自分が、自分になる〜「承認欲求」とは自分が“自分ファン”になること〜《週刊READING LIFE vol.123「怒り・嫉妬・承認欲求」》
2021/04/12/公開
記事:古山裕基(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
わたしは、「承認欲求」をもっと持ちたい。
なぜなら、
自分が、自分になるために。
そして、そのことに、
他人が、「嫉妬」するぐらい、他人が、「怒り」を持つぐらいに。
ぼくのタイ人の友人に、オカマがいる。
彼女(彼ではない!)は、とても素敵なオカマだ。
とはいえ、周りからは、ガメラみたいな顔と言われている。
でも、本人はそんなの気にしてない。
からかい、誹謗、そして中傷されたりすることもあっただろう。
それでも、「自分は、オカマ」であることを表現する。
しかも、他人の「嫉妬」や「怒り」があれば、あるほどに。
そして、彼女自身が、彼女にとってのいちばんのファンなのだ。
ちなみにタイ語では、オカマはガトゥーィと呼ばれている。
彼女とは、タイの大学に留学した時の同級生だ。
初めて、彼女に会った時、無神経なぼくは、
「なんで、ガトゥーィになったの?」と聞いてしまった。
彼女は「生まれてからよ!」と特に怒りもせずに、日本人のぼくに答えてくれた。
それは、新入生の歓迎行事が開かれていた時だった。
タイの大学の新学期の恒例行事は、新入生歓迎会だ。
それは、地方での閉塞感に喘いできたオカマたちの、大学初デビューの舞台でもある。
1000人を超える10学部以上の新入生が、会場となる巨大な運動場に集まるのだが、パッとみただけでも、オカマの新入生は目につく。
また、この行事を取り仕切る先輩のなかにも、オカマをよく見かける。
彼らは“この時こそ”とばかりに、ファッションに余念がない。
そして、トークも冴えている。
あちこちで、新入生を笑わせている。
注目を浴びる彼女らの顔は、活き活きしていた。
ぼくは、そんなオカマを見て、「普通じゃない」と思った。
それには、訳がある。
その時のぼくは、もう30歳近い、周りはみんな18か19歳、なかには高校3年生を飛び級してきた17歳という子もいる。
タイの大学には、制服がある。ちょうど日本の高校の夏用の制服に似ている。
30歳近い、わたしも、制服を着る。
日本人から見れば、ありえない光景だろう。
だから、10歳下の同級生に囲まれると、自分は「普通」ではないことを意識してしまう。
日本社会で、ドロップアウトしたぼくは、タイに来ても、その影を引きずっていたのだ。
「普通に大学を卒業し、普通に会社に勤め、普通に、普通に、普通に……」
オカマは、その時のぼくにとっては「普通」ではなかったのだ。
たぶん、その当時のぼくは病んでいた、と思う。
ぼくが不思議に思ったのは、
周りにいる他の学生たちは、オカマであることで、彼らを差別するわけでもないことだ。
確かに、オカマをオープンにしている人たちは多い。
学校だけでなく、会社や官公庁でもよく見かける。
だから、タイに住む外国人にとって、オカマを普通にオープンにできるのはなぜ? という質問は多い。
そして、タイに住む日本人の一部には、オカマを堕落した欲望を隠さずに出す人と話すひともいる。
また、オカマを見ただけで、タイのことが全てわかるというような言い方で、「だからタイは、ダメなんだ」なんてことを、話す日本人もいる。
そんな日本の人たちにとっては、ぼくは「ダメ日本人」らしい。なぜなら、“20代後半なのに大学生”しかも、“タイの大学”だからだそうだ。
「いい歳して、遊んで」
「好きなことばかり、していて良いの?」
「自由なお前を見ていると、ムカつく」
そんな声を、ぼくは、恐れていた。
なぜなら、タイだけでなく、日本でも同じことを言われていたから。
3回生の時、看護学生のわたしは地方の病院で実習に向かうことになった。
泊まり込みで1ヶ月間。
宿泊する場所は、病院内の寮であった。
寮は3部屋に分かれていた。
女性部屋に4人、男性部屋に1人、そしてその他の部屋に3人だ。
つまり、その他の部屋とは、外見を問わずに言えば、男性ではないのだ。
ちなみに、男性部屋は、このわたし一人だけだった。
この時、わたしは背中の虫刺され跡が化膿して、毎日の消毒と包帯の交換が必要であった。
そして、手が届かない背中のために、他の人にやってもらわないといけなかった。
ありがたいことに、同級生がかわるがわる交換をしてくれた。
