「過去の成功体験」があなたの自由な発想を奪う《週刊READING LIFE Vol.118「たまには負けるのもいいもんだ」》
2021/03/09/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「あなたは1日何時間働くことが出来ますか?」
今では本当に考えられないが、私は新卒で入社した会社で1日16時間、1か月で320時間働くことを約3年間続けたことがある。
なぜこれほど働いていたのか。
それは私が長時間働かないと自分が望む結果を得ることが出来ないと考えていたからだ。
もちろん肉体的な辛さはあった。
1日16時間働こうと思うと、睡眠時間は3~4時間程度しかとることが出来ない。さすがに毎日この睡眠時間だと体がもたないので、日中の営業に向かうわずかな時間を利用して電車の中で仮眠をとり、あとは土日で睡眠時間を確保することでやりくりしていた。
私がこれほどの長時間労働をしてでも達成したかったことは、起業して会社を大成功させることだった。私は学生時代にお金に苦労していたため、社会人になったら起業してお金を稼ぎまくることを夢見ていた。
そして学生時代から起業家の本や成功哲学が書かれた本を読み漁った。そこには起業家の壮絶な働き方が書いてあり、彼らが長時間労働していたことが書かれていた。そのため自分もそれくらい働かなければいけないのだと学んだのだ。
私が大学生の時に時代の寵児と言われていたのが、当時オンザエッジ(のちのライブドア)の社長であった堀江貴文氏とサイバーエージェントの藤田晋氏だった。
二人は若くして起業し会社を軌道に乗せ、まさに若手起業家のトップを走っていた。私は彼らが登壇しているセミナーに参加し最前列で二人の話しを聞いた。そして、二人とも超長時間労働した経験があることを語っていたのだ。私は大いに触発され、長時間労働出来ることが成功の条件なのだと考えるようになっていった。
私が長時間労働を自ら取り入れた理由は実はもう一つある。
時間をもう少し遡ると、私は浪人生時代に同じく長時間勉強することで、成績をあげた経験があった。
実は私は高校を卒業するまで勉強というものを一切したことがなく、高校を卒業して大学を目指そうと思ったときに、偏差値が24しかなかった。
その時の私の実力は中学生レベル。いや下手をしたら小学生で習うことすら身に着けていなかったので、大学受験の内容がわかるわけがなかった。
そこで私は大学受験用の参考書と同時に中学校の数学や英語の参考書を買って、すべて一からやり直した。これまでの遅れを取り戻すのは並大抵ではなく、受験という期日が決まっている中で出来ることと言えば、長時間勉強することしか解決策はなかった。
そこで私は予備校の自習室に朝8時から夜23時まで籠って勉強した。そして大学に合格した時には「自分には長時間努力する才能がある」と考えるようになり、毎日長時間努力することが自分の成功パターンだと思うようになった。
そのため起業家たちが長時間労働していたことを知ったときに「これは自分の強みを最大限活かせば成功出来るという事だ」と長時間働くことが成功の道だと思うようになったのだった。
こうして長時間努力出来ることは自分の強みと自覚を強めていったのだが、一方で勉強に苦労した過去から大学に入ってからは学歴コンプレックスを持つようになっていた。自分より偏差値の高い大学に通っている人を見ると、その学校名だけで自分よりも頭が良いと思うようになっていた。
そのため新卒で入社した会社で同期の出身大学校を見たときに、正直驚きを隠せなかった。私の入った会社はベンチャー企業ではあったが、急成長を遂げ、設立から10年で上場を果たし、人材ビジネス業界では有名になりつつある会社だった。
学生から人気があり学歴上位校から入社希望が殺到していた。内定式の時に初めて自分の同期と会ったが、その時に東京大学、京都大学、早稲田、慶応と言った大学名を見て私は驚いた。
自分の出身大学を悪く言うのもどうかと思うが、控えめに言っても2流大学だ。同期の学歴や学生時代にやってきたことを聞くにつれ、私は彼らとこれから競わなければいけないことを思うと、自信が揺らいだ。
そして正攻法では勝てないから、彼らがやらないことをする以外に勝つ方法がないと思い、私は彼らの2倍以上働くと決めた。
