週刊READING LIFE vol,104

40年前の私が母に宛てた手紙《週刊READING LIFE vol,104 私を支える1フレーズ》


記事:深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「今でもママは一線級で働いていると思います。私は大人になっても働くつもりです。その素晴らしさはママを見ていれば分かります」
 
部屋の片づけをしようとして開けた箱の中から見つけた手紙。ちょっとほこり臭い色褪せた便せんに書かれていたのは、40年前の自分が母に宛てて書いた手紙の一節だ。
 
「私、こんなこと書いてたんだ」
意外な文面に自分で驚いた。
 
高校に入学してすぐの事だ。「親は子に宛てて、子は親に宛てて手紙を書く」という課題があった。詳しいことは覚えていないが、義務教育を終えて高校に入学した我が子に、親としての想いを伝えることで、子供は親への感謝と、これから自分の人生を自分で歩いていくことを自覚する……そんな目的があったのかもしれない。
 
入学して間もなくのオリエンテーション合宿で、親から手渡された手紙を読み、返事を書いて合宿先から投函したのだ。
 
はるか昔の出来事。母からどんな手紙をもらい、自分が何を書いたのか、今まで思い出すこともなかった。
 
戦前生まれだった母は、当時の女性としては珍しく大学へ進学し、その後は研究者としての道を歩み始めた。本当はもっと行きたい大学があったらしい。でも、「女が大学に行かせてもらえるだけでも贅沢なことだ」と、親の言うことをきいて我慢したそうだ。
 
そういう悔しさが母の原動力になっていたに違いない。いつも仕事であれ趣味であれ、自分のやりたいことに貪欲に取り組んでいた。
 
結婚して6年、子供がなかなかできず、もう諦めて自分の道をまい進しようと思った矢先に私を身ごもった。そして、大学で研究を続けていく道を断念したのだ。
 
私はその時の母の気持ちを直接母から聞いたことはない。けれども、時折こんな言葉を口にした。
 
「あのまま大学に残っていれば、今頃は……」
 
私を生んだ後、母は完全に仕事をやめたわけではない。大学の非常勤講師として教壇に立ち、自宅では知り合いの子供たちにピアノや勉強を教えていた。それ以外に、編み物、刺繍、生け花等々、趣味の範囲を超えて免状をとる位までやっていた。
 
当然毎日忙しい。そして、忙しく働いていることを押し出してくる母のことが好きではなかった。
 
「ママも忙しいんだから」と言われて、家の手伝いを色々させられ、
「もうすぐピアノのお稽古が始まるから、早く食べなさい!」といつもせかされた。
 
背が伸びて、冬物のオーバーを新しく買ってもらった時には、
「ママが働いているから、これを買ってもらえるんだよ」と言われた。
「私は別にそんなこと頼んでないのに……」と不満に思ったのを鮮明に覚えている。
 
友達の家に遊びに行くと、友達のお母さんは皆優しかった。私たちが遊んでいる傍らで、友達のお母さんは洗濯物にアイロンをかけてたたんでいた。そんな姿を見て、「うちと全然違う」と感じた。家に漂っている空気感が違うのだ。ピリピリしていない。穏やかな空気感。
 
だから私は子供心に、友達の家のお母さんのようなお母さんが欲しいと思っていたし、自分は絶対母みたいにはなりたくないと思っていた。
 
そういう私の気持ちを母は知っていたのだろう。高校1年生になった私は、母から受け取った手紙への返事で、冒頭にこう書いていた。
 
「手紙を読んで感動したこともあったけど、正直言って痛いところをつかれたなぁと最初に思いました」
 
母からの手紙はもう手元にないので、何を書いて寄こしたのか今となっては分からない。けれども、きっとこんなことが書かれていたのだろうと思う。
 
「ママの若い頃は、女性というだけで、大学なんて行く必要ないとか、働く必要なんてないとか、色々な制限があったけれど、今は違う。だから、自分の打ち込める仕事を見つけて自分の人生を生きてほしい」
 
私は、自分が果たせなかった夢を子供に託そうとする母に反発を感じながらも、母が仕事を通じて感じている充実感も知っていた。
 
母が子連れ出勤で私を大学に連れて行った時、私は教室の片隅で絵をかきながら、母が教壇で生き生きと講義をする姿を見ていた。
 
ピアノの発表会なんてちょっとしたプロジェクトだ。会場をおさえて、プログラムの印刷手配をかけ、進行を考え、役割分担を決め、生徒一人一人の曲目を決め……。そんな一大イベントをやり終えた後の満足そうな母の顔を知っている。
 