そのとき、ガメラの彼女も包帯の交換をしてくれた。
彼女と、新入生歓迎の時の話になった。
彼女は、いつものユーモラスな口調とは、ちょっと違って、改めて“オカマになった理由”を話してくれた。
それは、彼が中学生の時だったという。
ニキビがひどいために同級生の男子にいじめられていた彼を、庇ってくれたのは同じクラスの女子だったという。それからは、女子たちと行動を共にする事が多くなり、気がついたら今のようになったというのだ。
そして、大学に入ったときも、最初は自分がオカマであることをオープンにできるのか? と迷ったというのだ。でも、他にも自分と同じような人がいて、安心して、自分を出せると思ったらしい。
タイでオカマであることは、わたしのような外国人が考えるほど、単純にオープンできるものではないようだ。
確かに、ある教育大学の入学条件にオカマでない事が書かれていた時期もあったと聞いている。また、男性のみのくじ引き制の徴兵制を取るこの国では、やはり嫉妬や怒りの対象になることもあるようだ。
彼女は続けた。
「ニキビができなかったら、オカマにならなかった? それは、わからないわね」
「でも、わたしは、オカマ。とはっきり言えるわ!」
その時、ぼくは思わず声が出た。
「痛い、痛い!」
それは、消毒液で傷口が痛むだけでなく、自分の在りようの痛みの声でもあった。
あの時のわたしは「自分が、自分になる」ことを素直に認められないからだったと、今だから思う。
あれから、もう20年近く経つ。
わたしは、タイに家族を持ち、タイに住み、そしてやりたいことばかり、やっている。
でも「自分が、自分になる……」ことに、やはり悩んでいたのだ。
あるとき、年下の友人が、ぼくを評して、こんなことを言ってくれた。
「自由に生きることが幸せ! ってまちがいないですね。何してるかより、何者かわからないってサイコーだなと思ってました」
この言葉は、ぼくにとって新鮮だった。
「ぼくは、〇〇です」と言えないことに、悩んでいたぼく。
そうなのだ。
「結局は、自分は、自分にしかなれない」のだ。
では「自分が、自分になる」ってどういうことなんだろう?
彼女は、自分がオカマであることを隠さなかった。
それは、まさに「承認欲求」の果ての姿ではないだろうか。
それって、「痛い人」なんじゃないか、と思われるかもしれない。
でも、「承認欲求」という言葉は、日本では誤解されている。
もともとこの言葉は、アメリカの心理学者のマズローの自己実現論で使われていたものだ。
日本では、「承認欲求」は、どちらかというと悪い意味で使われている。
なぜなら、「他人から」の「承認欲求」についてのみに、スポットを当てられているからだ。
しかし、それでは、片手落ちだ。
これには、「自分が自分を」「承認欲求」することも含まれているのだ。
彼女は、自分がオカマであることを、それ以上でも、それ以下でもなく、自分で承認しているのだ。
マズローは自己実現論で、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」とし、そのための自己実現をするための人間の欲求を5段階で表した。
5段階目から順に、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求(所属と愛の欲求)、そして第2段階はこの「承認欲求」であり、第1段階の自己実現の欲求がくるのである。
この「承認欲求」は、英語ではself-esteemと訳されている。
直訳すると「自分」を「尊重する」だろうか。
それが、なぜ日本語では、「承認欲求」という言葉に訳されることが多いのか。
確かにマズローは、ここで「承認欲求」という言葉で説明しているが、その段階を、他人からの承認の欲求に始まり、最終的には、自分が自分を承認する欲求へと向かうとしている。
つまり、
「自分」を「尊重する」
だから、self-esteemという言葉になっているのだ。
これは、言い換えれば、「自分が、自分を好き」ということだろう。
「自分が、自分を好き」というのは、どういうことなのだろうか?
彼女は、ある日、頭にリボンをつけて、授業に登場した。
その大教室には、彼女をよく知らない他学部の学生もおり、冷やかしの声があがった。
しかし、彼女は意に介せず。
「可愛いでしょ。ありがとうねー!!」と投げキッスを返した。
自分を「可愛いでしょ」と他人に承認を求め、冷やかしの声に「ありがとうねー!!」と言う。しかも、その歓声に、投げキッスを加えて!!
