「主婦」も立派な本業です《週刊READING LIFE Vol.186 本業と副業》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2022/09/19/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
ランドセルをカタカタ鳴らしながら小走りで駆けて家に戻る。
ちょっと大人になった気分で首から下げた鍵を使って家に上がった。
母は、時々仕事の打ち合わせで家を留守にすることがあった。
その時、私はかぎっ子になる。なんだか大人になった気分でドキドキした。
おやつを食べて、宿題をして。やることが終わると手持無沙汰になった。時間つぶしにテレビをつけても、イマイチいい番組がない。適当なチャンネルを流しながら寝っ転がって思う。
私、お母さんみたいに忙しく働くの、嫌だなあ。
お金持ちの王子様と結婚して、3食昼寝付きの生活がしたいなあ。
つまらないテレビの電源を切る。網戸をあけて外を見上げると空が青かった。
結婚16年目にしてようやく気づけたことがある。
私の本業は、「主婦」なのだ、ということ。
16年経って今更、と思うけど、主婦という職業と向き合わなかったことで、無駄なモヤモヤが増えてしまった気がする。主婦から逃げるための大義名分として仕事や色々な活動に力を入れごまかしてきた。
小学校低学年の頃は、主婦になりたいと思っていたのに、いつから主婦に対して軽くみるような感覚が生まれたのだろう。私の主婦のイメージはいつのまにか偏っていた。両親ともに「働かざる者食うべからず」というスタンスで、特に父は時代のせいもあるのか、主婦を仕事とは思っていない節があった。母の家事処理能力が高くて家事がそれほど大変に見えなかったというのも影響しているのかもしれない。両親の考えを引き継いだ上、私も、7年間は会社に所属して働いていたから、主婦業は何となく生産性がないように思い込んでいた。
実際には、家事労働や子育ての時間を現金化すると結構な金額になる。生命保険会社で働いていた時に、夫婦の保険を提案するにあたって、「奥様に万が一のことがあったときに、家事の代行などを頼む資金が必要です」というデータを提示していた経験がある。色々なデータがあって数字は様々だったけど、月20~30万円かかるのだ。「奥さんは働いていないから生命保険はいらない」という人が多かったのに対抗する話法として使っていた。算出根拠としては、家事労働を家事代行などの有料サービスに頼った場合を試算しているものが多い。この数字だけみると結構まとまった金額を、自分が家事をしていることで補えていることになる。営業でこのデータを利用していたので、家事が滞るのは困るというのは分かっていた。でも、私の育った環境のせいか、主婦だけして過ごすということは、「遊んで暮らしている」というようなイメージだった。社会人になったら収入がないと役に立たないという強迫観念が常にどこかにあった気がする。
結婚して、遠方に引っ越したため、会社は辞めるしかなかった。収入がなくなると、夫の給料に頼って生きる自分が心もとなく不安でいっぱいになった。人にただお金をもらって生きるのは無力な気がして落ち着かなかった。
その後、結婚する直前まで働いていた会社からライターの仕事をもらえることになった。文章を書けるということと、それでお金をもらえるということがとてもありがたく、フリーライターの仕事が始まった。
でも、会社に所属していた時の給料には到底追いつかない。自分が書いた記事を持ってライターの仕事の営業もしたけれど、時間ばかり取られるのに単価の安いライターの仕事にくじけた。自立への道は程遠かった。
子供が生まれてから、ライターの仕事だけでなく、子ども料理教室のインストラクターや、発酵調味料をつくるワークショップ、色々なお話会やイベントの企画など、自分の経験や学んだことを人と共有できることに充実感を感じていた。
けれど、それを続けていくための学びや準備に時間がかかると、本来自分がしないといけない家事がおろそかになる。充実感は得られるけれど、収入、という面で考えると我が家の生活を支えてくれるものではなく、せいぜい自分が遊ぶためのお小遣いを稼いでるという程度。それなのに、子育てがおろそかになっている気がしてしまう。部屋は荒れ放題で、子供達はケンカし放題、という日常の光景がストレスになる。
「やりたいことをやっているという割にどうしていつも疲れ切っているの?」
と夫に指摘されるとぐうの音も出ない。彼は、私がやりたいと思っていることにとても協力的で、休日に勉強に出かけたいと頼めば、子供達の面倒も見てくれる。食事を作る以外の家事は手伝ってくれる。
私、何がやりたいんだろう? 私の存在価値ってなんなんだろう?
