週刊READING LIFE vol.141

彼氏(仮)の骨をスーパーで探しています《週刊READING LIFE vol.141「10 MINUTES FICTIONS~10分で読めるショートストーリー~」》


2021/08/30/公開
記事:月見 夜兎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
※このお話はフィクションです。
 
 
「何かお探しですか?」
 
あたしは、ハッとして顔を上げた。
すぐ隣に、スーパーマーケットのロゴが入ったエプロンを身に着けたマダムが立っていた。
ぼんやりしていて、全然気がついていなかった。
きっと、あたしが、精肉売り場をウロウロしていたから、このパートさんらしきマダムは声をかけてくれたのだ。
彼女は、挙動不審のあたしの返答を、ニコニコとやさしそうな顔で辛抱強く待ってくれている。
「あの、骨」
「骨?」
思い切って出したあたしの声は、カサカサしていた。
あたしは、視線をうろつかせる。
「あ、いえ、その、骨付きの、ちょっといい肉が、欲しいんです」
マダムは自分のふっくらとした頬に手を添え、首を傾げた。
「骨付きのお肉? それは、スペアリブとか、ラムチョップとかのことかしら?」
聞き慣れないおしゃれ名詞に、あたしはさらにうろたえる。
「あ、はい、そんな感じの! 手羽先とかじゃなくて、太い骨がついたのがいいんです」
「なるほど~、何かパーティーでもするの?」
「え、えと、そんな感じ、です」
「ちょっと待っていてくださいね。精肉担当に聞いて見ますから」
「あ、ありがとうございます!」
にこやかにバックヤードに消えていくマダムの背中に、頭を下げた。
 
パーティーか、そんなの行ったこともしたこともないな。
そもそも、祝うほどすてきなことなんて、人生にあっただろうか。
いや、むしろ、真逆なわけだけど。
 
「お待たせしました~」
一人ネガティブキャンペーンをしていると、いつの間にか彼女は戻って来ていた。
定規を引いたみたいにきれいな眉が下がっている。
「ごめんなさいね、今ないんですって。クリスマスとか、お正月にしか仕入れないそうなの」
「あ、そうなんです、か」
「本当にごめんなさいねぇ」
自分のことのように、肩を落とすマダムを見て、あたしは手と首を同時に横に振った。
「い、いえ、大丈夫です! その、ありがとうございます」
「いいのよ~、また来てくださいね」
あたしは、マダムと別れ、手ぶらでスーパーマーケットの自動ドアをくぐった。
外はシトシト霧のような雨が振っていた。
あたしは、ため息を吐き、カバンの奥に入れていた折りたたみ傘を取り出した。
バッ、と、あたしの頭上で赤が開く。水たまりを蹴るように、足をぷらぷらと大きく振って歩きはじめる。
 
マダムはがっかりしてくれたけど。
ものが見つからなくて、どこか、ホッとしている自分がいる。
 
もしあの時、あたしが本当の目的を言ったら、マダムは驚いただろうか。
 
元彼の弔いのために、骨が必要だったんですって。
 
自虐的に言ってしまったら、あたしはおめでたいのかもしれない。
あたし、今フリーです。
なんたって、元彼に振られたばかりで、フレッシュですよ! って。
 
そう、笑いながら言えたら良かったのに。
自己肯定感が低く、重い女のあたしは、この曇天よりも真っ暗な気持ちを浄化できずにいた。
だから、ネットで見た、弔いの儀式で未練を絶ちたかったのだ。
 
それは、数年前、とあるSNSで流れて来た話。
とある人が、彼氏と別れ、それをずっと引きずっていた。その鉛のような思いを、馴染みのお店で吐露したのだという。
そこで、そのお店の、マスターが登場する。彼ではなく、心は女性の方だから「お姉さま」と呼ぼう。
お姉さまは、静かにその人にこう言った。
「高級な焼き肉屋さんに言って、骨付きのとっても上等のお肉を注文するのよ?」
 
そして、その骨付き肉を炎で炙って、じっくり味わって食べて。
お肉をしっかり堪能したら、その残りの骨を、再び火にかけるの。
炎の中で炭になっていく骨の姿を、ジッと見届ける。
そうしたら、それを持ち帰らせてもらいなさい。
 
それを家の裏庭、樹の下当たりに埋めるのよ。
 
お姉さまは、最後に厳かに言う。
 
「これで、もう大丈夫。あんたの彼氏は死んだのよ」
 
どういうことなの!?
 
