週刊READING LIFE vol.127

生きるチカラはパフェの味《週刊READING LIFE vol.127「すべらない文章」》


2021/05/10/公開
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:垣尾成利(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
自分がやられて嫌だったことは人にやってはいけない。
やられたらやり返す、なんて考えは良くないよ。
 
幼い頃からそんなふうに言われて育ってきた人がほとんどだと思うけれど、世の中ではそんな清らかな考えとは裏腹に、やられたことを手本にして、また同じことを繰り返す、なんてことが日常的に行われていたりします。
 
親、先生、先輩の行動を手本にして自分もまた同じことをやる、良くも悪くもこうして歴史は繰り返されていくのでした。
上手くいけば「良き伝統」、悪いことは「悪しき風習」なんて言ったりもします。
そんな、「悪しき風習」を「良き伝統」とすり替えることがまだまだ許されていた、昭和から平成に時代が変わった頃のお話。

 

 

 

脈々と受け継がれる「悪しき風習」、そのひとつに大学の部活への入部勧誘、なんていうものがあります。
 
平成元年4月、私は宝くじに当たったかのように運良く志望校の合格を手にし、京都産業大学の門をくぐりました。
 
この先にはキラキラした未来しかない、自分を変えるチャンスだ!
さあ! バラ色のキャンパスライフが始まるんだ!
サークルにバイトに恋愛に、楽しいことだけ満喫するぞ!! と、学業そっちのけで四年間楽しむことだけを考えておりました。
 
「まずは友達作りだな。新入生歓迎イベントか、もちろん参加でしょう♪」
入学式の翌週に行われた、一泊旅行に参加したのです。
 
「私は合気道部に入ろうと思います」
同じ班になった、ちょっと好みの雰囲気の女の子が自己紹介でそう言いました。
 
「へー、武道系入るんだ、凄いなー。俺は高校で遊び程度にバンド組んでたんよ。大学ではもっと本気でやりたいからロックバンドのサークルに入ろうと思ってるねん」
彼女と話したかったのでそんなふうに話しかけて顔と名前を覚えてもらったのでした。
 
同じ大学には高校から誰も進学しなかったので、学内には知り合いはいません。
とにかく友達を作らないと話し相手もいないし情報も入手できず。授業を受けて帰るだけというつまらない状況にこれはヤバいぞと焦るわけです。
 
新入生のほとんどは似たような境遇でした。
 
そこに忍び寄る甘い罠。
それが勧誘、なのです。
 
私が高校時代を過ごした1980年代半ば、世の中は空前のバンドブームでした。
高校でもバンドを組んでいる友達がたくさんいて、私は剣道部だったけれどバンドブームに乗っかってベースを弾いていました。
大学生になったらロックバンドのサークルに入ってベースを弾きたい。
髪はロングの金髪にして真夏でも革ジャン着てベースを弾く、そんな硬派な姿をイメージしていました。
 
様々なサークルに勧誘される中、バンドのサークルの見学に行きましたところ、わざわざ調べて行ったサークルの反応はイマイチでガッカリするものでした。
 
「ごめんね、今、ベースいっぱいいるんよね」と門前払い。
チェッ! なんだよそれ! もっと優しく迎えてくれたっていいのに。
いきなり出鼻をくじかれたのでした。
 
そんな折、「あれ? 垣尾くん? 私! 覚えてる? 私、言ってた通り合気道部に入ったよ♪」
 
新入生歓迎イベントで出会った彼女と偶然の再会を果たした私は、彼女が覚えていてくれてわざわざ声をかけてくれたことが嬉しくて舞い上がっておりました。
 
「合気道部、活動もキツくないし、バイトとか授業優先で両立もしやすいし、なにより先輩がめっちゃ優しいのよ。もう部活は決めたん? バンドやるって言ってたよね? やりたいこととは違うかもだけど、一度見学に来てみない?」
 
