週刊READING LIFE vol.18

ポンコツのデザイン思考!《週刊READING LIFE vol.18「習慣と思考法」》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

吉田けい、という、ポンコツ人間の話をしよう。
彼女のポンコツぶりは並大抵のものではない。片付けはできないし、遅刻はするし、気が散ってやるべきことに集中できない。それでいて、何かやろうとする時に、完璧な計画を立てたがる。しかしその完璧な計画が完成しないので、結局なんにもしないのだ。笑っちゃうようなポンコツぶりである。
 
そんなポンコツの吉田けいが、デザイン思考と出会ったことで、ほんの少しだけまともになったかもしれない物語をしようと思う。

 
 
 

私こと吉田けいがADHDと診断されたのは、2010年ごろだったような気がする。
ADHD、注意欠陥・多動性障害は、多動性、衝動性、不注意などの症状が特徴だ。多動性、つまり何だか動かずにいられない。衝動性、思い立ったら気になって気になって仕方がない、それをやらずにはいられない。不注意は文字通り不注意で、見落としたり忘れ物をしたりする。脳内のホルモンその他の関係でこれらの症状が生じるのだ。それぞれ一般の人、健常者にも当てはまりそうな項目ばかりだが、これらが日常生活に支障をきたすほど顕著にあらわれていると、ADHDとみなされる。
 
2010年頃の私と言えば、総合職として一部上場企業に勤務していたものの、遅刻はするし、重要な仕事をほっぽらかしてどうでもいい事をほじくり返したりするし、日付や数字、名前などしょうもないミスを何度もするし、家の鍵と財布とSuicaは週一でなくす。本当にどうしようもないポンコツで、同僚や友人に迷惑をかけてばかりだったのだ。ポンコツなりに悩み、解決方法はないかと日夜ネット検索する中でADHDのことをしり、まさしく自分のことだと思い、心療内科に行き、診断テストを受けた。いわゆる知能テストのようなもので、数字を暗記したり、パズルをしたりする。
 
心療内科の先生は「できる項目とそうでない項目の差が激しいですね。これは貴方にとって生きづらさを感じているかもしれません、ADHDと言ってもよいでしょう」と診断した。ついでに言うとIQが169というとんでもない数字が出た。まぐれでも嬉しい、ふふ。
 
自分のポンコツ具合に名前がついたことで、少し安心した。薬を飲めば多少は改善するという。また、自分の特性を知り、工夫することも大切なのだと言う。私は脱ポンコツするために、服薬と工夫、名付けてセルフ療育を始めることにした。
 
まず、どれだけポンコツなのか、遅刻の例を見てみよう。
 
「わーっ! 寝過ごした!」
「急げ、急げ! 走れば間に合うー!」
「ハア、ハア……何とか乗れたぞ……」
 
遅刻する人間の朝というのはだいたいこんな具合だ。当時は都内に一人暮らしをしていた。毎朝のようにデッドヒートしているので、会社に着くころにはもうヘトヘトである。これは社会人として本当に情けないと今でも思う。
 
が、単に起きる時間を早くすればいい、というものではなかった。ある日早起きできた私の一日を振り返ってみよう。
 
「早く起きれたー! 清々しいぞー!」
「朝ごはんでも食べちゃおう、パンケーキを作ろう」
「わっ、もう油が少ない。買い物メモを作らなきゃ。油と、砂糖と……トイレットペーパーってまだあったかな?」
「トイレ汚れてるなあ、ちょっと拭いちゃおう」
「テレビ面白いな……」
「あれっもうこんな時間!?」
「Suicaがない!」
 
目も当てられない。早く起きたら起きたで、あれこれ手を出して準備が遅々として進まず、結局寝坊したのと同じ時間に出発するのだ。毎度走り、間に合わなければ遅刻連絡をする。遅刻しても構わないなどと微塵も思っていないのに、態度で示せない自分が本当に情けなくて、毎朝電車の中でへこたれていた。
 
困ったらネット検索する私は、目標管理だとか自己啓発だとか、発達障害の療育だとか、そうした類の情報を仕入れてきた。どうやら手帳を活用して日々の記録を付けて、振り返りをするといいらしい。タスクはすべて書き出す。やりたいことも書き出して、実現したい時から逆算して、やるべきことを洗い出す……そんなノウハウがたくさんあった。それらをとりまとめて、セルフ療育計画を作ってみた。
 
毎朝、デスクに着いたら、モレスキンノートにその日やるべきことを書き出す。
一時間ごとに、その時自分が何をしていたのかを手帳にメモしていく。
習慣にしたいことをスマホアプリに登録して、実行できたらボタンを押す。
書類の間違えやすいところを、最後にもう一度チェックするようにする。
 
「よし、やってみよう」
 
立派な計画を定めて、取り組む日々が始まった。完璧に計画できた、とその時は思った。
 
「…………」
 
調べたことで思うようにできたことなど一つもなかった。タスクを書き出しているうちに電話応対があり、先にやっちゃおう、と気が逸れていく。手帳のメモは私が気が散った記録で溢れ返る。スマホアプリは、そもそもその存在を忘れるので、何を習慣にしたかったかも忘れてしまう。書類は脳がこうと思い込んだら、何度チェックしても間違えているところを間違いとは認識できない……。
 