当時のあたしは、その話を読んで爆笑した。
なんて斜め上の発想! 恋多きお姉さまの業界では、その儀式は日常的に行われているのだろうか。凡人のあたしにはない、機転とウィットが効いたアドバイスだ。
 
だから、まさか、その儀式を未来の自分が行うなんて。
こんなつまらない、振られ方をするなんて、夢にも思っていなかった。
 
「OBの田川です、よろしくお願いします」
「はじめまして、宮崎です、よろしくお願いします」
大学生時代、あたしは、環境学部に所属していた。そこで、担当教授にボランティアサークルの入部をすすめられた。ゴミ拾いや、公園の植物や学内の畑の管理も、サスティナブル、環境を守ることに繋がるのだと教えられたからだ。
植物好きでもあるあたしは、もちろん入部した。
そこで、田川さんという男性に出会った。彼は、うちの大学の卒業生であり、現在、地元で環境に配慮した製品や、家具などを作る会社を経営しているのだという。
彼は忙しい仕事の合間に、サークル活動や、オンライン会議に参加して、アドバイスや手助けをしてくれた。
「こんちわ、よろしくお願いしまーす!」
「田川さん、こんにちは」
オンライン会議のはじまりは、彼のちょっと間の抜けたあいさつではじまるのが恒例だった。あたしは、福岡育ちだけれど、両親が関東出身なので、博多弁を話せない。福岡でも田舎に分類される場所生まれの、彼の弧を描くような、イントネーションは、あたしにはちょっぴりうらやましく、耳にやさしかった。
いつしか、彼の丸い博多弁を聴くのを楽しみにしている自分がいた。
 
そうだ。あたしは、はじめから、彼のことが好きだった。
 
環境学先進国である欧米諸国に留学していた彼の話は、どれも興味深い。そして、その語りには、一切嫌味もおごりもなかった。流石、企業している人だ、話術も巧みで、気遣いも抜群にうまかった。
教授も、サークルのみんなも、ボランティア先で出会う老若男女全員が、彼のとりこになった。
彼は天性の人たらしだった。
だから、仕方がなかったのだ。あたしも転がるように彼にハマっていった。
 
「宮崎さんは、面白かねぇ! 勉強熱心やし、博識で」
「そんな、田川さんに比べたら、あたしなんて」
「なん言いいよるん! 自分ば褒めないかんよぅ」
「あはは、ありがとうございます」
 
「おじさん、この子、宮崎さん。めっちゃ面白くて、がんばり屋さんなんよ!」
 
二人きりの時だけじゃない。行く先々で、彼はあたしを紹介する時、褒めてくれた。
自己肯定感が地を這うように低いあたし。
彼氏も作らず、本と机にかじりついていた。
そんなあたしを、周りの大人や同級生は、奇異な目で見て、遠ざけていた。
話が合わない、勉強ばかりしている、あの子は変な子。
 
そんなあたしを手放しで、肯定してくれる人。
まるで、幼馴染みたいな距離感で、支えてくれる人。
はじめて、あたしに光を与えてくれた太陽みたいな人。
 
あぁ、あたし、この人が好きだ。
 
「狭い店やけど、僕のおすすめやけん! な、どれもおいしかろぅ?」
 
地元の酒蔵で作られた自慢の日本酒で、頬を染めた彼の横顔。それを、見つめながら、あたしは、泣くのを必死で堪えていた。
胸が苦しい。
彼を誰にも盗られたくない。
もっと隣にいたい。
どうか、あなたの特別に。
 
「田川さん、あの」
居酒屋を出て、あたたかい春風に頬を撫でられながら、駅まで二人で歩いていた。田川さんの家は遠い。福岡県内と言えど、電車とバスを乗り継がないと訪れることはできない。
危ないからと、駅まで送ってくれた彼のやさしさを、あたしは利用した。
ここで、チャンスを逃すわけにはいかない。
「ん?」
微笑を浮かべた彼が振り向く。
「あの、その」
古い木造の駅舎。その入口の点滅する電球の下、チープなスポットライトに照らされながら、あたしは一世一代の賭けに出た。
うつむき、普段は履かないスカートの、桜色の生地をギュッと握りしめた。
両足が、冗談みたいに震えていた。
カラカラの口内、ツバを飲み込み、顔を勢いよく上げる。
「あたし、あたし、田川さんが好きです」
「……え?」
いつも、凪いだ海のような、何事にも動じない、彼の瞳が見開かれた。
「だから、デート、一緒にしたいん、です」
最後の言葉は尻すぼみになって、田舎の澄んだ空気に混ざって消えた。
田川さんの口がハクハクと動き、大きな片手で覆われた。
沈黙が耳に痛い。
あたしは、もう、腰が抜けそうだった。研究発表会だって、こんなに緊張したことはなかった。
 
「いいですよ」
「え」
彼が手を下ろせば、口元はほころんでいた。
「デートしましょう!」
彼の言葉の意味が一瞬わからなかった。
 
いま、今、なんて言ったの?
でーと、して、くれるの?
あたしと、田川さんがデートするの!?
 
