週刊READING LIFE vol,103

自分のことが大嫌いになったから、自分を愛する技術を手に入れた。《週刊READING LIFE vol,103 大好きと大嫌いの間》


記事:長尾創真(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
終わった。
 
12月下旬、朝10時に起きた僕は確かにそう思った。
 
終わった。
 
床に乱雑に脱ぎ捨てられているジーパンのポケットから、スマホを引っこ抜く。
恐る恐る、画面を見る。10件の着信。
マネージャーから何度も連絡が入っている。
 
LINEを開く。
 
「おーい、起きてる?」
「不在着信」
「大丈夫?」
 
というメッセージが並んでいる。
終わった。最悪だ。遅刻だ。
 
うわ、もう、最悪だ。時計を改めて見る。10時を過ぎている。終わった。
集合時間は、8時。もう2時間も過ぎてる。
スマホが怖くなって、一度伏せる。
そして、もう一度ベッドに倒れ込む。
 
「うわ、もう行きたくない」
 
最悪だ。寝過ごした。怒られる。最悪だ。
あぁ、もう嫌だ。行きたくない。嫌だ。逃げたい。
体調不良ってことにしようかな。でも、もうみんなはなんで遅れたか知っているだろうし。
うわ、もう詰んでるじゃん。体調不良だったら、集合時間までに連絡するもんな。
うわ、もう、最悪だ。終わった。
 
ぐるぐる頭の中で言い訳を考えるけれど、言い訳をすることができない状況にあることに絶望を感じる。
 
重たい頭を持ち上げて、ベッドのふちに座る。
前かがみになり、膝にひじをつけて、うなだれる。
 
頭がガンガンする。目の前がぼやける。
脱ぎ捨てられたジーパンが、力なく横たわっている。
昨日のことは思い出せない。
 
12時くらいまで、飲んでいたことは覚えているけど、そこから思い出せない。
あぁ、最悪だ。あの時、帰っとけばよかったのに。
なにも思い出せない。頭が痛い。
 
重い腰を上げる。洗面台まで歩き、鏡を見る。パンパンに腫れた顔を見る。ボサボサでキシキシの髪の毛を触る。なんだか、自分が臭い。ウイスキーの臭いがする。気持ち悪い。
はぁ、どうしよう。洗面台でうなだれる。
 
昨日は、飲みすぎた。そう、飲みすぎた。
 
その日の前日、大学ヨット部のメンバーで飲み会をしていた。
新しく幹部になった僕たちの代、一つ下の代、引退した先輩方が数人ずつ集まり、飲み会をした。たしか10人くらいのメンバーだった。一軒目はものすごく健全な会だった。
 
新体制になり、主将になった僕は、引退した先輩から話を聞いた。昨年の反省、良かったところ、これから大事にしたほうが良いこと。色んな話を聞いた。笑い話も交えながら、お酒を飲みながら、良い時間を過ごした。
11時ごろになり、一軒目のお店の時間が迫ってきた。
 
「帰ろう」とは、思った。翌日、僕は自主練習に参加することを決めていた。
 
ヨット部の自主練習は、事前に申請して、メンバーを確定させ、時間を決めて出艇するスタイルだ。主将として、それまで何度も後輩たちに「遅刻はしないように」と言ってきた。遅刻してしまった人を叱ったこともある。だから、遅刻するわけにはいかなかった。
 
だから、「帰ろう」と思った。しかし、その瞬間、引退した先輩がこう言った。
 
「おれらも、明日練習指導しに行くから、同じ条件じゃない??」
「飲もうや!」
 
そうっすね!
と、僕は反射的に言ってしまっていた。
後輩魂は、本当にこういう時にはいらない。自分が大切にしたいものを守る時に先輩に合わせる必要はまったくない。今はそう思えるけれど、その瞬間はお酒が回っていたこともあり、更に飲むことを了承した。
 
そこからは、正直あまり覚えていない。
一軒目を出て、後輩の家に上がり込み、ウイスキーをショットで飲みながら、ジェンガをしたような気がする。いつの間にか、ぐでんぐでんになっていた。
 
そして、いつの間にか、自宅のベッドで朝10時を迎えた。
 
気持ち悪い頭で状況を整理して、改めて、言い訳はできないことを悟った。
シャワーをざっと浴びて、絶望しながら、部員と目を合わせることができないことを、承知しながら家を出た。
 
ヨット部の活動場所、ヨットハーバーまでは電車で向かった。頭がガンガンして、気持ち悪くて、嗚咽を我慢しながら、向かった。
 
ハーバーが近づくにつれて、嫌な気持ちが大きくなっていった。なんて謝ったらいいんだろう。みんなからどんな目で見られるんだろう。最悪だ。終わった。怖い。
いっそのこと、このまま車道に飛び出して、死んでしまったほうがいいんじゃないか。
そう思った。
 
でも、そんなことをできるわけもなく、無情にもハーバーに着いた。
みんなはまだ練習中のようで、陸には誰もいなかった。
 
帰ってくるのを待ちながら、なんでこんなことをしてしまったのだろうかと、絶望していた。
 
30分ほどして、練習していたメンバーが海から戻ってきた。
後輩たちが、元気に挨拶してくれる。その声が、自分の情けなさを更に際立たせた。
同期は、ものすごくそっけなかった。当然だ。お酒を飲みすぎて、遅刻する主将。投票で主将に選んでもらったのに、その信頼を崩す行為だった。冷たい目線が痛かった。
 