あれ?
これってもしかして運命の出会い??
恋が始まる予感???
そんな下心から、二つ返事で翌日行く約束をして道場に向かったのでした。
 
「うわー上手いやん!! 剣道やってたからスジがいいなぁ! キミならすぐ黒帯になれちゃうよ! 明日も稽古あるからまたおいでよ、昼間時間あったら飯行こうか。俺も法学部だから、単位取りやすい授業のこととか教えてあげるよ」
 
上手いと褒められて嬉しかったし、気軽に相談に乗ってくれる先輩がいるのって心強いな、彼女の言った通りだ。ここは良いところっぽいな、と翌日も、その翌日も先輩と待ち合わせをして学食でカレーをご馳走になったのでした。
 
学食は安くて、カレーは一杯200円ほどでしたが、たった200円とはいえ、ご馳走になったら恩義を感じます。
 
何か施しを受けたら、返さないといけないと感じる、これを「返報性の法則」というのですが、600円分の恩を返したいと思ってしまった私は、4日目に「仮入部の書類を書いてくれないかな」という先輩のお願いを快諾してしまったのでした。
 
この時先輩は背中越しにニヤリ、と笑ったはずです。
だって、翌年私も同じ手口で誘い込んだ後輩が仮入部の書類を書いた時にニヤリ、と笑いましたから。
 
15人ほどが仮入部したでしょうか、日々和気あいあいとした雰囲気で部活が行われ、すっかり合気道をやる気になってきた4月の終わり、本入部手続きをした後、様子が一変したのです。
 
「おい、一回生! 連休明けから学ラン、角刈りで来るように! 5月からは本入部だから今までみたいにいかないから覚悟しておけ!」
 
あれ?
あれれ?
あれあれ?
ちょっとなにそれ?
なんだかおかしいぞ???
 
カレー3杯の優しさに感じた恩と、恋が芽生えるかもしれないと期待した下心からホイホイ書いた入部届け一枚のおかげで、思い描いたバラ色のキャンパスライフは一転したのでした。
 
簡単に言うと、「騙された」のでした。
 
革ジャン着て金髪ロン毛でベースを弾きながらロックの魂を叫ぶはずだった私は、学ラン着て角刈りで「押忍!」を叫ぶことになってしまったのでした。
 
『京都産業大学体育会合気道部』
ここは応援団とライバル関係にあって、学内の全部活の中でも一番礼儀と規律が厳しい部活だったのでした。
 
「いいかお前ら、返事は押忍だ。それ以外の言葉は使ってはいけない。すべての感情は押忍で表現しろ。下級生から先輩に話しかけるのも禁止、道端で先輩を見かけたら、世界中24時間、どこにいても聞こえる声で押忍!と挨拶しろ」
 
そう言う先輩は全員学ランを纏い、気合の入った角刈りになっていました。
勧誘期間にそんな恰好していたら誰も入らないからと、全員が私服に変装し、勧誘に備えて散髪をやめて髪を伸ばしていたのです。
 
手続きを済ませ、もう逃げられないとなった頃、本当の姿を現したのでした。
 
4月、学内には見るからに新入生とわかる学生でいっぱいになります。
「新入生? 何学部? もう授業は選んだ? 単位取りやすい授業教えてあげるから一回遊びに来ない?」
片っ端から声をかけては甘い言葉で誘い出し、安い食事を奢って逃げられなくする、勧誘の常套手段です。
 
大学の入口から各校舎に繋がる道という道でキャッチセールスさながらに2人組で声をかけて前後を塞ぎ足を止めさせます。
そして、名前や学部などの情報を聞き取って言葉巧みに待ち合わせのアポを取ります。
「この授業が終わったらメシ食いに行こうよ。俺も法学部だからいろいろ教えてあげるよ。あの学食のカレーが美味いんだよね」
 
なんてことは無い、一番安いメニューだからカレーなのです。
 
授業の合間に待ち合わせて学食に連れ込み食事を奢り、親切を押し付けて仲良くなったフリをして部活の見学に誘い出すわけです。
実は親切でもなんでもない、あるのは「ノルマ」だけでした。
 
