週刊READING LIFE vol.6

生まれ育った京都を愛しながらも「心のふるさと」を想う《週刊READING LIFE vol.6「ふるさと自慢大会!」》


記事:北村 涼子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

私は生まれも育ちも京都である。
大学も京都の自宅から通い、勤め先も京都で、結婚後も京都に住み、配偶者の転勤にもついて行かず、42年間京都市から住民票を異動させたことのない女子である。
ましてや一人暮らしもしたことがない。
京都が大好きな私は、ヨソの地域で暮らす想像さえできなかった。
金沢出身の配偶者にも結婚前にきっちり「私は京都に家を持ちたい」と伝えていたし、彼の転勤が決まった時も「留守は任せて!」と先に言い放ち、暗に「あなたは単身赴任ね」と示すことに成功した。
実家もすぐソコ。
「京都人はいけず」と言われような何であろうが、とにかく「京都」というココが大好きである。

そこまでやかましく「京都、京都」という私ではあるが、「心のふるさと」というものが存在する。
大学時代に出逢った、信州野沢温泉村の民宿。
大学2回生の頃から冬と夏にこの民宿で住み込みのアルバイトをするようになった。
学生の間は1年のうち、3分の1の期間はその「民宿の娘」になっていた。

京都を愛するあまり、実家から出ようとせず、家事を手伝うこともなく毎日ぐうたら女子大生をしていた私に母は一発「いい加減しっかりせぇ!」と会心の一撃をくらわせてきた。
「他人の釜の飯を食うてこい!」とケツを叩かれ、放り出されたわけである。

行き着いた場所は、温泉とスキー場で有名な信州野沢温泉村。家族で経営されている小さな民宿。
おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、娘が3人という家族構成。
その家族の一員になった私には、小学生と保育園児、乳児の3人の妹ができ、兄しかいなかった私に15歳離れた姉ができ、野沢のお父ちゃんとお母ちゃんができ、兄ももうひとり増えた。
そして、私も加わった家族一同で民宿の切り盛りをする。
私の仕事は主に民宿内の掃除、厨房での調理補助、そしてお客さんへのお給仕。
普段平均40名ぐらいの宿泊客だが、スキーシーズンの週末や高校、大学のスキー部の合宿が入っているといつもの倍である80名ほどの対応をすることもある。
忙しいったらありゃしない。

毎朝、厨房に6時に集合する。そこから一日が始まる。
朝食の準備、給仕、それが終われば民宿内の掃除に走り回る。部屋掃除、布団シーツの取り換え、廊下掃除、洗面所掃除、そして一番私が得意とするトイレ掃除。
トイレ洗剤とトイレブラシを入れたバケツを持って宿内のトイレを全制覇するために駆け巡る。
正直、最初はちょっと「イヤやなぁ」なんて思っていた。いや、だいぶイヤだった。
当時はまだ和式が主流だったトイレのドアを開けた瞬間、そこにはいろんな情景が繰り広げられていた……から。(ご想像にお任せします……)。
でも、ある時、お手伝いに来ていた近所のおばちゃんが「涼ちゃんはトイレ掃除をものすごくきっちりする! ぴかぴかにしてくれるから気持ちいいわ!」と褒めて下さった。
そして「トイレ掃除を綺麗にできる女性はとってもかわいい赤ちゃんを生むんだよー」とも。
当時女子大生の私は、そんな言葉に見事に乗って「よっしゃ、頑張んで!!」と余計にトイレ掃除に力を入れるようになったわけである。

お昼休みには目の前のスキー場へ一目散に向かう。一緒に住み込みをしている仲間達とスキーを目一杯楽しみ、大汗流して宿に帰ってくる。
そして午後の部開始! 夕飯の支度からお客さんへのお給仕、締めくくりの厨房の掃除を家族一同とご近所から来るお手伝いのおばちゃん達でこなしていく。