途端、全身に血が巡りだした。田川さんの顔がゆらゆら揺らぐ。
「あ、はい」
あたしは、鼻をすすって、何度も大きくうなずいた。
「はい、よろしく、お願いします!」
 
「で、したの?」
「え、何が?」
大学の食堂で、親友のまきが呆れた顔をした。
「何って、デートよ! その人とデートしたんかって聞いとんの!!」
「……あ、えっと」
あたしは、うつむいて、テーブルの上に落ちたグラスの水滴を指で伸ばした。
「デートして、ない」
蚊の鳴くような声で呟くと、まきが勢いよく立ち上がった。
「はぁ、信じられん!? もう1年以上経つのに。しかも、みやばっかりその人のとこ行っとるやん!」
「ほら、田川さん忙しいから、さ」
「でも、仕事では、博多に来よるのでしょう?」
「……うん」
そうなのだ。あれから一度もデートに行けていない。サークルやオンライン会議では会えるけれど、他のみんながいる。個人的なことなんて、話せない。
というか、サークルのみんなにも、親兄弟にも彼との関係を教えていない。まきにだけ、すべてを打ち明け、相談していた。
だって、いつ振られるかわからないから。
「ねぇ、みや、その彼氏(仮)さ」
「なにそれ、(仮)って?」
「だってそうやろ! その人、みやに何もしてくれてないやん!」
あたしは、目を泳がせた。
「え、してくれてるよ? あっちに遊びに言ったら駅まで送ってくれる。あ、LINEも返事くれるよ、たまに、既読スルーされる、けど。そ、それに、」
指折り数えるあたしの手を、まきが抑える。
「全部、みやから行動してるやん! そもそも、ねぇ、みやとその人、本当に恋人同士なの?」
「え?」
 
え、だって、デートしてくれるって約束してくれた。
まだしてないけど。
そういえば、あれ、好きって言われてない。
田川さんの気持ち、聞いてない。
じゃあ、あれってどういう意味だったの?
 
「みや!」
ハッとして、顔を上げる。まきがあたしの肩をつかんで、眉を下げる。
「みやの気持ちもわかる。でも、よく考えて、決断は早い方がいいよ」
私はみやに幸せになって欲しい、そう言ってまきは泣きそうな顔で笑った。
 
それから、大学を卒業して、あたしは社会人になった。
今度は、あたしがサークルをOGとして支える立場になった。仕事と趣味の忙しいけれど、楽しい日々。
もちろん、その輪の中には、田川さんもいる。
あれから2年。
あたし達の関係は、(仮)のまま。誰にも知られず、進展もしていない。そこだけ、時間が止まっているみたいだった。
まきに会う度、同じことを言われ、諭されて。その度、あたしは曖昧に笑ってやり過ごした。
彼とは何度か会った。近所のおじさんしかいない馴染みの居酒屋で、環境学の話ばかり。
一言聞けばいいんだ。
 
あたしたち、付き合ってますよね? って。
 
でも、ダメだった。喉が震えて言い出せない。
 
だからあたしは繰り返す。ぬるま湯みたいな無限ループを。
彼は相変わらずやさしくて、あたしのことを褒めてくれた。
会った時は、とても満ち足りた気持ちになる。でも、数日経てば、麻薬が切れたみたいに苦しくなる。まきの言葉が頭をぐるぐる回る。
 
あたしのこと理解してくれてる、まきが言ったのだ。
幸せになって欲しいって。
ということは、あたし、幸せに見えないんだ。
 
その不安を消したくて、彼に連絡をとって、片道2時間半の小旅行に飛び出す。あの顔を見れば、安心できるから。
でも、すぐに、苦しくなる。楽しいと苦しいが交互に来る。
楽しい、苦しい、聞きたい、聞けない、こわい、怖い!
本当の解決策を見つけられないまま、あたしは時間と心をすり減らした。
 
