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週刊READING LIFE vol,119

「秘めフォト」は、本当の笑顔を取り戻す儀式だった《週刊READING LIFE vol.119「無地のノート」》


2021/03/15/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
カシャ。カシャ。
不思議だった。
静かな部屋の中で、カメラのシャッターの音が響くたび、私の鎧が剥がれていくような気がした。
ありのままでいい。飾ることなく、恥じることなく。
いつしか、そんな気持ちになっていた。
 
ここは、福岡天狼院のフォトスタジオだった。
天狼院書店の店主である三浦さんが、専任フォトグラファーとしてこの「秘めフォト」というサービスを行っている。
秘めフォトのコンセプトは、「自分史上最高にSEXYな1枚を撮る」というものだ。
時間の関係で、秘めフォトプレミアムというコースに申し込んだら、何とマンツーマンの撮影となってしまった。
写真を撮られることに慣れていない私は、そのことが分かると途端に帰りたくなった。
 
「私、一人なんですか?」
すっかりお仲間がいるものと思い込んでいたので心細くなり、その上冷や汗が出てきた。
けれど、せっかくお時間を取っていただいているのだ。
こうなったら、なるように、なれ! 無理やり自分に言い聞かせると、まな板の鯉になるしかないと腹をくくった。
 
「秘めフォト」に元々、興味はあった。なぜなら、告知に掲載してあるサンプル写真のモデルさんたちは、みんなとても綺麗だったからだ。
セクシーな衣装に身を包んで微笑む女性たちは、爽やかな色気があった。肌を晒しているにもかかわらず、変ないやらしさは全く感じなかった。何か、確固たる自分を持っているような、「私を見て!」と堂々とした眼差しがあるように感じたのだ。
同じ女性として、淡い憧れのようなものが湧いた。
 
けれど私はアラフィフだし、スタイルにも自信がない。
そんなSEXYとは程遠い私が、「秘めフォト」に参加しようと思ったのは、ある出来事が私に降りかかってきたからだった。
 
「乳がん、ですね」
昨年の12月25日、医師から告知された。
クリスマスプレゼントにしては、あんまりじゃない?
先生の話を聞きながら、頭の中で茶化してみたが、私の頭は、まるで時間が止まったかのようにぼんやりしていた。
 
おかしいとは思っていた。元々精密検査結果が分かるのは1週間前の予定だったのに、わざわざ病院からもう少し時間を下さいと連絡されていたからだ。
やっぱりそう来たかという、諦めのような、悟りのような、何とも言えない気持ちが私を包み込んだ。
 
「抗がん剤とか、手術をしないといけないんですか?」
これからどうなっていくのか、包み隠さず丁寧に説明してくれる先生に、すがるような思いで尋ねた。
「胸を温存した場合、手術後に何かしら治療が必要になります。けれど、胸を切除すればその必要は無くなります」
どちらにしても、手術が必要なようだった。
大まかなことはわかったが、どうするのがベストか決めかねた。
「でも、まだ初期の段階なので、きちんと治療すれば5年後の生存率も問題ないですから」
能面のようになって押し黙ってしまった私を気遣うように、先生は励ましてくれた。
 
さて、どうしよう。自分のことなのに、実感が湧かなかった。
私の心は麻痺したように、何も感じなかった。感じなかったというより、あまりにも急な出来事で、頭がショートしていたのかも知れない。
 
また、体にメスを入れなければならないのかと思うと気が滅入った。
手術は、今までに4回ほど経験している。誰に見せるわけではないけれど、体のあちこちに手術痕があるというのは、女性としては気が引けるものだ。
まして、今度は胸だ。片方の胸を全て切除することになってしまうのだろうか?
一応女性として、胸を切り取るということは、ぽっかりと心に大きな穴が開くような気がした。
 
無くなってしまうかもしれないと思うと、急に自分の胸に執着が湧いた。
さよならするのであれば、私の中で踏ん切りをつけるものが必要だった。
悔いが残らないように、何かできることはないだろうか?
手術が2月に決まって、ふと頭をよぎったのは、「秘めフォト」のことだった。
写真に残せば、失ったとしても、胸の在りし日の姿を偲ぶことができる。
このときはまだ、袖なしのワンピースを持ち込んで、衣装越しに胸のフォルムが分かる写真を撮るだけのつもりでいた。
 
「次は、胸を撮りましょうか?」
それなのに、さらっと何でもないことのように三浦さんは言うと、カメラを構えた。
ワンピース姿で撮影を終えようと思っていた私は、一瞬、何を言われたのか戸惑った。
だって、ここは温泉でもなく、病院の診察でもない。人様に堂々と胸を晒すなんて、あり得ないことだ。
 