若女将である私の「野沢の姉」はそれはそれは心が優しく内外共に美しい方で、人として一気に心を惹かれていった。私はなんでもかんでもその姉に相談したし、出会ってから20年以上経つ今でもいつも心の拠り所としている。
そんな姉とは私が村にいる間は毎晩のようにお酒を飲みながら話をした。
仕事終わりに姉の子ども達、すなわち私の「野沢の妹達」みんなで近所の外湯へ行き、疲れた体を癒し、その後に瓶ビール片手に姉と晩酌。かけがえのないひととき。

長く滞在していると、村に仲間もできる。雪の無い夏の滞在では昼間は宿の仕事に駆け回り、夜は村の仲間と飲み歩くことも増えてきた。
門限に厳しい実家暮らしの私が実の親の目を離れて村で調子に乗って遊びまくる。
そんな私を野沢の家族は心配する。
そして野沢のお母ちゃんに「涼ちゃん! 毎晩毎晩どこ行ってるんやさ。 そんなに毎晩出かけるんじゃないよ! 心配だろ!」と本気で叱られたり。
酔っ払って帰ってきた私が敷地内の池にはまったにもかかわらず、その濡れた汚い足で夜中に廊下をさまよって野沢の姉に「なにしてるのよ! おバカ!」と叱られたり。
女子大生の娘が散々やらかしていたわけだが、お母ちゃんも姉も厳しくも優しい目で見守ってくれていた。

本当の家族のように、同じ空間で1年の3分の1を過ごした学生時代。
その後、就職してからも長期休みにはその民宿へ「ただいまー」と帰ることとなる。
山と山と山。本当に山ばかりだけど、そんな大きな自然にも心が癒される。
学卒で入社した会社のブラックさに疲れ果てた頃、会社を辞めて野沢の家族の元へ向かった。1か月間滞在して、在職中の2年半でどれだけ心がすさんだかを実感した。
姉と洗濯物を干しながら「涼ちゃんはちょっと疲れすぎたんだよ。少し休憩してから次に進も」と、何気に言われた言葉に涙がこぼれるほどの安堵感を得た。

野沢温泉村の山々と民宿の家族に初めて出会ってから20数年。独身だった頃は会社の長期休みのたびに野沢へ向かう。野沢の山と野沢の空気と野沢の家族に触れたくて。
結婚してからもお正月休みには配偶者と娘と共に向かう。さすがに「お客さん」として。
「お客さん」と言いながら、厨房に入り込み、居座る。当時一緒に住み込みをしていた仲間もそれぞれの家族を連れてやってくる。
あと数年もたたないうちに私の娘もこの宿でお世話になるだろう。
掃除全般、料理ももちろん、さらにはお客さんや野沢の家族とコミュニケーションをとっていく上で、学び成長していただきたい。

母が「他人の釜の飯を食うてこい!」と外に出してくれたことがきっかけで、私はかけがえのない「心のふるさと」を得ることができ、大切な家族が増えた。
生まれ育った京都を愛しながらも、多感な時期の大半を過ごした野沢温泉村。
心のふるさとをこんな形で持てることになるとは。こんな贅沢なことがあるのか、と感謝する気持ちでいっぱいだ。
そしてちょうど今週末は野沢の姉と当時小学生だった野沢の妹と私の実の娘と女4人で出雲へと向かう。
女4人旅、楽しくかしましい時間になること間違いなし。

❏ライタープロフィール
北村涼子 
1976年京都生まれ。京都育ち、京都市在住。
大阪の老舗三流女子大を卒業後、普通にOL、普通に結婚、普通に子育て、普通に兼業主婦、普通に生活してきたつもりでいた。
ある時、生きにくさを感じて自分が普通じゃないことに気付く。
そんな自分を表現する術を知るために天狼院ライティングゼミを受講。
現在は時間を捻出して書きたいことをひたすら書き綴る日々。
京都人全員が腹黒いってわけやないで! と言いつつ誰よりも腹黒さを感じる自分。
趣味は楽しいお酒を飲むことと無になれる写仏。

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2018-11-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.6

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