これって、まさに「自分が、自分を好き」だから、できるんだ。
どれくらい「自分が、自分を好き」かというと、
それは、他人に、「嫉妬」されるぐらい、他人に、「怒り」を持たせるぐらいに。
あの冷やかしの声は、「自分が、自分を好きになれない」焦りを持った他人からの「嫉妬」や「怒り」ではなかったのだろうか。あの時のぼくも、声を出さなくても、そのなかの一人だった。
そして、
そんな他人からの「怒り」や「嫉妬」の荒波を、彼女は何回もくぐり抜けてきたのだ。
その果てに、「彼女は、彼女になる」のだ。
いま、彼女は何をしているのか?というと、
なんと、バトミントンのコーチをしている。
学生時代は、バドミントンをしている姿など、見せたことないのに。
FaceBookで見る彼女は、教え子たちと、バドミントンをしている。
“オカマであること”や“看護学部だから、看護師になる”ということさえ軽々と飛び越えていく、なんの戸惑いもなく。
他人からの承認欲求を超えて、どんどん自分が、自分になっていく。
言い換えれば、彼女は、“自分が好き”なのだ、
そして、
彼女にとって、彼女自身がいちばんの“自分ファン”なのだ。
タイの大学時代、わたしの学部では、外国人はわたしだけだった。
授業は、もちろんタイ語である。
過去には、タイ語と似ている言語を持つ隣国のラオスの学生が学んでいたことはあったそうだ。
しかし、創立してから30年間、日本人を受け入れたのは初めてだった。
自分はタイの名門大学で学んでいるからといって、成績が良かったわけではない。
むしろ、その逆だった。
そして、タイ語さえまともにできなかった。
でも、排除されたり、差別されたりすることはなかった。
なぜか?
それは、タイ人は、“自分ファン”が多いからだ。
説明すると、
自分と他人との違いは、たとえそれが欠点でも、“おいしいところ”なのだ。
タイ人は、“おいしいところ”を実に大事にする人たちだ。
だから、他人をバカにするようなヒマはないのだ。
それよりも、そんな違いを持つ自分を好きになることに忙しいのだ。
例えば、タイでは、肌が白いことが褒められる。
だから、タイにいるのに色白のぼく〜なぜなら、勉強ができないので、いつも机にしがみついていたから。だから肌の白さは、ぼくにとってはコンプレックスだった〜は、よく言われたことがある。
「肌が白いわね、どんな石鹸使っているの?」
ぼくは、真面目に答える。
「ラックス」
皆は、大笑いする。
欠点が転じれば、“おいしいところ”はその他にもたくさんある。
例えば、
いつまで経っても、上手くならないタイ語、
何回受けても赤点のテスト、
いつまで経っても、辛い料理を泣きながら食べていること、
現地の日本人社会からはみ出したこと、
自分が自分を「普通」でないと思うこと、
などなど。
すでに「自分が、自分になっている」
それなのに、
ぼくは、自分の“おいしいところ”に気がついていなかっただけなのだ。
なぜなら、わたしは自分への「承認欲求」を持っていなかったから。
わたしに、必要なこと。
つまり、それは、
自分自身がいちばんの“自分ファン”になること。
そして、
他人からの「嫉妬」と「怒り」の荒波。
そんな荒波、今なら、大歓迎だ。
□ライターズプロフィール
古山裕基(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
タイ東北部ウドンタニ県在住。
同志社大学法学部卒業後、出版企画に勤務。1999年から、タイで暮らす。タイのコンケン大学看護学部在学中に、タイ人の在宅での看取りを経験する。その経験から、トヨタ財団から助成を受けて「こころ豊かな「死」を迎える看取りの場づくり–日本国西宮市・尼崎市とタイ国コンケン県ウボンラット郡の介護実践の学び合い」を行う。義母そして両親をメコン河に散骨する。青年海外協力隊(ベネズエラ)とNGO(ラオス)で、保健衛生や職業訓練教育に携わる。
著書に『東南アジアにおけるケアの潜在能力』京都大学学術出版会。
http://isanikikata.com 逝き方から生き方を創る東北タイの旅。
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