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正しい不倫のススメ

本気と狂気のはざまで《正しい不倫のススメ》


記事:江島 ぴりか(READING LIFE公認ライター)
 
 
「私は、ほんとに不倫に向いてなくってね。ちょっとでも会えなかったり連絡がなかったりすると、耐えられなくって別れちゃうタイプだから。でも、テル(仮名)は自己犠牲的なところがあるっていうか、難しくても何とか頑張るって人で。毎日のように連絡とって、週に2,3回は会ってたかな。周りには、(不倫なのに)多いわっ! って言われる(笑)」
 
マナ(仮名)にとって、テルは自分の理想がそのまま形になったような男性だった。
はきはきした声も、目がくりっとしてちょっとかわいらしい顔も、ややガッチリした体つきも、頭のてっぺんから足のつま先まで、全部が好みだ。だから、仕事を通じたある交流会で出会ったときから、かっこいい! とひと目で惹かれた。
とはいえ、既婚者であることはすぐにわかったし、その頃は別の独身男性とイイ感じになっていたマナは、テルに対して「かっこいい人」以上の感情はなかった。そのイイ感じになっていた男性も交えて、知り合った仲間たちみんなでよく会っていたし、バツイチでシングルマザーのマナは、子どもを連れてテルと会うこともあった。
 
特別な感情はなかった、はずだった。
初めは、本当に。
でも、あまりにもテルとは気が合い過ぎた。考え方も話し方も社交的な性格も好きで、彼の生き方も尊敬できて、いつの間にか毎日連絡を取り合うようになった。好きだという言葉も、付き合おうという言葉もなく、どちらかがぐいぐい迫ったわけでもなかったが、お互いの気持ちがはっきりとわかっていた。
あまりにも自然にそういう流れになって、明確なきっかけが思い出せないから、いったいどうしてそうなったんだろう? とマナ自身も不思議がる。とにかく好きすぎて、それはもちろんお互いに好きすぎて、マナとテルは2日に1度は会うようになっていたのだ。
 
そんなにお互い好きな相手なら、きっといつもラブラブでどこでもイチャイチャしてて、すごく仲の良い2人なんだろう、と思いそうだが、彼らの場合は違った。テルと付き合うことで、マナはもうひとりのクレイジーな自分の存在を知ることになった。テルもまた、柔らかい笑顔の下にある隠れた狂気を、マナに対しては抑えきれずに爆発させた。
 
「自分は病気なんじゃないかと思ったよ。仕事中の彼に1日50回くらい電話かけたり。電話に出ないだけで、浮気してるって思っちゃって」
 
それはちょっと、いやかなり迷惑な女である。普通の男なら、ヤバい女だから別れようって思うだろう。
 
「仕事で打ち合わせしていただけの女性なのに、『この女と付き合ってんのかっ!』って路上で彼にキレて大騒ぎして。そうしたら、その女性が働いているお店に連れていかれて、『聞きたいことあるなら、全部聞けよっ!』って怒鳴られて、おしぼり投げつけられて。その女性は年下なんだけど、『彼は絶対に浮気なんてしてませんよ。マナさんのことが好き過ぎるんですよ』って慰められるという。まったく情けないこともあった(笑)」
 
その女性が気の毒です。
 
「車の中でけんかになって彼が暴れだして、警察官に職務質問受けたこともあったし」
 
警察も気の毒です……。
 
「たいていは私が勝手にやきもち焼いて、どうせ遊びなんだろうっ! 都合のいい女だと思ってんだろうっっ!! てわめき出すパターン。そうしたら、彼がいい加減にしろって、キレて。こんなに想っているのに何でわかってくれないんだって、叫び出す。んで、食べてたコンビニの冷やし中華が宙を舞って、壁にべっとりくっついたり(笑)」
 
食べ物は大切にして!
 
