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週刊READING LIFE vol.128

心の波紋を消すために《週刊READING LIFE vol.128「メンタルを強くする方法」》


2021/05/17/公開
記事:花井夢乃(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「大きな石を探してきて橋の上から落とそう」
 
通学路の途中にあった橋の上で突然Kちゃんが言い出した。
小学校の頃、KちゃんとTちゃんと三人でよく帰っていたときの思い出。
三人で辺りにある石を探して橋の上から投げ落とす。大きな石は一人では持てなかったので、三人で力を合わせて運んできて、「いっせーので」で橋の上から水面に向かって落とす。ゆっくりと時間をかけて石は水面に吸い込まれるように落ちて行く。
橋の上から水面まで10メートルほどあった。
「ドボーン」
水面に鈍い音がする。
投げ落とした石が大きければ大きいほど水面に広がる波紋が大きくて、その波紋を見て私たちは
「おー! すごーい」「今の波紋は大きかったなー」
などと歓声を上げて喜んで遊んでいた。
等間隔で広がっていく波紋の弧がまるできれいな模様のように見えたのがすごく印象的だった。
何が楽しかったのか、今となってはわからないけど、学校帰りの寄り道に夢中でやった。
大人になって、そんなことをして遊んだことはすっかりと忘れていたのだけど。

 

 

 

先日、知り合いのYさんにこんなことを言われた。
 
「あんたから離婚するって事を事前に聞いていたら私は止めたのに」
 
仕事が休みの日に誘われたファミレスで一緒に食事をしていた時だった。
お昼を過ぎた店内は人も多くてみんな楽しそうに食事をしながらお話している。
私たちもそうだった。
なのに、一瞬にして私の耳からは音が無くなった。頭がフリーズしたように、何もかも止まったような感じがした。
「今日は私がごちそうするから好きなもの頼み」
と言ってくれて、イチゴがたくさん乗ったワッフルを食べたけど味は覚えていない。
 
Yさんは自分の気持ちに正直で、きっぱりと自分の思いを口に出す人だ。周りの人はそんなYさんを怖がったり、煙たく思う人もいたが私は悪い人ではないと思っていた。
だから、余計にYさんが私の事をそんなふうに思っていたなんてびっくりしたし、信じられなかった。
愛想笑いと適当な相槌をしてYさんが話す言葉を私の耳は受け付けなくなっていた。
 
夜になって静かな部屋に寝転がって天井を眺めた。ひとつ大きく息を吐いて目を閉じる。
今日あった出来事をもう一度思い出してみた。
 
「あんたから離婚するって事を事前に聞いていたら私は止めたのに」
 
あの言葉が、あの時のまま新鮮に蘇った。
Yさんの言葉は、子どものころに橋の上から乱暴に投げ入れた石みたいに私の心に投げられて、言葉の波紋がたくさん広がった。
橋の上から落ちて行く石のように私の気分も明らかに落ちてゆくのが分かった。
落とされた石と同じで落ちて行く自分はもう止められない。
『落ちるところまで落ちて行け!』と言った感じで落ちて行く自分を冷たく眺めていた。
 
Yさんは『旦那の暴力、借金以外の事なら多少は目をつむりなさい』と言っていた。もうすぐ70歳になろうかというYさんの言い分も分からなくもない。我慢をしてきた年代だとも思うし、そうやって夫婦で連れ添ってきたのだと思う。
『わかっているよ、それは。私の両親だってそうやって夫婦をやっていたんだから。でも、昔の当たり前が今の当たり前とはちょっと違う事ってある……』
自分の中で言い訳みたいに自分をかばった。
 
私は元・旦那さんの言葉の暴力にとても悩んでいた。好きで結婚した人ではあったけど、何かあるたびに「出ていけ、お前はいらない」と言われた。何度となく言われるその言葉は鋭い凶器となって傷ついた。何度も、何度も立ち上がって頑張ってはきたけども、もう心が限界だった。
『もうこの人とは一緒には居られない』
そう思って離婚を決意した。全ては自分で決めたこと。だから後悔なんてしてないはずなのに・・・・・・。
 
心の波紋は消えないまま数日が過ぎた。
私は一度落ち込むとなかなか気持ちが上がって来ない。これまでも何度もそんなことはあった。落ち込んでいる自分が好きだったのかもれない。
でもこの時はどこかで冷静に自分で自分を眺めている感じがした。
『いつもと何かが違う。でもその正体は一体何なのだろう?』
俯瞰で見ている自分が自分に問いかけているけどわからない。
 
その日の夜、なんとなく私は実家に電話をしてみた。
電話口には父が出た。
「久しぶり! 元気してる?」
元気な素振りをして声を出してみたのに父はあっさりと見破ってしまう。
「どうした? 元気ないやんか」
どうしてこんな時の親って分かるのだろう……。
 
私は父に先日Yさんに言われたことを全て話してみた。
父は、相槌を打ちながらも時々感心したように、時々笑いながら聞いてくれた。
父の聞き方がうまいからか、私はなんだか泣きそうな気持ちになっていた。
全てを聞いてくれた父は少し困ったような、でも強い口調で言った。
 
「その人はお前の事を心配してくれていたんやな」
意外な返事にびっくりして聞き返す。
「え? 心配してくれていたんかな? なんか乱暴な言い方に聞こえたけど」
「そんな気にも止めないどうでもいいと思う人にわざわざそんなこと言わんだろ? 父さんなら言わん」
電話口の父はあっけらかんと言った。いつも父と話すと意見の食い違いでけんかになるけど、この日は馬が合った。
「そんなもんなのかな? 心配してくれたんかな?」
「そんなもんちゃうか? 心配してくれる人が近くに居てくれる事はありがたいことやぞ」
 
