みずみずしい夫婦で在るための、パートナーを吟味・収穫するという選択《週刊READING LIFE vol.123「怒り・嫉妬・承認欲求」》
2021/04/12/公開
記事:緒方愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
もう、ドイツに移住して、ドイツ人と結婚しようか。
20代後半の一時期、私は、そう、本気で考えたことがある。
それを実現したところで、望みが叶う保証はない。だが、九州のど田舎で生涯を終えるより、遥かに幸せになれるのではないか。そう、思わずにいられなかった。
10年ほど前、私は退職を期に、ドイツ語を勉強しはじめた。それは、敬愛する漫画の影響と、生涯学習的趣味として、ドイツ語を学ぶことが大変有意義だろうと感じたからだった。もともと、動物愛護や、環境保護先進国であるドイツに興味があり、それが凝り性と完璧主義の合わせ技で、ドイツという国への感心、研究心にブーストした形となった。
ヘビー級のドイツ文化・歴史オタクと、自他共に認知されたころ、転機が訪れた。年齢やさまざまな理由で諦めていた、ドイツへの渡航とホームステイの機会を得ることができたのだ。
私は飛び上がってよろこんだ。夢にまで見た、憧れの地に長期滞在が許されるのだ。この機会を逃す手はないと、参加表明をしたのだった。
憧れの国、ドイツは、驚きと感動の連続だった。
エコを意識したさまざまな制度、古い建築物を内装のみをリノベーションして使用することで活かす様式、見たことのない料理や食材、そして、大自然。私は、夢中で訪れた地域を散策し、写真に収め、拙いドイツ語を駆使して地元の人々との交流をはかった。もちろん、すべて最高点、完璧! とは言えないところもある。だが、滞在中は、学びの多いかけがえのない時間だった。
特に、衝撃を受けたのは、ライフワークバランスだ。
仕事中心の日本人とは違う。家族やパートナー、自分の時間を優先する生活が行われていた。
朝は、家族揃って朝食をゆっくり、たっぷりと食べる。子どもを夫婦どちらかが学校に送り届けるか、スクールバスが所定の位置に迎えに来る。
昼は、なんと、自宅に帰って家族一緒に食べる。「幼い子どもを、長時間勉強で学校に拘束すべきではない」などの考えのもと、日本で言う低学年の年代の子どもは、午後は自宅に帰ることが多い。そのために、大人たちも、自宅の近所の勤務先を選択する。日本人のように、往復何時間もかけて出勤するなど、彼らには理解不能なのだ。
夜は、できれば家族揃って。共働きのパートナーへの配慮、健康面も考えて、簡単な食事「カルテスエッセン(直訳すると「冷たい食事」の意味)」を摂ることが多い。ドイツの職人が丹精込めて作ったハムとチーズ、そしてパンを切り分ける。そこに、温かい具沢山のスープが付いたらご馳走。大人はワイン、子どもはジュースやお菓子をつまみながら、おしゃべりしたり、ボードゲームを興じて、家族団らんの時間を過ごす。
最近では、晩御飯もしっかりあたたかい料理を食べる家庭も増えたとのことだが、おおよそのドイツの家庭では、古くから守られてきたこれらの習慣が日々繰り返される。日本のように、ワーカーホリックの父親の顔を、何日も子どもたちが見ていない、というのはまずありえないように思う。
日本生まれの不名誉な外来語「KAROUSI(過労死)」を呟けば、知人のドイツ人たちは、一斉に首をすくめて震え上がった。
社会的にも認知されているので、会社としても残業させる、ということはよっぽどのことがない限りは行わないのだ。残業を指示すると会社側が、人権侵害で告訴される可能性すらある。
仕事が休みの週末は、教会でのお祈り、ピクニック、スポーツ、近所のみんなと集まってビールやコーヒーを楽しむのだという。見聞きすればするほど、信じられないし、うらやましくて堪らない。
それだけではない。私は、羨望を通り越して、意識が遠のいた事案がある。
それは、ホームステイ先のAさん宅での団らんでのことだった。
ホストマザーのAさん、ホストファザーのBさんは、60代の仲睦まじいご夫婦。日本で言う所の定年退職を期に、田舎と都会がほどよく混じり合う、南ドイツのミュンヘンに移住していた。そこで、慎ましくも、朗らかな生活を愛していた。日本からやってきた私を、まるで実の娘のように、大切に扱ってくれた。ドイツのシンプルな晩ごはんは、白米食で育った私にはとても刺激的で楽しかったのだが、アジアンスーパーで日本産の味噌を取り寄せてくれて味噌汁を振る舞ってくれた。週末には、古城散策やピクニックに連れて行ってくれた。とてもやさしいご夫婦だった。
そのやさしさは、客である私だけに発揮されない。
Aさんが食事の準備をしはじめると、おもむろにBさんが立ち上がる。引き出しから、ピカピカに磨かれた銀のフォークとナイフを取り出し、テーブルに並べる。
「できたわよ!」
キッチンからのAさんの合図で、Bさんが食事を受け取りに行き、配膳。みんな席につくと、お祈りの言葉を呟き食事がはじまるのだ。そして、食事が終わると、BさんがAさんの手を撫で、瞳を見つめ笑う。
「A、今日の晩御飯もとってもおいしかったよ、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
そう応え、AさんもBさんの手をやさしく撫で返し、微笑み合うのだ。
「片付けは僕がするよ、マナミとお茶してて」
「ありがとう」
コーヒーとお茶菓子の準備をテーブルにさり気なくセッティングし、Bさんはキッチンに消えていった。
か、海外ドラマみたいだ!