新入生の見学を連れて帰らないと、その日の反省会でこっぴどく叱られるから、みな必死に勧誘に励んでいただけだったと、一年後すべてを理解しました。
 
ゴールデンウィーク明け、学ランを着て角刈りでやってきたのはたった2人でした。
他の部員は騙されたと怒って来なくなりましたが、私は服装なんて関係ないし、武道なんだから礼儀が厳しいのも当然だと受け入れていたので、まんまとハメられたなぁ、と思ったけれど、それ以上に合気道に惹かれたのです。
 
合気道がやりたいから、厳しくても部活を続けよう。
そう思えたのが、最後まで辞めずに頑張れた原動力になったのは間違いありませんでしたし、ライバル関係にあった応援団の同期との絆もモチベーションになりました。
 
とはいえ、想像以上に厳しくて、今なら問題になるような厳しい指導が日常でした。
合気道部と応援団、お互い虐げられている者同士ですから、絆は深くなって当然です。
 
「なぁ、どうせ学ラン着てるなら、嫌々着るんじゃなく楽しまないと損やんなぁ。何か学ランに一番似合わないことやらへんか」
 
辛い思いを吹き飛ばすだけの楽しみを見つけようや。
 
思いついたのはチョコレートパフェでした。
 
「学ラン着て京都市内まで出ていって、若い女の子が沢山いる喫茶店にチョコレートパフェを食べに行ったら、ドッキリみたいでオモロいんちゃうかな?」
 
それは面白そうや!!
早速行くぞ!
 
「押忍!」しか言ってはいけない我々の鬱憤晴らしにちょうどいい、せっかくならチョコレートパフェ同好会としてサークル活動にしてしまおうじゃないか、と大いに盛り上がり、少ない時は数名で、多い時は10人を超える大人数で、オシャレな喫茶店にパフェを食べに行くようになったのです。
 
学ランの集団が入ってくる、それだけでガヤガヤした店内は一瞬静まり返ります。
「ちょっと何あれ? 学ラン着た人ばっかりやん、なんか怖いなぁ」
そんな囁き声が聞こえてきます。
 
ザワザワするのを横目に、咥えタバコでイカつい顔した連中がわざとワイワイと振る舞います。
しかしこれは注目を集めるための演技。
毎回交代で誰かが日直を務め、店員を呼んだり号令をかける役をします。
「注文お願いします!!」
 
店員さんが恐る恐る注文を取りに来ると、「チョコレートパフェ! イチゴパフェ! プリンパフェ! 抹茶パフェ! プリンアラモード!」と、次々に大声で注文をしていくのです。
 
店内には異様な空気が漂い始めます。
「なんなん? 全員がパフェ頼んだで! うわー笑ける!」
 
パフェが揃うと、日直担当が号令をかけます。
 
「手を合わせて!」
 
えっ? と店内の視線が集まるのを待って、
 
パチン!! と手を合わせて、
「おあがりなさい!」
「いただきます!」
と、小学校の給食と同じように唱和し礼儀正しく食べ始めるのです。
 
「う~ん♪ 甘~い♪ 美味しい~♪」と聞こえるように言ったり、向かい同士で「はい、あ~ん♪」と交換して食べさせ合ったりするのです。
 
髭を生やしている者もいて、時には生クリームが髭に付いたりします。
そうすると、向かいの仲間が低い声で言います。
「生クリーム、髭に付いてるで」
 
店内のお客様方は笑いたいのに怖くて笑えない、そんな感じでこっちをチラチラと見ています。
 
「こっち来て」
「ん~♪」
 
自分では生クリームを拭かずに、向かいの仲間が丁寧に拭き取ってあげるのです。
 
「ありがとう♪」
「いいえ♪ どういたしまして♪」
 
こいつら、実はBLか? と感じさせるようなお茶目なやり取りが行われます。
 
「見て、向かいの人が髭に着いた生クリーム拭いてあげてはる!」
そんな声がヒソヒソと聞こえる中、美味しく頂いたらいよいよ締めの時間。
 
日直が言います。
「手を合わせて!」
 
全員が姿勢正しく元気よく
「ご馳走様でした!!」と言って、食器を重ね、テーブルを拭き、きれいに片づけて礼儀正しく退散するのです。
周りの視線を感じるのが面白くて何度も京都の街に繰り出しました。
 