つまり私は、頭で勝てない分を体力で補うという戦略を立てたのだ。
こうして私の長時間労働の基礎は出来上がっていった。
今の時代、これほどの長時間労働をさせていたら間違いなくブラック企業として問題視され、会社としてモラルを問われることになると思うが、言葉を選ばずに言えばベンチャー企業とはそういうものだと私は考えている。
モラルよりも自分たちが存続できるかどうかのほうが遥かに大事だ。どの業界にも大手企業は存在するし、競合他社は存在している。
その中で生き残って、さらに業界でも抜きんでた存在となろうという時にはモラルよりも重要なものが存在する。そこに自分たちの夢への力を掛け合わせることでしか、資本力や商品力の無さを補う方法は無いのだ。
もちろんアイデアで勝負することも出来るが、それでものんびりと考えて行動していたのでは、同様のアイデアをものすごいスピードで実現していく他社に先を越されてしまう。
私は自分が起業して成功するために、他の人がやらないようなハードワークをすることが唯一の手立てだと考えたのだった。
ちなみに当時これだけ長時間働いて本当に体が大丈夫だったのかというと、やはり大丈夫ではなかった。
まず不規則な食生活で体重は入社から1年で10kg増加した。人には2種類あってストレスが加わると食が細くなって痩せていく人と、食べることがストレス解消になって暴飲暴食を繰り返し太っていく人がいる。
私は明らかに後者だった。
また慢性的な睡眠不足から血圧も低くなっていた(睡眠と血圧の相関関係があるかはわからないが)。ある時山手線に乗っているときに吊革に掴まっていたら、掴まっている手に力が入らなくなったので、おかしいと思い手を振るとそのまま意識を失って車内で倒れてしまった。気づいたときには代々木駅の駅室のソファーで横になっていた。
おぼろげな記憶だが、倒れた直後に意識を取り戻して自力で電車を降り、ベンチに腰を掛けたところでまた意識を失い、駅室まで運ばれたようだった。救急隊員が来てくれたが、特に問題なさそうという事で、そのあとまた電車に乗って帰った記憶がある。
今振り返ってみても、この働き方を誰かに進めるつもりは全くない。
ただ、当時の私にとっては長時間労働することが必要だったのだ
実際結果もついてきた。
営業成績は伸びて部署内でもトップを争う状態になっていた。事業部内で賞も獲得していたので、私にとっての長時間労働は仕事で成果を上げることの成功条件として頭に刷り込まれていった。
しかし、この成功パターンはこの後一瞬で崩れ去ることになることに当時は気づくことはできなかった。
私は新卒で入社した会社に6年在籍し、最後の1年間は会社に勤めながら起業のために社外の勉強会や起業を志す仲間とビジネスアイデアの検討を行っていた。
その後、私は仲間とともに会社を興し、念願の起業を果たすことが出来た。
これまで目標にしてきたことが叶った喜びはあったが、実際これからが本番である。私は気持ちをさらに引き締め仕事に全精力を注ぐつもりであった。
ところが会社を立ち上げ最初は諸々の準備で忙しくしていたが、1か月もすると準備は落ち着き、あとは営業するだけとなった。
ところが当たり前だがいきなり仕事が取れるわけがなく、営業のために電話でアポイントを取って訪問するも「検討します」と言われ受注をもらうことが出来なかった。
また当時はリーマンショックのあとだったこともあり、世の中の景気自体が落ち込んでいる時期で、当然企業の財布のひもも固くなっていた。良さそうな反応を得られても実際に契約して入金されるまでに半年以上先という話しになり、資本力の無いベンチャー企業にそんな猶予はなく、あっという間に資金は底をつき始めた。
それでも何とかしなければと努力するものの、売れなければ仕事がない。
日中の営業活動が終わると、あとは何もすることがなくなってしまった。私のこれまでの成功パターンだった長時間労働することがそもそもできない状況に、なすすべなく時間だけがただ流れていくのを感じていた。
結果的にこの会社は1年を待たずに閉める決断をした。
こうして私は学生時代に夢見た「起業して成功する」という目標を失ってしまった。
