週刊READING LIFE Vol.353

市場は数字ではなく感情で動く——仏教で読み解く相場《週刊READING LIFE Vol.353「フリー」 》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2026/02/26 公開

記事:回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

中東で起きた紛争で、石油の流れが滞った。

毎日、市場は上を下への大騒ぎだ。原油も株も通貨も上がったり下がったり落ち着かない。

投資界隈では、「おはぎゃー」なる言葉がある。朝起きて、株や通貨を見るととんでもないことになっている。そんな日の投資家の心痛をあらわした言葉だ。なんでも、「おはぎゃー」<「おはギャー」<「おはぎゃぁぁぁ」という形で心の痛みが増加していくらしい。

状況的に、とある政治家の胸先三寸で全てが決められてしまう状況のため、予測など通用しない。それが余計投資家たちの不安とストレスを増加させている。

そんな折、財務コンサルタント兼投資家として、一つの仕事を受注した。
私が以前勤めていた会社での、新卒社員向け「金融リテラシー研修」だ。
その会社は、退職金の積み立てとして、従業員は確定拠出年金に加入することになる。
確定拠出年金は、退職金の運用を自分で行わなければならない。
下手な運用をすると資産が目減りしてしまうため、厚生労働省は必ず資産運用の研修を従業員に受けさせるように指導している。

私が提言して導入が決まり、導入実務も全部自分で行った確定拠出年金である。思い入れもあるし、是非やらせてほしいということで引き受けた(報酬は毎月受け取る顧問料の範囲内で、かなり「友情出演」的要素が強いのだが……)。

早速コンテンツ作りに取り掛かる。といっても、以前作ったパワーポイントの資料を改変してそのまましゃべろうと考えていた。

改めてその資料を読み返してみると、我ながらきちんと作りこまれていた。必要な用語が網羅されており、それらの説明もかみ砕いて分かりやすく作られている。私が退職した後、後任者もこの資料で説明会をしていたらしい。

でも、この資料を作成した当時から、「いま一つ内容が足りない」と思っていた。
けれども、独立する前は自信が無くてその内容を入れられなかった。

現在、中東がこんな状況で、ニュースでは連日原油価格や株式相場、為替相場の乱高下を報じている。そして、立場が社外の顧問になった。さらに僧侶にもなった。

市場は数字で動いているように見えて、実際には人の欲望と恐怖で動いている。

ならば今こそ、その場所を上手に泳ぎ切るための「心構え」を話そう。
そう思って、私は研修資料に一つの章を付け加えた。

そして、これからお話しする内容を資料に盛り込んだ。

私がなぜ投資を始めたかと言えば、「明日会社に行くのが嫌だなぁ」と思ったからだ。誰もが一度は考えることで、非常にありがちで面白くもなければ教訓も無い。

ここで、「定期預金の利息で年400万円もらうにはいくら貯めなければならないだろうか?」と思った。

当時は低金利も極まったころだった。定期預金でも利息が0.01%。そう計算すると、必要なのは400億円だった。そして、この額はスポーツのスタープレーヤーにでもなる必要がありそうだと思った。

そして、この年利を1%に引き上げれば4億円で済み、4パーセントにすれば、1億円で済むことになる。

私はネットで目にしたことがあった。「億り人」という言葉を。

「ひょっとして、ワンチャン行けるかも?」
そして、その日にネット証券で口座開設の申し込みをした。

自分のこのエピソード、本当に頭が悪くて嫌いなのだが、証券口座を開いて次に思った疑問が「じゃあ、何を買えば儲かるの?」だった。

「何を買ってよいか分からない」し、「いつ買ってよいか分からない」のだ。

「何を買うか」については、カレー粉で有名なあの食品会社と、お正月に親戚とよく遊んだ、お金儲けを競うあのボードゲームを作っているおもちゃ会社にした。要するに、当てずっぽうだ。

いざ買おうと思って画面をみると、価格がチカチカとどんどん変わっていく。それを見ていると、いつ「買い」クリックして良いか分からなかった。いつまで見ていても仕方ないから、「えいや」とクリックすると購入できた。

これが、私の投資の原風景だ。

でも、今思えば、この原風景そのものはそれほど大事ではない。
本当に大事なのはここから自分なりの勝ち筋を作っていくことだ。
そして、その勝ち筋を作る過程で一番大切なのが心の持ちようである。