コーヒーカップに口を付けながら、私は興味しんしん、目をまん丸くして二人を観察した。
また、別の日のこと。
その日は、Aさんと私の二人だけでスーパーへ車に乗って出かけていた。買い物が終わり、乗用車に乗った時、Aさんがカバンから携帯電話を取り出す。
「B、もうすぐマナミと家に帰るわ」
電話越しにかすかにBさんの声が聞こえる。
「OK! じゃあ、食事の準備をして待っているよ」
「ありがとう、お願いね」
Aさんが、通話を切った瞬間、私は飛びつくように話しかける。
「え、Bさん、お料理できるんですか!?」
「ええ、そうよ? 私達もいい歳だし、私が先にいなくなったら、Bが家事とか困るでしょう? Bも興味があったみたい。今は、イタリア料理教室に通って勉強しているのよ」
私は、震え上がった。口をワナワナさせながら、Aさんに言う。
「日本じゃ、私の家族や知人には、まずありえないです。男性が家事をするなんて!」
今度は、Aさんが目を丸くする。
「家族で家事の分担作業をするのは、共働きのドイツでは当たり前のことよ。え、マナミのお父さんは家事をしないの!?」
私は、眉間にしわを寄せ、首を縦に降る。
「ええ、料理どころか、掃除もしません」
「Oh……なんてことなの?」
重々しい空気の中、家路を車が軽快に駆けていく。
自宅に戻り、Bさん作の、旬の白アスパラガスのスープを味わう。コッテリとして、ドイツの黒パンととても合った。
「……B、さっきマナミから聞いたんだけどね?」
Aさんの哀愁をまとった声に、私はギクリ、とした。説明を受け、Bさんのいつもはやさしい顔が悲しげに曇る。
「え、そうなのかい!? じゃあ、マナミのお父さんは、仕事以外で、家で何をしているんだい?」
私は、喉をゴクリと鳴らし、日本の、我が家のリアルを告げる。
「……何も? ご飯ができるまで、座ってTVを見ているだけです。彼は、コップ1つ、洗いません」
二人が、神妙な面持ちで、首を横に振る。
「嘘でしょう、信じられない」
どうか、その悲しい顔をやめて。泣きたいのは、私たち、日本人女性です。
日本人男性全員が、などと主語を大きくして宣言はしない。だが、私の生まれ育った、九州のど田舎では、それが当たり前になっている。農家が多いとしてもどうだろうか。仕事は男、家事と子育ては女の、と未だに役割が振り分けられている。
例えば、地域の集会、親戚の集まりが開催されると顕著だ。
「おい、ビール持って来い!」
「はーい」
あたたかな食事を一番に食べるのはもちろん男性。女性陣は、台所に立ちせっせと料理を作る。そのままつっ立って食べることもあるし、残り物を後から摘むことも、ひどい場合だと、忙しくてお茶だけ口に含むのがやっと。
「うちの嫁がブクブク太ってさ!」
「うちもだよ、昔の面影もないわ!」
「ハハハハハッ!」
田舎の、特に年配の男性陣は、身内の性悪な冗談を酒のつまみにする。むしろ、仲が良いからこんな風に言うんだぜ、ぐらいのスタンスでいる人も多い。そういうことが許される間柄だと、そう思い込んでいるのだ。
亭主関白、をどこかで履き違えてやしないか?
幼いころから、その様子を見聞きして育った私はそう思わずにいられない。
父もその例に漏れず。料理も、家事も一切関与しないのだ。
「あれ、俺のコップないんだけど?」
「あぁ、洗って干してるけど?」
そんな会話が毎日のように繰り広げられる。電子レンジとパン焼き用のトースターはギリギリ使用でき、魚焼きグリルの使い方は最近母が教えた。
「ご飯できたよ!」
「はーい!」
箸を自分で箸立てからとったら良い方。だいたいは、箸や皿を母が並べるまでじっと待っている。いただきます、ごちそうさま、おいしかったよ、ありがとう、ごめんなさい。1日にどれか1つでも聞けたら奇跡。片手で数えるくらいしか言ったことがない。
母から、愛情を注がれることが当たり前。与えられたものを当然のように受け取り、「塩っぱい」などの文句は言いたい放題。
あなたは、母鳥からの餌を待つ、卵から孵りたてのひな鳥ですか?