いま振り返れば打てる手は他にもあった。まずはキャッシュを稼ぐために何か販売出来る商材の代理店になり、それを売ることで運転資金を稼ぎ、その間に自社の商品をさらに売れるようにブラッシュアップさせていくこともできたはずである。
または営業コストを削減するために、webマーケティングを駆使して人件費ではなく、広告費にお金を投じたほうが良かったかもしれない。
実際近しい商材でビジネスを行っている会社を調べると、まさにそのやり方をしていた。しかしそれを知ったときには既に切り替えるだけの時間的な猶予がなかった。
この時に私に何が起こっていたのか。
私は現在コーチとして活動しているが、そのコーチング技術の中にその答えはあった。
人間にはスコトーマというものが存在している。
スコトーマとは本来は医学用語で目の中にある一点だけ見えない「盲点」という意味の言葉だが、コーチング用語では「心理的盲点」として使う。
心理的盲点とは、人は一つの物事に集中すると、他のものが見えなくなるという現象のことだ。
例えば現在コロナウィルスが流行し、連日ニュースでその危険性が伝えられているので、多くの人がコロナウイルスに対して恐怖心とその対策に注意が向いている。
しかし当たり前の話しだが、私たちが気を付けなければいけない病気は他にもたくさん存在している。
実際、日本で病気で亡くなる人の原因トップ3は癌、脳卒中、心筋梗塞であり、またこれらを引き起こす基礎疾患として高血圧や肥満、運動不足、食生活などを見直すことが重要とされている。
しかし現在ニュースでもコロナウイルスのことだけ取り上げるので、感染症対策はみな行っているがそれ以外のことに対する対策には関心を向けられていない。
これもスコトーマの原理で説明することが出来る。
つまり人は自分にとっていま重要なこと、これまでそれでうまくいっていたことがあると、それ以外のことが意識に上がりにくくなるという事なのだ。
私の起業が上手くいかなかった原因もここにある。
私は起業するまでに1年間ビジネスアイデアを仲間と一緒に作っていた。そのモデルに自信があったので、この商材を販売すること以外見えなくなっていた。
また営業の仕方も人が直接営業する以外にも、webマーケティングで集客する方法があるが、私は自分の営業力に自信があったので、その他の方法を最初に検討することが出来なかった。
そして立ちいかなくなったらすぐに別の方法を考えて試すなど頭を使って考えることが求められていたが、私は長時間労働することで成功してきたので、時間をかけること以外のアイデアが出てこなかったのだ。
これらは全て私の過去の成功体験によりスコトーマが発生し、それ以外の情報を遮断してしまったことが影響している。
ではどうしたらよかったかというと、スコトーマを外すためには、自分にはスコトーマがあることを認識して、常に「他にもっといいやり方がないか」と現状の外側に目を向けるのである。
そして一番いいのは、自分が試していることが上手くいかなくなったときに、それに固執することなく、次の方法を考える習慣を身に着けることである。
私はこの起業の失敗から多くのことを学んだ。
勝ち続けることで見えてくることもあるが、失敗から学ぶことも実は成功することと同じくらい重要なことなのである。
たまには失敗することもいいのかもしれない。
ぜひあなたも成功と失敗の両方を楽しめる、そのくらいの気構えで生活することで、スコトーマを外し自分の可能性に気づけるようになっていただきたい。
□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメントの仕事に就いた後、独立起業。しかし大失敗し無一文に。その後友人から誘われた障害者支援の仕事をする中で、今の社会にある不平等さに疑問を持ち、自ら「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ために特例子会社に転職。350名以上の障害者の雇用を創出する中でマネジメント手法の開発やテクノロジーを使った仕事の創出を行う。現在は企業に対して障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながらコーチとして個人の自己変革のためにコーチングを行っている。
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