天狼院通信(Web READING LIFE)

先週、福岡のファミリーマートでビニール傘を盗まれた件について《天狼院通信》


記事:三浦崇典(天狼院書店店主)

その夜は、突然、雨が降ってきたんだと思う。
そうでなければ、みんな傘を持って家を出ただろうから、ビニール傘を盗まれることもなかったはずだ。

仕事終えてから、人気の中華料理店「弐ノ弐」でスタッフと食事をしたあと、今泉公園近くのファミリーマートに寄った。

事件は、ここで起きた。

僕は、このときのことを思い出すと、嬉しくて仕方がない。
ガッツポーズをしたい衝動にさえ駆られてしまう。

まず、前提条件として、僕とスタッフは、それぞれ、福岡天狼院に備え置いていたビニール傘を持っていた。
つまり、我々チームは、2つのビニール傘を保有していたわけだ。

ファミリーマートに入ろうとしたときに、外から、若い男性客が2人、いるのが見えた。

しかし、外の傘立てには、傘が1本しか置いていない。
つまり、どちらかは、結構雨が降っている中、傘もささずにここに飛び込んできたのだろう。

自動的に、頭がリスク計算をした。

この傘立てにビニール傘を置いて、盗まれるリスクだ。

かなり、高いと判断した。
まずは、若い男性ということが、リスクが大と考えた。
夜間、諸々の理由で、おそらく、それが若い女性なら、傘を盗む可能性は男性よりも低いだろう。
女性は、たかがビニール傘を盗んだという「弱み」によって、夜道に不意に声をかけられるリスクを負ってしまうからだ。
昼間はともかく、若い女性が夜のコンビニでビニール傘を盗むという行為は、道徳的な観点以上に、コストパフォーマンスが悪すぎる。
余計な夜道のリスクを抱えることになるからだ。また、パンプスやハイヒールを履いている場合は、逃げるときに障害になる。

ところが、若い男性は、その手のリスクが皆無である。
もし、夜道で追いかけられたとしても、しらばっくれるか、ダッシュで逃げればいい。

つまり、若い男性が見えた時点で、ビニール傘を盗まれるリスクは、低くはないと考えた。

だとすれば、ビニール傘を中に持っていく、という選択肢も考えられる。
けれども、この店では、傘を入れる袋を用意されているわけでもなく、中にそのまま持ち込めば、この日の降りからすれば、店内をかなり濡らしてしまうことになる。これは、申し訳ない。それに、この店はよく使うので、店員さんもおそらく、僕の顔を知っている。迷惑な客だと思われたくはない。

迷惑な客だと思われるくらいなら、盗まれたほうがマシだと判断した。

また、こういう選択肢もあるだろう。

外の傘立てにビニール傘は置くものの、店の中から、随時、目を光らせて警戒する、という方法だ。

しかし、もし、それで警戒している中で、男にビニール傘を持っていかれたらどうだろう?

雨の中、追いかけて、捕まえるか?
抵抗されたら?
しらばっくれられたら?
危険だから、警察を呼ぶか?
傘ごときで?

そう考えると、この選択肢も、コストパフォーマンスが悪すぎる。
そもそも、人を疑って、外をキョロキョロ見る行為は、精神衛生上もよくなさそうだ。
この選択肢も、脳内から、消えた。

最後の選択肢があった。

僕はそれを選択することに決めた。

男に盗まれるリスクがありながらも、外の傘立てにビニール傘を置いて、しかも、外を警戒せずに、リラックスしたまま買い物をする、ということだ。
どうせ、盗まれたとしても、ビニール傘である。
しかも、僕らチームは、たとえ、僕の傘が盗まれたとしても、もう1本の傘がある。
福岡天狼院までも、すぐそばである。
万が一、チームが保有する2本の傘すべてを盗まれたとしても、走ればなんとかなる。

つまり、僕は、最初から、未来に盗まれることを重々に想定して、買い物をした。

そして、実際に盗まれた。

「あ、社長、傘、なくなってますね……」

一緒にいた、スタッフが困った顔で言う。

僕は、笑顔で言う。

「大丈夫、もう終わったことだから」

「終わったこと、ですか?」

スタッフは、不可解な顔をする。

そして、想定していたことを、説明する。

最初から、盗まれるリスクを理解していたこと。
盗まれるリスクがあったとしても、店に迷惑をかけたくないから、外の傘立てにおいたこと。
実際に盗まれたとしても、それほど損害はないこと。
盗まれることに対して、盗まれる前から、気持ちにすでに決着をつけていたこと。

だから、少しも、頭に来ることもない。

起きるべくして、起きたことであって、そして、僕も、その起きたことを十分に納得したことだったので、精神的な被害もない。

むしろ、その精神的な準備ができていたことのほうが、僕にとって非常に重要なように思えた。

僕は、たしかに、ビニール傘を盗まれた。
けれども、僕は勝ったのだ。
圧勝したのだ。

そのあと食べた、ファミリーマートで買ったアイスクリームは、ことのほか、うまかった。

 

■ライタープロフィール
三浦崇典(Takanori Miura)
1977年宮城県生まれ。株式会社東京プライズエージェンシー代表取締役。天狼院書店店主。小説家・ライター・編集者。雑誌「READING LIFE」編集長。劇団天狼院主宰。2016年4月より大正大学表現学部非常勤講師。2017年11月、『殺し屋のマーケティング』(ポプラ社)を出版。ソニー・イメージング・プロサポート会員。プロカメラマン。秘めフォト専任フォトグラファー。
NHK「おはよう日本」「あさイチ」、日本テレビ「モーニングバード」、BS11「ウィークリーニュースONZE」、ラジオ文化放送「くにまるジャパン」、テレビ東京「モヤモヤさまぁ〜ず2」、フジテレビ「有吉くんの正直さんぽ」、J-WAVE、NHKラジオ、日経新聞、日経MJ、朝日新聞、読売新聞、東京新聞、雑誌『BRUTUS』、雑誌『週刊文春』、雑誌『AERA』、雑誌『日経デザイン』、雑誌『致知』、日経雑誌『商業界』、雑誌『THE21』、雑誌『散歩の達人』など掲載多数。2016年6月には雑誌『AERA』の「現代の肖像」に登場。雑誌『週刊ダイヤモンド』『日経ビジネス』にて書評コーナーを連載。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」講師、三浦が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2018-11-12 | Posted in 天狼院通信(Web READING LIFE)

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