私は、呆れと共に、それを見て育った。正確な人数は言えないが、福岡や九州の田舎に嫁いだお嫁さん、元お嫁さんに尋ねたところ、ほぼ100%と言っていいくらい、みんな瞳を閉じ、または、眦を吊り上げ、何度も首を縦に振る。
「うちも、うちもそうよ!」
「あれは、さ、そういう風にして育ったから、仕方ないんじゃない?」
「そうそう、諦めたほうがさ、健康的よ」
悟りを開いた僧侶のように、みんな遠くを見つめてそう語った。
私も、同じ人生を。夫のために家事に追われる生活をおくらなければいけないのか。
まるで、家政婦ロボット。
まっぴらごめんだ。
私は、硬く拳を握りしめた。
九州生まれの女性が、合コンに参加したとする。そこで、参加者の男性の一人が自己紹介でこう言う。
「俺、九州の◯県生まれの九州男児なんです」
他県、関東圏の女性はこう思うかもしれない。
「九州男児!?(羨望) 男らしいんですね!」
だが、九州の女性たちはこうだ。
「九州男児?(苦笑) 男らしいんですね」
彼女たちの頭の中でアイデンティティーが警告のサイレンを高らかに鳴らす。要注意人物確定である。
大げさじゃないか、そう思われる男性も多いかもしれない。確かに、高齢の方でもパートナーを大切にする方ももちろんいる。若い世代になると、男性陣もそれらを見聞きして育ち、ああはなるまいと学習した、ホスピタリティーあふれるすてきな人もたくさんいる。
だが、未だに数多くの「九州男児(苦笑)」が存在することは認知してもらいたい。令和では、彼らのことを「モラルハラスメント男」、略して「モラハラ男」と呼ぶ。
さらに、私が、アイデンティティー防御壁を天高く作り上げたエピソードを。
私が20代後半の時のことである。
地域のマダムから、回覧板と一緒にお見合い写真が回ってきた。市内のとある会社で働いている40代の男性がパートナーを探しているという。そこで、マダムが、私の母にこう言ったそうである。
「自然豊かな場所で育った女性と結婚したいんですって」
私は、その言伝を聞いた瞬間、白目をむいた。
おい、自然豊かなって。
スーパーに並んでる、産地直送野菜の文言か!!
私は、思わず、今までのドロドロと凝り固まったものと共に、そのまま口に出した。私の叫びが山々にこだました、気がする。少しだけ、スッキリした。
九州の男性が、全員が全員、こんな人ではないと、私だって信じたい。だが、これが、リアルだ。未だに、似たような案件が持ち込まれる。家政婦ロボットどころか、同じ人間とすら思われていないようである。
私の地元の同級、知人の女性陣の多くが、既婚でなくとも実家を離れ、県外に移住している。仕方のないことだと、私は思う。
女性の人生は結婚がすべてではないし、選択肢は無限にある。自分の幸せ第一に考えたっていいのだ。
「九州男児(苦笑)」が、女性を野菜のように扱うのなら、私達もそう思ってもいい気がする。
人生一度切り、それならば、共にする大事なパートナーを産地からこだわっても良いのではないだろうか。
どこで生まれて、何を食べ、どのように育ったか。
現地に視察に行ってもいいし、育てた親兄弟に会っても良い。
彼を知る友人、知人にリサーチすることも重要だ。
そこで、彼が、どんな風だったか、どのようにみんなに接するのか、確かめる必要がある。
それは、結婚後の肉体的・精神的DVなどの悲劇を回避することでもある。
完璧な人間はいない。
料理次第で、すばらしくなることだってある。それは、お互いに言えること。パートナーに改善を求めるなら、自分自身も成長し続けなければいけない。
愛は、育むもの。同じものはひとつもない。それぞれの形がある。ちょっと不格好でも、お互いを愛せるなら。それが、本当の意味での夫婦、パートナーシップだと言えるのではないだろうか。
身近に出会いがないなら、開拓、収穫しに行くのも手だ。
それは、隣の県かもしれないし、もしかしたら、海外まで飛ぶ必要があるかもしれない。
すばらしい素材は、どこで芽吹いているか、わからない。
その人が、あなたを大切に扱い、周りの人にも愛を注げるなら。真実の愛が花開くなら、すばらしいパートナーシップが結べるだろう。
いただきます、ごちそうさま、おいしかったよ、ありがとう、ごめんなさい。
それらが、自然と口から出る人だとなお良い。
そうすれば、太陽の光が降り注ぐような、明るく朗らかな人生があなたを待っているだろう。
腐ることなく、いつまでもフレッシュな気持ちでお互いにいられたら。
これほど幸せなことはない。
□ライターズプロフィール
緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
福岡県出身。カメラ、ドイツ語、占いなどの多彩な特技・資格を持つ「よろず屋フォトライター」。ドイツ語を学ぶ過程で、国内外の日独親善交流の関係者や専門家に引かれるほどのDeutschlands -Geek(ドイツオタク)に急成長。日独親善交流団体のボランティアを行う傍ら、日独の文化・歴史について研究をしている。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびに活動している。
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