週刊READING LIFE vol,99

1000日限定営業のラーメン店主から学んだ令和を生き抜くための人生哲学《週刊READING LIFE vol,99「マイ哲学」》


記事:武田かおる(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「1000日しか営業しないラーメン店がオープンしたらしい。行列ができているらしいよ」
 
私はアメリカのボストン近郊に住んでいる。そんな話を知人から聞いたのは、2018年のことだった。
 
いつか行こうと思っていたら、1000日なんてきっとあっという間に過ぎてしまいそうだからお店はその時閉まっているかもしれない。並ぶのは苦手だけど、早く行ってみたい。漠然とそんなふうに思っていた。
 
昨年の年始にボストン市内の日本食レストランで、カウンター席に座り、日本人シェフのおまかせ料理を知人とともに頂いていたときのことだ。
 
「今日、1000日しか営業しないラーメン屋さん、鶴麺さんに行ってきたよ。すごく美味しかった」
 
そう言ってシェフはにこやかにスマホで撮影した今日食べたラーメンの写真を私達に見せてくれた。シェフは続ける。
 
「ラーメンの名前がね、『Formula(フォーミュラ)1985』って言うだけど、
店主の方がその年に食べたラーメンの味を回想して再現されてるらしい。
ネーミングにロマンがあって文学的だよね。1000日で店を閉めるらしいから、早めに行ったほうが良いよ」
 
アメリカ西海岸と東海岸にお店を構えるシェフお勧めのラーメン、そしてその型破りな経営方針に加えて、こだわりのネーミングに私は興味を持った。
 
昨年2月、鶴麺の店主、大西益央さんは人気テレビ番組「情熱大陸」に出演された。添加物を一切使わずに味や素材にとことんこだわっておられるところや、早朝、店舗の床の拭き掃除から一日が始まる事、従業員を大切にする様子などから、大西さんの人柄が伝わってきた。一番印象に残ったのが、番組の始めに言われていた次の言葉だ。
 
「終わりを決めたら、人間本気になれる。
1000日しかこの店やれないのに、今日1日でも本気にならなくていいのか」
 
私は、最初に1000日したらお店を閉めると聞いて、話題作りやマーケティング一種なのかなと思っていた。だが、それは全く違った。大西さんにとって終わりを決めることはご自身を本気にさせるスイッチだったのだ。
 
そして、1000日限定営業という考えに到達するまでに、様々な苦労があったことも番組を通じて知る。2007年大西さんが31歳の時に大阪で鶴麺を開業した後、2010年2店目のお店をオープン。その後アメリカハワイへ進出するが立ち行かず、2年後にノースカロライナ州では借金を背負うことになる。
 
このようにアメリカに進出されてから経験された苦労から導き出された、本気になるための経営方針が1000日限定営業だったのだ。

 

 

 

「情熱大陸」を観て、私は、その後すぐラーメンを食べに鶴麺に向かった。「情熱大陸」でも紹介されていたが、手間をかけてつくられてスープは非常に上品で味わいがあり、麺やチャーシューなどとのバランスが計算されていることが伝わってきた。
 
アメリカの飲食店では、通常飲食費に追加してサーバーの人に対してチップを支払うのだが、鶴麺ではチップの制度がないことに驚いた。様々なこだわりが詰まったお店には、番組では語られていない、店主大西さんの思いがまだまだあるのだろうと推察した。
 
私はボストンの日本人コミュニティのあるグループの運営に携わっている。その会では様々な分野から専門家の方を招いて講演会、趣味のワークショップや読書会を開催している。その講演会で大西さんにお話してもらえないだろうかと次第に考えるようになった。私自身もいろいろお話をお聞きたいし、きっと、まだ鶴麺に足を運んでいない方も、大西さんのお話を聞いて、お店に行ってみたいと思うようになるはずだと。
 
ご縁で知り合った大西さんの奥様を通じて講演会のお願いしたところ、快く引き受けてくださった。それが去年の秋だった。寒くなってきたらお店が忙しいということで、翌年9月(今年9月)頃の予定ということで話がまとまった。そして例年と同じように、ボストンは秋になり寒い冬を迎えた。

 

 

 

しかし、3月になり、例年通りにまた春が来るのだろうと当たり前の日々を送っていたのもつかの間、新型コロナウイルスがパンデミックとなった。ボストンは、アメリカで最初にクラスターが起こった都市の一つだった。3月初旬にクラスターが発生して以来、感染者は日々増え続け、3月には公立学校の閉鎖、そして、薬局やスーパーなどの生活に不可欠なビジネス以外は休業を余儀なくされた。アメリカだけでなく、日本でもいつ収束するかわからないコロナ禍、必要以外の外出は自粛するという生活が続いた。
 
ちょうどその頃、大西さんが『2時間営業だけでうまくいく』という本を出版されたと聞き、取り寄せて読んだ。タイトルからマーケティングに関する本なのだろうか、専門用語などがでてきたらどうしようかと思いながらページを開いたのだが、私の予想を見事に裏切った。その本は、とても読みやすく、大西さんの過去の失敗や後悔から導かれた、人生論であり格言集でであり、間違いなくこの不安な世の中を生き抜くために読むべき一冊だったのだ。
 
