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週刊READING LIFE vol.14

女40歳を目の前に宣言する。≪週刊READING LIFE「今年こそは!」≫


記事:松下広美《READING LIFE編集部ライターズ倶楽部》

「何を探してるの?」
「あの服だよ。黒の、丈がちょっと長めで……」
のんきに聞いてくる母に、ジェスチャーを混じえて答える。
「ああ、あの服ね。いつものところにあるんじゃない?」
「ないから探してるのっ!」
今日、着ていこうと思っていた服が見つからない。
家を出なきゃいけない時間が迫っている。
さっきから1階と2階を往復しながら探しているけれど見つからない。
1週間くらい前にどこかで見たはずなのに。
「私に怒らないでよ」
「怒ってないよっ!」
いや、怒っている。自分に。すごくイライラしている。
「えー、あるんじゃないかな」
テレビを見ていた母が立ち上がり、2階に行く。
散々、2階は探したって。そう思いながら、他の場所を探す。
5分もせずに母が戻ってくる。
「これじゃない?」
「……そう」
「いつもの、洗っておいてあるところにあったよ」
「……ありがと」

39歳の娘と、その母の会話である。
39歳の娘とは、私のことである。

生まれてからこれまで、実家を出たことがない。

大学は「家から通えるところにしなさい」と言われて、家から通えるところにした。家にお金がないこともわかっていたので、仕方がなかった。
就職してからも通勤に1時間くらいかかるけれど通っている。通勤に時間がかかるし、親にいろいろうるさく言われたときや恋人ができたときに、何度かひとり暮らしも考えた。真剣に物件を探したりもしたけれど、そのたびに「お金がもったいないでしょ」と母に言われる。まぁ、確かに、と思いあきらめた。
結婚をすれば、否応なしに家を出ることになるだろうと思っていた。30歳になるあたりで家を出たい時期と結婚をしたい時期が重なって、真剣に婚活もした。結局、結婚はしていない。

今年こそは、実家を出よう。
何度となく思ったけれど、決意も弱く、実家にとどまり続けている。

「あの歳で、実家に居続けてるって、やばいよね」
「あぁ、確かに」

同僚たちと、私より2つ上の先輩の話をしていた。
男女の違いはあるけれど、同年代の人がひとり暮らしの経験もなく、実家にずっといる人。それをネタにして盛り上がる。
みんなと「あはは」と笑っていたけれど、心の何処かでは「私もやばいのか……」と思った。

パラサイトシングル、という言葉がある。

寄生する独身者。
寄生ねぇ。と思ってしまう。自分では寄生しているつもりはなかった。
でも、パラサイトシングルで検索をかけると、悪者の立ち位置で語られている。自分では悪者という感覚はないけれど、社会的には悪者なんだろうか。

一度も実家を出ることなく、結婚もせずにいる。
基本的な家事の炊事・洗濯・掃除、をやってもらっている。
多少の生活費は出しているけれど、ひとり暮らしをする生活費よりは多くない。
自分のために投資するお金は大きい。

調べれば調べるほど、自分に当てはまることが多い。
生活を振り返ってみる。

夜遅く家に帰っても、ご飯ができている。お風呂も沸いている。
休日くらいは思いついて夕食くらいは作ったりするけれど、自分の出かける用事が最優先。今日はご飯いらないから、と言って家を出る。
洗濯物は洗濯機に放り込んでおくと、翌日にはたたんで置いてある。
「たまには洗濯くらいしなさいよ」と小言も言われるけれど、いつものことだと流してしまう。逆に洗濯してないと、「ちぇっ」と思うこともある。洗濯をしたかどうかの把握ができていない。
そして自分の服なのに、自分よりも母の方がどこにあるかわかっている。

これはやばい。絶対やばい。

でも、簡単に変えるきっかけは見つからない。
パラサイトシングルを卒業するために婚活するっていうのも、なにか違う気がする。そもそも生活力のない40歳手前のパラサイトシングルなんて、市場価値があると思えない。
今さら、ひとり暮らしをするっていうメリットだって見つからない。
そもそも今の生活に何も不自由していないのに、変える必要があるんだろうか。

やばいと思うけれど、変えられない。
20年近く、ずっと堂々巡りをしているのだ。
結局、変わらないんだろうな……。

そう思っていた。

「あの話、急に動いたよ」

昨年の12月のことだった。
ちょっとこっちに来て、と課長に人気のない方へ連れてかれた。

「あの話って、あの話ですか?」
「そうそう、あの話。1月に辞令が出そうなんだよ」
「えぇ!?」
思わず、大声になってしまった。
近くに人がいないかと、キョロキョロする。
「1月って、来月ですよね?」
「そう、来月。1月1日付ですかって聞いたら、そうではないらしいんだけど、1月16日付では辞令が出ちゃうらしいんだよね」
「はぁ。そうなんですか」

今の会社に、新卒で入ってから、部署も変わらず働いている。
少しずつはやり方は変わってきてはいるけれど、基本的な仕事は変わらずにいる。慣れた仕事ではあるが、どうしても閉塞感があった。もう限界に近かった。
だから、ここ数年ずっと「どこでもいいので、外に出してください」と課長に訴えてきた。自分の力が、外でも通用するのか、試してみたかった。
わかった、とは言っていたものの本当にその話を通してくれているのかわからなくて、さらに上の人にも訴えたりしていた。
訴えが通らないのであれば、転職しようか。
本気で考えていた。

でも。

あの話とは、異動の話だった。
愛知から、東京への異動。

そう。強制的に、実家を出ることになる。

訴えが通ったことは、感謝すべきことだった。
しかし、現実を目の前にしたらパニックになる。ぬくぬくとパラサイトシングルとして過ごしてきた生活が変わる。
全く想像ができない。
ネットでバーチャルな感じでしか家を探したことがない。だからどうやって家を探したらいいのかわからない。
光熱費や水道代がどのくらいかかるものなのかもわからない。
そもそも、ずっと甘えてきて、仕事だけしていればいい生活だったのが、身の回りのこともしながら仕事がちゃんとできるのだろうか。
不安が大きい。

ただ、パニックを楽しんでいる自分がいる。
新しい生活にワクワクしている。

そして、宣言できるのだ。

今年こそ、パラサイトシングルを卒業します!

ライタープロフィール
松下広美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1979年名古屋市生まれ。名古屋で育ち名古屋で過ごす生粋の名古屋人。
臨床検査技師。
会社員として働く傍ら、天狼院書店のライティング・ゼミを受講したことをきっかけにライターを目指す。

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2019-01-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.14

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