生活の支えになるような収入もなく、かといって家庭もうまく回せない。
悶々としていた時に、体調を崩して動けなくなった。私が動けなくなっても家族の日常生活は変わらない。夕食だけは、どうにか作り、長男と長女のお弁当は学校で販売しているものを利用することにした。末っ子の送り迎えと食事以外の家事全般は、夫がやりくりしたり、友達に頼ったり……私が極力動かなくていい体制があっという間に組みあがった。その生活が、3週間程続いた。
最後の方になると、さすがに夫に疲れが見えるようになった。掃除や洗濯ものが山のように積もる。部屋がいつも以上に荒れている。
なんだ、私、それなりに主婦の仕事、やってたんだなあ。
明らかに回らない家庭を見ながら、申し訳ない気持ちが半分、残り半分は心底ホッとした。ここにちゃんと自分の居場所はあって、私にはちゃんと「主婦」の仕事がある。家事仕事の上手な誰かと比べてしまうからちゃんとできていないかな、と不安になるけど、うちでは、私が何日も使い物にならなかったら回らなくなるくらいちゃんと仕事ができていたんだ。
家事全般は本当に苦手だけれど、まず、私の本業は「主婦」だということをしっかりと実感できた。
その上で、私がこれから何を大切にしていくのか、というのをもう一度振り返ってみる。
書く事、栄養のことを伝える事、イベントの企画は、とても大好きなこと。ただ、大きな収入にはならないのが現実なのだ。でも、私って、そもそも収入にこだわる必要があるんだろうか?
仕事と収入は切っても切れない。仕事の頑張りの通信簿が収入だとしたら私は見事に劣等生だ。SNSの広告で『月収7ケタ稼ぎましょう』という謳い文句を見かけると心にとげが刺さるように心がざわざわする。でも、自問自答するとそんなに実は高収入に魅力を感じていないことに気づく。本業が「主婦」という観点を持っていると、稼げるにこしたことはないけど、本業がストレスになるほど必死になる必要があるのか? という疑問がわいてくる。答えはNOだ。私がやりたいことは、収入の数字よりも、私の書いた文章を読んでくれたり、勉強会を聞きに来てくれたり、イベントに参加してくれた人が、元気になったとか勉強になった、楽しかったと言ってくれることの方が嬉しい。もちろん、その形にならない評価が収入に直結したら申し分ないけれど、お金よりも心が満たされた方が幸せだ。実際に月商7ケタ稼いでみてから言わないとただの負け惜しみ的な感じがするけれど、「主婦」を本業に置くようになってから私の人生全体を少しだけ冷静に眺められるようになった気がする。
でも、これから子供達がどんどん大きくなって手が離れる時が来る。その時に手元に残るのが「主婦」だけだと、手持無沙汰になるだろう。だから、今のうちに、今やっていることだけではなく、やってみたいことを色々やってみて、「副業」を育てる期間にしようと思う。
小学校低学年の時に「主婦になりたい」と思っていたのは、とてもヨコシマな気持ちからだったけれど、結局「主婦」を本業にしたことで、現時点での私自身のワークバランスは整った。
何が本業で何が副業かとか、どのくらい稼げるかとかは実は二の次で、自分がやっていることを自分で認めてあげることが大事なんだ。これから何をしていくにしても、まずは自分が自分のやることを認めて応援してあげよう。
自分の背中は自分が盛大に押してあげたい。
□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
2022年は“背中を押す人”やっています。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、愛が循環する経済の在り方を追究している。2020年8月より天狼院で文章修行を開始。腹の底から湧き上がる黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写にこだわっている。人生のガーターにハマった時にふっと緩むようなエッセイと小説を目指しています。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。天狼院メディアグランプリ47th season総合優勝。
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