「コップ割るとか、壁を殴って流血するとか、もうしょっちゅうバイオレンス(笑)。彼と付き合って、自分のクレイジーな部分が出まくって。でも、彼もそうなの。彼にとって、私ほどムカつく人はいないらしい。こんなにキレる相手は私だけみたい。お互いに、こんなに感情を出せる相手は初めてなんだよね。テルじゃないと、私はこんなふうにならないし、彼も私以外の相手にこんなふうになることないし」
 
彼らの愛は、間違いなく本気なのだ。
本気すぎて、時に狂気じみたり猟奇的になってしまったりするけど、マジなのだ。
ただ、往々にして、マジは行き過ぎるとちょっと滑稽に見えたりもする。
当人たちは決してふざけているわけではないだろうけど、冷やし中華がどんな曲線を描きながら壁に激突し、キュウリやハムや
錦糸卵がどのくらい放射状に飛び散ったのかと想像すると、ちょっと可笑しく思えてくる。
たぶん彼らも、壁を彩った冷やし中華のたれを拭きながら、「私たち何やってんだろ」と笑い合ったに違いない。

 

 

 

 

そんな狂おしいほどマジで、愛おしくって、なんだかゆかいな(?)付き合いが1年半くらい続いたころ、2人に大きな転機が訪れた。マナのお腹に小さな命が宿ったのだ。
マナは驚かなかった。彼女はもうしばらく前から、彼の子どもが欲しいと思うようになっていた。
テルはそんなつもりはなかっただろうけど、かといって、それを理性で制御するわけでもなかった。
マナの告白に、彼はただ抱きしめてくれた。
反対するでもなく、困惑するでもなく、ただぎゅっとしてくれた。
最悪の反応も覚悟はしていたが、彼は受け入れてくれた、と思った。
 
しかし、バイオレンスな2人に、そんなにたやすく平和は訪れなかった。
後日、遅ればせながら理性を思い出したテルは、マナが子どもを産むことに悩み始めた。
そこからは修羅場だった。
産む、産まないで毎日ひどくもめた。
あのとき抱きしめてくれたのは何だったのか、という気もするが、彼は決して堕ろして欲しいとは言わなかった。しかし、どうしても離婚はできない。だから簡単に産んでくれとも言えない、という煮え切らない態度だった。まだ会社を立ち上げて間もない彼にとって、金銭的な問題が一番気がかりだった。マナは、堕ろすことになったら別れる、と反発した。
 
実は、テルの両親は離婚している。それで、母親が働き始めたため、子ども時代は親戚の家に預けられることが多かった。彼はそこで暴力を振るわれ、ひどくつらい少年時代を過ごした。そのため、たとえ仮面夫婦であっても、子どものために絶対に離婚してはいけない、という信念がある。離婚すれば、子どもは自分のように不幸になると考えている。離婚で苦しい思いをした自分の母親を、同じようなことでまた悲しませたくない、という思いも強かった。
 
「でも、最終的には産んで欲しいって言ってくれたの。その頃はお金がなかったけど、俺、頑張るからって。俺と一緒にいてほしいって言ってくれて」
優柔不断で弱気なだけにも思える彼の態度だったが、結果的にはそれが赤ちゃんの命を救った。
彼が強気でとにかく産まないでくれ、と土下座でもしていたら、マナは諦めていたかもしれない。
 
自分の感情にウソはつけず、かといってこれまで大切にしてきたものを簡単に手放すこともできない。
じゃあ、とりあえず表面的にうまくごまかすとか、空気を読んでその場を何とか収めるとか、社交的で経営者でもある彼なら得意そうなものなのに、テルはそんなに器用な人間ではなかった。
そう、彼は肝心なところで不器用なのだ。仕事ではデキる男のはずなのに、どうにも恋愛になるとツメが甘い。
だから次々と修羅場がやってくる。

 

 

 

 