「やぁ、宮崎君」
「野中教授、お久しぶりです!」
久々の母校、後輩たちのためにあたしは、資料を受け渡しに来ていた。野中教授は、研究ゼミとサークルの顧問をしていただいていたので、気心の知れた仲だ。年齢的にも、頼れるお父さんって感じだ。教授の研究室に通され、缶コーヒーを手渡された。
「全然変わってないですね、教授も、この部屋も。あれ、本はもっと増えたかな?」
「はは、そうかもしれないね」
部屋を物珍しげに見渡すあたしを見て、教授はにこにこしている。
「君の活躍は、生徒たちから聞いているよ。とても博識なお姉さんだって」
「そ、そうですか」
「そうそう、田川君も褒めていたよ」
朗らかに、教授が爆弾を落としてきた。
「そ、そうですか」
あたしは、手の中の缶コーヒーの水滴を無意味に何度も、指で拭う。教授と最近の研究や世界の環境学について話す。専門家の方と話すのは、良い刺激にもなる。それに、苦しいことを緩和してくれる、精神安定剤みたいだ。
ふと、教授は、欧米の哲学・心理学にも傾倒していることを思い出した。
どうしたら楽になれるか、治療法を知っているかもしれない。
「の、野中教授」
「なんだい?」
あたしは、缶コーヒーから顔を上げ、口をもごもごさせた。
「と、友達の話なんです、けど。あの、聞いてくれますか?」
「いいよ、何でも言ってごらん」
 
ポツリポツリと、固有名詞をぼかしつつ、説明する。
教授は静かにうなずきながら聞いてくれた。そして、革張りの椅子に背中をあずけ、鼻から大きく息を吐いた。
「それは、ダメな男だねぇ。人たらしで、ずるい男だ」
「え!? ずるい?」
教授は、自分の顎を撫でた。
「気がないなら、即交際を断って、その彼女を自由にすべきだ。それなのに、口約束だけで、ズルズルと曖昧な関係を続けて。男の私からしても、なし、だね。ずるいしやさしくない」
あたしは、前のめりになる。
「や、やさしいですよ! LINEの返事をくれるし、会って食事に連れて行ってくれて、送ってくれるし」
「でも、彼女はそれで幸せかい?」
「え」
あたしの心臓が大きく跳ねる。
教授は腕を組んで、あたしを見つめる。
「その彼女は実際に悩んでいるのだろう? さみしくて苦しんでる」
「そ、それは」
「宮崎君、彼は彼女のことを考えているかい? 私には、彼が、自分の保身のために、逃げ回っているように見えるよ。誰にも嫌われたくなくて、波風をたてたくなくて、安全な所に避難している」
逃げている、彼が、あたしから。自分を守るために。ぐるぐると思考が頭の中を巡る。
「いいかい、宮崎君」
「は、はい」
あたしは、息も絶え絶えに、教授の顔を見上げる。そこにはいつものやさしいお父さんの顔があった。
「その人の特別になりたいと願うなら。愛する人を見つけたいなら、まず、彼が君のことを本当に大切に思っているのか見極めなさい」
「思いを見極める、ですか?」
「その時は、君も相手のことを大切にできているか、見つめ直しなさい」
「は、はい」
「おっと! これは君の友達の話だったね。そのように、彼女に伝えておくれ」
「あ、は、はい」
赤面するあたしを愉快そうに見つめながら、教授は片目をつむってみせた。
 
田川さんが、あたしのことをどう認識しているのか確かめなければいけない。
あたしも彼から逃げ回るのはもうやめよう。
帰りの電車の中、あたしは、スマートフォンで挑戦状を送りつけた。
これは、あたしの最後の賭けだ。
 
「こんちわ、久しぶりやね!」
「お久しぶりです、田川さん」
バスと電車を乗り継ぎ、2時間半。あたしは彼のもとに乗り込んだ。はじめは、お互いの近況と、環境学の話をする。場が和んだ所で、あたしは一気に切り込む。
「ねぇ、田川さん、あたし、今の仕事辞めようと思って」
「え?」
「それで、田川さんの所に来ようかなぁ、って。仕事のアシストも何かできるかもしれないし」
ビシリ、彼氏(仮)の笑顔が固まる。
部屋には、コチコチと時計の針が進む音が静かに響く。彼は、口元を大きな手で覆い、うつむいた。
「……宮崎さん」
「はい?」
彼が、ゆっくりと顔を上げた。
 
「君にはもっと、いや、博多にはさ、君に似合う男がいると思うよ?」
 
あたしは、口と目を大きく開けた。次は、あたしが時間を止められる番。
絶望、怒り、悲しみが激しく渦巻く。
そして、あたしは、ふっと息を吐いた。口端は、上がっている。
 
そう来ましたか!
 