学ランを着た大学生って、それだけで怖いですよね。
しかも、角刈り、髭、夜中でもサングラスまでかけていたりして、我々は見るからにヤバいヤツらの集まりでしかありませんでした。
 
でも、実はそんな見た目とは裏腹に、皆真面目に部活を頑張っているだけの学生で、見た目イカつくしているのは、自分に負けないためでもありました。
 
こんな外見で簡単に弱音吐いたらアカンやろ、自分に負けたらアカン。
自分に言い訳できないように追い込んでいたのです。
 
中には厳しい規律が嫌だから辞めます! とも言えず、仕方なく続けていた者も少なからずいました。それでも頑張っていました。
 
皆が集まると、いつも愚痴が始まります。
先輩が偉そうにしていて腹が立つ、理不尽なことで怒られてやる気がなくなった、もう辞めようかな、そんな後ろ向きなことを言い合って傷を舐めあうこともよくありました。
 
でも、愚痴ると後味が悪いのです。
こんなんじゃアカンよな、堂々と前向いて行こうや。
そのためには、嫌なことも楽しむくらいじゃないと乗り越えていけないよな。
パフェ食って、困難を乗り越えていこう。
 
我々のチョコレートパフェ同好会は、そんな思いから始まりました。
 
自分たちが周りからどう見られているだろうか? は、簡単に想像がつきます。
怖そうで、厄介で、乱暴そうな印象。
これ、全部逆をやったら面白いやん♪
嫌なこと全部ひっくり返して笑い飛ばそうや!
それができたら、俺ら辛くても頑張れるんちゃうかな? パフェ食ったら、後ろ向かずにいられそうやんな。
 
あの頃のパフェ仲間だったヤツらとは、50歳を過ぎた今でも本当に仲良くて、生涯の友、一緒に青春時代を駆け抜けた同士としての強い絆を感じます。
 
私が仕事で苦しんで病んでしまった時も真っ先に集まって励ましてくれたのも彼らでした。
 
皆、それぞれの生活があり、なかなか会えませんが、それでも集まると時を超えてあの頃と変わらない距離感で居られるのも、同じように苦しみを乗り越え、支え合った仲間だからです。
 
大学の四年間は思い描いていたようなバラ色のキャンパスライフでは無かったけれど、それ以上の苦労をし、乗り越える喜びを味わうことができた時間となりました。
おかげで、この四年間の経験と仲間は生涯の宝物になりました。
 
二回生になり後輩ができた時に言いました。
「ここは厳しくてしんどいところやけど、一生モノの経験と仲間ができる素晴らしい部活やから、苦しいことも楽しみながら、乗り越えていってほしい」
 
楽しいから、面白いから、それだけじゃないのは人生も一緒です。
辛いことも苦しいこともあります。
でも、そこから逃げずに立ち向かって、乗り越えてこそ得られる喜びがあります。
 
一生色褪せないキラキラした時間は今も私の生きるチカラになっています。
 
コロナが落ち着いたら、また京都に集まってみんなでチョコレートパフェを食べに行きたいなぁ。
その日まで、自分に負けないように頑張ろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
垣尾成利(READING LIFE編集部 ライターズ俱楽部)

兵庫県生まれ。
2020年5月開講ライティングゼミ、2020年12月開講ライティングゼミ受講を経て今回よりライターズ俱楽部に参加。
「誰かへのエール」をテーマに、自身の経験を踏まえて前向きに生きる、生きることの支えになるような文章を綴れるようになりたいと思っています。

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2021-05-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.127

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