マナは無事出産したものの、それから半年でテルの奥さんにすべてがバレてしまった。
彼と奥さん、そして彼の母親とマナ。4人で話し合いの席についた。
一方的に怒りをぶちまける奥さんと、死人のように青ざめて黙り込む彼。
奥さんには「彼女が勝手に産むって決めた。別れるつもりだった」と説明した彼に、ショックと怒りと悲しみとでマナの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
でも、実のところ、その場の誰もが本当はそうじゃないとわかっていた。
テルのことをよく知っている母親も奥さんも、むしろマナの気持ちに寄り添ってくれているような気がした。
マナも、これ以上奥さんやテルの母親を傷つけたくないと思ったし、結局彼の子どもを産んだという事実は変わりないのだから、彼の説明に反論する気は起らなかった。暗黙の了解で、その場にいた3人の女性たちはテルの体面的なウソで納得しようとしていた。
ところが、彼は自ら、ようやく形成されたその薄氷を踏み破ってしまったのだ。
 
「だって、俺がどれだけ好きだって言っても、マナは信じてくれないじゃないか! 本当に仕事で忙しくて会えないのに、どうせ家族が優先なんでしょって、俺のこと全然信じてくれないじゃないかっ!!」
 
そこに冷やし中華があったなら、おそらくまた宙を舞っていたに違いない。今度はどこまで飛距離を伸ばしたことだろう?
しかし、ここはマナの部屋ではないし、ましてや2人の世界で痴話げんかしているわけでもない。マナのこととなると感情がコントロールできなくなってしまうテルは、すっかりパニックになっていた。おそらく、自分が何を言っているのか、わかっていなかっただろう。
一方、こんなことを面と向かって聞かされては、奥さんもブチ切れてパニックになる。
そこからは、彼と奥さんの修羅場になった。
マナも彼の母親も入り込めない状況になってしまった。
とにかく、それが路上の車内ではなかったことは幸運だった。もしそうなら、今度は職質だけでは済まなかったに違いない。
 
結局、彼は離婚せず、今後マナと産まれた子どもには会わないということで折り合いがついた。養育費とか生活費についても、弁護士を通じてやり取りをして話はまとまった。マナに慰謝料を請求することもせず、その後も彼との生活を続けている奥さんは、芯が強くて肝が据わった人だなと思う。マナと奥さんは正反対のタイプだし、彼との接し方もまったく違うが、2人にはある種の連帯感のようなものが生まれていたのかもしれない。うまい言い訳のひとつも言えず、肝心なときに感情的になり過ぎて相手を怒らせてしまうような、不器用で純粋な男を愛してしまった女同士として。

 

 

 

 

その子はもう3歳になった。
森を飛び回る小動物のようにかわいいマナにそっくりの、これまたとびきりかわいい女の子だ。
うだうだ、ぐだぐだとあったけど、結果的に子どもを産ませてくれたテルには本当に感謝している。心から愛する人の子どもを産めたことはとても幸せだと、マナはふり返る。
 
「実はね、私のお母さんも未婚の母でね。実の父親の不倫相手だったの。20歳になるまで知らなかったんだけどね」
育ての父はすべてを承知の上で、マナの母親と一緒になった。
「母は実父にも育ての父にもすごく愛されていたし、私も十分に愛されて育った。だから全然そんなこと気づかなかったし、気にもならなかった。自分もこういうことになるとは想像できなかったけど」
不倫で授かった子は幸せになれない、なんてまことしやかに言う人たちがいて、それを実証しようと、真偽不詳の身の上話がネットにはあふれている。でも、母の姿を見ても、今の自分の姿を見つめても、それは違うんじゃないかと感じる。
 
世間では許されないものだとか、道徳的、倫理的に反しているだとか、そんな風に不倫をとらえている人はたくさんいるだろう。
そんなことする人間に嫌悪感しか抱かない人もいると思う。
でも、どんな出会いであれ、どんな形であれ、誰かを好きになることに良いとか悪いとかなんてあるんだろうか。
人間の行動に対して、正しい、正しくないという個人の価値感があったとしても、胸の内におのずと沸き上がる感情に対して、善悪や優劣があるのだろうか。
もし、仮に恋愛に良し悪しを付けるとするならば、そこで問われるのは本気かどうか、だけだ。
そして、私たちを本気にさせるのは、それが運命的かどうか、なのかもしれない。
 
