふたり体制で客をさばいている横で、いつもひとりでレジに向かっている、とのことだった。
 
パンダおばちゃんの華麗なレジ業務を鑑賞したくて、私はそのスーパーを、頻繁に訪れた。
シフト制で勤務しているらしい彼女には、会えるときと会えない時があったが、会えた時は必ず、彼女のレジで会計を済ませた。
いつも同じ眼鏡をかけ、同じベストを来て、同じあいさつをしては、商品を店から客の手へと、ハイスピードで渡していく。その様子は、舞台上で繰り広げられる、早回しのひとり芝居のようだった。
 
客が、子どもだろうと、疲れたサラリーマンだろうと、赤ちゃんを抱っこした母親だろうと、財布からお金を取り出すのにまごつくお年寄りだろうと、彼女の一連の動作が乱れることはなかった。
私が、新しい彼氏ができて浮かれていようと、卒論のテーマが決まらず悶々としていようと、就職活動がうまくいかず落ち込んでいようと……彼女はいつも同じ「いらっしゃいませ」で迎えてくれた。
 
私が就職活動を始めた当時、企業は新規採用を抑制し、有効求人倍率は1を下回っていた。
世にいう「就職氷河期」に、私は社会に出ようとしていたのだ。
何十社とエントリーシートを送付したが、面接までこぎつける企業はひと握り。そんな中、第一次面接を通過し、第二次面接を受けにいった会社で、面接官からいきなり、こんな質問をされた。
 
「今まで他人から、変な人だと言われたことは、ありますか?」
 
志望動機や大学時代に取り組んだこと、自分の長所や尊敬する人物など、想定質問に対する答えは準備万端用意していた私だったが、想定外のその質問に、頭の中が真っ白になった。
 
……変な人? なんでそんなこと聞くの? 変な人・変な人・変な人・変な人……。
 
頭のなかで「変な人」を繰り返しながら、面接官の質問の意図を必死に探ろうとしたが、結局答えを口にすることはできなかった。
 
「では、次の質問に移りますね」
 
しばらく黙って私の答えを待っていた面接官は、助け船を出してくれることも、どうしてその質問をしたのかを説明してくれることもなく、あっさり次の質問へと移っていった。
その後は、あたり障りのない質問がいくつか続いたが、出鼻をくじかれた私は、終始しどろもどろと答えることしかできなかった。
 
二次面接は、不合格だった。
 
「変な人だと言われたことがあるか」という質問に答えられなかった時点で、不合格は確定していたのだろう。当時の私にも、それは容易に推測できた。しかし、なぜ面接官がそんな質問をしたのかは、理解できなかった。
変な人だと言われたことのある、変わり者を採用したかったのか、それとも、言われたことのない、真面目人間を採用したかったのか、はたまた、想定外の質問に臨機応変に対処できる、機敏な人材を求めていたのか。
当時の私には、判断することができなかった。

 

 

 

今回、「変人伝」というお題で、記事を書こうとしたとき、思い浮かんだのが「パンダおばちゃん」と「変な人だと言われたことがあるか」と質問された、面接のことだった。
同じ時期に遭遇したふたつのできごとを、それまで結び付けて考えることはなかったが、「変人」について改めてじっくりと考えたとき、ふたつがつながった。
 
新卒面接から時を経ること20年。当時の面接官と同年代となった私には、面接官の質問の意図が分かる気がする。
 
「変な人」とは、「一般的な常識とは違う価値観を持っている人」「安易に迎合しない人」と、捉えることができる。言い換えれば、「人にはない価値観で新しいものを発見し、作り出すことができる人」「ブレずにやり抜くことができる人」ということだ。
 
バブル崩壊後、安定成長期が終わり、急速に景気が後退していく中、企業は少ない新卒採用者に「今いる社員やその他大勢とは、違う価値観を持つ人材」「どんなに厳しい状況でも、自分で仕事をつくり出していく力のある人材」「まわりに流されず、確固たる自分を貫き通すことができる人材」を求めていたのではないだろうか。
面接官は、目の前の学生が、求めている人材なのかどうか判断するために「今まで他人から、変な人だと言われたことは、ありますか?」という質問を投げかけていたのだと、今は思う。
 
そして、「変人」という言葉には、「変な人」という意味だけでなく、自分の信念や矜持を簡単には捨てない人物、すなわち「変わらない人」という意味も含まれるのだと、私には思える。
 
5Gの世界が進み、AIの技術がますます発達していく、これからの時代。私たち人間が、充実した人生を送るためには、変な人であり、変わらない人である、「変人の中の変人」になることが、必要なのではないか。
 
パンダおばさんがまだ、レジの前に立って、あの頃と同じようにあいさつをし、商品をさばいているかは分からない。ただ、もし日本全国のスーパーが、全てのレジをセルフレジに置き換えたとしても、パンダおばさんのレジだけは残されるに違いない。
 
だって、パンダおばさんは、レジ業務を単なる会計処理からエンターテインメントに塗り替えた変人であり、どんな状況でも、誰に対しても、いつでも同じ態度をとった、変わらない人でもあるのだから。
 
私は、パンダおばさんのような、変人の中の変人でありたいと、心底願う。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
井村ゆう子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

転勤族の夫と共に、全国を渡り歩くこと、13年目。現在2回目の大阪生活満喫中。
育児と両立できる仕事を模索する中で、天狼院書店のライティングゼミを受講。
「書くこと」で人生を変えたいと、ライターズ俱楽部に挑戦中。
趣味は、未練たっぷりの短歌を詠むことと、甘さたっぷりのお菓子を作ること。

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2019-10-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.55

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