本来自分がすべき、活動の取り仕切りも、副将が代わりに担当してくれていた。
 
そして、一旦片付けが終わって練習メンバーが集まった時に、一番最初に僕は頭を下げた。
 
その時にどのような言葉を選んだかは、覚えていない。部員の顔を見ることは、怖くて、できなかった。
 
その日は、もうすぐに帰った。その場にいることができなかった。
自分なんて、死んでしまえばいいのにと思った。自分のことが大嫌いだった。
 
ヨット部は、日本一を目指す部活だった。
高校までヨットに触れたこともないメンバーがほとんどの中で、私立の選抜メンバーに勝ちきっていく。その姿に憧れて、入部した。そして、日本一を目指して、努力し続けた。
僕たちの代の目標も、日本一。
 
だからこそ、求める基準は高かった。練習の質は高く、量を追い求めて。常に上を目指して、集団としての完成度も求めていた。
 
海上で安全を管理しながら、練習の質を高めるには集団の連携が大切。だからこそ、あいさつや時間厳守は大切なことだった。
 
その中で、自分は、主将になってすぐに、遅刻をした。
もう、自分のことが嫌いで嫌いで仕方なかった。主将失格だと思った。
日本一を目指す主将が自分で良いのか。自分でないほうがよかったのではないか。代わってもらいたい。そういうふうに思ったこともある。
 
加えて、その遅刻した練習日の3日後に予定されていた幹部ミーティングには僕は参加しなかった。
その日は、クリスマスイブで、彼女と前々から京都に行く約束をしていた。
 
その約束を守るか、ヨット部のミーティングに参加するか、悩んだあげく僕は、京都に行く選択をした。この選択は、かなりの後悔として心に残っている。
あの時、彼女ともあまり関係は良くなくて、「旅行ごめん、行けない」と言ったら、二人の関係が危うくなることは明確だった。それもものすごく怖かった。だから、「前から予定があったから」という理由で、彼女との旅行に行った。
 
その時の自分の選択は良くなかった。日本一を目指す主将としての責任を果たすことはできていなかった。遅刻をして、信頼を失い、謝罪するタイミングがあったにも関わらず、それをみすみす逃した。そのせいで、更に信頼を欠いたことは言うまでもない。
 
自分のことがすごく嫌いだった。
 
そもそも最初飲みすぎたのも「飲もうぜ!」という先輩の声に安易に乗ってしまったことが原因だった。
ミーティングに参加しなかったのも、彼女からの圧に自分の意見を伝えることができず、流されるように旅行に行った。
 
自分が大切にしたいものを置いて、その時の気持ちに流されて。
そのせいで、信頼を失っていく。
 
その自分が大嫌いだった。死んでしまいたいと思った。
それから、年末年始は、ずっとふさぎ込んでいた。なんであんなことをしてしまったのだろうか。年末のお笑い番組を見ても、心から笑うことはできなかった。後悔はずっと消えなかった。
 
信用を積み上げるのは難しいけれど、無くすのは一瞬。
 
そのことを心に刻んだ。
そこから僕は、少しずつ信頼を回復するように努めた。
 
部室の掃除を気づいた時にするようにした。ありがとうという言葉を積極的に伝えるようにした。部員によく話しかけるようになった。時間に遅れないようにした。練習の前日に飲みにいくことはしなくなった。
 
少しずつ、少しずつ、信頼を取り戻そうとした。
その結果、信頼を取り戻すことができたかはわからない。
でも、ひとつ言えるのは、少しずつ自分のことを好きになることができるようにはなっていった。
 
掃除をしている時に、充実した気持ちになる。
感謝の言葉を伝えると、自分もあたたかい気持ちになる。
後輩とよく話すようになると、話しかけられることも多くなる。
 
練習の前日に飲みに行くことがなければ、練習に集中することができる。
その結果、技術も高まる。
 
信頼を回復しようと、周りの人のために動くと、自分にも戻ってくる。自分の技術、スキルも高まっていく。幸せな気持ちになることも増えていく。
 
そのことに気がつくようになった。
段々と自分のことが好きになっていった。そして、部員のことが好きになっていった。
 
周りからどう思われていたかどうかは、正直わからない。
 
でも、日本一を目指した大会が終わった時。
久しぶりに、ベロベロになるまで飲んだ。その時に、後輩からこう声をかけてもらった。
「そうまさんが主将でよかったです」
 
その言葉は、とても嬉しかった。
少しでも、自分のことを信頼してくれて、自分が主将をしたことで、何かを残すことができたのであれば。あの時の遅刻は、必要ではなかったけれど、僕に大切なことを教えてくれた。
 
信用を積み上げるのは難しいけれど、無くすのは一瞬。
 
人の信頼を裏切ってしまい、失望させてしまい、自分のことが大嫌いになって、死にたくなることもある。
消えてなくなってしまうたくなることもある。
 
でも、それは、思い返せば一瞬で。
少しずつ、信頼を取り戻すことはできる。そして、自分をまた大好きになることもできる。
 
大好きと大嫌いの間で、人は揺れ動く。
時には、自分のことが大嫌いになることもある。
時には、自分のことを大好きになることもある。
 
でも、すべての経験が必要で、自分に大切なことを教えてくれるものだと思う。
 
どうせなら、自分のことが大好きな時間が長いといいなとおもうけど、そうはいかないのが人生だと思うから、その揺れも楽しみながら、ゆらゆら人生のブランコに揺られながら、人生を一歩ずつ歩んでいこうと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
長尾創真(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)

山口から上京し、ブランディングコンサル一年目。現在休職中。
 
高校までサッカー部。大学でヨット部。ヨット部では4年時に主将として、全国5位入賞。
部活生ならではの熱い想いや、日常生活の葛藤を書くことが得意。

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2020-11-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol,103

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