マナとテルは本気だった。
本気を超えて、狂気へと向かうほどに。
そして、運命的だった。
なぜなら、何度別れても結局また出会ってしまうのだから。
 
「しまう」というのが適切な表現なのかどうかわからないけど、結局、いまだに2人は完全に離れることができていない。
 
「〝運命の人〟なら、さっさと結婚させて欲しいけど。それとも、私が成長するために与えられた、宇宙からの試練ってやつなのかな」

 

 

 

 

彼と出会ってから5年以上。
これまで幾度となく傷つけ合い、終わらせようとしたり、続けようとしたり、希望を持ったり、絶望的になったりしてきた。
今、マナはこれまでになく冷静に、2人の関係を見つめ直している。
「お互いに依存しているところがあるのかなって思う。この人ならどんな自分でも受け入れてくれるって、甘えてるのかもしれない。だから、離れられないのかもしれない」
 
彼と別れたいわけじゃない。
でも、このままの関係は自分の望む未来じゃない。
 
「何年たっても本当の幸せのために覚悟ができない彼に、ずっとモヤモヤしてた。でも、それって結局、私自身なんだよなって」
伏し目がちになると、マナの長く美しく整えられたまつげが、彼女をより一層色っぽく魅せる。
「彼に何かしてもらわなくても、何も期待できなくても、私は余裕で幸せになれる。彼がいなくても、私は幸せだって心の底から思えたとき、何かが大きく変わる気がするの。そのためには、私が私を幸せにするんだという本気の覚悟が必要なんだと思う」
 
美容系サロンのオーナーとなり、既に仕事でも立派に自立している彼女だが、まだ十分に満足しているわけではない。技術も評判も一流であっても、全国展開してもっともっと稼ぎたいという夢がある。
それは、同じく自分の事業を拡大しつつあるテルの姿と重なって見える。
彼女がサロンをオープンしたきっかけは、彼の影響も大きかったに違いない。
やはり運命的な2人なのかもしれない。
 
「本当に自分に自信がついて稼げるようになって、すごく好きだけど、彼と一緒になることへの執着が消えたとき、お互いに納得できる理想的な関係が築けるような気がするの。それが結婚なのか、別れなのか、あるいは別の何かなのかわからないけど。だから、今は彼じゃなく、もっと自分に向き合うことが大事だなって感じる」
 
きっと、彼も同じことを考えている。
だから、彼もまだはっきりとした答えを出せないのだ。
もしかしたら、彼は気づいていたのかもしれない。
2人の本気と狂気に満ちた愛が、結婚とか家庭とかだけじゃなく、彼らの秘めた野望の実現のために必要なんだと。
 
マナとテルがそれぞれの世界で頂点に立ったとき、そこから見える景色はどんなだろう?
どんな関係になっていたとしても、きっと美しく澄んだ青空にバラ色の未来があるのだろう。
そこではもう中華めんやコップが宙を舞うことはない。
空には大きな虹がかかっているに違いない。

 
 
 
 

❏ライタープロフィール
江島 ぴりか(Etou Pirika/READING LIFE公認ライター)
北海道生まれ、北海道育ち、ロシア帰り。
大学は理系だったが、某局で放送されていた『海の向こうで暮らしてみれば』に憧れ、日本語教師を目指して上京。その後、主にロシアと東京を行ったり来たりの10年間を過ごす。現在は、日本国内にて迷走、いや瞑想中。2018年9月から天狼院書店READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
趣味はミニシアターと美術館めぐり。特技はタロット占い。ゾンビと妖怪とオカルト好き。中途半端なベジタリアン。夢は海外を移住し続けながら生きることと、バチカンにあるエクソシスト(悪魔祓い)養成講座への潜入取材。

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2019-07-22 | Posted in 正しい不倫のススメ

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