「健常者の人ってすごいなあ。毎日こんなにいろんなことに気を付けて生きてるんだなあ」
 
何より、これらの方法はとても窮屈だった。チェック、記録、再確認。ロジカルに筋道を立てて、脇に逸れない。遅刻や数字のミスなど絶対にあってはならない部分以外は、こんな風に一直線に解決に向かって進んでいかないといけないものなのだろうか。

 
 
 

そんなことを考えていた時、いつものようにネット検索していると、ある一冊の本の書評の記事を見つけた。「21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由(佐宗邦威/2015/クロスメディア・パブリッシング)」という本で、デザインで創造的問題解決をする、というコピーに妙に惹かれた。書評だけでは飽き足らず、すぐに本屋で購入した。
 
デザイン思考とは、いわゆるクリエイティブな場面でのデザインの手法を用いて、さまざまな問題解決を試みる、新しい思考方法だった。著者の佐宗氏は東京大学法学部卒でありながら、イリノイ工科大学デザイン学科の修士課程も修了している。P&G社、ソニー社での実務経験から、ビジネスにおけるデザイン思考の重要性と実践方法を、分かりやすく熱意をもって解説していた。
 
まず、インプット。問題解決でも新規事業でも、インプットが大切なのは言うまでもない。このインプットは、言葉や数字の分析ではなく、ビジュアルで集め、ビジュアルで考えることが大切だと説いていた。続いてジャンプ。インプットで得たイメージを飛躍させるために、フレームワークをしたり、全く違うものに置き換えて考えたりして、新しいアイディアを生み出す。そして、それらをシンプルに感情に訴えかけるための体験デザインとしてアウトプットする。
 
そうして得られたアイディアは、完全な状態にはせず、曖昧さを残したまま、とりあえず試作品を作ってしまう。試作品を作る時に、また新しいアイディアが生まれるかもしれない。試作品の感想を他の人に聞くことで、全く違う知見が得られるかもしれない。そうしてまた試作品を作り直して、その中でどんどんブラシアップしていくのだ。そうして、チームのコミュニケーションを活発にし、使う人の目線を最も大切にしながら、製品やプロジェクトを完成させていくのだ。
 
「そうか……試作品でいいんだ……」
 
他にも良いことがたくさん書いてあるのだが割愛する。私の胸を打ったのは、この「とりあえず試作品を作り、どんどん作り直す」というところだった。確かにポスターを描いたりする時は、いきなり完成品を作らず、最初にラフなものを作って人の意見を聞くなあ。書類の書式を作るにしたって、どれだけ下書きしても、作っているうちにどんどんアイディアが出てきて、最初とは全く違うものが出来上がったりもする。
 
「なんでも、とりあえずやってみよう」
 
はじめに決めた計画は意地でもやらなければという気がしていたが、試作品だと思うと、変えてもいいような気がした。セルフ療育のユーザーは私なので、私が心地よく取り組めることを大切にした。ハードルも低くして、まずは一分前でもいいから絶対に遅刻しない、〆切当日で良いので絶対に間に合わせる、など、必要最低限の機能を洗い出し、忘れないように手帳にでかでかと書いた。
 
何年も取り組んだ結果、自分に合う方法というのが分かってきた。私はどうも計画を立てて行動するというのは向いていないらしい。あれこれ新しいことを思いついてしまうので、立てた計画は一日も経てば無意味なものになってしまうからだ。そのかわり、記録はきっちりつけた方が後々役に立つことがわかった。きっちりといっても時間ごとではなく、Aプロジェクト、B事業のように、カテゴリごとにメモしたほうが振り返りやすい。遅刻癖は、予定の時間の前に「カフェで本を読む」「コンビニに寄る」など、一人でやる予定を組み込むことでだいぶ改善された。思いついたいろいろなアイディアを少しずつ実践していくことで、日常生活での困りごとが減っていき、服薬も終了することができた。ある程度できるようになると、日常生活というのは思いのほかエネルギーがいるもので、自分はエネルギー配分が下手すぎたのだと痛感した。
 
デザイン思考の素晴らしいところは、気が散りやすいADHDであるからこそ、発想が飛躍しやすく思いがけない知見を得られることだった。それは仕事で活用できることもあったし、セルフ療育に育児のテクニックを応用したりすることもあった。ライティングにも活用できるようで、これはしたりと思いながらいつも記事を執筆している。

 
 
 

まだまだ私のセルフ療育は続いていく。また、セルフ療育で得られたいろいろな工夫の知恵は、息子の育児に活かされている。可愛い息子が、遅刻やケアレスミスや部屋が片づけられないことで苦しむような事にはさせたくない。一歳半の息子は現在、ぺこりとお辞儀をするし、脱いだ靴は下駄箱にしまい、片付けてねと言えばきちんとおもちゃ箱に物を戻す。私の子とは思えないくらい出来の良い息子だ。彼のためにも、杓子定規にならない育児を、デザイン思考で考えていきたい。
 
 
※文中の「ポンコツ」は、吉田けい個人を指すものであり、発達障害やADHDを貶める意図ではありません。

 
 
 

❏ライタープロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。

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2019-02-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.18

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