その言葉を受けて気になっていたことを私は父に聞いた。
 
「父さんもYさんと同じこと思ってる? Yさんと父さん、母さんは同世代だから同じような事を考えているんかと思っていたんやけど」
 
疑問に思っていたことをそのまま投げかけてみた。
 
「父さんは母さんとも話したけど、あのまま人生を送って後悔するよりも、これからを考えて一人で頑張るってお前が決めたなら応援するって決めたから」
 
父のその言葉は優しくて穏やかだった。父の嘘のない気持ちが嬉しくて私は電話口で泣いていた。

 

 

 

電話を切ったあとの私は電話する前の私とは違っていた。
心に広がっていた波紋はゆっくりと消えて落ち着いて行くような不思議な気持ちがしていた。
急に穏やかになった心を俯瞰で見ているもう一人の私がいた。
しばらくゆっくりと考えてみた。自分が思っていたこと、Yさんのこと、父の言葉。
それまで曇っていた空にゆっくりと陽が差すように見えてきた。
 
まず私が勝手に作り上げたYさんのイメージがあって、そのイメージとは真逆の事を言われて勝手にショックを受けていたという事。Yさんなら「がんばったな」と認めてくれると心のどこかで勝手に期待して甘えていた。
でも実際には「早く聞いていたらアドバイスもできたのに」と言いたかったようにも思う。
 
そしてYさんの言葉に動揺した私はまたまた勝手に両親もYさんと同じような考えなのだと思い込んでいたところがあった。思い切って聞いてみたら、反対なんかしていなくて、応援して味方でいてくれた。
そして父がYさんの事を「心配してくれる人」と話してくれたことで、Yさんに対して、『身近な所で心配してくれていたのだ』と思うと感謝の気持ちが湧いてきたのだ。
 
全ては自分が作り出した勝手な思い込みでしかなかったのだ。
 
この出来事がきっかけに私は相手に対して勝手なイメージや『たぶんこうだろう』と言う決めつけを止めるようにした。そして相手から言われた言葉には自分には見えない相手の意図があるのではないか?と考えるようになった。
物事を自分の方向からではなくて違う方向からも見るように意識してみたのだ。
 
そのことを意識するようになったある時。仕事で現場チーフに言われた指示の意図がよくわからないときがあった。
『どうしてそんな指示を出したのだろう? どうしてそれを私に任せるのだろう?』
と不思議に思った。たぶん、今までの私なら不思議にも思わなかったかも知れない。
『そうなのか! そうするのか』とそのまま受け取り、
『チーフのやりたいことや目的がなにか』がわかってなかったのだ。そこを思い切って聞いてみると案外
「その方が効率いいから」「〇〇さんは次にこの仕事を覚えて欲しいから」
という単純な答えや納得することがよくあったのだ。
相手のやりたいことや、目的が見えてくると
『じゃあ、私はこうやってみよう。こうやって声をかけてみよう』
など工夫をしてみるようになったのだ。
 
その変化は私よりも周りの人の方がすぐに気がついてくれたのだ。
 
朝のミーティングでみんなの前で話をすると
「花井さんのミーティングってなんだか試合前の作戦会議みたいでなんだかわかりやすい」
と言ってもらえるようになった。
その様子を見ていたチーフが私の所に来て
「最近、自分に自信がついてきたんじゃない?みんなの動きも随分良くなって仕事がスムーズに回るようになってきたよ」と言って貰えた。
それは心から嬉しい褒め言葉であり、自分を認めてらえたように感じた。
 
最近、思うのだ。
心に石を投げ込んでいたのは私自身だったと言うことを。
自分で勝手に考えて、決めつけて、思い込んでいると、どんどん不安が広がって行く。
不安がまた違う不安を呼び込んでしまっていく。まさに負の連鎖に落ちていくのだ。
 
そんな負の連鎖のど真ん中にいる時こそ俯瞰で自分を見つめてみる。
今の私は何が心配なのか? 誰かに言われた言葉が気になるのか? その言葉のどこに引っかかっているのか? その言葉に対してどんな気持ちだったのか? 悲しいのか? 悔しいのか? 怒っているのか?
そうやって自分を見つめてみて、その時の自分を認めてあげる。
『悲しかったのか』『悔しかったのね』『それは怒って当然よ!』
と言う感じで自分と話してみるといい。
 
自分を認めてあげると、「これでいいのだ」「こんな気持ちになってもいい」と自己肯定感
生まれる。そして自然と「頑張ろう」「次はうまくいく」「失敗しても切り替えて」と思えてきて、いい方向に足が向いていると思う。
いい方向に向けたら一歩、踏み出すのはそれからでいいのだ。
 
自分のことを俯瞰でみて、悩みを聞いて、共感する。
 
それができると自分のことが好きになってきて自信も持てるようになった。
私にとってそれができるようになった今が自分史上、最高に強くなったと思えるのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
花井夢乃 はないゆめの (REIDEING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

徳島県出身。滋賀県在住。
40歳を機に本当の自分の人生を歩む決意をする。
書くことで自分自身を俯瞰で見る力をつけることに面白さを感じている。
趣味はお散歩と銭湯

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2021-05-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.128

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