私が開眼したと感じた出来事がある。

私は、株式からFXに主戦場を移していた。かなりの利益をあげられていた。あの日までは。

その日の朝、利益は200万円に達していた。
上がるという確信があって購入した資産であり、見込み通り収益を上げつつあった。

昼休み。相場をちらっと見てみると、利益が150万円に減っていた。
「すぐ反転するだろう」と気に留めなかった。

家路。相場をちらっと見てみると、利益が無くなっていた。
「どうしたのかな?」と思うも、やはり気に留めなかった。

その日はそのまま就寝した。
「値下がりしたけど、どうするかは明日考えよう」 そう思った。
「売ることは失敗を受け入れることだ」ということも頭のどこかに残っていた。

翌朝である。なんと損失が400万円となっていた。
「おはぎゃああああ」である。

売らなければ実際の損失にはならないのだが、私は400万円を払って損失を確定した。
そして、それ以上損失が膨らむと取り返しがつかないことになるからだ。

失敗を認めたくなくて早く対応しなかったのも一つの失敗である。
「早く対応しなかった」こと以上の問題点がある。
この時は、確かに「ショック」と名前が付くほどの価格変動だった。
とはいえ、一回の値段の変動ですぐに諦めなければならないほど多くの商品を買ってしまっていたことに問題があった。

ちなみに、私が売ってすぐに価格は上昇を始めた(投資家あるあるの一つ)。

「もう少し加減して買っていれば、売らずに済んだかもしれなかった」
これが私の心に強く刻み込まれた。

この失敗から2年が過ぎたころ。

私は「もう少し加減して」を忠実に守った取引で、大きな利益を得た。
大きく張らなくても利益は出る。そのことが身に染みた。

「安全を図る」とは、全部を投資するのではなく、一部を預金に残しておくことであり、その一部の金額をなるべく多くしておくことである。つまり、儲からない行為である。

投資で成功するうえで一番大事なのは、結局「気持ち」の部分だ。
「 『投資で稼ぐ』という欲望は、無欲でないと達成できない」ということである。

そして、「無欲」をもう少し具体化すると、「 『死なないこと』が一番大事で、死なないことに徹すれば、欲が脱落する」ということである。

時が流れ、私は「そんなことってある?」という状況で僧侶にならざるを得なくなった。通信制大学の仏教学部で学ぶ中で、仏教の教えの中に投資の神髄があることに気が付いた。

「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」「一切皆苦」という4フレーズは、「四法印」という仏教の根本理念である。

意訳すると、「すべてのものは変わり続ける。だから『こうあるはずだ』と執着すると苦しくなる」となる。

良くある投資の失敗は、「こうなるはずだ」と思って買った株が値下がりする。
そして、「そんなはずはない」と執着するうちに損失が広がってしまう。

行けると思っても「安全を図る」無欲さ。
ダメだと思ったら「ぽい」と捨ててしまう無欲さ。

これが「投資家の死(破綻)」から自身を守ってくれるお守りだ。

市場では、人々の「買いたい」「売りたい」が一致した地点に価格が決まる。
つまり、人々の煩悩が値段をつけているのだ。
だからこそ、自分がその煩悩に飲み込まれてはいけない。
煩悩を観察する無欲が、実は一番儲かるのだと私は信じる。

研修資料の結びは、「 『死なないこと』が一番大事で、 死なないことに徹すれば、欲が脱落する」となった。
死にさえしなければ、何度でもやり直せる。それが一番大事なのだ。
そして、死なないことに集中すれば雑念が落ちて市場の観察に集中できるのだ。

本当は「仏教を学ぶともっと良い」とまで書きたかった。
だが、その会社では就業規則で「宗教の布教活動」を禁止している。
これがきっかけで取引停止になっては辛いのでやめておいた。

研修の実施はこれからだから結果はまだ分からないが、楽しみにしている。

そして、今でも私は「そんなことってある?」から始まったはずの仏教の勉強に打ち込んでいる。
投資で儲けるために煩悩をコントロールする必要があるから。
そのために、僧侶を受け入れて「僧侶になるための大学」で仏教を学ぶ。
相場を見ることは、結局、自分の心を見ることでもある。

これが良いことなのか悪いことなのか。
自分でもよく分からないから、それは仏様に聞いてください。

≪終わり≫

【ライターズプロフィール】
回復呪文は使えない(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)
「そんなことってある?」という展開で、ある日突然妻の実家のお寺を継がなければならなくなった僧侶見習い。髪はまだある。本業は財務コンサルタントと金融投資業。煩悩の象徴、お金を扱う本業と、煩悩を断つ使命を帯びた僧侶の両立に悩む。

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2026-04-23 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.353

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