一周回って、なんだかおかしくなってきた。
 
あたしは、にっこり笑って、田川さんの顔を見つめる。
「そうですか。でも、あたしは、そういうつもりでしたから」
あたしは、スックと立ち上がる。目を泳がせる彼の大きな片手を無理やり引き寄せた。
「それでは、またどこかでお会いしましょう。お元気で!」
彼の手を渾身の力で握りしめ、パッと手を離す。そして、あたしはさっそうと、彼に背を向け扉を開けた。
田舎の空は、眩しいくらいに晴れていた。
 
それからが大変だった。
自室に戻ると、いつものネガティブキャンペーンだ。
なんだかんだ言って、あたしも、田川さんのため、とか言って、献身的な彼女(仮)を演じていただけだったことに気がついた。
あたしも所詮、重たい女。
田川さんの背後にある鏡を見て、映っている自分に微笑んでいるだけだった。
なんとか、自分の罪と邪悪な感情を断ち切りたくて、お姉さま直伝の黒魔術を試そうとしたが、それも叶わなかった。
 
肩を落としながら、まきにそのことを打ち明けると、爆笑された。
「やったやん、彼女(仮)卒業おめでとう!」
「う、ええ、ありがとう?」
「落ち込むことなかよ。晴れてフリーになったんやろ? なら、失敗を次にいかそう! よし、なら、みやのために、合コン開きますか?」
「そ、それは、また今度」
まきがまた、快活に笑う。
「わかった。なら、今、みやは自分磨き中や。いい女には、自然と人が寄ってくるんやけん。今度は、追わせる恋をさせような!」
 
「ほう、それは良かったねぇ!」
野中教授が、顎を撫でながら目をやわらかく細める。
「よ、良かったですか?」
「だって、宮崎く、おっと、お友達は、彼と別れて次のステップに一歩踏み出したんだよ。人生、無駄なことなんて一つもないよ、何でも肥やしにしてしまいなさい。たまたま、その人と合わなかっただけ。恋は交通事故と一緒! 立て直したら、次は事故らないように新たな道に進むだけだ」
「こ、交通事故!?」
吹き出すあたしを、満足げに見て、教授は口端をニヤリと上げた。
「彼女(仮)の仮免を捨てて、君はさらに大人になった。ますます魅力的な女性にね。なーに、男は世界中にごまんといる。色々お試しして、ダメなら乗り換えて、幸せへの道を爆進するのみ! 私も、行く先の未来を応援している。めげずにがんばりなさい」
「は、はい!」
「と、お友達に伝えておくれ?」
真っ赤になって飛び上がるあたしを、教授はニヤニヤと愉快そうに観察していた。
 
「あ、お客さまー!」
いつものスーパーマーケット。元気な声に呼び止められ、振り向いた。そこには、いつかのマダム店員さんがいた。
「あ、こんにちは」
「こんにちは! あのね、スペアリブのことなんだけどね」
「え」
ギクッと固まるあたしに気づかず、彼女はにこにこしている。
「事前に予約してくださったらね、準備できますって。どうします?」
「あ~、えっと」
あたしは、頬をかいた。ふと、良いことを思いついた。
「じゃあ、予約、お願いできますか? 友達とパーティーするので」
「はい、ありがとうございます! あら、何か良いことでもあった?」
あたしはにんまりとうなずく。
「はい! 仮免卒業できたので、親友と女子会です」
マダムは、頬に手を添え、微笑んだ。
「あら~いいわねぇ。免許とったら、好きな所に行けるわね!」
あたしは、大きくうなずいた。
「はい。あたし、もう、自由だから。自分の力で、好きな所に行ってきます」
「ふふふ、そう。おばちゃん、応援してるわ、がんばってね!」
「はい!」
スーパーマーケットの自動ドアをくぐる。マダムから渡された予約表を、大事に財布にしまう。そして、スマートフォンを指で操作する。
 
「あ、まき? 週末女子会しようよ。あたしのおごり! とっておきの肉、焼いてあげる」
 
久しぶりに見上げた空は、笑っちゃうくらいの雲ひとつない青空。
地元の空も悪くない。
しばらくしたら、新しい景色を見に行こう。
例え、隣に誰もいなくてもかまわない。
今のあたしは、自由で無敵だから。
誰かにしがみつかなくても、一人で立っていられる。
 
「さて、次は、どこ目指して行きましょうか!」
 
天に向かって、うんと背伸びして、あたしは口角をにっかり上げた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
月見 夜兎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。ライターをする傍ら、占い師として出会った方の悩みを聞き、前を向く手助けをしている。文章と占いで、人々の心に寄り添うことを目指して日々精進!

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2021-08-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.141

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