週刊READING LIFE vol.90

新人作家のデビュー作が、壊れた世界に光をあてた《週刊READING LIFE Vol,90 今、この作家が面白い!》

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記事:大森 瑞希(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
読み終わって、後悔した。
面白くなかったのではない。
むしろ、最高に面白かった。
悔いているのは、この漫画を買う時に心の中で少しだけ高を括っていたことに対してである。
私は漫画より、本が好きだ。
本は文字だけなので、読んでいる最中の頭の中は想像でいっぱいになり、ストーリーの中に没入できる反面、漫画には文字だけでなく絵がある。
想像の余地が少なく、話に能動的に没入するというよりかは、流れる絵をコマの順に追っていく受動的な感覚が、何となく楽しくないと感じていた。
一言で言うと、漫画は本ほど情緒的な気持ちになれないような気がしていた。
だから、書店でこの漫画の表紙を見た時も、帯に書かれたキャツチコピーや、棚に貼られたPOPを読んだ時も、あまり強く心を惹かれなかった。
表紙は煙草の煙をくゆらせた女性が骨箱を胸に、眉根を上げてこちらを見ていて、どうやら、恋愛漫画ではないようだ。
『マイ・ブロークン・マリコ』(平庫ワカ著)
聞いたことない作家だったが、それもそのはず、帯には「各界騒然 超大型新人衝撃のデビュー作」の文字がある。
各界騒然って本当かしら。何となく手に取りレジに並ぶ。
疑心暗鬼しつつも、『マイ・ブロークン・マリコ』を買う選択をしたこの日の自分は正しかったと、後に思う羽目になった。
冒頭から、読んでいるこちらが引きずり回されるようなスピード感。
繰り出される一コマ一コマの描写が激しい。
セリフや地の一文一文がずっしりと重い。
読んでいる最中、心に大地震が何度も起きた。
苦しさと悔しさの波が何度も押し寄せ、心の中のメトロノームの振れ幅が最大値に達し、最終ページの最後の大コマに全てを持っていかれた。
一言で言うと、恐ろしく情緒的な気持ちになったのである。
漫画より本の方が面白いとばかり思っていた私は、横面を叩かれた気持ちになった。
これがデビュー作とは、すごいを通り越して恐ろしい気がする。
読み終わった後、自分が大きく体力を消耗していることに気づいた。
これは体調がいい日に読まないと、胃もたれしそうだ。
それくらいの衝撃だった。
 
物語は、柄の悪いOLの主人公・シイノが、親友マリコが自殺したことをニュースで知る、という衝撃的な話から始まる。
マリコの突然の死にショックを受けたシイノは、マリコの両親から骨箱を盗み、彼女の魂を生める場所を探す旅に出る。
マリコの人生を蹂躙した周囲への怒り、自分に何も相談せずに逝ってしまったマリコへの怒り、そしてマリコを救えなかった自責の念がシイノを駆り立てていく。
 
読み進めるごとに、壊れていくマリコが痛々しかった。
父親に強姦され、母親に罵倒され、恋人から虐待され、マリコの人生が急速に歪んでいく。
一度壊れると、どれだけその世界から逃れても、最終的にはまたそこに帰ってきてしまう。
自分が無意識のうちに選んだ選択が、悪しくも元の鞘に続いている。
シイノがどんなに手を差し伸べても、マリコはいつも行ってしまって、その壊れた歯車から抜け出すことは決してできなかった。
シイノはマリコを救えなかったことを悔やんでいるが、彼女の置かれている状況は決して一人の女友達が立ち向かったところで、救えるような環境ではなかったのだ。
この物語は、親友の死を通して浮かび上がる社会問題を浮き彫りにしている。
 
私はマリコのような人を知っている。
そっちに行ってはいけないよ、と私がどんなに呼びかけても、彼女はふわふわと漂い、私の手の届かないところへ行ってしまう。
「私は馬鹿だから」
「私には何の力もないから」
彼女は自分自身が壊れていることを自覚していた。
私がシイノと違った点は、彼女の自殺を食い止められたということだ。
でもそれは、私に特段彼女を守る力があったからではない。
たまたま、そのシグナルに気づくことが出来たのだ。
一歩間違っていたら、私もきっとシイノと同じ様に悔やんでも悔やみきれない結果となっていただろう。
 
本書は漫画だから、もちろん絵があって、セリフがあって、地の文がある。
コマを目で追いながら、シイノの、マリコの声と息遣いが聞こえてきた。
2人過ごした学校の音、マリコの家の匂い、ファミレスの涼しい空気、海の波音。
全てが色濃く感じられて、まるで現実のように目の前に迫ってくる。
骨箱を抱えて逃げるシイノと一緒に私も走っているような気がした。
そして胸が苦しく動機がした。
一巻完結・4話構成の短いストーリーなのに、一本の映画を観ているようで、
そこに描かれる生々しい世の中の不条理が、私の知っている現実とリンクした。
今まで、漫画というものは、フィクションの中でもどちらかというと夢のある世界を描くものが多いような気がしていた。
ハッピーエンドのものが多かったり、幸せな最終回ではないにせよ、切なかったり、感動したりするラストが多いと思っていた。
しかし、本書の後味は違う。
読み終わった後もずっと心にしこりのようなものが残るラストだ。
漫画でこんな感情を味わったことは初めてだった。
 
本を読んでいると、自分の知らなかった感情に気づかされることがあるが、本書はまさしくそんな漫画だった。
平庫ワカさんはとあるインタビューで、このストーリーを書いたきっかけを、「身近な人で虐待のサバイバーがいて、その人の近くにいたのに自分は何もできなかったことに対し、ずっと歯がゆさがあった」と語っていた。
その時の自分を顧み、味わった無力さを作品に消化しているところに、平庫さん本人の誠実な人柄が表れているような気がした。
きっとその物語を書くことで、読者を救いながら、作者自分も救われているのかもしれない。
プロの作家にこんなこと思うのは大変おこがましいのだけれど、すごく親近感が湧いた。
顔も本名も知らないけれど、この人は良い人に違いない、と確信が出来る。
この漫画を読んだことで、救われる人が多くいるはずだ。
こんなにも強く「あなたは生きていていい人間なんだよ」と苦しむ人に言ってあげられる漫画を私は、本書以外に知らない。
 
世界中のマリコやシイノのような人たちはもちろん、それ以外の多くの人たちにも是非読んで欲しい作品である。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
大森 瑞希(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2020-08-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.90

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