「これ、面白いでしょう? こんなの作れるなんて、すごいよね」と、大学の学生が課題で提出してきた絵本を私に見せてくれた時の笑顔。
 
「この問題、解ける?」と、大学の期末試験を私に見せながら説明してくれた母の姿。
私のそばには、いつも仕事をしている母の姿があった。
 
私が生まれなければ、大学で教授になっていたかもしれない。好きな研究を続けて、学会で発表したり、もっと大きな世界に羽ばたいていたかもしれない。
 
けれども、私が生まれてからはフリーランスになり、大学の仕事は非常勤に変え、自宅でできるピアノの先生をしてきた。そして、子供の手が離れると、ピアノの仕事は少しずつ減らし、大学や地域の講座での講師といった仕事を少しずつ増やしてきた。そうやって、自分の仕事の幅を広げながら、自分のやりたかった研究テーマに取り組み始めていた50代半ば、末期がんで他界したのだ。
 
私が母からの手紙を受け取ってから40年。私は母とは違う形で仕事を続けてきた。そして、昨年末に会社員生活を辞めて、今年からフリーになった。
 
フリーになって1年近く、色々な迷いや葛藤があった。
「私が本当にやりたいことは何だろう?」
「私なんかがこの仕事をやっていていいのかな?」
「私の天職って何なんだろう?」
 
「私は〇〇です」と、自信を持って言い切ることのできない自分がもどかしかった。今までは、「〇〇会社の**」という看板があった。それがフリーになって、自分で看板を掲げなければならなくなった。
 
自分が何者かが誰にでも分かりやすく伝わるような看板。
それを探し続ける日々だったかもしれない。
 
何が天職なのかは分からない。でも、やってみたいこと、なれたらいいなと思うことは色々ある。
 
「何か一つに絞らなければならない」
「天職は一つ」
そう思うから、苦しいのかもしれない。別に一つじゃなくてもいいんじゃないか。だったら、やってみたいこと、なれたらいいなと思うことを片っ端から書いてみようか。
 
そう思って、これからやってみたいと思っていることを書き出すことにした。
 
大学とか企業で、次の世代に自分の乗り越えてきた経験を伝えたい。
会社員時代にやっていたみたいに、自治体の講座で話す仕事もやりたい。
本を書きたい。
少人数のお客様とマンツーマンでじっくり向き合う仕事をしたい。
 
そう書き出してみて、ふと気が付いた。
 
「母と同じだ」
 
内容は違うけれど、時には大学の先生、時にはピアノの先生、またある時には地域の講座の先生……。母はそういういくつもの肩書を持って、フリーで仕事をしていたんだな。そして、自分から集客することなく、紹介だけで仕事が回っていた母って、すごかったんだなと素直に思った。
 
もし母が今も生きていたら、「結局ママと同じ道を歩くようになったね」と語っていたかもしれないな。そして、子供時代の私には知り得なかった苦労話等も聞いてみたかったな。
 
そんなことを思っていた時に、たまたま片付けの途中で出てきたのが、高校生の私が母に宛てた手紙だったのだ。
 
母からもらった手紙はとっくの昔に失くしてしまったのに、私からの手紙を母はずっととっておいてくれたのだ。そして遺品整理の時に持ち帰ったきり箱の中にしまいこんでいた手紙。
 
このタイミングでこの手紙を読むことになるとは、これも何かのしるしなのだろう。
 
「やりたいことを貪欲にやりなさい」
そう背中を押してもらえた気持ちがした。
 
こんなに身近に自分のロールモデルが居たなんて。
 
色々な肩書を持っていた母だけど、根底にあったものは共通している。それは、誰かの成長を後押しすること。人の成長に関わることに喜びとやりがいを感じていたのだと思う。高校生の私には、「働くことの素晴らしさ」としか表現できなかったけれど、ずっと母の姿を見てそれを感じ取っていたのだと思う。
 
私も母と同じように、その喜びとやりがいを感じたい。だから、この先また迷うことがあったなら、きっと私は問いかけるだろう。
 
ママだったらどうしたと思う?
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県出身。
2019年末に20年以上の会社員生活に終止符を打ち、2020年に独立。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。
もともと発信することは好きではなかったが、ライティング・ゼミ受講をきっかけに、記事を書いて発信することにハマる。今までは自分の書きたいことを書いてきたが、今後は、テーマに沿って自分の切り口で書くことで、ライターズ・アイを養いたいと考えている。

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2020-11-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol,104

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