「胸を、出すんですか?」
ようやく被写体になる照れくささが薄れてきていたのに、私は再び硬直した。
 
「胸のことがあって、今日せっかく来られたんだから撮りましょうよ」
そう言う三浦さんは、私が「秘めフォト」を申し込んだ動機をご存じだった。
 
それも、そうだ。おっしゃる通りだ。けれど、私はまだ羞恥心を捨てきれずにいた。
そんな私を分かってくれたのか、三浦さんは無理にとは言わず、少しずつカットを変えて撮影を進めていく。
撮りながらも、乳がんで胸を全摘出したけれども、生き生きと人生を楽しんでいる秘めフォト参加者の方の話や、たくさんの秘めフォト撮影から得た考察などを面白おかしく語ってくださった。
 
実は、10年ほど前から写真が好きではなくなった。特に、大勢で写る記念写真のようなものが苦手だった。出来上がりに、落胆することが多かったのだ。
最悪なのは、若い後輩と映っているとき。まだピチピチ、ツヤツヤの後輩は、何もしなくても眩しいものだ。溢れ出る若さが、発光体のように圧倒的に光っていた。
その横にひっそりと映っている私は、何だかくすんでいた。
昔のように、顔の丸さを気にして遠近法で小さく見えるよう後ろに下がってみるとか、ちょっと体を斜めにしてスリムに見せるようにするとかの小手先では抗えない絶対的なものが、そこにはあった。
もう若くないのだから仕方ない。そうため息をついて自分を納得させていた。
写真に対して苦手意識が増し、貼り付けたような笑顔で写ることが増えていた。
 
なのに、何だろう? 「秘めフォト」での、この弾むような気持ちは。撮影が進むにつれて、構えた気持ちが薄れて、自分を解放していくような伸び伸びとした気持ちを感じていた。纏っていた鎧を外し軽くなった心には、シャッターを切る音すらリズミカルに心地よく聞こえてきた。
写真を撮られるのが、こんなに楽しいと思ったのはいつ振りだろう?
「いいね。できてるね。バッチリ」
撮るごとに、そう声を掛けてくださる三浦さんと、周りにいる女性スタッフの方の温かい声かけで、私のテンションは自然と上がっていった。
午後の柔らかな日差しの中で、さっきまで怯んでいたのに、不思議なことに胸を撮ってもらおうかなという気持ちが徐々に芽生え始めた。
 
たくさんの女性を「秘めフォト」で撮ってきた三浦さん。様々な年齢やスタイルの女性を見てこられた方は、妙に説得力がある。
SEXYでも何でもないけれど、私だけの良いところを見つけてくださる。
誰かに比べてではなく、私ならではの良さを認め肯定してくれる雰囲気に、温かな毛布でくるまれたような安心感を得ることができた。
初めは緊張して強張っていた笑顔が、徐々にナチュラルな笑顔へと変わっていった。
 
撮った写真をその場で見せてもらうと、今までの私とは違う私がそこにいた。
自信なさげな曇った顔ではなく、晴れ晴れとした顔の私がいた。
飾らず、あくまでも自然体だけれど、意志を持った眼差しがあった。
その頃には、胸を出すことにも抵抗を感じなくなっていた。
 
ちゃんと撮ってもらう、いいチャンスだ。
私の胸を忘れてしまわないように。潔く胸を張って進んでいくために。
あんなに気にしていた年齢やスタイルのことは、どうでもよくなっていた。
 
「秘めフォト」は、私にとって必要なプロセスだった。
あなたは、ありのままでいいんだよ。そう言われている気がした。
これからは、無地のノートに自由に書き込むように、そのままの自分を描いていこう。
罫線のあるノートは、見た目がきれいな整ったものにはなるけれど、思うままに、思う角度で好きなことを書き込めるように、敢えて装飾のない無地のノートを選びたい。
 
「また、術後に撮ってみたら?」
軽やかにそう言ってくれた三浦さんの言葉で、手術に対して前向きになれた。
胸があろうがなかろうが、私は私。引け目を感じることなどない。
 
2月に入り、私は手術を受けた。
幸運にも温存できるギリギリのラインだったため、覚悟していた全摘出をせずに済み、思ったよりも削らずに済んだ。
まだ、手術した胸には感覚がないし、傷跡も生々しい。
やっぱり、写真を撮っておいて良かった。へこんだ胸を見て、つくづくそう思う。
 
この形も私の形。
ありのままの自分を認められたら、今度は、「秘めフォト」で新しい自分を見つけに行こうかな。
あんなに緊張した「秘めフォト」だけど、それは自分を知るための素敵な儀式だった。
そこで本来の笑顔を取り戻したら、これからは、自信を持って「これが私」と言えるだろう。
無地の真っ白なページが広がると、何を書こうかとワクワクするのと同じように、次はどんな顔で写るのか楽しみな自分がここにいる。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-03-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol,119

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