最も印象に残ったのは、次の言葉だった。
 
「未来のことは、成長しているであろう未来の自分に託して、今は今の自分に神経を集
中させなければいけないのです。
 
将来を心配するのではなく、今の成長にフォーカスすることこそがいちばんの『リス
クヘッジ』になります」(1)
 
私は、昨年8月から、書くことが苦手だったこともあり、天狼院書店のライティング・ゼミを通信を受講していた。4ヶ月間かけて、ライティングの基礎を学んだ後、せっかく学んだことを忘れたくない、もう少し書き続けたいと、今年からは上級クラスで記事を書く毎日を送っていた。
 
そのうちのいくつかの記事はWeb READING LIFEというWebマガジンに掲載された。ありがたいことに、多くの方に読んでいただき、SNSでシェアしていただいたり、数々の感想をいただいた。その頃ふつふつと、ライターになりたいという思いが芽生えてきた。
 
三日坊主の私だが、不思議と書きたいという気持ちは消えなかった。
書くことを始めてから一つの物事に対する見方や感じ方、本、記事を読んだり、映画を観た時の感じ方が変わったし、感受性や行動に成長を感じられたからだ。
 
さらに、数年前、父の急死や同世代の友人の病死を経験し、自分の心の内を言語化して残しておくことの意味を改めて考えるようになった。
 
その一方で「文章が苦手だった私が、そんなこと無理に決まっているだろう。そんなことやったって無駄に決まっている。また、どうせ中途半端で終わるに決まってる。今まで全部中途半端だったんだから」と自嘲するもう一人の自分もいた。自分の夢と、今まで何をやっても中途半端だった私の葛藤がいつも私の中にあった。
 
しかし、大西さんの言葉は私を勇気づけてくれた。コロナでいろいろな事に制限がある中で、幸い家で書くことは何も制限がなかった。毎日書くことにフォーカスした。とにかく、毎週与えられたテーマの課題の記事を締め切り毎に提出を続けた。
 
私の所属するライターズ倶楽部では、毎週、与えられたテーマの記事を提出する他に、企画を提出し、編集会議で編集長から認められると、Web READING LIFEで連載できるようになる。連載が決まるとREADING LIFEの公認ライターになるというシステムがある。
 
連載など私には無理だと思っていたが、何度か企画を提出した。8月、ライターズ倶楽部の受講もこれで最後にしようと考えていたとき、最後にダメ元で出した企画が、編集会議で採用された。そして、10月から私の連載が始まることになったのだ。
 
今の自分にフォーカスすること、それを継続することが、私を夢に一步近づけてくれた瞬間だった。そして、自分にダメ出しばかりして、自己否定ばかりだった私だが、初めて少し自分を肯定できた瞬間でもあった。

 

 

 

今年9月28日、私が企画した大西さんの講演会がZoomで行われた。アメリカだけでなく日本からも多くの方が参加され大盛況に終わった。講演会でも、大西さんは心に響く多くの言葉を残された。
 
そのいくつかを紹介したい。
 
「人は失敗を後悔するのではなく、本気じゃなかった自分に後悔する」
 
「今この時間は未来を心配する時間でもなく、過去を後悔する時間でもない」
 
「この今という瞬間が輝き出すと、過去の後悔も輝いた思い出になる」
 
新型コロナウイルス禍で、ビジネスも働き方も生活にも制限がかかり、今までと全く同じでは通用しない世の中になってしまった今、計画を立てようにも難しくなってしまった。また、将来、新型コロナウイルス禍が収束した後も、物事が計画どおりに行えるのかさえもわからない。
 
だが、今から先の見えない将来に対して心配することや不安になることに「今」という時間を費やすのではなく、自分が今置かれた状況で何ができるか考えて、昨日の自分よりも少しでも成長できるように、「今」を努力することの重要性を講演会でも改めて考えさせられた。
 
大西さんの経営や人生論は、先の見えない今を生き抜くためのバイブルになりうるのかもしれない。それらはシンプルでありながら幸福論にも言及していて、時代やそのときの顧客の動向に左右されるものではなく、自分主体で考えるものが多く、いつの時代にも応用できそうだからだ。
 
「今」という時間は、平等に誰しもに与えられた時間だ。それを不安や後悔しながら過ごすのか、あるいは今の成長にフォーカスするのか。
 
未来は今のあなたの行動次第だ。
 
 
 
 
《参考図書》
大西益央(2020)『なぜ、2時間営業だけでうまくいくのか?』光文社

《引用文献》
脚注
(1)大西益央『なぜ、2時間営業だけでうまくいくのか?』(光文社、2020)
30〜31ページ

□ライターズプロフィール
武田かおる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

日本を離れてから、母国語である日本語の表現の美しさや面白さを再認識する。その母国語をキープするために2019年8月から天狼院書店のライティング・ゼミに参加。同年12月より引き続きライターズ倶楽部にて書くことを学んでいる。
『ただ生きるという愛情表現』、『夢を語り続ける時、その先にあるもの』、2作品で天狼院メディアグランプリ1位を獲得。

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2020-10-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol,99

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