書いていくことに決めた《週刊READING LIFE vol.131「WRITING HOLIC!〜私が書くのをやめられない理由〜」》
2021/06/07/公開
記事:猪熊チアキ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
文章を書くのが嫌いだった。
学生の時は作文も小論文も嫌いだった。「自分の考えをまとめる」とかいう行為が嫌いだったからだ。それに、教師から添削されるのも嫌だった。
私の脳内は台風の街中のように、いつでも様々な考えが飛び交っていた。それを制限時間の中でキレイに整えるというプレッシャーが恐ろしかった。人は生活しているだけで、意外とたくさんのことを考えているものだと思う。今日は良い天気だなとか、自分の顔色が良いとか悪いとか。深刻な話題なら尚更、少ない文字制限で言い尽くせるものではない。
自分の考えを書ききれなかったときは罪悪感を覚える。その上、その文章について教師からコメントされることもしんどかった。意見をまとめきれていないことは分かっている。いわゆる正しい文章でないことも分かっている。だからこそ、教師から「あなたの文章は完成してないから価値がない」とお墨を貰うのは、何度経験しても心臓が刺されるくらい辛かった。
私はものを考えているんです。それも、人一倍丁寧に。
だから、短時間で書いた文章なんかで判断しないでください。
―――私には、子供の頃からそんなプライドがあったのだ。だからこそ、文章が得意でないことが辛かった。
本当は、自分の考えを文章にすることが好きだ。私が私の意見を持っている、そんな状態がとても好きだ。
けれどそんな気持ちが、まとめきれなかったときの悔しさ、相手にされなかった時の虚しさに負けるようになっていった。
いつしか、文章で自分の人となりを判断されるのが嫌になってしまった。
それだけではなく、口頭で発した意見が上手く伝わらなかったときも強いショックを受けるようになってしまった。
そもそもそんなに立派なことは考えてない。私の意見なんて大したものじゃない。だから私の書くことなんて大したことない。わざわざ私の意見を文章にする必要なんかない。
いつからかそう考えるようになった。
しかし同時に、自ら落とし穴に落ちることにもなった。
書かなかったとしても考えたことはどんどん頭に溜まっていく。私は段々とおかしな症状を自覚するようになった。
恋人と喧嘩したり、上司に何か言い返したくなったり、友達に自分の意見を言いたくなったりしたとき。
まるで、頭の中でたくさんの巨大な岩が一気にゴロゴロ転がり、ぶつかり合うような衝撃が起こるようになったのだ。そして、その岩の衝撃に潰されるかのように、私自身が口にしようとしたことが無くなってしまう。煙のように消滅するのではなく、岩で無理やり圧縮され、存在していないかのようにカチカチに薄くなる。
ごみ処理場で山盛りになっている、ペラペラにされたアルミ缶みたいな物体が頭の中に蓄積されていく。世間は地球温暖化で大騒ぎし、クリーンな社会を目指しているけれど、私の頭の中もとっくに潰された物体で埋め尽くされていた。
私は自分の考えを言えない大人になっていた。
文章を書く前に頭を抱え、口を開く前に物怖じするようになった。
自分を押し殺すと、頭が重くて痛くなるんだな。私は一つ賢くなった。顔の見えないたくさんの人々が、自分を大切にしなさいとか、自分の意見を持ちなさいと言う。そうしなければ、こんな風に自分が変わってしまうからだ。
私は書くことに決めた。
それは誰のためでもなく、私が生きていくためだ。
自分の考えをまとめ、文章にし、誰かに見せる。
そんな行動の流れの中に私が生きていくためのエッセンスが詰まっているはずだ。
長年放っておいた私の頭の中はパンパンだった。何しろ、プレスされたカンの巨大な山で埋め尽くされているのだ。文章を書こうと決心してからしばらくは、そもそも文章に落とし込む前、つまりメモの段階で苦労した。
こういう風に書きたい、というフワッとしたイメージはあるのだが、必要な情報を取り出そうとすると余計な情報もくっついてきてしまう。○○という結論にしたいけど、それとは正反対の△△という考えも持っている気がする……というようにモタモタしてしまう。しまいには、文章のテーマとは関係ない部分を掘り下げてしまったりする。たった3,000字を書くのに何やってるんだろう……と途方に暮れたこともある。私はいろいろとものを考えているんだ! というプライドがあったからこそ、自分の意見をシンプルに表すのは苦手だった。
しかししばらくすると、解放が訪れた。
下手でも書けばよいのだ。自分のための文章ならば、自分が納得するように書けばよい。かつてのように、文章を書く前も書いた後も嫌な気持ちになる、なんてことはなくなった。
未だに、文章の構成を練ろうとメモを作るのは大変だ。しかし、散々寄り道したことがあるおかげで、自分がどんな人間なのかが段々と分かってきた。「私の考えを表したいならこの言葉を選べばよいのだ」という勘が回るようになってきた。自分が納得するように書くとはいえ、無限に時間を割くことはできない。自分にとって重要な価値観を見直すことができたからこそ、巨大な言葉の山から、重要なキーワードだけつまみとることができるようになった。これは私にとって大変な進歩だった。
書けば書くほど、かつての頭痛が昔のことのように感じられる。
重い荷物を捨てながら自転車で疾走するような解放感だ。私はこれからも書くだろう、私のために。今はまだ、アルミ缶の処理に精一杯だ。散らかった部屋を掃除しているようなものだし、健康法として文章を利用しているに過ぎないだろう。
けれども、続けていけばいつかは、アルミ缶が全てなくなったところから出発できるはずだ。ただ生きるために書いているだけです、という味気ないスタンスから、書くのが楽しくて楽しくて仕方ないんですと笑顔で語る日が来るだろう。
□ライターズプロフィール
猪熊チアキ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
平成初期生まれ。友人がほとんどいない思春期を過ごし、文系大学へ進学。人体の解剖学の本を描き映すこと、川や滝を眺めることが趣味。現在は2Dや3DCGの映像制作を勉強中。
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